東京シティ・バレエ団『眠れる森の美女』2020

標記公演を見た(2月16日 ティアラこうとう 大ホール)。都民芸術フェスティバル参加公演。同団の『眠れる森の美女』先行版としては、有馬五郎版が、1968年の創立から10年間上演されている(プログラム)。その後レパートリーから外れ、バレエ団は3大バレエの一角を欠く状態が続いた。このため『眠り』上演は、2009年に就任した安達悦子芸術監督の悲願となる。昨春、全幕への布石として抜粋版を上演。プティパ初演から130周年の今年、ようやく42年ぶりの新制作を迎えるに至った。

構成・振付は安達、振付指導 ラリッサ・レジュニナ、演出 中島伸欣、編曲 井田勝大、美術 穴吹喬、照明 足立恒、衣裳 小栗菜代子という布陣。

K・セルゲーエフ版を土台に、細部に手を加え、物語の流れを細やかに演出する。王子はカラボスと剣で戦わず、本来の姿に近づけた。舞台の規模に合わせて、群舞フォーメーションに変更があるが、上演劇場が変わる際には、美術と衣裳のコンセプト一致を含め、改訂が予想される。

新振付は2幕貴族の歴史舞踊など。安達の振付は、昨秋の『ロメオとジュリエット』(音楽:ベルリオーズ)で見ている。古典の品格、透明感、愛らしさが印象的だったが、今回の『眠り』も、同様の特徴を備えている。オーロラ姫の愛らしい造形、リラの精の透明感あふれる気品、妖精たちの晴れやかな祝福の踊り。安達の思い描く古典の理想が、全編に行き渡っている。プロローグのグラン・アダージョがその象徴。妖精6人は、優美なポール・ド・ブラ、背中を使う柔らかな上体、ポアント音のしない繊細な脚捌きを実現。クラシックの規範と役どころを緊密に結び付けている。3幕ディヴェルティスマンでは、クラシカルな宝石の精たちに加え、芸達者が揃うキャラクテールの軽妙な踊りに、お伽話の楽しさが横溢した。

主役はWキャスト。オーロラ姫初日は中森理恵、二日目は斎藤ジュン、デジレ王子はそれぞれキム・セジョンと福田建太。その二日目を見た。

斎藤と福田は安達版『R&J』でも組んでいる。斎藤は可愛らしさ、伸びやかさ、福田はノーブルな夢見る雰囲気を醸し出し、初々しいパートナーシップを披露した。福田は終盤にグランド・リフトのある長尺のパ・ド・ドゥにもよく耐えて、主役の気概を示している。

斎藤のオーロラは、今回も愛らしい個性を生かした造形。1幕はやや緊張が見られたが、2幕幻影の場では可憐でしっとりとした情感を見せる。ジゼル・ダンサーなのだろう。3幕パ・ド・ドゥも柔らかく踊り、福田と共にフレッシュな舞台を作り上げた。

やんちゃ系と思われていた福田は、ロミオでノーブルなスタイルに挑戦し、成果を上げている。今回も、森の場面では若さが出たものの、3幕パ・ド・ドゥでは、確かな技術に加え、ノーブル・スタイルを身につけた若き王子となった。無意識の大きさ、気張りのない素直さが美点と言える。

リラの精は平田沙織(初日 岡博美)。美しさ、気品、優しさにあふれ、ラインや佇まいで周囲を祝福できるはまり役だった。対するカラボスには、石黒善大。大きさがあり、マイムも丁寧にこなしているが、死の予言をするには、人の好さが邪魔する印象。もう少し厳しさが望まれる。

フロリナ姫の飯塚絵莉、青い鳥の吉留諒(共にWC)を始め、5人の妖精たち(春風まこ、渡邉優、大内麻莉、新里茉利絵、且股治奈)、宝石の精たち(石井日奈子、以下WC島田梨帆、且股、三好梨生)の引き締まった古典舞踊、新里、玉浦誠による闊達なファランドール、猫の庄田絢香、岡田晃明(共にWC)、赤ずきんと狼の宮井茉名、濱本泰然の物語性、国王、王妃、カタラビュットのベテラン立ち役(青田しげる、若林美和、浅井永希)、4人の王子(キム・ボヨン、内村和真、濱本、吉留)のノーブルスタイルなど、適所に配された若手とベテランが一体となった安達版初演だった。

指揮は若手の熊倉優。シアターオーケストラトーキョーから、実質的で厚みのある音を引き出している。金管の咆哮、優れたヴァイオリン・ソロに、『眠り』の魅力が炸裂した。熊倉はNHK交響楽団のアシスタントを3年間務め、今年度都民芸術フェスティバルのN響公演でも指揮を担当する。

日本バレエ協会『海賊』2020

標記公演を見た(2月8日、9日昼夜 東京文化会館 大ホール)。都民芸術フェスティバル参加公演。新振付・構成演出は、ウクライナ国立アカデミー・オペラ・バレエ劇場バレエ団の元主役ソリストで、同劇場振付家のヴィクトール・ヤレメンコ、振付補佐に夫人で同じく元主役ソリスト、バレエ団振付家兼教師のタチヤナ・ベレツカヤが加わった。

ヤレメンコ版最大の特徴は、プロローグとエピローグに原作者の詩人バイロンコンラッド役)と、インスピレーションの源である貴婦人(メドーラ役)を登場させた点にある。観客を物語へ誘い、様々な体験をさせた後、再び現在へと着地させる好趣向と言える。物語の流れ、主役のキャラクター造形(メドーラ、ギュルナーラ)は、ラトマンスキー=ブルラーカ復元プティパ版との共通性あり。2幕とコンパクトながら、ドラマトゥルギーに貫かれた踊りとマイム、伝統的な「活ける花園」、パ・ド・トロワが揃った完成度の高い版だった。

特にコンラッドとメドーラの恋が、アクロバティックな寝室のパ・ド・ドゥから、「花園」直後の穏やかな再会のデュエット、そして古典の風格漂うパ・ド・トロワへと発展していく構成は、作品に明快な骨格とドラマ上の説得力を与えている。選曲も素晴らしい。始まりの似た『シルヴィア』アンダンテ(寝室)と、本曲アンダンテ(花園アダージョ、エピローグ)が、二人の愛のライトモチーフとして効果を上げている。「花園」のアダージョは、コンラッドと再会したメドーラの喜びが根底にあった。

メドーラは、酒井はな、加治屋百合子、上野水香コンラッドはそれぞれ、橋本直樹、奥村康祐、中家正博という、バランスの取れた組み合わせである。

初日の酒井は、繊細な踊りに一段と磨きが掛かっている。晴れやかな役作り、周囲との親密なコミュニケーションはもちろんのこと、振りの一つ一つを最高の形で実現しようとする真っ直ぐな姿勢は、変わらぬ美点。薄紫のチュニックで臨んだパ・ド・トロワでは、難度の高いヴァリエーションに加え、体の質を変える古典の手法を見せる。体それ自体が周囲への祝福となる プリマの手本を示した。

2日目マチネの加治屋は、ABTで12年踊ったのち、ヒューストン・バレエに移籍、現在プリンシパルを務める。明るい芸質や確実な技術は以前と同じだが、前よりも日本的な細やかさと慎ましさが増している。やや破天荒なパートナー(奥村)を見守り、包み込むような穏やかさを感じさせた。精緻な踊りと安定した境地で、舞台をゆったりとまとめている。

同日ソワレの上野は、役作りや踊りの質よりも、華やかなオーラで客席を惹き付けた。ポール・ド・ブラがややカジュアルながら、プティに愛された美脚と強靭なポアントを武器に、舞台を大きく支配する。牧阿佐美バレヱ団から東京バレエ団へ移籍した時点で、アーティストではなく、スターへの道を選択したのだろう。

コンラッド初日の橋本は、正統派の美しい踊り、力強い演技、信頼感あふれるパートナーシップの揃ったダンスールノーブル。酒井との間に熱い感情の流れを築き上げた。二日目マチネの奥村は、何をするか分からない、ある種の捉えどころのなさ、やや粗めの踊りが、海賊の首領に合っている。手下への容赦のない演技に、人間の闇や狂気への親和性を感じさせた。同日ソワレの中家は、さらなる感情の表出が望まれるが、ワガノワ仕込みの美しいラインとマイムで、ノーブルなコンラッドを造形した。

メドーラの窮地を救うギュリナーラには、まったりとした演技と踊りが個性的な瀬島五月、美しく涼しげなラインの寺田亜沙子、確かな技術とエネルギーにあふれる奥田花純、コンラッドに仕える従僕アリには、純真無垢な高橋真之、ルジマトフ・テイストの荒井英之、美しい踊りに暗い色気を滲ませる江本拓というキャスティング。

奴隷商人ランケデムは、ヤロスラフ・サレンコ、木下嘉人、髙谷遼の技巧派が、鮮やかな美技を競い合った。ビルバント 吉瀬智弘の闊達な演技、セイド・パシャ イルギス・ガリムーリンのユーモアを滲ませた演技には見る喜びがある。パシャの家令は立ち役だが、踊れる加藤大和、濱田雄冴、小山憲が配されて、的確な芝居を披露した。

ハーレムのオダリスクも3組。古尾谷莉奈、佐々木夢奈、岩根日向子など、若手とベテランの組み合わせで、高水準の古典舞踊を見せる。海賊のマズルカ 橋元結花、渡辺幸、佐藤優美も見応えあり。主役は元より、バレエ団の枠を超えた適材適所の配役、勢いのあるアンサンブルに、舞台は祝祭的雰囲気に包まれた。

指揮はウクライナ国立アカデミー・オペラ・バレエ劇場常任指揮者のオレクシィ・バクラン(本作音楽監修者)。年末の新国立劇場バレエ団、本拠の来日公演、1月の谷桃子バレエ団に続いての登場。ジャパン・バレエ・オーケストラを率いて、熱く瑞々しい音楽で舞台を牽引した。

1月に見た振付家2020

山田うん『NIPPON CHA! CHA! CHA!』(1月10日 KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ)

如月小春の同名戯曲(88年)を、演劇とダンスの両方で演じる特異な二本立て。構成・振付・演出 山田うん、音楽 ヲノサトル、空間構成 光嶋裕介。1時間づつ上演するのかと思ったら、2時間15分が演劇(休憩あり)、続けて25分のダンスだった。戯曲(登場人物が全て首相経験者の名前)は未読なので、山田演出のアプローチを語ることはできないが、スポーティで身体性重視。要のハナコ役 山根海音の弾力ある垂直演技が、その象徴だった。芸達者の脇役俳優陣に加え、文学座の鈴木陽丈(新聞記者)と、元Noism 現Co.山田うんの吉﨑裕哉(フクダコーチ)による二枚目対決、山田のさばけたラ・ムールママが、前田旺志郎松竹エンタテインメント)演じる孤独のマラソンランナー ヨシダカズオを取り囲む。

期待に応えてどんどん成績を伸ばすヨシダが、負傷し、走ることができなくなって遁走する。残された人々のその後がしみじみと演じられたのち、すぐにダンス・パートへ。白い衣装の前田が走り出たとき、これは死後の世界なのだと思った。風のように旋回する白のダンサーたちは、言わば精霊。色鮮やかに演じられた現世を眼下に見て、愛おしんでいる。コーチだった吉﨑が教え子だった前田と寄り添い、吹き抜けるように踊る姿には、過ぎ去った愛の形が見えた。

山田の語彙を熟知している手兵に比べると、吉﨑の踊りは、ごつごつと不器用。大きな体を動かし、自分の全てをさらけ出している。時折見せる鮮やかなライン、生々しい手の動きは、ノイズム・メソッドとの格闘の跡か。相撲部屋に生まれたことを思い出させる大きさと激しさ。傷ついた動物が、山田うんという場で体を癒しているように見えた。

 

金森穣『シネマトダンス―3つの小品』& 森優貴『Farben』(1月17日 彩の国さいたま芸術劇場 大ホール)

Noism1 と Noism0 出演のダブルビル。ゲスト振付家招聘は8年ぶりとのこと。ダンサーたちの新たな側面が見られる好機である。

金森の『シネマトダンス』は映像を駆使した3つの小品からなる。冒頭の「クロノスカイロス」は、10人のダンサーが映像に映る自分と鏡面の踊りをする。そのあまりの一致に、何か仕掛けがあるのかと思ったが、途中から違う動きになり、映像に合わせていたことが分かった。音楽(バッハ)があるから可能だが、映像に自分の体を同期させるのは、ハードルが高い。手法の面白さよりも、ダンサーの走っては映像と向き合うことの過酷さに思いが至った。

続く「夏の名残のバラ」では、ソプラノ歌手の歌う同名アイルランド民謡が繰り返し流れる。冒頭の映像は Noism の公演ポスターが張り巡らされた楽屋。バラの花束がドライフラワーとなって、吊るされている。井関佐和子が鏡に向かって入念に化粧をする。「夏の名残のバラ」の歌。化粧を終え、赤いドレスに身を包んで階段を上る井関。紗幕が上がり、井関が登場する。それを撮る山田勇気。その映像を背景に井関が踊る。床には一面の枯葉。山田はサポートしながらも、なお井関を撮り続ける。アップの顔を映すその冷ややかさ。最後は客電が点き、無人の客席がバックに映し出される。肩を落として立ち去る井関、と山田。

金森は井関にダンサーとしての死を意識せよ、と言っているのか。それとも、死を内包する肉体を目指せ、と言っているのか。残酷とも、裏返しの愛情とも。井関がそれに耐え得ると信じているのだろう。

最後の「Fratres Ⅱ」は、昨夏の続編。ペルトの音楽をバックに、円の中で金森が一人踊る。美しい両腕のフォルム、鮮やかな手首の返し。前作と同じく蹲踞もあり、儀式性が高い。最後は米粒に打たれる滝行で終わった(米とは分からなかった、米と聞いて少し抵抗感を覚える)。

後半は森優貴作品。『Farben』とは色のことだが、無彩色の世界。照明も暗い。机、植木鉢、花瓶の花がアクセントに使われる。プログラムによると「色彩=私たち=生きる意味」とのことで、色彩が失われた世界で、どのように生きるか、がモチーフとなっているようだ。暗い背景に反して、踊りは生命力あふれるものだった。動きの一つ一つにダンサーの感情が伴い、それぞれの個性が反映されている。これ程までに Noism のダンサーが巧いと思ったことはなかった(金森の薫陶の成果)。

鳥羽絢美の東洋武術風の踊り。しなやかで、躍動感にあふれる。また、井関が群を抜く振付解釈で、ベテランの貫禄を示した。ジョフォア・ポブラヴスキーとのデュオも素晴らしい。終盤の林田海里によるパセティックなソロも新たな発見だった。個性を出し、感情を出して、思い切り踊れる喜びが、観客にも伝染。熱いカーテンコールが続いた。

 

安藤洋子『ARUKU』(1月24日 象の鼻テラス)

安藤がプロジェクトリーダーを務める「ZOU-NO-HANA BALLET PROJECT」の公演。横浜発、市民が支えるダンスカンパニー設立を目指して、2018年1月、安藤が「フォーサイスから学んだ膨大な情報とダンスの素晴らしさ」を若手ダンサーに伝える教育プロジェクトが始まった(アフタートークの情報では、再来年の旗揚げが予定されている)。

今回の公演は、選抜メンバー8人(12歳から34歳)と安藤自身が、一般の人々に開かれた場所で行う、実験的ダンスパフォーマンスである。長方形平面舞台の二辺に客席。舞台には韓国出身アーティスト ハン・ジンスの動くインスタレーションが設置されている(羽のモビール、回る葉っぱの植木鉢など)。

上演前に一般客を交えた「歩く」を実施。安藤が客席から歩く人を誘い出す。時間になると安藤は、ダンスの邪魔になる植木鉢を押し頂いて、場外へ運んだ。たちまち「寺の娘の身体」が立ち現れる。さらに天井から吊るされた回転ロープを、リモコンで止める。それでも足りなかったか、作者のハンに切るように頼んだ。

前半は、それぞれが直角に向きを変える歩行。喋る人も。一列になって歩く隊形あり。合間を縫う安藤の、武術風低重心動きが面白い。変わらぬ自由な精神。下駄の似合う脚は、残念ながらズボンに隠れていたが。一瞬一瞬考えながら、瞬時に判断を下しながら、踊っている。後半は、フォーサイス仕様。上田舞香、上原杏奈を始めとするダンサーたちが、躍動感あふれる踊りで、舞台を縦横無尽に駆け抜けた。バレエ・ベースのダンサーたちはフォーサイスに見えるが、同じ振付でも、安藤は安藤の踊り。しかし教えることはできる、その不思議。

アフタートークは、安藤と、象の鼻テラスアートディレクター 岡田勉が登壇。安藤は「バレエテクニックと日常をつなぐ」、「ダンサーと一緒に考える」、「舞台を普通に歩く難しさ」、「本当は1時間全部、実験的にやりたかった、不毛の1時間、世捨て人の私はよいが、若いダンサーには酷なので(フォーサイスにした)」、「ダンサーには、空間と対話する、自分で考えて動く、を求める」、「自分はダンサーよりも、アーティストでいたい」など語った。再来年のカンパニー立ち上げに際しては、芸術監督になる予定。

 

山崎広太 @ Whenever Wherever Festival 関連企画「しきりベント! vol.3」(1月25日 元映画館)

2021年の標記フェスを目指して行われたリサーチ企画。オールナイトを含む会期3日間のうちの中日、13時から20時まで、三河島にある元映画館(日暮里金美館、現在「銀幕カフェ」)で、4つのプログラムを見ながら過ごした。合間にカフェのカウンターで、チキンクリームリゾットを食べたり。最初は観客一人だったが、徐々に増えて、最後は満員になった。

最初は Aokid 企画の「TRY DANCE MEETING」。よく分からないまま、運営メンバーの福留麻里さんと、ダンスについて喋る(Aokid はまだ不在)。話してる途中で、ようやくダンスについて喋る企画だと分かった。久しぶりにダンスについて思い切り喋った。

昼食後、西村未奈 企画「右脳左脳バランスデッサン&西村未奈のモンスターダンスをデッサンする会」。最初に、西村がベニントン大学で教えている呼吸法を、参加者が実践。それから二枚の画用紙が配られ、左右両方の手で、好きなものをデッサンする。ユニゾンでも、シンメトリーでも可。すぐ前にいる青年(谷繁玲央)のデッサンが素晴らしかったので、後で譲って貰った。 モンスターダンスは西村と山野邉明香のソロ2つ。あらかじめ二人がモンスターをデッサンし、それを踊る。参加者は踊りを見ながら、モンスターを想像して描く。ジェスチャー+連想ゲームのような難しさだが、不思議に似ている絵があった。西村ソロは体でモンスターの絵を描くアプローチ、山野邉ソロはモンスターになるアプローチだった。

続いて、福留麻里 企画「記録を巡るダンス」。シドニー在住の黒田杏奈が、動きながら自宅の部屋について説明する。さらに、日舞を踊る必要があって、当地の日舞の先生に教わり、母からスカイプで着付けの手ほどきを受けた、と語りながら、日舞を踊る。自宅は麻薬常習者のリハビリ施設の真ん前で、その手の人がたむろしていたりする、住所を言うと、皆が引く所、でも窓から見る風景は好き、とも。カフェの高椅子から見ていたので、ガラスケース越しの斑な体験、記憶になった。

最後は、山崎広太 企画「ダンス・スプリント」。模範となる一人が数分のムーブメントを行い、それを6人のパフォーマーが記録、記憶しつつ、それをもとに再生する。このアイデアは競輪の先頭誘導員制から触発された、とのこと。スティーヴ・ライヒの『Music for 18 Musicians』を使用。70分ぶっ続けで踊る「ダンス・スプリント」である。始める前、備品を壊さないよう、相手を持ち上げてもよいが、コンタクト・インプロはだめ、技術がないから、など山崎から注意があった。

冒頭は山崎がひとしきり踊ってみせる。それから徐々にダンサーたちが入っていくのだが、上記のようなムーブメント再生は、よく分からなかった。それぞれの踊りと発話で勝負する完全インプロ。その中で八木光太郎が、山崎に対抗するトリックスター的動きと叫びで、空間を切り開く。床に貼られた美術チームのインスタレーションを、強烈な蹴りで剥がしたり。因みにアクティング・スペースは、普通の居間くらい。このため、山崎はカフェをぐるりと回ったり、八木は2階に駆け上がったりした。

途中で音源が切れて、山崎が「あれっ?」。その間もダンサーたちは踊り続ける、スプリントなので。山崎が「みんな、踊り続けて偉いねえ」と褒める。音源が回復。終盤、山崎が突然、舞踏の体になった。周囲から自分を切り離し、内に内に入ることで、静かに蠢く統一体が現れる。芋虫のように慎ましく、身一つで時空を超えた旅を続ける山崎。ずっと見ていたかったが、音楽が終わると、即、現世に戻ってきた。すぐにダンサーたちとフィードバック。誠実な指導者の姿がそこにあった。

谷桃子バレエ団『リゼット』&『Fiorito』2020

標記公演を見た(1月18日 東京文化会館大ホール)。創立70周年を記念する新春公演は、バレエ団の歴史的遺産『リゼット』と、伊藤範子の新作『Fiorito』の二本立て。「古典と創作」を活動の柱とする同団らしいプログラムである。

幕開けの『Fiorito』は「花盛りの、華麗な」の意。その名の通り、4組のプリンシパルがアンサンブルを引き連れて華麗に舞うシンフォニック・バレエである。カリンニコフ(1866-1901)の交響曲第2番のうち、1、2、4楽章を使用。チャイコフスキーをより民族音楽に近づけたような作風で、流麗なメロディと郷愁を誘う民謡風音楽の合体は、バレエ作品に最適だった(指揮者でバレエ団音楽監督 福田一雄氏提案楽曲から選曲)。

深く自然な音楽解釈を基盤とする振付は、4色に彩られた古典レパートリーへのオマージュを含んでいる。1楽章の緑(山口緋奈子・吉田邑那)は『眠れる森の美女』、同じく赤(馳麻弥・安村圭太)は『ドン・キホーテ』、2楽章の白(永橋あゆみ・今井智也)は『白鳥の湖』の白鳥と『ジゼル』、3楽章(本来は4)の黒(佐藤麻利香・三木雄馬)は黒鳥をイメージさせる。適材適所の配役とダンサーの資質を生かす振付に、バレエ団の過去と未来が渦を巻いて混淆したような感動を覚えた。特に、今井に支えられた永橋の繊細なライン、弾けるような技術の切れを見せる佐藤が際立つ。チュチュの色と同色の4つのモダンな装置(鈴木俊朗/佐藤みどり)も、作品の質を高めている。

プリンシパルの踊る高難度パ・ド・ドゥ、フランス風の軽快な足技に加え、簡潔でエスプリの利いた群舞隊形が素晴らしい。1楽章はフーガに合わせて、女性群舞が緑から赤へと変わり、さらに緑と赤が入り混じる四角隊形を見せる。3楽章では、奥一列に並んだ黒い男性群舞が、パートナーを白から赤、緑へと変えていく移動ユニゾン。目を見張る面白さだった。伊藤のスタイルと美意識が隅々まで行き渡り、120%を要求する振付家の 容赦ない指導を想像させる。カーテンコールでの役をわきまえた4組プリンシパルのレヴェランスまで、伊藤の世界だった。

『リゼット』は1962年、東京バレエ学校在職中のスラミフィ・メッセレルとアレクセイ・ワルラーモフにより、「口三味線で歌いながら三日間で全部の振付を」(谷桃子)移された。同年の日本初演では、振付:谷桃子、構成演出:有馬五郎とある。音楽も、指揮の福田一雄がメッセレル持参のピアノ譜(ヘルテル版)をオーケストレーション、さらにエロール=ランチベリー版も参照し、「メイポール・ダンス」、「ネッカチーフの情景」などを作・編曲した。その後、天下無敵のマルセリーヌだった小林恭のアイデアで、「木靴の踊り」が加わり(福田)、独自の谷桃子版が形成されていく。物語と舞踊が不可分のアシュトン版に比べ、よりおっとりした雰囲気。ヘルテルの牧歌的な音楽に振り付けられた素朴で可愛らしい舞踊、ボリショイ系の激しいマイムが特徴と言える。

主役のリゼットは、初日が竹内菜那子、二日目が斉藤耀、コーラはそれぞれ檜山和久、牧村直紀のWキャスト。その初日を見た。 

竹内のリゼットは、明快で確かな踊りが美点。終幕のアダージョはさらに情感が望まれるが、主役を背負う気概がある。パートナーの檜山は笑顔も定着し、演技の面白さに開眼したようだ。似合いのカップルだった。

 伝統のマルセリーヌには岩上純。以前は登場するだけでおかしかったが、今回はやや落ち着きを見せて、お淑やかになった。いきなりの動きは相変わらずの面白さ。ミッショーには貫禄の赤城圭団長、ニケーズには、元気がよく、美しい心を持つ中村慶潤。はまり役を十二分に踊り切った。またタフなジプシー娘 馳と、美しいジプシー首領 斉藤拓も適役。前よりも現代的にはなったが、純朴な娘たち、気の好い青年たちが揃う、求心力のある舞台作りだった。

指揮のアレクセイ・バクランが、洗足学園ニューフィルハーモニック管弦楽団を率いて、珍しいカリンニコフの交響曲、ソヴィエト由来の『無益の用心』を、喜びと共に振っている。

新国立劇場バレエ団「ニューイヤー・バレエ」2020

標記公演を見た(1月11, 12, 13日 新国立劇場オペラパレス)。今年はバランシン振付『セレナーデ』(34, 35年)、牧阿佐美改訂・振付『ライモンダ』よりパ・ド・ドゥ(04年)、『海賊』よりパ・ド・ドゥ、クリストファー・ウィールドン振付『DGV』(06年)新制作というプログラムである。新春らしい古典パ・ド・ドゥ2品を挟む、バランシン、NYCB後輩振付家 ウィールドンのプロットレス・バレエ競演が興味深い。前者はドラマティックなチャイコフスキー、後者はミニマルなマイケル・ナイマン、と音楽は異なるが、共にオリジナル・ムーヴメント満載、クリエイティビティあふれる作品である。

幕開けの『セレナーデ』はバレエ団07年初演、4回目の上演。パトリシア・ニアリー熱血指導の下、5人のソリスト、アンサンブルが、美しく生き生きとした踊りを披露した。スタイルの統一はバレエ団の美点だが、それよりも、一人一人が今ここで動きを創り出す生成感が優り、バランシンの振付意図を強烈に伝える。稽古風景を滲ませる日常的次元から、女性3人が髪をほどく神話的次元への劇的移行、『アポロ』を思わせる艶めかしい男女フォルム、ダンス・クラシックからはみ出る拡張されたポジション。バランシンの振付衝動にまで遡る新鮮なパフォーマンスだった。

ワルツの寺田亜沙子は、美しいラインに激しいパトスを載せ、遅刻から昇天へのドラスティックな生を鮮やかに生き抜いた。ロシアの柴山紗帆は音楽性と強靭なテクニックを武器に、バランシン・アクセントをクリアに実現、高揚する踊りの喜びを発散する。エレジー細田千晶は、引き締まったライン美、クールで嫋やかな踊りで舞台の要となった。中家正博は研ぎ澄まされたラインとドラマティックなサポート、井澤駿は暖かく素直な踊り、と持ち味を発揮。アンサンブルには元気のよい若手が混じり、作品に新たな生命力を加えている。

続く古典パ・ド・ドゥ2作には、Wキャストを含む3組が登場した。最初の『ライモンダ』パ・ド・ドゥは、牧版初演時に第3幕で踊られたものを改訂。純粋なクラシック語彙を使用し、バランス、リスキーなサポートを多用する難度の高い振付で、バレリーナの器量と技量を見せるためのパ・ド・ドゥである。

初日の小野絢子は、福岡雄大との親密なパートナーシップを誇る。動きに無駄がなく、まるで日舞の所作を見るようだった。ただ大劇場で踊るには、少し纏まりすぎだったかもしれない。最終日の米沢唯は、舞台へ上がることの意味が肚に入ったプリマの佇まい。パートナー渡邊峻郁への配慮、観客への慎ましやかな祝福が、充実した肉体から放射される。心技体一致の境地にあった。

『海賊』パ・ド・ドゥは、メドーラとアリの関係を反映したリリカルなアダージョ、各ヴァリエーションとコーダでの技の競い合いが見どころ。木村優里のダイナミックな脚線、速水渉悟の宙に浮くような高い跳躍、そして二人のやや粗めながら高速の回転技が、客席を大いに沸かせた。

英米を股にかける振付家ウィールドンの『DGV』は、ナイマンの仏高速鉄道TGV開通記念委嘱作に振り付けられた。4つのパートそれぞれに男女ソリストが配され、最後は全員の総踊りとなる、『シンフォニー・イン・C』(バランシン)と同じ構造。だが明晰なバランシン作とは反対に、曖昧模糊とした分かりにくさがある。ソリストの振付がミニマルなリズムと一致していないこと、音の拾い方が複雑であることが理由だろう。全てを見られない点はアシュトンの『バレエの情景』を思わせる。搦め手から作られた印象があった。

なだらかな山のように配置された7つの半透明メタリック・インスタレーションが、シモテ上方の強いライトに照らされて、月夜の砂丘や月世界を現出させる。その中で浮遊する女性ソリストたちの優美なライン。一方男性ソリストは、第4区の福岡が少し踊るだけで、サポート役に徹する(公演全体でも、思い切り踊るのはアリの速水のみ)。卍型回転リフト、横っ飛びリフト、駆け足型リフト、ヒコーキ型リフトなど、スローで抑制された宇宙遊泳のような動きが次々と繰り広げられ、神話的・宇宙的な世界が一枚の織物のように綴られた。

ソリストを囲む8組の男女アンサンブルは、ミニマルなリズムに合わせて、左右移動、手旗信号風斜め腕(『アリス』のカード・アンサンブルを想起)、グランプリエで一文字腕、斜めアン・オーから阿波踊りの腕遣いなどを駆使。動くインスタレーションと化して、ソリストに脈動を伝える。

最後は月が消えて、どこでもない昼間のような空間に。両バルコニーから響く原始的な太鼓に呼応し、全員がケルト風の足技で踊る。終幕は無音。ソリスト4組が宇宙遊泳しながらフェイドアウトした。

ソリストは、本島美和と中家、小野と木下嘉人、米沢と渡邊、寺田と福岡の組み合わせ。ウィールドン『不思議の国のアリス』の初日組だった米沢と渡邊は神秘的なアダージョを踊った。反り返ったヒコーキのようなリフトで入場(渡邊は後ろ向き)。米沢の微細な筋肉の浮き上がる両脚が、濃密な軌跡を描き出す。その張り切った重みが、充実期にあることを伝えていた。一方、ベテランの本島は、繊細かつ美しいラインで空間に芳香をもたらした。グラン・プリエの絶対的フォルムが、振付解釈の深さを改めて知らしめる。女性アンサンブルを体で率いる円熟の境地だった。

マーティン・イェーツの舞台に寄り添う緻密な指揮、東京交響楽団の厚みのある弦と管が、深く豊かな響きを醸し出す。特にチャイコフスキーは、イェーツの熱いパトスが音となって流れ、強く胸に迫った。

『くるみ割り人形』+『かもめ食堂』2019

Kバレエカンパニー(11月28日 オーチャードホール

熊川哲也版。ホフマン原作の複雑な時空を反映。ヨランダ・ソナベントの華麗な美術がマジカルな空間を作る。マリー姫の浅野真由香は明るく爽やか、王子の遅沢佑介はノーブル、クララの河合有里子は可愛らしい芸達者。渡辺レイが舞踊監督に就任し、音取りが緩やかになった。踊りの見せ方も、立体性よりも二次元の美を追求する。カンパニーのスタイルは継続されるのだろうか。フリッツの関野海斗が小回りの利く巧い踊り、花のワルツの成田紗弥がよく歌う脚を披露した。井田勝大指揮、シアターオーケストラトーキョー。

 

バレエ団ピッコロ(12月5日 練馬文化センター 大ホール)

松崎すみ子版。細かく自然な演技が、大人から子供まで行き渡る。クララの子供らしい感情の表出、それを暖かく見守るドロッセルマイヤー(小原孝司)、やれやれと肩を叩く召使たち、酔っ払いの父の手を引く子供の姿も。新鮮な空気を深々と吸える晴れやかな舞台。見る者を前向きにさせるのは、松崎の真っ直ぐな人間性が舞台に反映しているから。金平糖の精の松岡梨絵はリリカルで優しい演技、王子の橋本直樹は規範に則った丁寧な踊りで、すみ子ワールドの芯となった。

 

井上バレエ団(12月7日 文京シビックホール 大ホール)

5月に急逝した関直人の版。関振付の特徴は、ダイナミックで精緻な音取りが、めくるめく幻惑感、さらには高揚感を生み出す点にある。ダンサーたちは、シンプルなポール・ド・ブラと真っ直ぐな脚遣いで、その並外れた音楽性を視覚化してきた。今回は腕の美しさを追求したせいか、音取りが緩やかになり、夢のような異空間は現出せず。バレエマスター石井竜一への世代交代、過渡期なのだろう。金平糖の精の源小織は、凛とした佇まい、柔らかな腕遣い、鋭い動きで、団の伝統を継承。王子の西野隼人は美しく誠実な踊りで、源をサポートした。フリッツの渡部出日寿が父譲りの美しい踊りを披露。御法川雄矢指揮、ロイヤルチェンバーオーケトラ、NHK東京児童合唱団。

 

スターダンサーズ・バレエ団(12月8日 テアトロ・ジーリオ・ショウワ)

鈴木稔版。ドイツの一般家庭の少女が、人形の世界に紛れ込み、王子と結婚に至る直前で、家族を思い出し、現実の世界に戻ってくるお話。ディック・バードのお伽話風美術(人形劇舞台の裏側、三連兵隊、ドールハウス)と、コンテ雪片ワルツを含む自由闊達な鈴木振付が合致し、暖かい舞台を作る。主演の塩谷綾菜は、自然な演技、繊細で癖のない踊り、正確な技術で可愛らしいクララを造形、王子の高谷遼は力強く美しい踊りで、塩谷をサポートした。田中良和指揮、テアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラ、ゆりがおか児童合唱団。

 

東京バレエ団(12月14日 東京文化会館 大ホール)

斎藤友佳理版。新制作。ほぼワイノーネン版を踏襲するが、雪片のワルツ、花のワルツは、フォーメイションを変えている。またグラン・パ・ド・ドゥのアダージョは2人で踊り(ワイノーネンは4人の騎士が加わる)、ソビエト・バレエらしいグランドリフトを多用。各国の踊り手がクリスマス・ツリーから出てくるのが斎藤版の特徴である。装置・衣裳のコンセプトはニコライ・フョードロフとのことで、ソビエト時代への素朴な郷愁を感じさせる(ムーア人の造形を含む)。マーシャの沖香菜子は持ち前の輝きに、斎藤芸監の細やかな演技を加えたアプローチ、くるみ割り王子の秋元康臣は美しく伸びやかな踊りで、沖をサポートした。老人と組んだ伝田陽美の若妻(または亡き息子の嫁)が際立つ演技。池本祥真のスペインも鮮やかだった。井田勝大指揮、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団NHK児童合唱団。

 

牧阿佐美バレヱ団(12月14, 15日 文京シビックホール 大ホール)

三谷恭三版。デヴィッド・ウォーカーの豪華な美術と英国系の演出が合致したオーソドックスな版。バレエ団の精緻な音楽性は、雪片のアンサンブルに象徴される。今年は2人の王子がデビュー、いずれも海外バレエ団経験者である。初日ソワレの元吉優哉は、感情を載せた踊り、献身的なサポート、鮮やかなラインが特徴。常に目の前の相手に向かって演技をする、親密なパートナーである。二日目の水井駿介は、バランスの取れた四肢、美しく大きな踊り、陽性の客観的視点を備えた主役。共に次回作での活躍が期待される。金平糖の精はそれぞれ、美的な織山万梨子、音楽的な阿部裕恵が勤めた。花のワルツソリスト 中川郁の清々しいオーラ、アラブ 光永百花の濃厚で危険なオーラも印象的。デヴィッド・ガーフォース指揮、東京オーケストラ MIRAI、なかの児童合唱団。

 

新国立劇場バレエ団(12月15日夜, 17日, 21日昼, 22日夜 新国立劇場オペラパレス)

ウエイン・イーグリング版。ホフマン原作を反映させつつ、家族の繋がりを強調する演出。自動人形の場面は、クララの姉と求婚者たちによる劇中舞踊に、グロス・ファーターは、祖父母から父母へ杖と補聴器が渡り、フリッツも加わる世代継承を暖かく視覚化、闘いとディヴェルティスマンには、フリッツを模した騎兵隊長、姉ルイーズによる蝶々、父母によるロシアが組み込まれ、終幕はクララとフリッツが雪の夜空を振り返って終わる(音楽:子守歌)。振付は難度が高く、多数の実力派ソリストが必要。同団でなければ上演できない、タフな『くるみ』である。なぜか暗幕が下りる樅の森のパ・ド・ドゥは、もう少し明度を上げてもよい気がする。

クララとドロッセルマイヤーの甥=くるみ割り人形=王子は4組。米沢唯と井澤駿は、穏やかな光が拡がるようなアダージョ、小野絢子と福岡雄大は、振付のアクセントも明確な磨き抜かれたアダージョ、池田理沙子と奥村康祐は、池田の開かれた生命力に奥村が優しく応えるアダージョ木村優里と渡邊峻郁は、木村が率先し渡邊がフォローするアダージョ、とそれぞれの個性を発揮した。ダンサー全員が持ち役や初役を掌中に納め、劇場のクリスマスシーズンに貢献。福田圭吾の献身的ロシア、髙橋一輝の老人2役、木下嘉人・原健太の明るく機嫌のよい花のワルツソリストが印象深い。また井澤諒が美しい踊りで復帰している。アレクセイ・バクラン指揮、東京フィルハーモニー交響楽団東京少年少女合唱隊(退場時にライトアップ希望)。

 

東京シティ・バレエ団(12月21日 ティアラこうとう大ホール)

石井清子版。冒頭の若草物語風母子、ピエロ、コロンビーヌ、ムーアの大小2組など、児童舞踊の楽しさが横溢する。樅の森から大人のクララに変わり、くるみ割り人形アダージョ金平糖の女王は原典版通り、コクリューシュ王子と踊る。金平糖の斎藤ジュンは、愛らしく明るい女王、王子のキム・セジョンは、誠実で美しい踊りを心掛ける(本来は情熱的なタイプだと思うが)。『R&J』でも組んだくるみ割り人形の吉留諒、クララの庄司絢香は息も合い、見ごたえあるアダージョを披露。NBAバレエ団から移籍した土橋冬夢が、随所で体を惜しげもなく捧げる献身性を見せている。福田一雄指揮、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団、江東少年少女合唱団。

 

松山バレエ団(12月22日 東京文化会館大ホール)

清水哲太郎版。森下洋子のための版と言ってよく、クララの見せ場が他版よりも多い。モダンな語彙と戯画化された演技で独自の様式を築く一方、人形3体、ディヴェルティスマンのクラシカルな振付は、バレエ団の歴史を思い出させる。森下の腕遣いは依然として素晴らしく、伝統舞踊の真髄。NBAバレエ団に移籍した王子の刑部星矢は、溌溂とした美しい踊りで新境地を拓いた。雪の女王とあし笛を踊った石津紫帆は、美しさと気品にあふれた次代を担う逸材である。河合尚市指揮、東京ニューフィルハーモニック管弦楽団

 

小林紀子バレエ・シアター(12月27日 東京建物 Brillia HALL)

同劇場杮落しシリーズの一環。小林紀子版。先行版同様、ワイノーネン版の影響が見られるが、クリスマス・ケーキが頻出し、振付家の思い入れを窺わせる。またねずみの王様が食事を邪魔されて怒る場面も。パーティシーンでは、かつてお転婆だった祖母の存在感が際立つ。金平糖の精の真野琴絵は、バレエ団のスタイルをよく実践。明るく力みのない踊りを披露した。王子のアントニーノ・ステラは献身的だが、様式が異なる。くるみ割り人形・青を踊った吉瀬智弘の方が、舞台に馴染んでいた。赤の望月一真、五十嵐耕司とのトリオは、見応えがある。江原功指揮、東京ニューフィルハーモニック管弦楽団

 

井上恵美子ダンスカンパニー『かもめ食堂(12月28日 川崎市アートセンター アルテリオ小劇場)

母(井上恵美子)と娘(江上万絢)の葛藤と和解を描く物語ダンス。合間にかもめたちが入り乱れ、酔っぱらった母と男かもめがパ・ド・ドゥまで踊る。音楽の表記はないが、島唄や沖縄風の曲が用いられ、母のまな板叩きと相まって、明るい南国の港食堂が浮かび上がる。因みに、まな板を叩くリズムは音楽と一致せず、そこに鼻が開いたような脱力の面白さがある。母子の芝居が素晴らしい。役者顔負けだが、ダンスと地続きにある点で、役者を上回る。井上の酔っ払い芝居の巧さ。煮物に酒を入れて味見を繰り返すうちに、しゃもじの酒を舐め、終いには一升瓶から直飲みする。男かもめ(大前祐太郎)とコミカルでロマンティックなダンスシーンを繰り広げた挙句、逃げる大前に「待てー」、大前「いやだー」。娘の江上も、パトスを出し切る舞台、よれよれになることができる。

そばを食べる所作が、拡張されてダンスになる面白さ。井上の哀しみのソロの溜め、群舞の手首の決め、フッと立つ、フッと動くなど、日舞の下地を感じさせる。バレエで培われた音楽性、モダンの破天荒な自然体が加わり、独自の振付、舞踊形態が生み出されたのだろう。そして物語る力。ホロリとさせるダンスを初めて見た。

2019年公演総括【追加あり】

2019年の洋舞公演を振り返り、印象に残った振付家・ダンサーを列挙する(含2018年12月)。

 

【バレエ振付家

大ベテランの関直人、大竹みかが逝去。大竹は没前年まで新作を振り付けていた。同じく大ベテランの松崎すみ子は、『メアリー・ポピンズ』改題の『愛しのメアリー』を上演(バレエ団ピッコロ)。物語を喚起する力、音楽的振付、世界を肯定し、子供たちをそのまま愛する人間性が、独自のすみ子ワールドを形成した。

ベテランの篠原聖一は、ロットバルトの悲劇を背景としたダークな色調の『白鳥の湖』改訂版(日本バレエ協会)、中島伸欣は『ロミオとジュリエット』再演に加え、晴れやかなシンフォニック・バレエ『セレナーデ』(東京シティ・バレエ団)を上演した。

中堅の堀内充は、亡き母への抒情的なレクイエム『hananoiroha...』(堀内充 BALLET COLLECTION 2019)、坂本登喜彦は微細なガマーシュ造形を特徴とする、踊り満載の『ドン・キホーテ』(世田谷クラシックバレエ連盟)、熊川哲也は旧作『くるみ割り人形』『カルメン』、新作『マダム・バタフライ』で、優れた音楽性、緻密な物語性を掛け合わせた円熟の振付を披露した(Kバレエカンパニー)。

同じく伊藤範子は、ガーシュインの気怠さを小粋でエレガントなスタイルで振り付けた『Gosh! win for the future』(谷桃子バレエ団附属アカデミー)、石井竜一はブルノンヴィル・スタイルとクラシカル・スタイルを駆使し、バレエ団の個性とドリーブ音楽の魅力を伝える『シルヴィア』(井上バレエ団)を発表した。

若手では宝満直也が、サムソワ版の構成を基にした新振付『白鳥の湖』(NBAバレエ団)、狐女と男の夢物語『MU』(大和シティ・バレエ)、『海賊』再演(NBA)など、相変わらずの多作ぶり。

海外振付家では、アシュトン(新国立劇場バレエ団、牧阿佐美バレヱ団、小林紀子バレエ・シアター)、マクミラン小林紀子、新国立)、プロコフスキー(牧阿佐美)、イーグリング(新国立)、ビントレー(新国立)、ウィールドン(NBA劇団四季)と、英国系が多い。バランシン(東京バレエ団)、ウヴェ・ショルツ(東京シティ)のシンフォニック・バレエ競演も(NHKバレエの饗宴)。クルト・ヨースの名作『緑のテーブル』(スターダンサーズ・バレエ団)は19, 20年と連続再演する。

ロシア系では、フォーキンの『ショピニアーナ』(マリインスキー・バレエ)と『レ・シルフィード』(新国立)、ブルラーカ復元『パキータ』(マリインスキー・バレエ、ワガノワ・バレエ・アカデミー)、メッセレル改訂振付『パリの炎』(ミハイロフスキー劇場バレエ)が、バレエスタイルの変遷を考える上で示唆的だった。

 

【モダン・コンテンポラリーダンス振付家

モダンダンスでは、大ベテランの正田千鶴がクセナキスの音楽を使用した『Floating ―揺れども沈まず― 』で変わらぬ前衛ぶり、柳下規夫がサックス生演奏の『白夜・逍遥とロマン』でロマンティックなアナザーワールドを現出(共に東京新聞)、村上クラーラがコントラバス生演奏の『路地を曲がったら』で飄々とした知的空間を作り上げた(DANCE創世記)。ダンサーでは、加藤みや子が萩谷京子作品『透過』(東京新聞)で気の漲った巫女のような踊り、桐山良子が村上作品で思考を形にした踊りを見せている。

コンテンポラリーでは上演順に、勅使川原三郎の『月に憑かれたピエロ』(東京芸術劇場)、山崎広太の講演「NYと日本のダンス環境」(ダンスカフェサロン in あうるすぽっと)、金森穣の『R.O.O.M』(Noism)、島地保武の『彩雲 -iridescent clouds-』(新国立劇場バレエ研修所)、福田紘也の『猫の皿』(新国立)、貝川鐡夫の『Danae』『カンパネラ』(新国立)、佐東利穂子の『泉』(KARAS APPARATUS)、島崎徹の『The Gate』(日本バレエ協会)、児玉北斗の『Pas Syntaxique』(大和シティ)、福田圭吾の『accordance』(大和シティ)、松崎えりの『parfum』(バレエ団ピッコロ)、皆藤千賀子の『Age of curse』(セッションハウス)、遠藤康行の『月下』(日本バレエ協会)、中村恩恵の『ベートーヴェンソナタ』再演(新国立)。

海外振付家では、クリスタル・パイトの『The Other You』抜粋(Opto)、マルコ・ゲッケの『Woke up Blind』(NDT)、ナチョ・ドゥアトの『眠りの森の美女』(ミハイロフスキー劇場バレエ)、ジョン・ヒョンイルの『The Seventh Position』(東京シティ)。

 

【男性ダンサー】

上演順に、キム・キミンのアリ(pdd)、小㞍健太(パイト)、速水渉悟の青年、奥村康祐のペトルーシュカ、木下嘉人の火の鳥(異装)、井澤駿のジークフリード王子、金森穣(金森)、福岡雄大ソロル、速水のブロンズアイドル、宇賀大将(福田圭吾)、福岡(貝川鐡夫)、ジェイソン・ルスピルー(サンチス&ドゥ・ケースマイケル)、元吉優哉のコーラス、保坂アントン慶のシモーヌ、細野生のアラン、福田圭吾のアラジン、井澤のジーン、佐辺良和(佐辺)、吉留諒のロミオ、浅田良和のアミンタ、熊川哲也(関直人先生を偲ぶ会)、イレク・ムハメドフ(P・ライト)、福田健太のロメオ、スチュアート・キャシディのシャープレス、遅沢佑介のボンゾウ、松本大樹(松崎えり)、渡邊峻郁のロメオ、貝川鐡夫のティボルト、柄本弾のヒラリオン、ヴィクトル・レベデフのデジレ王子。

 

【女性ダンサー】

上演順に、永久メイのメドーラ(pdd)、塩谷綾菜のクララ、池田理沙子のバレリーナ、井関佐和子(金森)、米沢唯のニキヤ、柴山紗帆のニキヤ、オルガ・スミルノワの瀕死の白鳥、池田のシンデレラ、中川郁のリーズ、ナターリヤ・オシポワのキトリ、ジュリエット(pdd)、フランチェスカ・ヘイワードのオンディーヌ(pdd)、吉田都(P・ライト)、矢内千夏の蝶々夫人青山季可のコンスタンス、米沢のジュリエット、小野絢子のジュリエット、本島美和のキャピュレット夫人、沖香菜子(勅使川原三郎)、小野のジゼル、米沢(中村恩恵)。