王家衛『グランド・マスター』

王家衛の映画を久しぶりに見た。07年の『マイ・ブルーベリー・ナイツ』以来(6月5日 ワーナーマイカル板橋)。
ウォン・カーウァイの映画は全部見ている。『2046』のキムタク出演部分を除くと、全部好きだ。
作品の構成はハチャメチャ、映像も歪んでいる、終わりがない、そこがたまらない。全体でウォン・カーウァイの作品。彼が生きて仕事をしていると思うだけで、生きる勇気が湧いてくる。
ウォン監督の分身トニー・レオンも好きな俳優(阪本順治にとっての佐藤浩市)。田村高廣や小津作品の笠智衆を思わせる。上品な受け身の色気がある。
監督は「今回、香港・中国・フランスの合作なので、脚本の審査が厳しい」と、日経のインタビューで語っている。ということは本当はもっと流動的な構成だったかも。最後にトニー・レオンがにっこり笑って「君は何派?」と訊いて終わる。直前に「武術では流派は関係ない」と言っているので、お茶目をかましているわけだ。いかにものショットだった。
レオンはブルース・リーの師匠イップ・マン(葉問)役。47歳で初めて武術(詠春拳)を学んで、役に備えた。途中、二度骨折したとのこと。詠春拳は短橋狭馬(歩幅が狭く、腕を伸ばし切らない)で、接近戦を得意とする(プログラム)。レオンの構えは自然で美しい。心境に澱みがなく、淡々と技を繰り出す。レオンの形になっている。初めの2年間は戦うシーンの撮影ばかりで、冒頭の雨の格闘シーンは、10月から11月にかけて一か月以上、毎晩休みなしで行われたという。しかも、夜7時に撮影が始まったとしたら、翌朝まで着替えることができない。このシーンを撮り終えた後、レオンは気管支炎にかかり、5日間寝込んだ(プログラム)。レオンが監督の言うまま、黙々と役をこなしている姿が目に浮かぶ。
このイップ・マンという人は、「40過ぎまで何もしなくても生活できる代々裕福な家に育った。その味を一番出せるのがトニーだと思った」と監督(日経)。その妻の張永成役には、韓国女優ソン・ヘギョ。多くを語らずとも互いに分かり合える高貴な家系の女性なので、言葉を発しなかった。ただひたすら美しく、光り輝くような慎ましさがある。夫レオンに脚を洗ってもらっていた。なぜ日本にはひたすら美しい女優がいないのだろう。
ウォン・カーウァイとカンフーの組み合わせで、おいしさ二倍。美術や映像の美しさも凄いが、そこまでやるかという閾値を超えるところに快感がある。ディレクターズ・カットになるとどうなるのか。