井上バレエ団『シンデレラ』2015

標記公演評をアップする。

井上バレエ団恒例の夏公演は、プロコフィエフ音楽、関直人振付の『シンデレラ』全3幕。6年ぶりの上演である。美術・衣裳は、王宮を森の中に作ってしまう森の詩人ピーター・ファーマー。妖精の白い衣裳や、緑と紫を基調とする淑女のドレスが、背景の森に美しく溶け込んでいる。回転する映像など、舞台に寄り添う照明(立川直也)も効果的だった。


関版の特徴は、何よりも音楽的な振付にある。叙情的なパ・ド・ドゥ、高度なクラシック・ソロ、華やかで清潔なキャラクター・ダンス、エネルギッシュな群舞、それぞれに心浮き立つ音楽的喜びがある。特に時の精は、四肢を時計の針のように使い、鋭いフェッテで掟の厳しさを強調する名振付である。


また「アモローソ」大団円の後に、「舞踏会出発」のワルツで総踊りを加え、さらに幕が降りてからも、幕前で継母と義姉妹が掃除をするオチを付けるなど、観客にポジティヴなパワーをこれでもかと与える。バレエ団のシンプルなスタイルと関のエネルギーが組み合わさったフェアリー・テイル、唯一無二の『シンデレラ』である。


シンデレラは初日が宮嵜万央里、二日目が田中りな(所見日)、王子はチェリャビンスク国立オペラ・バレエ劇場バレエ団所属の秋元康臣が両日を勤めた。


中堅の域に入った田中は、前半やや硬さが見られたものの、舞踏会から戻ったソロ、王子との再会の踊りは感情にあふれ、体全体から晴れやかなエネルギーを発散した。バレエ団のスタイルもよく体現している。対する秋元は、国内時代とは全く様変わりしていた。長い手足を豪快に使い、生き生きと野性味さえ感じさせる。本来はこのように踊りたかったのだろう。


一方王子の小姓、荒井成也は、今春再演された関の傑作バレエ・ブラン『ゆきひめ』で若者を踊り、古風なノーブル・スタイルを継承したが、今回も美しい踊りと、献身的な演技で存在感を示している。


仙女(大島夏希)、四季の精(阿部真央、速水樹里、山下さわみ、源小織)、時の精(矢杉朱里)を初め、妖精たちや星の精が織り成す幻想的な風景が美しい。継母・福沢真璃江のゴージャスな踊り、義姉妹・樫野隆幸、安齋毅の渾身の演技、さらに中尾充宏を始めとする男性ゲスト陣が、舞台を大いに盛り立てた。


指揮は、新国立劇場バレエ団で副指揮者として活躍する冨田実里。ロイヤルチェンバーオーケストラから、プロコフィエフの豊かな弦の響きを引き出している。来季ENBの客演指揮者として、『ロメオとジュリエット』、『海賊』、『くるみ割り人形』を振る予定。自分の音楽を持つ貴重な指揮者である。(7月26日 文京シビックホール) *『音楽舞踊新聞』N0.2957(H27.10.15号)初出