牧阿佐美バレヱ団新制作『飛鳥』2016

標記公演を見た(8月27日 新国立劇場オペラパレス)。本作は、1957年初演の『飛鳥物語』(台本・振付:橘秋子)を基に、牧阿佐美が改訂演出・振付を行なった、言わば親子合作の創作全幕である。山野博大氏によると初演当時、バレヱ団の母体である橘バレヱ学校では、教科に舞楽を取り入れていた。初演版は、舞楽指導者の宮内庁楽部楽長・薗広茂が雅楽を編曲、橋本潔が美術を担当したという(プログラム掲載文より)。その後、62年に片岡良和のオリジナル音楽、三林亮太郎の美術で、プロローグとエピローグ付き三幕四場のグラン・バレエに改訂され(同文)、65、69年に再演、76年に牧が振付改訂を行い、86年の再演を経て、今回の二幕版に至っている。
音楽は片岡(音楽監督福田一雄)、美術監督は洋画家の絹谷幸二、映像演出はZERO-TEN(代表:榎本二郎)、照明デザインは沢田祐二、衣装デザインは石井みつる(オリジナルデザインより)と牧、振付アシスタントはイルギス・ガリムーリンという布陣。装置は神棚と宮司の座る椅子のみ。後はプロジェクション・マッピングを用いて、情景を転換する。3幕から2幕へ圧縮したことと、常に変容する映像を用いたことにより、モダンでスピーディな新版となった。
片岡の音楽は日本的なリリシズムを基調とし、雅楽管弦楽編曲やピアノを含む、幅広く変化に富んだバレエ音楽だった。日本オリジナルのバレエ音楽として、山内正の『角兵衛獅子』、湯浅譲二の『サーカス・ヴァリエーション』と共に、バレヱ団の貴重な財産と言える。
ZERO-TEN演出の映像は、絹谷のサイケデリックな龍の絵、山里の絵を中心に、62年の三林美術を基にした情景、宇宙的、俯瞰的な抽象図が、音楽に合わせて繰り広げられる。水泡が浮かび上がる様やホタルの乱舞、滝、雲など、自然と密着した映像が多く、森林浴のような効果があった。二幕の舞姫ソロのバック、若草+灰+群青色のグラデーションは、奈良の自然を思わせて素晴らしい。榎本代表の言葉、「映像は、舞台セットのみならず、時にそれは音楽に寄り添い包み込むような柔らかい表現であり、あるいはパフォーマンスと連動したシャープな表現であり、音楽とパフォーマーとの間を自由に行き来しながら変形していくものです。その映像がもたらす無形の刺激こそが、舞台に一体感を生む上で、大きな役割を果たすと思っています」(プログラム)が、そのまま実行された高レベルの演出。「見るための映像」から「体験して経験する映像」への進化を、自立した芸術メディアとして目の当たりにした。
牧の演出は、時間的な速さを強調したモダンなもの(橘版は未見だが、『角兵衛獅子』から推測すると、骨太な構成と空間的なスケールの大きさが特徴だったと思われる)。振付はバランシンに影響を受けた世代らしく、速い足技を含むアレグロに特徴がある。一幕のディヴェルティスマン、二幕の竜の饗宴とも、工夫を凝らした踊りの数々だった(ベジャール風の雄竜アンサンブルあり)。一方、演劇的流れの点では、一幕最後の愁嘆場に分かりにくさが残った。本来は演劇よりも音楽に親和性を持つ振付家だと思う。


物語は飛鳥時代の都が舞台。竜神を祀る宮の舞姫、兄妹のように育った若者、竜神竜神を愛する黒竜が、愛と嫉妬のドラマを紡ぐ。神に仕える舞姫という点では『ラ・バヤデール』、黒竜との対比では『白鳥の湖』、終幕の舞姫と若者による瀕死のパ・ド・ドゥは『マノン』を連想させるが、舞姫の所作や心境には、日本的な土壌が反映されている。

主役は、飛鳥時代の国際性を踏まえて、ロシア人が勤めた。舞姫の春日すがる乙女には、スヴェトラーナ・ルンキナ(カナダ・ナショナル・バレエ団プリンシパル)、若者の岩足にはルスラン・スクヴォルツォフ(ボイショイ・バレエ団プリンシパル)。二人はすでに『白鳥の湖』でゲスト出演を果たしている。竜神にはバレヱ団の菊地研が配された。
ルンキナは元々繊細な抒情性が持ち味だったが、今回はさらに磨きがかかり、一幕の榊を持って踊る神聖なソロは、日本人かと見まがうほどだった。グラン・プリエから八の字を描く独特の脚の踊りを丁寧にこなし、上体の楚々とした佇まいに、神に仕える身の気高さを加えて、竜神の妻に選ばれた舞姫の心境を表した。元牧バレリーナ・川口ゆり子のストイックな抒情性を思い出させる。二幕の竜神の妃としての踊りは、やや弱さが見られたが、岩足の愛の象徴であるこぶしの枝を持って踊る哀切なソロでは、本領を発揮した。対するスクヴォルツォフは、ゆったりとした大きな踊りに優れたパートナーシップを備えたボリショイらしいダンスール・ノーブル。誠実な人柄が役と合っている。
菊地の竜神は、天を治める大きさよりも怒りや厳しさに重点を置いた役作り。力強く伸びやかな黒竜の佐藤かんなとは、ロットバルトとオディールのような相性の良さを見せた。佐藤は独立した意志のある踊りが素晴らしかった。
竜剣の舞と金竜を踊った青山季可の、隅々まで神経の行き届いた主役の踊り(カーテンコールでのゲストに対する心配りも)、日高有梨とラグワスレン・オトゴンニャムの美しいパ・ド・ドゥ、清瀧千晴の晴れ晴れとした回転・跳躍技、清瀧が要となった二つのトロワ(織山万梨子と阿部裕恵、須谷まきこと太田朱音)の充実が印象深い。
逸見智彦、森田健太郎、塚田渉、京當侑一籠の清々しい舞楽、保坂アントン慶(祭司)、坂西麻美(宮司)の引き締まった演技も加わり、バレヱ団の底力を示す新版初演だった。
デヴィッド・ガーフォースの指揮と東京フィルの演奏が、片岡音楽を生き生きと蘇らせる。コンマス・三浦章宏の抒情的なソロが素晴らしかった。