新国立劇場バレエ団「ヴァレンタイン・バレエ」2017

標記公演を見た(2月17,18日 新国立劇場オペラパレス)。ヴァレンタイン・デーに合わせて、華やかなバレエ・コンサートを、という企画。バランシン振付『テーマとヴァリエーション』、パ・ド・ドゥ集、ロバート・ノースの『トロイ・ゲーム』による三部構成である。15年3月、中劇場で上演された「トリプル・ビル」と同型だが、第二部の『ドゥエンデ』(ドゥアト)をパ・ド・ドゥ集に変え、オペラ劇場に舞台を移して、豪華さを強調した。男性8人がマッチョぶりを競う『トロイ・ゲーム』の音楽は録音。これを踊ると後は使い物にならないハードな演目のため、構成が難しいところだが、オペラ劇場で録音演奏が最後になるのは、もったいない気もする。一部と二部の指揮はポール・マーフィ、演奏は東京交響楽団コンサートマスターは水谷晃、ソロ・ピアニスト(タランテラ)は菊地裕介。
冒頭の『テーマとヴァリエーション』(47年)は、バレエ団4回目の上演。前2回のステージングはパトリシア・ニアリー、前回と今回はベン・ヒューズによる。大きな違いは、ニアリーがダイナミックな音楽性と、物語を含む情緒を重視したのに対し、ヒューズはクラシカルで端正な動きを重視したことにある。そのため、ダンサーたちは音楽に身を任せるよりも、形を作ることに汲々として、踊りが小さくまとまった印象を受けた。かつて宮内真理子が、第八変奏「ラルゴ」で急にロシアの姫に変貌したことを、驚きと共に思い出す。古典の豪華さを醸し出せる米沢唯は適役。物語を生きれば、持ち味が生かせるだろう。パートナーの福岡雄大は、覇気あふれる踊り。米沢へのサポートも的確だった。ソリストでは、寺田亜沙子の伸びやかな美しさとモダンな味わいが際立つ。男性陣は江本拓が登録に移行し、クラシカルな切れ味は減じたものの、長身の貝川鐵夫、浜崎恵二朗が華やかに牽引した。
パ・ド・ドゥ集は、古典の『ドン・キホーテ』と『白鳥の湖』(第三幕)、深川秀夫振付『ソワレ・ド・バレエ』、バランシン振付『タランテラ』の4作。新導入の深川作品は、グラズノフの『四季』から4曲を使用、星空をバックに踊る愛らしいパ・ド・ドゥである。技巧家の深川らしく、随所に高難度の技が組み込まれるが、ダンサーはチャレンジングな振付をそうと見せず、あっさり踊らなければならない。かつて地元名古屋で深川の薫陶を受けた米沢が、振付の妙味を隈なく描き出した。パートナーの奥村康祐も、非常に高度なマネージュを楽々(?)と踊って、深川の期待に応えた。『タランテラ』では、小野絢子のコミカルでパワフルな踊り、八幡顕光の超音楽的な踊りが素晴らしい。また、米沢をサポートした福田圭吾の人間的で滋味あふれる踊りも印象に残る。古典では、柴山紗帆の楷書のキトリ(脚のコントロール!)、王子・渡邉峻郁の高い技術とパートナーぶりに、今後への期待が膨らんだ。若手の井澤駿、木村優里、池田理沙子は、まだ空間を形成するに至っていないが、それぞれ個性を発揮している。
『トロイゲーム』(74年)では、8人×2キャストの男性ダンサーが、己が魅力を発揮した。一人一人に触れることはできないが、中家正博の圧倒的な存在感、八木進の色っぽい踊りを挙げておきたい。作品については、前回のプログラムに詳しい解説がある。バレエ史家の薄井憲二氏は、ニジンスカの『牝鹿』に出てくるスポーツマンに触発されて、ノースはこの作品を作った、踊りの面では、同じニジンスカの『結婚』の儀式性に影響を受けていると述べて、『トロイ・ゲーム』とバレエ・リュスとの影響関係を論じている。一方ステージングを担当したジュリアン・モスは、フラメンコ・ギタリストでもあるノースが、ツアー先で触れたブラジルの音楽にインスピレーションを受け、合気道カポエイラをミックスしてこの作品を作ったと語る。ノースの詳しい経歴(ロイヤル・バレエ・スクールで学んだ後、グレアム・メソッドを基盤とするロンドン・コンテンポラリー・ダンス・スクールに入学)も、作品の振付を考える上で示唆的だった。
今シーズンから個々のバレエ公演のプログラムが廃止された。年間のプログラムをシーズン開幕時に購入し、その後は無料リーフレットが配布されるというシステムである。作品についての専門的な知識や情報が少なくなり、前述のように過去のプログラムを参照せざるを得ない。劇場は、観客への文化的還元、啓蒙を手放したのだろうか。また、プログラムを持たない国立バレエ団が、どこの国にあるだろうか。ENBの芸術監督タマラ・ロホの言葉、「公的助成を受けている芸術・文化団体にとって、リスクをとることはむしろ義務であると考えています。そうでなければ、いったい誰が芸術を発展させていくというのでしょう?」(NBSニュース Vol.360) 国柄やシステムは確かに異なる。が、来季のラインアップを含め、劇場側に芸術文化を担うことへの気概を期待したい。