2月に見た振付家・ダンサー・俳優 2017

2月の公演で見た振付家・ダンサー・俳優について、短くメモしておきたい。

●貝川鐵夫+江本拓@新国立劇場バレエ研修所「エトワールへの道程2017」
新国立劇場バレエ団所属の貝川鐵夫が、同劇場バレエ研修所の研修生に振付をした。作品名は『Space that leads』。ワーグナーの『タンホイザー』序曲を用いたコンテンポラリー作品である。貝川はプログラムに「身体と音を結び付けるためには自身のあるべき姿を感じる事が必要だと思います。それには心を解放しありのままの姿を素直に受け入れる事が必要です。そして自らと他者は双方の感覚を確かめあい共感し、身体は空間へ冒険心を持って感じるものを全て解き放つ。空間・音楽・身体全てが繋がる時、その瞬間に第六感の存在が生まれると信じて『Space that leads』〜繋がる空間、に思いを込めました。」と書いている。
貝川の自作コメントは、非常に短いものが多かった。言葉では説明できないと思っていたのか、言っても理解されないと思っていたのか。今回、初めて自分の本心を言葉にした気がする。このコメント通りの作品。いわゆるワーグナー臭さはない。貝川が真っ新の状態で音楽に対し、受け取ったものを無意識のうちに動きに変換し、ダンサー達に口移しのように教えている。音楽以外、余計なもののない清々しさ。ダンサー達の生きた動きに導かれて、生まれたてのワーグナーが聞えてくる。貝川は、自分の動きと先行作品の関係について、あまり気にしていないようだ。「この音楽」からは、「この動き」しか出てこないから。このことを最も深く感じ取っていたのは、指揮者のガーフォースだろう。自分の棒から自然に動きが流れ出る不思議さ。研修生たちは、ガーフォースの指揮、東京フィルの演奏で、貝川の振付を踊るという、途轍もなく贅沢な時間を過ごしたのだ。カーテンコールで、ピットのガーフォースに対して貝川が見せた感謝の身振りは、音楽を共有した者同士の喜びを表していた。
ガーフォースがもう一つ驚いたのは、『ラ・シルフィード』第二幕からのパ・ド・ドゥではないか。ジェームズ・江本拓(新国立劇場バレエ団)の幾何学的な鋭いラインと乱れの無い踊り。アントルシャから着地する際のグラン・プリエは、これまで見たことのない深さだった。トゥール・アン・レール両回転は、江本の得意とするところ。今季から登録ダンサーに移行したが、昨季の『ラ・シルフィード』上演では、目の前の踊りに歯がゆい思いをしたことだろう。


●田中千繪@平田オリザ×盗火劇団『台北ノート』
TPAMの一環。平田オリザが自作『東京ノート』を、台北の劇団に演出した。北京語での上演。その中に日本人のキュレーター役(平山)がいて、立ち居振る舞いがまるで日本人そのものだった。だが、後でプログラムを見ると、田中千繪という名前が。北京語は完璧に思えたので(根拠はないが)、てっきり台湾人が日本人の身体性を習得したのだと思ってしまった。そしてそれは在り得ないことだった。膝を曲げてヒールを履く、猫背気味に相手と対する、すぐに頭を下げる、常に気配を感じ取る。田中の繊細で流れるような動きは、そこだけ映像粒子が細かいようにくっきりと見えた。あるいは舞のようにも。台湾で活躍されている女優とのことで、あえて日本人を演じた(演出された)のだと思う。日本文化の気が遠くなるような洗練の身体化、理由なく洗練されていく文化の形象化だった。


●戸沢直子@多田淳之介『Choreograph』
横浜ダンスコレクションの一環。振付についてのメタ作品かと思ったが、普通のダンス作品だった。4人のダンサー、サックス+エレクトロニクスの大谷能生、田村友一郎のインスタレーションによる。4人のダンサーは少年のようなAokid、狂言の身体を持つ伊藤歌織、タップダンスのGunjo、ブレイクダンスの戸沢直子である。その中で、ブレイクの戸沢が素晴らしかった。同じ横浜ダンコレのジャレ作品『VESSEL』にも出ていたようだが、作品柄、ダンサーの区別はつかず、昨年の『無・音・花』では、韓国舞踊風コンテンポラリーのため、実力発揮できなかったかもしれない。今回初めて戸沢の個性を見た。立ち踊りの時には、とんでもなく細かい外しの音取り、床を使ったブレイクでは、技術の高さ、踊りの巧さに見とれてしまった。ブレイクダンスはストリート系で唯一面白いと思えるジャンル。舞踏と共に、ダンス・クラシックと拮抗しうる技術とスタイルがある。と言うか、体を張る、という点で同じ括りに入れているのかもしれない。舞踊評論家で自身ダンサーでもあるMさんに伺った話。ダンス・バトルは男女混合で、1対1、2対2、または3対3で行われる。現在はエクスペリメンタル部門というのがあって、コンテンポラリーのダンサーも出場できる。ただしこの場合も、その場でかかる音楽で踊る、とのこと。上記作品で、戸沢がソロを踊り始める際の気合の入れようが不思議だったが、バトル経験からきたのだと分かった。