新国立劇場バレエ団『コッペリア』2017

標記公演を見た(2月24日.25日昼夜 新国立劇場オペラパレス)。振付はローラン・プティ。1975年マルセイユ・バレエで初演され、新国立には2007年に導入された。今回が3回目の上演になる。全編プティ語で綴られているため、全くの改作に思われるが、実はプティの19世紀フランス・バレエへのオマージュである。2幕構成にフィナーレを加えた形は、同作のフランス上演史の反映。1幕、2幕とも原典版通りのオーソドックスな曲順である。ただし、1幕には3幕の「戦い」をフランツのソロとして、2幕には「曙」のイントロと「時」のワルツを、コッペリウスとコッペリア人形の踊りのため挿入、フィナーレは「平和」のイントロ、「祭り」、「ギャロップ」を使用している。ストリートオルガン(シンバル付)による「ワルツ・レント」(録音)を、1幕冒頭とフィナーレ冒頭に流して、プティ版の徴とするが、音楽とマイム、ダンスの一致は、驚くほど原典版から乖離していない。
マルセイユ初演ではコッペリウスをプティ本人が演じ、洒脱な踊りを披露する。今回、菅野英男がこれを演じたことで、プティの考えるコッペリウスが、催眠術に長け、気(人体エネルギー)を操る人物であることがよく分かった。19世紀のパリで催眠療法を行なった、ジャン・マルタンシャルコー博士のような。演出面での、衣裳の引き抜き、ライトの点滅など、ローテク魔術も加わり、19世紀讃歌が横溢した。
プティはバランシンと並んで、音楽から独自の動きを作りだす天才。コッペリウスの欽ちゃん走り、欽ちゃん跳び(萩本欽一の方が欧米から導入したのだろうが)、肩回し、肩振り、腰振り、お尻突出し、首前後・左右動かし、フラミンゴ立ち、膝伸ばし前傾走り、さらにコマネチ風の訳の分からない動きが、ダンス・クラシックをにぎやかに装飾している。プティの『こうもり』を踊ってきた新国ダンサー達は、こうした珍妙な動きや、客席に向けて演技するショー形式にも慣れて、高レヴェルの舞台を作り上げた。

スワニルダとフランツは3キャスト、コッペリウスはWキャスト。初日と最終日は小野絢子・福岡雄大・ルイジ・ボニーノの組み合わせ。小野は『こうもり』のベラでスターの輝きを見せた通り、プティとの相性は抜群。さらに米沢唯振付の『ジゼル』を踊って以来、コメディエンヌとして新境地を拓いている。小野のユーモア、と言うより、エスプリが肩回しや腰振りに炸裂、美脚にも血が通って、動きの強度が増した。一瞬たりとも素に戻らない虚構度の高さを誇る、会心の舞台だった。対する福岡は、いつにも増して覇気あふれる演技。踊りの躍動感、鮮やかなマネージュ、亭主関白風のクールな演技(ヨハンを思い出す)が素晴らしい。両者とも、プティのニュアンスを完璧に理解・実践している。要となるボニーノは、プティとは異なるチャプリン仕様のコッペリウス。女性を美しく見せる術は相変わらず。動きの切れよりも味で勝負するステージに入り、さらにペーソスが増した。コッペリア人形が崩れる衝撃の幕切れは、一歩引いた佇まいで、人生の酷さと儚さを示している。もちろん優れたステージングは、ボニーノによる。
二日目マチネは米沢唯・井澤駿・菅野英男。米沢は新旧パートナーを相手に、暖かで人間味あふれる舞台を作り上げた。菅野とは兄妹を演じた仲。さらに米沢は幼い頃、プティのコッペリウスを見て、「あのおじいさんが可哀想だよ」と言い続けていたと言う(WEB Magazine『Dancers』2017.1)。菅野との掛け合いは自然で楽しそうだった。井澤のフランツは、ダイナミックな踊りに持ち前の華がパッと開いた、言わば団十郎のような味わい。無意識の大きさが物を言う荒事派だったのだ。もしプティが生きていたら、世界を連れ回したのでは。菅野はロマンス・グレーのエレガンスを、すでに身に付けている。踊りの優雅さ、芝居の細やかさ、面白動きにも品が漂う。フランツの気を巻き取る、コッペリアに気を放つところは、本当に気を込めていた。
二日目ソワレは池田理沙子・奥村康祐・菅野の組み合わせ。池田は役のタイプとしては適役。愛らしい容姿に確かな回転技で、魅力を発揮した。舞台をやり遂げるガッツもある。今後はさらにパの正確な遂行と役の彫り込みが期待される。奥村はフランツらしいフランツ。明るく溌剌とした演技がそうさせたのか、やや踊りに乱れが生じたのが残念だった。

スワニルダの友人には、ベテランの寺田亜沙子、細田千晶、若手の柴山紗帆、木村優里らが配され、フレンチ・スタイルの細かい足技を見せる。衛兵は福田圭吾のアンサンブルだった。懐が深く真摯な性格が反映している。中でも、中家正博の重厚な動き(プティ版の優れたフロロだった)、渡邉峻郁のノーブルな踊り、木下嘉人の元気な踊りが印象深い。ポール・マーフィ指揮、東京交響楽団が、ミスはあったものの、厚みのある音楽で舞台をバックアップした。コンサートマスターはクレブ・ニキティン。