新国立劇場バレエ団 『ジゼル』 2017

標記公演を見た(6月24日昼夜.26日,7月1日 新国立劇場オペラパレス)。4年ぶり5回目のセルゲーエフ版『ジゼル』である。98年初演時には、二幕ジゼルはすっぽんで出入りを行ない、ミルタは台車に乗って飛翔した。恐らく06年の3回目から、現行に変わっている。またワガノワ・スタイルであったのが、新国立風に、さらに前回はBRBのバレエマスター指導で、より演劇的な舞台になった。今回、ウィリ・アンサンブルはおとなしかったが、演劇的方向性は変わっていない。本島美和のミルタとバチルド、菅野英男のハンス、丸尾孝子のベルタ、貝川鐵夫のクーランド、宝満直也のウィルフリードは、何か異変があっても、それにふさわしいリアクションが取れるだけの演技の幅があった。一方、これがセルゲーエフ版であったことを思い出させたのは、ハンスの中家正博である。正確なポジションから繰り出される鮮烈なライン、アン・ドゥオールの美しい脚線、気品に満ちた高い跳躍。もし初演時監修のドゥジンスカヤが見たら、驚いたに違いない。
キャストは3組。二回目の米沢唯、初役の小野絢子、木村優里が、それぞれ考え抜いたジゼルを造形した。初日と最終日の米沢は、役作りを積み上げて完成させるのではなく、あらかじめ役の背景や関係性をインプットし、舞台ではその場の状況を生きるタイプである。かつて『ドン・キホーテ』等で座長芝居を見せたこともあるが、本来はインプロ重視、生成感を特徴とする。初日は周囲との呼吸を量りそこね、演技がややアンバランスになった。だが、最終日の一幕では丁寧で落ち着いた演技、二幕では踊りに細やかな情感を滲ませるに至った。特に終幕に向けてのアルベルトを救出しようとする献身的な愛、鐘が鳴ってからの安堵と喜びは、パートナー井澤駿との関係と重なって、深く胸を打った。初役時の終幕パ・ド・ブレは能の身体を思わせたが、今回はただ安堵する体。米沢の新たな展開を窺わせる。
アルベルトの井澤は、こちらもその場を生きる派。生きるまでは何もしていないように見えるが、生き始めると通常の役作りを凌駕する大きさを見せる。最終日の終幕は、本島ミルタに追い込まれて、本当に死と直面していた。それが米沢の終幕演技を引き出したのかもしれない。井澤を始めとする3人のアルベルトは、二幕の登場、終幕でありがちなナルシシズムを回避していた。ゲスト・コーチ ロバート・テューズリーの指導によるものだろうか。英国系の慎み深いアルベルト造形である。
二日目(と五日目)の小野絢子は、キャリアを積んでからのジゼル初役。それにふさわしく、行き届いた演技と踊りだった。役の作り込みをすることで、舞台での生成感が薄れる場合もあるが、今回は自然。ジゼルダンサーなのだろう。一幕の母から隠れる場面では、小野本来のユーモアと可愛らしさが炸裂した。他にはない個性である。二幕の浮遊感も素晴らしく、サポートがさらに向上すれば名場面になると思われる。
アルベルトの福岡雄大は、古典バレエ同様、完璧な踊りを目指し、これを達成したが、二幕ではその覇気が、役との齟齬を生み、ロマンティシズムと対立する。かつてニジンスカの『結婚』ソロで見せた無意識の踊りが、福岡の本領。自分をさらけ出すべく原点回帰を期待する。
(三日目と)四日目の木村は、一幕の病弱で儚いジゼル、頽れるような狂乱が素晴らしかった。アルベルト 渡邉峻郁とのアイコンタクト、ステップの一致も抜きん出ている。互いに相談し、緻密に役を作り上げながら、その場の感情も大切にしていることがよく分かる。ただし二幕はラインへの意識が表に出て、作り過ぎの感が否めなかった。存在感も二幕の方が濃厚。ウィリに対する解釈だろうか。渡邉は木村をよく見て、それに応えている。踊りもこれ見よがしではなく、女性を生かすダンスール・ノーブルの味わい。二日続きのアントルシャだったが、ミルタへ手を差し伸べながら跳ぶ姿に、ロマンティックな香気が立ち上った。
バレエ団で円熟の芝居を見せたのは、ベテランとなった本島。作品理解の深さ、明快かつ雄弁なマイム、場を統括する懐の深さが際立つ。ミルタでは、ウィリの女王として長年森に君臨してきた歴史を、バチルドでは適度な鷹揚さ、人としての優しさを滲ませた。村人のパ・ド・ドゥでは、来季から登録に移行する八幡顕光と、中堅の奥田花純が、牧歌的な喜びをもたらした。八幡の鋭い音楽性と奥田の周囲を祝福するエネルギーが合わさり、二人が『アラジン』主役時に見せた祝祭的な踊りの磁場を思い出させる。同じく登録移行の堀口純と、盟友の寺田亜沙子が、ドゥ・ウィリで、対となる美しいアラベスクを見せたことにも感慨を深くした(細田千晶のミルタ、木下嘉人の村人 pdd は未見)。夫君同様、名脇役に成長した丸尾も移行組。堀口と共に立ち役として戻ってくるだろう。
今季をもって退団するのが、池田武志、小口邦明、林田翔平、盆子原美奈。踊り盛りの退団は異例。宝満直也作『3匹の子ぶた』でのゴージャスな池田、石山雄三作『QWERTY』でのスタイリッシュな小口、小倉佐知子作『しらゆき姫』での優しい林田王子、サープ作『イン・ジ・アッパー・ルーム』では巧みなダンサー、郄橋一輝作『Immortals』では女神のようだった盆子原を思い出す。4人の第二幕を期待する。
演奏は、熱血アレクセイ・バクラン率いる東京フィル。『ダンスマガジン』8月号の三浦対談もあってか、いつも以上の熱血ぶりだった(バレエ一家に生まれたこと、バレエ作品の音楽構成を手掛けていることなどを知ることができた)。