バレエシャンブルウエスト『タチヤーナ』2017

標記公演を見た(10月7日 オリンパスホール八王子)。02年の初演以来、再演(含海外公演)を重ねる、重要なオリジナル・レパートリーである。原作はプーシキンの韻文小説『オネーギン』。今村博明・木村功による台本を基に、江藤勝己が選曲(編曲:福田一雄、音楽監修:荒木伸一郎)、演出振付を今村・川口ゆり子が担当した。オークネフの美しい美術を背景に、チャイコフスキーの『オネーギン』、『フランチェスカ・ダ・リミニ』、『四季』、組曲等からの抜粋・組み合わせが、ドラマを強力に牽引する。演出振付は音楽と完全に一致、キャラクター色豊かな踊りから劇的パ・ド・ドゥまで、緻密に練り上げられている。特に終幕のパ・ド・ドゥは、音楽との豊かなダイナミズムを感じさせた。
主役のタチヤーナは川口ゆり子。ただ佇むだけで、読書好きの内気な少女、夢の中の情熱的な乙女、公爵夫人としての気配りを見せる貞淑な妻、そしてオネーギンへの愛を露わにした後、夫から贈られたショールに身を包み、進むべき道を毅然と歩む成熟した女性が立ち現れる。過剰な演じ分けも、これみよがしの踊りもない。一挙手一投足に、その時々の感情の揺らめきが見える。舞台に立つだけで観客を満足させる至芸の域。観客との関係性や舞台でのあり方に、日本の古典芸能との共通性が感じられた。
オネーギンは逸見智彦。師 今村のノーブル・スタイルを受け継ぎ、時折ツバメ返しのような鮮やかさを見せる。オネーギンのニヒリズムは、まだ自分の内に見出していないようだが、恋する者の直球の情熱は激しかった。もう一方の恋人たち、レンスキーとオリガは、吉本泰久と真由美兄妹。泰久の感情に裏打ちされた的確な演技は、さらに円熟味を増している。真由美ははまり役。明るく罪のない無邪気さで、悲劇を招く。川口の涼やかさに対し、陽性の演技が好対照だった。タチヤーナの夫、グレーミンは正木亮。暖かい包容力があり、穏やかな愛情の形を作ることができる。タチヤーナのショールを羽織る終幕が清々しさに包まれていたのは、正木グレーミンゆえだろう。
ラーリナ 篠崎れい奈の大らかな美しさ、乳母 延本裕子の懐の深さ、グレツキー 宮本祐宜の姿のよさ、庭師 土方一生の音楽的で清潔な踊りが印象的。さらに芸人には、橋本直樹、橋本尚美、山田美友の主役級が配され、豪華な踊りを披露した。男性ゲストを含めた男女アンサンブルの統一感、夢の精たちの伸びやかな踊りも素晴らしい。
東京ニューシティ管弦楽団率いる末廣誠の指揮は、舞台との呼吸も万全。滋味あふれるバイオリン・ソロを含め、チャイコフスキーの華やかで多彩な魅力を味わうことができた。

行きの中央線で、豊田から4人の中年女性が乗り込んできた。チケットを確認し、「いい所が取れたのよ」と言い合っている。見た目から、バレエファンというよりも、芝居ファン。いそいそと心が浮き立っているのが分かる。バレエ公演がこのように心待ちにされるのが、新鮮だった。地元と密着し、観客への視線を忘れない同団ならではの光景と言える。