牧阿佐美バレヱ団 『眠れる森の美女』 2017

標記公演を見た(10月8日 文京シビックホール)。82年初演のウエストモーランド版。英国ロイヤル・バレエの流れを汲み、儀式性、格調の高さ、マイムの優雅さを特徴とする。また、農民のワルツの新振付、間奏曲を使った目覚めのパ・ド・ドゥ、男女ソリストによる宝石の精が、英国系独自の改変として加えられている。今年4月の「NHKバレエの饗宴」でも第3幕が抜粋上演されたが、やはり全幕の迫力は圧倒的だった。スタッフの一体感に加え、東京オーケストラMIRAIを率いるデヴィッド・ガーフォースの指揮が素晴らしい。作品の大きさ、壮麗さが音楽によって空間化され、そこに劇場文化の艶が加わっている。長年ピットで過ごした指揮者にしか出せない、円熟の味わいだった。
主役のオーロラ姫とフロリモンド王子は、Wキャスト。初日はジョージア国立バレエ団のチェクラシヴィリとフェドゥーロフ、二日目はバレエ団の中川郁と菊地研。その二日目を見た。
中川は、初主演の『リーズの結婚』で見せた溌剌とした明るさが特徴(ミレディは未見)。その晴れやかな精神性はオーロラにふさわしく、地を生かした自然な演技は、見る者の心と体を解きほぐす。登場するだけで薫風漂う稀少な個性だが、持ち味に寄りかかることなく、隅々まで解釈が詰められている。この印象は幕を追うごとに強くなり、最後は主役としての懐の深ささえ感じさせた。思考を積み重ねた上で、それを実践する芯の強さ、何を踊っても人を惹きつける開かれた魅力がある。
王子はベテランの域に入った菊地研。ノーブル・スタイルへの意識からか、踊りがやや硬くなる傾向があったが、演技は自然。パートナーへの気遣い、舞台への責任感に、第一男性舞踊手としての気概が感じられた。
リラの精には体の美しい三宅里奈、女装が妖しいカラボスには、はまり役の保坂アントン慶、フロレスタン24世王にはゲストの三船元雄、王妃には坂西麻美が配された。今回初日の王妃役に、ロイヤル・バレエのエリザベス・マクゴリアンが招かれている。坂西もそれに準じたのか、王妃(とカラボス)のマイムに従来とは異なるニュアンスが感じられた。三船は若々しく気品に満ちた王。滑稽味のあるカタルブット 依田俊之が忠実に仕えている。
フロリン王女は米澤真弓(W)、ブルーバードは清瀧千晴、5人の妖精は高橋万由梨、安部裕恵、茂田絵美子、織山万梨子(W)、日郄有梨、と実力派が揃い、見応えがある。特に清瀧はジャンプの高さ、滞空時間の長さに、優雅さが加わり、美しい青い鳥を造形した。宝石の精の田村幸弘、須谷まきこ、細野生、太田朱音(全員W)は、速いテンポにも拘らず、音楽的統一感に優れる。特に太田の優美な踊りが目を惹いた。カバリエール達のノーブル・スタイル、若手によるリラのお付き、ニンフの瑞々しさ(風間美玖が鮮やか)に、バレエ団の底力が見える。
文京シビックホールが言わばホームの劇場となり、バレエ団のファンだけではなく、ホールに通う地元民も観客席を占めるようになった。このことで、ダンサーの、未知の観客に訴える力が養われ、お返しに、観客の思いがけない反応がダンサーにもたらされる。観客とのエネルギー交換が、舞台をさらに活気付けているように思われる。