東京シティバレエ団『白鳥の湖』 2018

標記公演を見た(3月4日 東京文化会館大ホール 都民芸術フェスティバル参加公演)。バレエ団伝統の石田種生版に新たなフェイズが加わった。日本全幕初演版『白鳥の湖』(1946年)を彩った藤田嗣治の背景画である。舞台美術研究家の故・佐野勝也氏により発見された原画模写を基に、当時物資不足で製作されなかった第三幕も含めて、合計3枚の背景画が復元された(詳しくは佐野勝也著『フジタの白鳥』参照)。一幕には勢いよく茂る新緑と石造りのアーチや階段、奥には城と深く切り立った谷、二幕・四幕は鬱蒼とした森と湖(向こう岸にロートバルトが現れる)、奥には同じく谷間(終幕、朝日が見える)、三幕は臙脂を基調とする重厚な広間が描かれている(製作:堀尾幸雄)。14年製作の衣裳(小栗菜代子)とも相性がよく、特に一幕の春らしいピンクと薄緑のドレス、男性の水色の上着は、藤田の意図を代弁しているようだった。一幕最後の木漏れ月(照明:足立恒)からは爽やかな早春の夜の匂いが漂い、藤田背景画の復活を祝福する。フランスに帰化した藤田の孤独を和らげるような視覚的調和の実現だった。
今年は石田種生の七回忌。長年石田と共に歩んできた演出の金井利久を中心に、演出助手の中島伸欣、芸術監督の安達悦子、長谷川祐子山口智子、加藤浩子がダンサー指導に当たった。さらにベルリン国立バレエ団の元プリンシパル ヴィスラフ・デュディックと民族舞踊の小林春恵も指導に加わっている。石田版はセルゲーエフ版を下敷きに、終幕はブルメイステル版を採用、オデットと白鳥たちが娘姿に戻る結末である。石田美学は白鳥のフォーメイションに表れている。二幕にも石田のア・シンメトリーが見られるが、四幕パ・ド・ドゥ(新発見曲使用)におけるダイナミックな渦巻き隊形、ロートバルト対白鳥たちの激しい対決は、他版には見られない特徴である。古典様式を遵守した石田に対し、金井演出は自然な感情に基づいた芝居を基本とし、ドラマに重心を置く。ノーブルなスタイルと血の通った演技が溶けあい、さらに日本的な情緒と品格が備わった同団らしい舞台だった。
主役は2組。初日と三日目はベルリン国立バレエ団プリンシパルのヤーナ・サレンコとディヌ・タマズラカル、二日目は中森理恵とキム・セジョン。その二日目を見た。中森は姿のよさ、技術の高さに加え、よく考えられた役作りで、舞台の確固たる芯となった。オデットには意志があり、なおかつ自らの境遇を受け入れる諦念を感じさせる。繊細な腕使い、明晰なパ、たおやかさが揃った白鳥だった。黒鳥も役の性根が肚に入り、行き届いた踊りを見せる。様式に沿ってはいるが「いわゆる」がなく、自分で考えていることがよく分かる。対する王子のキムは、ノーブルな踊りはそのままに、演技が明確になった。二幕オデット・ソロをエスコートする姿は自然。
ロートバルトの石黒善大は大きさはあるが、もう少し強さが期待される。道化の岡田晃明が献身的演技、勢いのある踊りで舞台を活性化した。王妃の高木糸子の鷹揚さ、ボルフガングの青田しげるの愛情深さなど、立ち役陣も厚みのある舞台作りに貢献している。
馥郁たるパ・ド・トロワ(岡博美、大内麻莉、中弥智博)、美しく生き生きとした白鳥群舞、気魄のこもったキャラクターダンスのそれぞれが素晴らしい。中でも大きな白鳥の平田沙織、スペインの濱本泰然、チャルダッシュの郄井将伍が印象的だった。
指揮は新国立劇場オペラ部門次期芸術監督の大野和士。演奏は東京都交響楽団。大野の指揮はオペラ同様、ダンサーをよく見ながら音楽を構築する。チャイコフスキーバレエ音楽(編曲:福田一雄)及びバレエ指揮という経験を、好奇心(研究心)と共に味わっているのがよく分かる。グラン・アダージョは少しバイオリン・ソロに気を取られたが、あとは豪華な音楽に身を委ねることができた。