牧阿佐美バレヱ団『白鳥の湖』 2018

標記公演を見た(9月29日 文京シビックホール 大ホール)。文京シビックホール主催 バレエ・エデュケーショナル in Bunkyou の一環である。現行三谷恭三版の基になったウェストモーランド版は、1980年に団初演。N・セルゲイエフによるプティパ=イワノフ原典版に、アシュトン、ヌレエフ等の振付が加わった英国バレエ史を反映するヴァージョンである。本家の英国ロイヤルバレエでは今年、ダウエル版初演から30年ぶりに、リアム・スカーレット版『白鳥の湖』が初演された。この新版にはブルメイステル版、ヌレエフ版の影響も見られるが、全体的に、プティパ=イワノフ版を重視したダウエル版以前の、英国伝統版に立ち返った印象を受けた。パ・ド・シス曲を使用した3幕パ・ド・トロワ(アシュトン振付ではカトル)、4幕別れのパ・ド・ドゥなど、ウェストモーランド版と共通する場面が随所に見られる。スカーレット版(映像)を通して見ることで、今回改めてウェストモーランド版が振付家の緻密な思考を窺わせる名版であると確認された。1幕ワルツ、乾杯の踊り、3幕花嫁候補の踊りの、音楽的で複雑なフォーメイションがその証である。スカーレット版では曖昧だったが、終幕「死ぬ」マイムの劇的音楽的一致にはいつも衝撃を受ける。
主役のオデット=オディールは、初日が青山季可、二日目が阿部裕恵、ジーグフリード王子は菊地研、清瀧千晴の配役。その初日を見た。
ベテランの青山は、これまで佇むだけで周囲を祝福する暖かなオーラを個性としてきたが、昨秋の『ア ビアント』パ・ド・ドゥが象徴するように、ドラマ性、音楽性、磨き抜かれた踊りが完成の域に達している(ライモンダは未見)。古典バレエの技法を追求してきた結果だろう。オデットの抒情的で繊細な腕使い、オディールの涼やかな品格。シンプルな表現の中に、音を自在に扱う音楽的ひらめきがある。自らの持ち味を生かして、『白鳥』をロマンティック・バレエのように踊ってもよいのではないか、という思いを残しつつ、青山の緻密なオデット解釈に静かな感動を覚えた。
王子の菊地は、本来の激しさを身内に収め、王子らしいノーブルなスタイルに終始した。もう少し個性を発揮してよいとも思うが、伝統の王子役を真摯に受け継いでいる。ロットバルトの塚田渉も控え目。陰の存在感を示しながら、プリマを立てる行儀のよい演技だった。王妃 坂西麻美の行き届いた演技、家庭教師 保坂アントン慶の包容力ある演技が、舞台に古典らしい落ち着きを与えている。
バレエ団は実力派の若手・中堅が勢ぞろいしたオールスター・キャストの趣。茂田絵美子の正確なポジションから繰り出される美しい踊り、久保茉莉恵のパトスのこもった生きた踊りが、一幕群舞、白鳥群舞を牽引する。パ・ド・トロワは永遠に伸びるようなラインを誇る日高有梨、登場するだけで舞台が華やぐ中川郁、日高と同質のラインを見せるラグワスレン・オトゴンニャム。中川はルースカヤでもおっとりと光り輝く姫を演じた。3幕パ・ド・カトルは、美しいラインの太田朱音と山本達史、鮮やかな足技の上中穂香、音楽性豊かな細野生が、クリアカットの弾ける踊りを見せた。王子友人を率いる坂爪智来のノーブルスタイル、ナポリターナ 田村幸弘の闊達な踊りも印象深い。
質の高い踊り、適材適所の配役に加え、今回はコーチにイルギス・ガリムーリン、成澤淑榮を招き、キャラクターダンスの充実を図っている。ボブ・リングウッドの重厚で美しい美術、小保内陽子の繊細な照明も加わり、古典バレエとは何か、を文京区民に示すことができたのではないか。
指揮は正統派アンドレイ・アニハーノフ、管弦楽は東京オーケストラMIRAI。