日本バレエ協会『白鳥の湖』2019

標記公演を見た(2月9日, 10日昼夜 東京文化会館大ホール)。演出・振付は篠原聖一、振付補佐に下村由理恵が加わっている。都民芸術フェスティバル参加公演のため、協会関係の見巧者だけではなく、バレエが初めての観客も視野に入れる必要がある。篠原版は両者を満足させる気迫に満ちた演出だった。

最も革新的だったのは、ロットバルトの、娘オディールへの愛を物語の発端とした点。流行り病で娘を失ったロットバルトは悪魔となり、オディールを黒魔術で蘇らせる(プロローグ)。かねてより婿にと考えていたジークフリードと娘を娶わせようとするが、その瞬間オデットが現われ、ジークフリードはオディールを拒絶する(3幕)。終幕ロットバルトは、オデットとジークフリードの愛ゆえの自死、白鳥たちの反乱により、空中へ体が飛び散る 悪魔らしい最期を遂げる。残されたオディールもあえなく地中へと姿を消す(4幕)。

ダンスール・ノーブル 篠原の、ダークサイドへの共感がよく表れた演出。2幕最後、オディールを胸に抱き、ジークフリードを見下ろすロットバルトの姿が目に焼き付いている。悲しみのあまり銀髪となったプロローグのロットバルトも、ロックスターのようなかっこよさだった。

振付面では、男性ダンサーへの難度の高い振付(アン・ドゥダン回転、トゥール・アン・レール多用)、ワルツ、乾杯の踊りにおける群舞とソリスト有機的な連携、スペインの濃厚な男性舞踊を特徴とする。

白鳥群舞は混合アンサンブルのため、スタイルや音取りで合わせる2幕よりも、感情を基盤とした4幕の方に見応えがあった。オデットとジークフリードが昇天するなか(ワイヤー使用)、対角に列を組んだ白鳥たちは『瀕死の白鳥』を思わせる鋭角的な動きで死に至る。『白鳥』本来のカタルシスをもたらすドラマティックな幕切れだった。

主役は3キャスト。初日のオデット=オディールには元BRBプリンシパルの佐久間奈緒ジークフリード王子はBRBプリンシパルの厚地康雄、ロットバルトはソン・イ。

佐久間は役への真摯な姿勢と主役の責任感で舞台を牽引した。いわゆる白鳥らしいラインを見せることよりも、オデットの姫としての品格、オディールの気品に満ちた誘惑で、引き締まった空間を作り出す。白鳥を従える際の愛情深く凛とした佇まいには、BRBでの23年間が凝縮されていた。

王子の厚地はノーブルなスタイルをよく心得て、爽やかなジークフリードを造形。公私パートナーの佐久間を穏やかに見守っている。ソンのロットバルトは大きな踊り、色気のある演技で、男爵の誇りを示す。篠原の分身であることをよく伝えていた。

二日目マチネは元Kバレエカンパニーの佐々部佳代。抒情的で淑やかな踊りを予想したが、まるで違っていた。オデットは激しく艶めかしい。オディールとは陰性と陽性の違いがあるだけで、いずれも王子を誘惑する造形だった。振付を少し変えているが、ずっと肉体を注視させるのは、その時その場を生きているからだろう。一つの生を生き抜く疾走感があった。

対する王子は新国立劇場バレエ団プリンシパルの井澤駿。規範への忠誠、踊りの品格、正確な回転技が揃った正統派である。白鳥・黒鳥ともに佐々部からの強烈な揺さぶりがあったが、演技の軸はぶれず。アンドゥダン・ピルエットの正確な美しさも印象深い。篠原演出に最も忠実なジークフリードと言える。ロットバルトの高岸は、持ち前の濃厚な演技に、そこはかとなくユーモアを湛えていた。

二日目ソワレは新国立劇場バレエ団ソリスト木村優里。ダイナミックな腕使い、伸びやかな踊りで美点を発揮した。特に強度の高い脚のラインは、それのみで空間を支配する威力がある。白鳥らしい白鳥だった。舞台への責任感のあまり、一人突出することもあるが、経験豊富な王子 秋元康臣(東京バレエ団プリンシパル)が包容力を見せて、アダージョをしっかりまとめている。

秋元は古巣に戻ったように自然体。さらりと踊りの美しさを見せる。演技も思い入れをせず大らか。切れのよい爽快な踊りに、パートナーを引き立てる献身性を備えたベテランらしい王子だった。ロットバルトの高比良洋はダークな演技を得意とするが、もう少し肚の大きさが望まれる。

道化は、気立てのよい高橋真之、鮮やかな踊りの池本祥真、そして完璧な道化道を見せた荒井英之。荒井のヴァリエーションは技を見せるためではなく、人を楽しませるための踊りだった。王妃は、品格あるテーラー麻衣、愛情深い楠元郁子、美しい深沢祥子。ヴォルフガングは、ちょい悪飲兵衛の崩れた存在感を見せる小林貫太、懐が深くノーブルな柴田英悟が担当した。

1幕パ・ド・トロワは、寺田亜沙子・平尾麻実・江本拓の美しい踊り、清水あゆみ・渡久地真理子・吉瀬智弘の元気の良さ、奥田花純・斎藤ジュン・田辺淳の呼吸の良さ、と3組ともにバランスが取れている。寺田と江本の完全に一致したラインと音取りに、新国立の底力を見た。

3幕ディヴェルティスマンはそれぞれ3キャストが技を競ったが、中でもスペイン 五十嵐耕司のダイナミズム、同じく江本の鮮烈な美しさ、チャルダッシュ 佐藤優美・田辺のあうんの呼吸、ナポリ 栗原柊の切れのよい踊りが印象深い。

指揮はオレクセイ・バクラン、演奏はジャパン・バレエ・オーケストラ。バクランは昨年末の新国立『くるみ割り人形』、年明けの谷桃子バレエ団『ラ・バヤデール』に続いての登場。熱血ぶりを取戻し、舞台とよく呼応するドラマティックな音楽を作り上げた。