新国立劇場バレエ団『ラ・バヤデール』2019

標記公演を見た(3月2, 3, 9昼夜, 10日 新国立劇場オペラパレス)。牧阿佐美版(2000年)、6回目の上演である。『ラ・バヤデール』の魅力は、人間の業を描いたドラマティックな展開、プティパのシンプルで豪華な群舞振付、ワルツと行進曲に彩られたミンクスのロマンティックなメロディにある。またバレエを構成する重要な要素、マイムシーンが残されており、音楽と演劇の絶妙なあわいを味わえる。今回は特に中家正博のラジャに、マイムを見る喜びがあった。音楽、役の感情と完全に一致した鮮やかな腕使いは、一振りするだけで空間を変えることができる。美しいと同時に、常に相手に応えるマイムでもあった。

牧版では、アリステア・リヴィングストンの美術・衣装・照明が加わり、作品のグレードを上げている。序曲・間奏曲と共に上下する鬱蒼とした森、絹を思わせるインド模様の幡や美しい衣裳は、バレエ団の貴重な財産である(リヴィングストンの記載がプログラムにないが)。

3幕7場の編曲はランチベリー。ヌレエフ版の音楽も参考にしたとのことだが、寺院崩壊の場があるため、マカロワ版との関係が深い。異なるのは、婚約式を伝統版に近づけ、終幕の結婚式をコンパクトにした点。アポテオーズでニキヤとソロルが結ばれないのは、牧版の大きな特徴である。今回、ニキヤの花籠の踊り後半部を、初演時の編曲・振付に戻している。自然な感情の流れを重視したのだろう。また「影の王国」の山下りは当初アラベスク・パンシェだったが、アロンジェに変わっている。

主役キャストは3組。初日のニキヤには小野絢子、二日目は米沢唯、三日目は柴山紗帆が配された。小野は輝くような美しさに加え、上体を大きく使うロシア風の踊りを掌中に収めている。踊りのニュアンスも隈なく実現。研究・精進の成果を十二分に示した見事な舞台だった。ただ一方で、米沢唯振付『ジゼル』で見せた、生まれたての小鹿のような独特の魅力も捨てがたい。規範に沿うことと、剝き出しになることは両立しうるのではないか。

その米沢は、初回よりも最終日に本領を発揮した。2回とも前日にガムザッティを踊るハードなスケジュール。最終日は得意のバランスも少しふらつくなど、体調は万全とは言えなかったが、舞台で魂を燃やす米沢本来の姿を見ることができた。2幕ソロは、登場から異次元。すでに現世から切り離され、ソロルとガムザッティを彼岸から見ている。その嘆きと悲しみの深さに、二人は為す術もない。唯一ラジャの中家が(役回りではあるが)事態を収拾。狂ったバヤデールを死に追いやった。ハイ・ブラーミンの貝川鐵夫を狂気の愛に駆り立てたのも、米沢が感情のるつぼと化していたから。以前とは異なりクラシカルな美しさを帯びてはいるが、久しぶりに見る磁場としての米沢だった。

三日目の柴山は初役とは思えない落ち着いた仕上がり。正確なポジションから繰り出される美しいライン、優れた音楽性、詩情が、ニキヤの哀しみを増幅させる。マイム及び3幕のクラシック・スタイルも素晴しく、ロシア・バレエの香気が漂った。

ソロルはそれぞれ福岡雄大、井澤駿、渡邊峻郁。3度目の福岡は、はまり役。本来の覇気あふれる佇まいにノーブルな色合いが加わった。ダブル・アッサンブレの切れも素晴らしく、全身全霊を傾けた信頼感あふれる舞台だった。

井澤は配役初日に地力を発揮した。恵まれた体躯を生かしたダイナミックな跳躍、戦士らしい力強いマイム、婚約式でのニキヤとガムザッティに挟まれたロマンティックな苦悩など、全てに大きさがある。最終日は、やや上の空に見えたがなぜだろう。

渡邊はモダンなスタイルのせいか、現代的優男風は拭えなかったものの、勇壮な踊りを心掛け、戦士ソロルに迫った。柴山のよきパートナーであり、その献身性は大きな美点である。

ガムザッティはそれぞれ米沢、木村優里、渡辺与布。米沢は父のラジャ(貝川)が人が良く、くだけている分、しっかりと家を護る気位の高さがある。婚約式でも毅然とした態度。福岡ソロルと同質の切れのよい踊りで、輝かしいパ・ダクションを作り上げた。一方、木村は肚の据わった父(中家)の庇護の下、箱入り娘の造形。婚約式ではニキヤの死に心底驚いていた。井澤ソロルをよく気遣っている。渡辺はもう少しマイム・踊りに細やかさが望まれるが、大らかな父(貝川)の下、伸び伸びと明るく育った姫だった。

菅野英男のノーブルなハイ・ブラーミン、福田圭吾の音楽的で役を心得たマグダヴェヤ、今村美由紀の行き届いたアイヤ、奥村康祐のノーブルな黄金の神像、また同役抜擢の新人 速水渉悟が美しく明確な踊りで観客を驚かせた。影のヴァリエーションでは、ベテラン寺田亜沙子と細田千晶が、お手本となるスタイルを実践している。

「影の王国」山下りは糸を引くような美しさ。音楽的にもスタイルの上でも統一された、有機的なコール・ド・バレエだった。先頭を踊った関晶帆のガラス細工のように美しいアラベスク。関は1幕バヤデールたち、2幕ワルツでも磨き抜かれた身体美を披露した。男性アンサンブルでは一人臨戦態勢の渡邊拓朗が目を惹く。ノーブルな大きさがあった。

指揮は熱血ぶりが蘇ったアレクセイ・バクラン。重厚な東京交響楽団を率いて、ミンクスとバレエへの愛を力強く歌い上げた。