新国立劇場バレエ団『アラジン』2019

標記公演を見た(6月15, 16, 22昼夜, 23日 新国立劇場オペラパレス)。ビントレー版『アラジン』は2008年、牧阿佐美芸術監督時代に同団が初演したオリジナル作品である。2010/11シーズンから、ビントレー自身がBRBとの兼任芸術監督として就任。2011年の再演は、東日本大震災から一か月半後だった。当時劇場で配られたビントレー監督のメッセージを、以下に抜粋する。

Those who have lost homes and loved one's must feel many years away from the solace and healing that only time can bring, but the prayers and thoughts of all of us, safely delivered from the earthquakes worst, are with them....The dancers and I have been longing to get back on stage and dance for you and we hope that the charming and humorous story of Aladdin and his Princess, and their triumph over dark and sinister forces, has brought a much needed revival of your spirits after the recent tragedy.

大原永子監督下では、2016年に続いての再演となる。ビントレーの息吹が残る前回とは異なり、一レパートリーとして相まみえた印象。改めてビントレー作品の振付密度の高さ、運動量の多さに驚かされた。

壮大なテーマと舞曲・行進曲が有機的に絡み合う、カール・ディヴィスの音楽が素晴らしい。「宝石組曲」の様々な西洋舞曲、原作の舞台 中国を反映する五音音階、さらに踊りの求心力を高めるラーガ旋法が、次から次へと繰り出される。先行オペラ・バレエからのウイットに富んだ援用を含む、瑞々しく栄養豊かなバレエ音楽である。スコティッシュ・バレエ(2000)のために作られたが、ビントレー版初演に合わせて新たに曲が加えられた。

ディック・バード、スー・ブレインによるお伽話風美術と衣裳、マーク・ジョナサンのダイナミックな照明が、ビントレーの水際立った演出を支える。場面転換の鮮やかさ、ローテクを駆使した劇場マジック、緻密に計算されたダンサー出し入れ。これ程ストーリーテリングに長けた振付家がいるだろうか。意味のない動きは一瞬たりともない。振付自体はダンス・クラシックを基盤とするが、アダージョでの床面の使用など、モダンに振れている。生足ポアント(砂漠の風、プリンセスのお付き)のエロティシズムも、他のレパートリーにはない特徴の一つである。

主役のアラジンは、福岡雄大、奥村康祐、福田圭吾の大阪出身者で占められた。福岡は、舞台をまとめる懐の深さ、はじける演技、重厚な踊りが揃い、プリンシパルのトップにふさわしい舞台だった。踊る喜び、演じる楽しさが、動きの鮮やかさを増している。またジーン(井澤駿)への敬意に、福岡独自の役作りの深さが見えた。

奥村は前回よりも格段にたくましくなり、悪戯っ子の勢いにあふれる。千秋楽では小道具が手に付かなかったものの、舞台俯瞰の範囲が広がり、持ち味の女性との親和性も遺憾なく発揮した。砂漠の風たちとの阿吽の呼吸、母親との情愛に満ちた再会シーンに独特の味わいがある。

全幕主演初となった福田は、はまり役。動きの切れ、規範に則った踊り、何より体で音楽を生きる生来の音楽性がある。パートナーへの献身、周囲との細やかなコミュニケーションはいつも通り。持ち前の開放的な精神が、暖かな空間を生み出した。周りのダンサーたちにも、「福田のため」という気持ちが見え隠れする。

プリンセスにはそれぞれ、小野絢子、米沢唯、池田理沙子。小野は初日こそ、厳密な振付遂行が前面に出たが、2回目には、あの懐かしい ‟小野絢子” が蘇った(もちろんヴァージョンアップして)。舞台に薫風を運ぶ清潔な佇まい、瑞々しい音楽性、そして天性のユーモア。毒入り杯をぐるりと回して笑いを取れるのは、小野を措いて他にはない。本来の姿に戻った小野は幸福そうだった。また我々観客も幸福だった。

米沢は穏やかに相手を受け止めるプリンセス。奥村に対しては、幼馴染を見守るような、少し面白がる眼差しを向ける。出会い、結婚式、愛のパ・ド・ドゥ全てに、心をじんわりと温める澄み切ったオーラが拡がった。唯一米沢の裏面が出たのは、マグリブ人(菅野英男)への抵抗シーン。菅野の柔軟なサポートと無意識の包容力に、米沢の体が反応し、劇的なデュエットを作り上げた。

池田は、初演者のニュアンスを重視する丁寧なアプローチだった。初役とあって、まだ完全には自分の踊りになっていないが、マグリブ人誘惑の溌溂とした踊り、パ・ド・ドゥでの真っ直ぐなパートナー対峙に、池田らしさが出た。

第三の主役 ジーンは、井澤駿、渡邊峻郁、速水渉悟のそろい踏み。井澤は初日こそ立ち上がりが遅れたが、その後は重厚な肉体を駆使し、重量感のあるダイナミックな踊りで魔人の大きさをアピールした。斜めに腕組みするポーズが、歌舞伎の見得を思わせる。床に這いつくばるご主人様への挨拶は、魔人そのもの。福岡アラジンとの合掌挨拶には、熱い交感が見えた。

初役の渡邊は、踊りの鋭さ、真摯な演技に持ち味を発揮した。米沢プリンセスとの合掌挨拶は『R&J』の予告。真面目に愛を育む姿が目に浮かぶ。同じく初役で新人抜擢の速水は、まだ側近を率いる余裕がない。期待通りの鮮やかな踊りだが、役の踊りではなく、今後はドラマへの眼差しが望まれる。

マグリブ人には、悪の厳しさが出た菅野、妖しい魔術師そのものだった貝川鐡夫。菅野は酔っ払いの演技に秀でる。両者はサルタンにもたすき掛けで配され、愛情深い父を演じた。特に貝川は情の深さに加え、コミカルな演技に新境地を拓いている。

アラジン母には、さっぱり派の中田実里と、遠藤睦子=丸尾孝子の系譜に連なるさばけた派の菊地飛和。パイプ煙草のあしらいはまだ研究の余地ありだが、アラジンの頭をパッカーンと叩く小気味よさは、両人とも見事(いつから叩くようになったのか)。アラジン友人の木下嘉人=原健太、宇賀大将=小野寺雄の両組も、踊りの切れと機嫌の良い演技で、アラジンへの友情を示した。

宝石ディヴェルティスマンは適材適所。中でも、サファイア 本島美和、細田千晶の嫋やかな美しさ、エメラルド 寺田亜沙子のマジカルな腕遣い、ルビー 木村優里のダイナミズム(もう少し‟捧げる”気持ちを期待したいが)、ゴールド 中家正博の正統派クラシック、エメラルド 小柴富久修の妖しさ、同じく速水の踊りの巧さが目立つ。中家はサルタン守衛でも、音楽的で相手に呼応する演技を見せた。寺田はジーン側近も牽引。オニキスとパールと共に仮面付きだが、両陣とも溌溂とした献身的アンサンブルだった。

今回は初日、二日目キャストをポール・マーフィ、三日目キャストを冨田実里が指揮した。マーフィーは音の広がり、流れるようなメロディに円熟味を、冨田は明確な構造と強度の高い音作りで若々しさを発揮した。演奏は東京フィル。トランペットの生きの良さが印象に残る。