井上バレエ団『シルヴィア』2019

標記公演を見た(7月21日 文京シビックホール・大ホール)。この5月10日にバレエ団芸術監督の関直人が急逝、その悲しみも癒えぬうちの新制作上演である。バレエ団は創立者井上博文亡き後、その志を継いで、関による古典改訂と創作及び、ブルノンヴィル作品を活動の柱としてきた。今回の新作は、バレエ団の講師で、創作公演「アネックスシアター」芸術監督の石井竜一が、構成・振付・演出を担当した。関作品のバレエマスターも経験し、関に見守られての新たな船出だったが、途中からは一人旅となった。

タッソの牧歌劇『アミンタ』に想を得た『シルヴィア』は、バルビエ台本、ドリーブ音楽、メラント振付により、1876年パリ・オペラ座で初演された。主役シルヴィアはサンガリ。94年火事でセットが焼失し、上演が途絶えたが、1919年にスターツが復活させる。41年のリファール短縮版を挟んで、46年アヴリーヌが再復活。スターツ版主役のザンベリが協力した。主役はリファール版も踊ったダルソンヴァル。79年そのダルソンヴァルがアヴリーヌ版を復活、メラント、スターツ、リファール振付が含まれる。主役はポントワだった(INTERNATIONAL ENCYCLOPEDIA OF DANCE, OXFORD UP, 1998)。2018年のルグリ版はメラント原振付とされる。

フランス国外では、1986年のサラコ版(主役:ブリアンツァ)、1901年のイワノフ版(プレオブラジェンスカ)、11年のファレン版(キャシュト)。また52年のアシュトン版(フォンテイン)は、2004年 C・ニュートンによって復元された(バッセル)。93年のビントレー版(吉田都)は、2009年の改訂を経て、新国立劇場バレエ団でも上演。他にモダンダンスを取り入れたノイマイヤー版(97年)がある。日本国内では1956年、服部・島田バレエ団がアシュトン版の資料に基づいた島田廣版を初演(古藤かほる/小倉礼子)。編曲を福田一雄が担当した(森龍朗『二人の舞踊家文芸春秋企画出版部, 2018年)。

石井竜一版は全三幕。原台本に即した物語の流れだが、一幕のワルツ・レントは三幕に移され、ディヴェルティスマンの一曲となる。最大の特徴はその三幕の構成。アミンタとオリオンのせめぎあい、ディアナのオリオン殺し、エンディミオン回想を経たディアナの、シルヴィアとアミンタへの赦し(アポテオーズ)を冒頭に移し、全てが目出度く収まってから、ディヴェルティスマン、グラン・パ・ド・ドゥ、フィナーレ(バッカスの行列)で幕となる。同じドリーブの『コッペリア』三幕と似た構成になり、古典的調和を感じさせる改訂だった。

振付は、一幕がロマンティック・スタイル、二幕がキャラクター色濃厚な踊り、三幕がノーブルでクラシカルな踊りと、物語に沿って振り分けている。19世紀バレエの形式に従い、伝統的マイムを使用。一幕 森の妖精たちの柔らかな踊り、村人たちの牧歌的なブルノンヴィル・スタイル、三幕 ディアナのニンフたちによる純潔のパ・ド・ブレなど、バレエ団の特徴がよく生かされている。振付家の伝統に対する敬意が、作品の端々から感じられた(エロスのトラヴェスティはパリ初演に則っている)。

関直人の独特の音取りと加速するエネルギーは、見る者を熱狂に駆り立て、劇場全体を祝祭の場へと変換させたが、石井の音楽性、振付スタイルはよりクラシカル。グラン・バットマンをユニゾンで踊るフィナーレの盛り上がりには、晴れやかな品格があった。男性ダンサーへの要求も高く、アミンタ一幕ソロの野性的でダイナミックな振付、三幕ソロの技巧的で洗練された振付の違いに驚かされた。一幕での負傷したアミンタの動線、エロス像の位置など、気になる部分もあるが、井上らしい全幕レパートリーが誕生したと言える。美術は大沢佐智子、衣裳は西原梨恵、照明は立川直也が担当した。

シルヴィアには初日が田中りな、二日目が源小織、アミンタはそれぞれ荒井成也、浅田良和、オリオンは米倉佑飛、檜山和久、エロスは越智ふじののシングル、ディアナは大島夏希、福沢真璃江。その二日目を見た。

源は持ち前の明るさに、しっとりと垢ぬけた雰囲気が加わった。バレエ団伝統の主役を引き受ける在り方、舞台への捧げ方が身に付きつつある。アラベスクの美しさ、上体の晴れやかさなど、ラインにも磨きがかかり、今後への期待を抱かせる。

対するアミンタの浅田は、源との呼吸もよく、はまり役。羊飼いの野性味と、フランス風のノーブルスタイル、さらに役に入り込む物語性が揃っている。ソロでの技巧も見応えがあった。

オリオンの檜山は、ダークな持ち味を存分に発揮。力強く鋭いソロを随所で見せる。シルヴィアに迫るデュエットの怖ろしさ、アミンタとの激しいせめぎあいに、所属バレエ団での蓄積を窺わせた。

エロスは越智への宛て書きに思われる。魔法使い姿での細かい足技、エロス姿での可愛らしい威厳、小回りの利いた踊りなど。最後にディアナに大弓を渡し、大小の弓が揃うところは、いかにもアポテオーズだった。

そのディアナは立ち役。福沢の磨き抜かれた姿態は、そのまま女神。三幕中盤から終幕まで、中央奥に佇むのは至難の業だが、美しいデコルテと両腕を晒しながら、場を治め続けた(一人ぼっちになる瞬間は、少し可哀そうな気も)。

主役からアンサンブルまで、バレエ団のスタイルは徹底されている。デンマーク派、フランス派の技術を受け継ぎながら、それらと異なるのは、19世紀に通じるアーティザンとしての意識が前面に出ることだろう。自己表現を戒め、舞台に殉じる姿に、観客は現代では失われた美学を見るのだろう。

中尾充宏、桑原智昭を始め、ノーブルスタイルの持田耕史、演技派の佐藤祐基など、ゲスト陣が舞台に大きく貢献している。

音楽監督と指揮は冨田実里。初演とあって、まだ全体のバランスが取れていない印象を受けたが、ダイナミックな音作りに持ち味を発揮した。演奏はロイヤルチェンバーオーケストラ。