吉田都引退公演「Last Dance」2019【追記】

標記公演を見た(8月8日 新国立劇場 オペラパレス)。「NHKバレエの饗宴」特別企画として、2日間にわたり開催。当日8日は、9歳でバレエを始めた吉田が、サドラーズウエルズ・ロイヤル・バレエ団で11年、英国ロイヤル・バレエ団で15年、フリーランスで9年踊り続けた日々の、最後の日だった。吉田の踊りを、ロイヤル・バレエ団来日公演および、新国立劇場バレエ団、スターダンサーズ・バレエ団、小林紀子バレエ・シアターのゲスト出演、また映像等で見てきたが、これが最後、という感慨は意外にも薄い。むしろ新たな門出に向けての一区切りという印象が強かった。来シーズンから新国立劇場舞踊部門の芸術監督に就任が決まり、指導者という形で吉田のバレエ人生が続くからだろう。

プログラムは2部構成 11演目。吉田が踊ってきたレパートリーを、英国ロイヤル・バレエ団、バーミンガム・ロイヤル・バレエ団、新国立劇場バレエ団を始めとする国内バレエ団の精鋭たちと共に踊る。自身は第一部で、『シンデレラ』第3幕からシンデレラのソロ、『誕生日の贈り物』からフォンテインのパート、第二部は、『白鳥の湖』第4幕から別れのアダージョ、『ミラー・ウォーカー』からパ・ド・ドゥを踊った。前半は優れたアシュトン・ダンサー、ロイヤル・スタイルの体現者として、後半は恩師ピーター・ライトにより開花したドラマティック・バレリーナとして、その資質を見せる好セレクションである(かつてイナキ・ウルレザーガと踊ったマクミラン版ジュリエットの、激しいパトスも忘れがたいが)。

第一部幕開けのシンデレラ・ソロは、ダンサー人生を振り返る吉田の心情と重なる。舞踏会を思い出して夢見心地で踊り、手に触れたガラスの靴に、あれは現実だったと気づく喜び。複雑なアシュトン振付を正確に、しかも軽やかに踊り、慎ましい佇まいから、暖かなオーラが光のように広がっていく。吉田の世界が凝縮されたソロだった。対するフォンテインのパートでは、6人のバレリーナを率いるプリマの輝かしさを体現。ヴァリエーションの細かい足技は当然のこととして、グラン・アダージョでの周囲を祝福する晴れやかな佇まい、献身的パートナー、フェデリコ・ボネッリに支えられた緊密なラインは、長年にわたるロイヤルでの経験に裏打ちされている。

第二部幕開けは、オデット別れのアダージョ。ラインの伸びやかでリリカルな美しさ、限界に至るまでの動きの精錬、ボネッリとの親密なパートナーシップに、『白鳥』と全身全霊で向き合う吉田の姿が浮かび上がる。新国立劇場バレエ団次期芸術監督としての開幕作品予告、さらにバレエ団ダンサーへの強力なメッセージとなった。

最強のパートナーだったイレク・ムハメドフとは、ライトの初期作品を踊り、観客への別れの挨拶とした。来日公演で踊った『タリスマン』パ・ド・ドゥ同様、阿吽の呼吸。全身を包み込むようなムハメドフのサポートは空前絶後。誰にもまねはできない。吉田は思うがままに感情をほとばしらせ、ムハメドフと共に鏡の向こうへと消えていった。手に届きそうで届かない、イデアとしてのバレリーナだった。ムハメドフのサポートはカーテンコールでも続く。吉田を観客の前にエスコート、さらにもう一押しして、吉田が受けるべき喝采を浴びさせる。フィナーレでは延々と続く総立ちのカーテンコールに、吉田がこれを最後と手を振ると、すかさず大きく両腕を振り上げて、吉田を援護した。幸せな幕切れだった。

英国ロイヤル・バレエ団からは、プリンシパルのヤスミン・ナグディと平野亮一が『くるみ割り人形』のグラン・パ・ド・ドゥ、ミーガン・グレース・ヒンキスとヴァレンティーノ・ズケッティが、『タランテラ』と『リーズの結婚』第2幕からパ・ド・ドゥ、またBRB プリンシパルの平田桃子と、ロイヤルのジェームズ・ヘイが『アナスタシア』第2幕からクシェシンスカヤのパ・ド・ドゥを踊った。大先輩 吉田への敬意を滲ませる誠心誠意の舞台に、胸が熱くなる。ただし、依然として吉田がロイヤル・スタイルの最上の手本であることも示して、伝統の体現者が日本に渡る(戻る)ことに複雑な気持ちになった。

国内バレエ団からは、スターダンサーズ・バレエ団がビントレーの『Flowers of the Forest』から「Scottish Dances」、新国立劇場バレエ団プリンシパルの米沢唯と、東京バレエ団プリンシパル秋元康臣が『ドン・キホーテ』グラン・パ・ド・ドゥ、新国立劇場バレエ団プリンシパルの小野絢子と福岡雄大がビントレー版『シルヴィア』第3幕からパ・ド・ドゥを踊り、これまでの吉田との共演に対する感謝の意を表した。

さらにアシュトンの『誕生日の贈り物』(抜粋)では、スターダンサーズ・バレエ団の渡辺恭子・池田武志、牧阿佐美バレヱ団の阿部裕恵・水井駿介、小林紀子バレエ・シアター プリンシパルの島添亮子と新国立プリンシパルの福岡雄大東京バレエ団プリンシパルの沖香菜子・秋元、谷桃子バレエ団プリンシパルの永橋あゆみ・三木雄馬、新国立プリンシパルの米沢・井澤駿(女性ヴァリエーション順)が、吉田、ボネッリと共に踊る。 初演バレリーナの個性を生かしたヴァリエーションは適材適所、男性マズルカも壮観。英国派は当然ながら、ロシア派、フランス派の教育を受けたダンサーたちも、一様にロイヤル・スタイルを身につけ、アシュトンの細かいフットワーク、振付アクセントをものにしている。主役級が揃ったとはいえ、振付指導のデニス・ボナー、同補佐 山本康介の指導力は明らかだった。

BRB で活躍した山本は、吉田の信頼も厚く、今回の総合演出・バレエマスターを担当した。その振付作品同様、音楽性に優れ、繊細でこれ見よがしのない演出が、吉田の滋味を引き立てる。控え目だが暖かな光が行き渡る、吉田の現在の境地がそのまま反映された公演だった。

指揮は井田勝大、管弦楽東京フィルハーモニー交響楽団。落ち着きのある端正な音楽で、舞台の充実に貢献した。

 

【追記】

幕開けのシンデレラ・ソロで吉田の手に触れたのは、トゥシューズだった。後日、舞台写真を見て気が付いた。吉田の心情に沿った的確な演出。