日本バレエ協会「全国合同バレエの夕べ」2019

標記公演を見た(8月10, 12日 新国立劇場 オペラパレス)。文化庁及び、公益社団法人日本バレエ協会が主催する「次代の文化を創造する新進芸術家育成事業」の一環。各地で活躍する振付家・ダンサーが一堂に会し、互いの研鑽を確認し合う、言わば「バレエのふるさと」のような公演である。

今回は5支部、 東京地区が7作品を出品。両日とも最後は例年通り、本部作品『卒業舞踏会』で締めくくられた。古典改訂は厳密には1作品、後は全て創作という珍しいプログラム構成である。ただし、創作の中にロマンティックなスタイルを踏襲した作品があり、古典の少なさを補っている。

北海道支部『Scène de Carnaval』(振付・演出:渡辺たか子)は、プティパの『アルレキナーダ』、フォーキンの『ル・カルナヴァル』を思わせるコメディア・デラルテ物。コロンビーヌ(佐藤流音)、ハーレキン(安中勝勇)、ピエレット(枡谷まい子)、ピエロ(加藤誉朗、向井智規)、道化師のアンサンブルが登場し、一幕の恋物語が描かれる。ダンサーたちのクラシカルな美しさ、技術の高さが素晴らしい。ロマンティックなスタイル、的確なマイム、キャラクターを反映した高度な振付が揃い、19世紀バレエの香りを味わうことができた。

唯一の古典改訂は、中部支部の『ラ・シルフィード』第2幕より(再振付:エレーナ・A・レレンコワ、監修・指導:岡田純奈)。ブルノンヴィル版から、シルフィードとジェイムズのパ・ド・ドゥ、ソリスト、アンサンブルの踊りを抜粋。シルフィード石黒優美は愛らしく、柔らかい腕遣いをよく身につけている。ジェイムズの水谷仁は、もう少し男らしい勢いが望まれるものの、ブルノンヴィルの傑作ソロに果敢に挑戦。ジュニアを含めたアンサンブルも、スタイルをよく意識し、ロマンティック精神の体現に努めた。レレンコワの所属したサンクトペテルブルク・オペラ・バレエ マールイ劇場は、ソ連で初めて同版を導入。パ・ド・ドゥ最後のアラベスク・パンシェで、ジェイムズがシルフィードの後脚のみを手首で抑える(つまり体に触れない)型が残されているが、今回は残念ながら踏襲されなかった。

沖縄支部白鳥の湖』第3幕より「花嫁の踊り」(改訂振付・演出:長崎佐世)は、ハンガリー、ロシア、スペイン、イタリア、ポーランドの花嫁候補たちの踊り。音楽、設定は同じながら、振付は新たに創作され、全員ポアントで踊る。ダンサーの技量に合わせたため、やや大らかな振付も散見されたが、スペインを踊った長崎真湖には、高度な技術、クラシカルなスタイルを十二分に発揮させた。久しぶりに見る長崎らしい踊り。以前『コッペリア』で見せた古風なスペインを思い出す。脇に従えたモンゴル人男性二人も美しいスタイル。フィナーレはいつも通り、身も心も浮き立つような総踊りだった。

東京地区2作品は、共に物語性を帯びたシンフォニック・バレエだった。初日幕開けの佐藤真左美振付『ビゼー組曲』は、ビゼーとメサジェの音楽を使用。スペイン風のキャラクター色濃厚な振付で、床面も多く使う。田辺淳、栗原柊を始めとする男性ダンサーの見せ場、カノン、ユニゾンを駆使したパワフルな群舞は見応えがあり、若い二人による「花の歌」パ・ド・ドゥも情感にあふれた。全体にややスポーティな感触が残るのは、音楽を汲み取るというよりも、音楽を使っているからだろうか。

2日目幕開けの『La Source』は、日原永美子のモダンな語彙が、グリーグの民族的な『ノルウェー舞曲』を密に読み解いていく。下敷きとなった物語は、ダークな存在感を放つ中川賢が、永橋あゆみと松野乃知の仲を引き裂こうとするが、二人の愛が打ち勝つというもの。ダーク系のキャラクターは日原作品の特徴である。音楽的なソリスト、アンサンブルをバックに、Noismで磨き上げられた中川の低重心で切れのよい踊り、永橋のしっとりと美しい佇まい、松野のノーブルなスタイルが、的確に物語を導いた。

残る創作2作は、コンテンポラリー系。関東支部の二見一幸振付『Twenty two Echoes』は、女性21人、男性1人に振り付けられた。前半のメカニカルな音楽では、二見のスタイリッシュな振付が炸裂。後半のラフマニノフでは、集団で踊る、集団でフォルムを作るモダンダンスの伝統が反映されている。コール・ド・バレエとは異なり、「個人」が集まって何かを成し遂げるのは、バレエダンサーにとって貴重な体験だったのではないだろうか。

対する中国支部の島崎徹振付『The Gate』は、バレエダンサーだって気持ちよく踊っていいのでは、というアプローチ。整然と並んだ24人の女性ダンサーが、少しずつフォーメイションを変えながら、バレエのアンシェヌマンをパワフルに綴っていく。子供の声とパーカッション、宗教曲に合わせた左右に揺れるフォーメイション、微妙な反復運動は、ダンサーのみならず、観客をも気持ちよくさせる。一見 体操的に見えてそうでないのは、音楽との密着度が高く、呼吸を伴っているから。見終えたあと、脳がすっきりするのを感じた。フォーサイスが、エポールマンへの意識の集中を、多幸瞑想と捉えていることを想起させる。

恒例の本部作品『卒業舞踏会』は、原振付 D・リシーン、改訂振付 D・ロング、振付指導 早川惠美子、監修 橋浦勇による。要となる老将軍の高岸直樹は、男らしさにコミカルな味わい、女学院長の小林貫太は、まったりとした女らしさ(父 恭の腹芸女形とは異なるリアリズム)で、濃厚なラブシーンを演じた。高岸は伊藤範子作品で女装役に開眼しており、今後の展開に期待を抱かせる。

他役はWキャスト。神戸里奈のラ・シルフィードが、抜きん出た素晴らしさだった。体の質を変え、別世界の生き物と化している。ノーブルなパートナー 高比良洋と共に、ロマンティックな森を現出させた。また、即興第1ソロ 松本佳織の鋭い音楽性、同じく宮崎たま子の疾風のような役作り、即興第2ソロ 盆子原美奈の透明感あふれる踊りが印象に残る。鼓手では、野中悠聖が力強さ、森脇崇行が美しい踊りで個性を発揮した(共に瀬戸内地方出身)。ベテラン・パートナーの佐藤祐基、下島功佐を始め、男女アンサンブルは早川道場の威力を見せつけている。

福田一雄指揮、シアター・オーケストラ・トーキョーは、9演目中5演目を演奏。福田のビゼーチャイコフスキーは、劇場音楽の濃厚な香りを一気に立ち昇らせる。ヨハン・シュトラウスでは、舞曲のエネルギッシュな喜びが横溢。さらに今回、ルースカヤで、類まれなヴァイオリン・ソロ(浜野考史)を聴くことができた。