谷桃子バレエ団『リゼット』&『Fiorito』2020

標記公演を見た(1月18日 東京文化会館大ホール)。創立70周年を記念する新春公演は、バレエ団の歴史的遺産『リゼット』と、伊藤範子の新作『Fiorito』の二本立て。「古典と創作」を活動の柱とする同団らしいプログラムである。

幕開けの『Fiorito』は「花盛りの、華麗な」の意。その名の通り、4組のプリンシパルがアンサンブルを引き連れて華麗に舞うシンフォニック・バレエである。カリンニコフ(1866-1901)の交響曲第2番のうち、1、2、4楽章を使用。チャイコフスキーをより民族音楽に近づけたような作風で、流麗なメロディと郷愁を誘う民謡風音楽の合体は、バレエ作品に最適だった(指揮者でバレエ団音楽監督 福田一雄氏提案楽曲から選曲)。

深く自然な音楽解釈を基盤とする振付は、4色に彩られた古典レパートリーへのオマージュを含んでいる。1楽章の緑(山口緋奈子・吉田邑那)は『眠れる森の美女』、同じく赤(馳麻弥・安村圭太)は『ドン・キホーテ』、2楽章の白(永橋あゆみ・今井智也)は『白鳥の湖』の白鳥と『ジゼル』、3楽章(本来は4)の黒(佐藤麻利香・三木雄馬)は黒鳥をイメージさせる。適材適所の配役とダンサーの資質を生かす振付に、バレエ団の過去と未来が渦を巻いて混淆したような感動を覚えた。特に、今井に支えられた永橋の繊細なライン、弾けるような技術の切れを見せる佐藤が際立つ。チュチュの色と同色の4つのモダンな装置(鈴木俊朗/佐藤みどり)も、作品の質を高めている。

プリンシパルの踊る高難度パ・ド・ドゥ、フランス風の軽快な足技に加え、簡潔でエスプリの利いた群舞隊形が素晴らしい。1楽章はフーガに合わせて、女性群舞が緑から赤へと変わり、さらに緑と赤が入り混じる四角隊形を見せる。3楽章では、奥一列に並んだ黒い男性群舞が、パートナーを白から赤、緑へと変えていく移動ユニゾン。目を見張る面白さだった。伊藤のスタイルと美意識が隅々まで行き渡り、120%を要求する振付家の 容赦ない指導を想像させる。カーテンコールでの役をわきまえた4組プリンシパルのレヴェランスまで、伊藤の世界だった。

『リゼット』は1962年、東京バレエ学校在職中のスラミフィ・メッセレルとアレクセイ・ワルラーモフにより、「口三味線で歌いながら三日間で全部の振付を」(谷桃子)移された。同年の日本初演では、振付:谷桃子、構成演出:有馬五郎とある。音楽も、指揮の福田一雄がメッセレル持参のピアノ譜(ヘルテル版)をオーケストレーション、さらにエロール=ランチベリー版も参照し、「メイポール・ダンス」、「ネッカチーフの情景」などを作・編曲した。その後、天下無敵のマルセリーヌだった小林恭のアイデアで、「木靴の踊り」が加わり(福田)、独自の谷桃子版が形成されていく。物語と舞踊が不可分のアシュトン版に比べ、よりおっとりした雰囲気。ヘルテルの牧歌的な音楽に振り付けられた素朴で可愛らしい舞踊、ボリショイ系の激しいマイムが特徴と言える。

主役のリゼットは、初日が竹内菜那子、二日目が斉藤耀、コーラはそれぞれ檜山和久、牧村直紀のWキャスト。その初日を見た。 

竹内のリゼットは、明快で確かな踊りが美点。終幕のアダージョはさらに情感が望まれるが、主役を背負う気概がある。パートナーの檜山は笑顔も定着し、演技の面白さに開眼したようだ。似合いのカップルだった。

 伝統のマルセリーヌには岩上純。以前は登場するだけでおかしかったが、今回はやや落ち着きを見せて、お淑やかになった。いきなりの動きは相変わらずの面白さ。ミッショーには貫禄の赤城圭団長、ニケーズには、元気がよく、美しい心を持つ中村慶潤。はまり役を十二分に踊り切った。またタフなジプシー娘 馳と、美しいジプシー首領 斉藤拓も適役。前よりも現代的にはなったが、純朴な娘たち、気の好い青年たちが揃う、求心力のある舞台作りだった。

指揮のアレクセイ・バクランが、洗足学園ニューフィルハーモニック管弦楽団を率いて、珍しいカリンニコフの交響曲、ソヴィエト由来の『無益の用心』を、喜びと共に振っている。