2月27日以後 2020

2月26日の夕方、新国立劇場バレエ団の『マノン』(小野絢子・福岡雄大主演)に向かう途中、同劇場からのメールを読んだ。

新型コロナウイルス感染症の拡大防止に係る文部科学大臣からの要請を受けて、新国立劇場では、感染症拡大のリスクを低減する観点から、2月28日(金)から3月15日(日)までの間、全ての主催公演、その他の主催イベントを中止することといたしました。

読むなり、デ・グリュ―初役の井澤駿はどうなるのか、という思いが渦巻く。役を体に入れたまま断ち切られると、ダンサーはどのような状態になるのか。特にデ・グリュー役のハードルは高い(技術面、感情表出面、パートナリング)。怪我での降板とは異なり、外的状況による中止は、気持ちの持っていき場もないだろう。

自粛要請の期間はさらに延長され、現在にまで及んでいる。以下は予定に入っていた公演のリストである。

 

2/29 新国立劇場バレエ団『マノン』【米沢唯・井澤駿】(新国立劇場 オペラパレス)

3/1 新国立劇場バレエ団『マノン』【小野絢子・福岡雄大】(同上)

3/7 新国立劇場バレエ研修所「エトワールへの道程」(新国立劇場 中劇場)

3/8 芸劇 dance 勅使川原三郎ダンス公演『三つ折りの夜』(東京芸術劇場 プレイハウス)  

3/13 スターダンサーズ・バレエ団『緑のテーブル』『ウェスタン・シンフォニー』(東京芸術劇場 プレイハウス)

3/15 牧阿佐美バレヱ団『ノートルダム・ド・パリ』(文京シビックホール 大ホール)

3/17 NHK 交響楽団×熊倉優「ロマンの河~メンデルスゾーンブルッフシューマン」(東京芸術劇場 コンサートホール)

3/21 Kバレエカンパニー『春の祭典』『若者と死』『シンプル・シンフォニー』(オーチャードホール

3/27 現代舞踊協会『ZONE-境地-』『COSMIC RHAPSODY-宇宙狂詩曲-』(東京芸術劇場 プレイハウス)

3/28昼夜 新国立劇場バレエ団「DANCE to the FUTURE 2020」(新国立劇場 小劇場)

3/29 新国立劇場バレエ団「DANCE to the FUTURE 2020」(同上)

4/2 ジャパン・フェスティバル・バレエ団『ガーシュインズ・ドリーム』他(文京シビックホール 大ホール)

4/4 青年団プロデュース公演『馬留徳三郎の一日』(座・高円寺1)

4/5 NHKNHK バレエの饗宴 2020」(NHK ホール)

4/6 新国立劇場ジュリオ・チェーザレ』(新国立劇場 オペラパレス)

4/11 KAAT 神奈川芸術劇場『アーリントン』(神奈川芸術劇場 大スタジオ)

4/14 新国立劇場『反応工程』(新国立劇場 小劇場)

4/20 SUN ARTS  DANCE PROJECT「Free Package vol.36」(俳優座劇場)

4/24 デフ・ウェスト・シアター『オルフェ』(シアタートラム)

5/2 新国立劇場バレエ団『ドン・キホーテ』【米沢唯・井澤駿】(新国立劇場オペラパレス)

5/3 新国立劇場バレエ団『ドン・キホーテ木村優里・渡邊峻郁】(同上)

5/4 新国立劇場バレエ団『ドン・キホーテ』【柴山紗帆・中家正博】(同上)

5/5 新国立劇場バレエ団『ドン・キホーテ』【池田理沙子・奥村康祐】(同上)

5/9 新国立劇場バレエ団『ドン・キホーテ』【米沢唯・速水渉悟】(同上)

5/10 新国立劇場バレエ団『ドン・キホーテ』【小野絢子・福岡雄大】(同上)

 

新国立の「DANCE to the FUTURE 2020」は一部ライブ配信された。遠藤康行をアドヴァイザーとする「コンポジション・プロジェクトによる作品」(ABプロ)である。遠藤には東日本大震災(2011.3.11)の翌日、スターダンサーズ・バレエ団公演で新作を発表した経験がある。以下はその公演評。

スターダンサーズ・バレエ団春公演は、団のアイデンティティとも言うべき日本人振付家による「振付家たちの競演」。

公演前日の午後に起きた東北・関東大震災のため開催が危ぶまれたが、主催者は「苦渋の決断」の末、上演に踏み切った。当時はまだ被害の全容が明らかでなく、交通手段が回復していたエアポケットのような状態。三分の一程の観客の前で小山久美総監督が、見舞いの言葉と共に開催に至った経緯を説明、収益は被災地への義援金とする旨を述べた。

こうした非常時には作品(虚構)が現実に拮抗しうるか、その強度が否応なく問われる。幕開けの遠藤康行作品『Love Love ROBOT 幸せのジャンキー』(45分)は、スケールの大きさと構築力で現実の視線を跳ね返したと言える。

針生康の美術、平本正宏の音楽、足立恒の照明とのコラボレーションは刺激的だった。針生は透明な球体を網目状に繋ぎ、鳥か象が一対向き合った巨大な吊り物を設置した。まるで若冲の方眼上動物図の趣。足立の変幻自在なライティングと絡み合い、大きな生き物のように舞台に存在し続けた。

一方民族音楽風あり、ウィレムス風あり、ロマンティックなメロディありの平本の曲(バッハ・チェロ組曲挿入)は、オリジナルならではの踊りへの寄り添い、生演奏のセッション感覚が作品に大きく貢献している。

振付はポアントをゼロベースで考え、その畸形性を再認識させた前半の女性群舞が圧倒的に面白い。O脚に撓ませたポアントのポーズ、猿人風のしゃがみ、反転しては移動するフォーメイション、ポアント行進と、次々に目を奪われた。

ソリストには男女3組を採用。福島昌美とゲストのリオネル・ハンによる色っぽいデュオ、林ゆりえと橋口晋策の清新なデュオに個性が見られたが、ソリスト勢の習熟度にはさらに向上の余地がある。ハンの華やかで粘りのある肉体、林の抜きん出た音楽性と意志の強さ、橋口の分厚い存在感、草場有輝の切れのよい跳躍が印象に残った。

終盤、半円のフォーメイションで踊られるパラパラ風の踊りが、このバレエ団独特の都会的な共同体を現出させる。ダンサーの個が自立した踊りを見ることは、この国では新鮮な驚きである。(3月12日 ゆうぽうとホール)

遠藤は今回もまた、災厄のさなかでダンサーを鼓舞し続け、ダンサー自身の手による群舞作品を作り上げた。映像のため、全容は測りかねるが、パトスのこもった2作品だった。

新国立劇場舞踊部門の大原永子芸術監督にとっては、今季が最後のシーズンである。2月の『マノン』がドラマティック・バレエ定着の集大成だったとすれば、5月の『ドン・キホーテ』は、ダンサー育成の集大成と言える。前監督から引き継いで、大きく育てたダンサー、自らオーディションで選び、主役にまで育て上げたダンサーが勢揃いするはずだった。自身が優れた技術を誇ったということもあり、全員が古典の技術に秀でる。一時崩れかけていた古典の基本を徹底させ、なおかつ、自分で役作りをする積極性をバレエ団全体にもたらした。国立と名が付きながら、必ずしも恵まれた環境とは言えないなか、プロ意識を浸透させた功績は大きい。

最後は残念な幕引きとなったが、手塩にかけて育てた米沢唯、最初からその才能(と人柄)を好んだワディム・ムンタギロフによる『マノン』、同じく米沢と、「教えることも修行のうち」と米沢に託した井澤駿による『ドン・キホーテ』を世界配信できたのは、不幸中の幸いだった。以下は公演中止に際し、大原監督が観客に宛てたメッセージである。

3月27日初日予定であった『DANCE to the Future2020』が公演中止となり、公演を楽しみにされていました皆様には、心よりお詫び申し上げます。
この公演は、新国立劇場バレエ団ダンサーたちが振り付けた作品を、仲間である同バレエ団ダンサーたちが踊るというプロダクションで、ダンサーたちもこの公演を心待ちにしていただけに、公演中止は私としても、たいへんに残念です。
ダンサーたちがつくり上げたこれらの作品を、日を改めて皆様にご披露できることを願ってやみません。

今しばらくは舞台芸術を楽しむことは難しい状況ではありますが、芸術は人の心を癒す強い力のあるものです。
皆様とともにバレエやダンスを劇場で楽しめる日が一日も早く戻って来ることを、心から祈っております。

2020年3月26日                                         

舞踊芸術監督 大原永子