牧阿佐美バレヱ団「サマー・バレエコンサート 2020」

標記公演を見た(8月11日 文京シビックホール 大ホール)。牧阿佐美バレヱ団8か月ぶりの舞台公演である。昨年末の『くるみ割り人形』を最後に、3月公演『ノートルダム・ド・パリ』、6月公演『ロメオとジュリエット』が、新型コロナウィルス感染拡大防止のため、中止を余儀なくされた。今回のバレエコンサートは新たに企画されたもので、団員及び、バレヱ団の観客にとって、日々の希望を繋ぐ里程標になったことだろう。第1部はコンサートピース集、第2部は橘秋子振付『角兵衛獅子』(1963)より第2幕というプロブラムである。

第1部幕開きは『ゴットシャルクの組曲』(振付:牧阿佐美)。菊地研と男性ダンサーたちが元気のよい踊りで健在ぶりを示す。続いて『カルメン』(振付:牧阿佐美)の織山万梨子、『コサックの歌』(振付:N・アンドロソフ)の濱田雄冴、山本達史が、難役に挑戦した。

続く『シェヘラザード』(振付:ミハイル・フォーキン)では、日髙有梨とラグワスレン・オトゴンニャムが、清冽な色香を放ち、音楽的で格調の高いパ・ド・ドゥを作り上げる。『ラ・バヤデール』幻想の場より(振付:マリウス・プティパ)では、中川郁の清潔なニキヤ、清瀧千晴のダイナミックなソロル、伸びやかなトロワ(茂田絵美子、三宅里奈、佐藤かんな)がクラシカルな抒情性を体現。『海賊』よりグラン・パ・ド・ドゥでは、青山季可の澄み切った境地(牧独自のヴァリエーション)が、水井駿介の鋭く慎ましい踊りに支えられ、晴れやかな空間を現出させた。

第一部最後は、30年ぶりに上演される牧阿佐美振付『トリプティーク』(1968)。芥川也寸志の『弦楽のための三楽章(トリプティーク)』(1953)に振り付けられ、それぞれ「希望」「感傷」「情熱」の副題がある。1楽章は男性、女性アンサンブルのユニゾンに、それらを切り裂くダイナミックな男性ソロ(元吉優哉)が加わる。2楽章は米澤真弓と坂爪智来によるしっとりとしたアダージョ。米澤のすっきりした可愛らしさ、明るさ、健気さが、坂爪の献身的ノーブルスタイルと組み合わさって、日本的な抒情性を醸し出した。バレヱ団初演は牧自身と畑佐俊明による。アダージョの精髄が確かに伝えられた 白眉のパ・ド・ドゥだった。3楽章は変拍子の氾濫。牧の鋭い音楽性が千変万化するフォーメイションを築く。モダニズムと土俗性が融合した芥川の楽曲を、新たに復活させる上演だった。

第2部の『角兵衛獅子』は団としては42年ぶりの上演となる(4月に橘バレエ学校創立70周年記念公演で上演予定も、コロナ禍で延期、バレヱ団公演に移行)。最近では2010年 新国立劇場地域招聘公演として、新潟シティバレエが全2幕版を上演したのが記憶に新しい。同バレエの核である 渡辺珠実バレエ研究所がレパートリーとして保存してきたもの(第2幕)に加え、初演指揮者の福田一雄が第1幕の音楽を再現、牧の振付により全幕上演が実現した。

今回は第2幕のみながら、橘秋子の提唱した「日本のバレエ」を継承保存し、赤いさらしの群舞(祈りの炎)で、芸術の火が消えないようコロナ感染拡大防止を祈念するという意図をもつ、意義深い上演となった(同団ダンサーズブログ 6/25 付)。

初演時、大原永子と森下洋子が踊った姉妹には、光永百花と阿部裕恵の同期生。6月には共にジュリエットを踊る予定だった。光永は、虚無僧への思慕を美しく情感豊かに踊り、阿部は、姉を追う幼い妹を可愛らしく演じる。タイプも踊り方も異なる二人が、今後どのような役を演じるのか期待したい。

本来 角兵衛獅子は子供たちが踊る役。無心で健気に踊る姿に涙がそそられるところを、団員たちが踊ると、振付の方に目が向く。バランシン風のポアント遣いや、変拍子に即応する音楽性は、牧の手によるものと思われる。日本的抒情性、激しい律動に彩られた山内正の音楽も、バレヱ団の貴重な財産である。

虚無僧 逸見智彦のノーブルな味わい、親方 塚田渉、依田俊之、巡礼の女 諸星静子、宮浦久美子のベテランらしい落ち着きが、物語の枠組みを作り上げた。