2020年公演総括【追記】

2020年の洋舞公演を振り返る(含2019年12月)。

コロナ禍のため、今年は昨年12月から3月までと、7月から11月までの実質9ヵ月の総括になる。自粛期間中は映像配信が充実し、世界のダンス事情を知ることができたが、パフォーミング・アーツの本質、「演者と観客が同時にその場にいる」ことによる全身体験は叶うべくもなかった。生身のダンサー、そして観客にとっても、コロナ以前は遠い昔のことに思われるだろう。ステイホーム中に経験した、常にバックグラウンドタスクが体の中で行われているような緊張と疲れは、東日本大震災の衝撃とは異なるものだった。震災直後は放射能の不安がありながらも、劇場を開けることで観客を慰め、勇気づけることができた。今回は劇場を開けることにリスクを伴う点が、大きく異なる。万全の感染予防対策を施した上、開場してからは、演者、観客、劇場が一つになってコロナ禍を乗り切ろうとする、運命共同体のような感覚が芽生えているように思われる。

新国立劇場バレエ団では、大原永子芸術監督から吉田都芸術監督に交代した。コロナ禍のため、大原監督企画の3演目は中止となり(『マノン』は後半2公演中止)、監督は英国に一時帰国したが、ロックダウンで足止めされる。残りの任期中には、公演の代替企画「巣ごもりシアター」で、『マノン』、『ドン・キホーテ』、『ロメオとジュリエット』の記録映像を配信した。芸術参与だった吉田現監督もバレエ団の指導に加わり、こどものためのバレエ劇場『竜宮』でも助言を行なっている。大原監督についてはコチラ

吉田監督就任後初のシーズン開幕公演は、自らのメンターであるピーター・ライトの『白鳥の湖』を予定していた。だが、コロナ禍で指導者の来日に見通しが立たず、前季中止となった『ドン・キホーテ』に振り替えられた。さらに、大原前監督にとってダンサー育成の集大成となるはずだった主役6組を、そのまま踏襲する。吉田監督らしい情に厚い選択と言える。一方 NHK 番組と組んだ配信には、米沢唯と主役デビューの速水渉悟を選び、芸術面での妥協のなさを示した。

今季ラインアップ配役に見られる新機軸は、パートナーの固定化を解消したことである。ダンサーが個として自立しなければ、舞台での化学反応は起きない。舞台は稽古場での成果を発表する場ではなく、アーティストが魂を燃やす場、そのエネルギーを観客に与える場である。ダンサーとしてこれらを実行してきた吉田監督らしい決断と言える。監督就任前から就任以後も、その知名度を生かし、テレビを含む様々な媒体でバレエ団の現状を発信してきたが、特に、ダンサーの環境改善(含経済)がパフォーマンスの向上に必須であるとの発言に、芸術監督としての強い覚悟を見ることができる。すでにトレーニングマシンの導入や、ウォームアップスペース、休憩所の設置など、実現できるものは行なっているという。また、バレエ団にはこれまでの芸術監督の蓄積があり、自分は「最後の味付け」をするだけとの言葉は、いかにも吉田監督らしい。現在3公演を経て、すでに若手の有望株が出現し、主役級にも変化が起きている。劇場側には環境面の向上を、ダンサーには吉田監督の指導の下、自らの才能を開花させることを期待したい。

コンテンポラリーダンス界にとっての朗報は、6月 横浜市に Dance Base Yokohama(DaBY)がオープンしたことだろう。 運営は一般社団法人セガサミー文化芸術財団、芸術監督は、愛知県芸術劇場シニアプロデューサーの唐津絵理が務める。旧横浜生糸検査所生糸絹物倉庫・事務所を復元・改築した建物のため(3階に入所)、4本の柱が立つボックスインボックス型のスタジオとなった。今はない神楽坂 die pradze や Bank ART Studio NYK 、またセッションハウス同様、柱が規定するクリエイティブな空間は貴重である。コロナ禍のため、他劇場同様、数々の企画が中止になったが、急遽リモート企画に変更、配信も行うなど、順調にスタートを切った。国内外のコンテンポラリー・ダンサーが常時集える母港、さらに、スタジオの三方を取り囲む回廊から自由に創作現場を見学できる、社会に開かれたダンスハウスの誕生である。

同じ横浜市には、2011年開館の KAAT 神奈川芸術劇場(運営:公益財団法人神奈川芸術文化財団)がある。観劇以外でも立ち寄れる劇場を目指すことで、「観客を創造」することに加え、アーティストの育成も活動の柱に据える。KAAT DANCE SERIES で国内振付家に新作を依頼するほか、演劇作品にもダンサーを多く起用し、国内コンテンポラリーダンス界の活性化を図る。昨年末の秋元松代作、長塚圭史演出『常陸海尊』では、平原慎太郎が重要な役どころを演じ、新年の如月小春作『NIPPON CHA! CAH! CHA!』では山田うんが、自らのカンパニーと俳優陣を演出・振付した(本来は DANCE SERIES)。また10月の谷賢一作・演出『人類史』では、エラ・ホチルドを振付に起用し、俳優・ダンサーの混成チームに、四つん這い時代から宗教の発生までを体で表現させた。ダンス・演技のどちらにおいても、俳優・ダンサーの区別は分からず、「舞台人」がいるのみだった。

【追記】[上記方針は、白井晃芸術監督(今年度で退任)によるものだったのだろうか。白井監督と言えば、2017年9月24日に行われた KAAT de CINEMA『Back to the 80's』のポストパフォーマンストークを思い出す。山崎広太をゲストにヌーヴェル・ダンスについて語ったのだが、山崎がトークにおいてもダンスを実施したため、著しく嚙み合わない対話となった。もう一つ、山崎は渡米前だったか、シアタートラムの PPトーク平田オリザとも対談している。平田曰く「広太さんはよく失神してましたねぇ」。その愛情深い口振りが今でも忘れられない。]

余談だが、6月に KAAT で上演予定だった岡田利規作・演出『未練の幽霊と怪物』は、リモートでリハーサルを行い、一部をリーディング形式でオンライン配信された。道路に面した部屋に机が一つ、それを劇場に見立て、俳優を映すスマホが出入りする(女性が操作)。外の音も聞こえ、スマホが生きて動いているような可愛らしさがあった。

地方では、愛知県芸術劇場の芸術監督に、勅使川原三郎が就任した。記念公演『調べ―笙とダンスによる』を12月に上演、来夏上演予定のファミリー・プログラム ダンス公演『風の又三郎』では、愛知及び近隣県のバレエダンサーを起用し、地元のダンス活性化を図る。公共劇場芸術監督(舞踊部門)としては先輩の金森穣も、カンパニーを Noism Company Niigata と改名し、さらに地域密着型を目指す。学校へのアウトリーチ活動や、地元舞踊団体への振付、視覚障害者へのワークショップなど、公共劇場専属舞踊団としてあるべき姿を追求する。この経験はカンパニー及び振付家の金森自身にとっても、新たな実りをもたらすのではないか。

 

【バレエ振付家

上演順に、松崎すみ子『くるみ割り人形』(バレエ団ピッコロ)、鈴木稔『くるみ割り人形』(スターダンサーズ・バレエ団)、ワイノーネン=斎藤友佳理改訂『くるみ割り人形』(東京バレエ団)、バランシン『セレナーデ』(新国立劇場バレエ団)、ウィールドン『DGV』(新国立)、伊藤範子『Fiorito』(谷桃子バレエ団)、V・ヤレメンコ『海賊』(日本バレエ協会)、宝満直也『狼男』(NBA バレエ団)、安達悦子改訂『眠れる森の美女』(東京シティ・バレエ団)、マクミラン『マノン』(新国立)、パリ・オペラ座『ジゼル』、牧阿佐美『トリプティーク(青春三章)』(牧阿佐美バレヱ団)、中原麻里『雪女』(大和シティー・バレエ)、堀内充『シンフォニック・ダンス』(堀内充バレエコレクション)、中島伸欣『檻の中で』(東京シティ)

 

【モダン&コンテンポラリーダンス振付家

上演順に、勅使川原三郎『忘れっぽい天使』(KARAS)、井上恵美子『かもめ食堂』(井上恵美子ダンスカンパニー)、山田うん『NIPPON CHA! CHA! CHA!』(神奈川芸術劇場)、金森穣『シネマトダンス―3つの小品』(Noism)、森優貴『Farben』(Noism)、安藤洋子『ARUKU』(象の鼻テラス)、山崎広太『ダンス・スプリント』(Body Arts Laboratory)、森山開次『竜宮』(新国立劇場)、木下嘉人『CONTACT』(大和シティー)、福田紘也『死神』(大和シティー)、大島早紀子オペラ『トゥーランドット』(神奈川県民ホール)、松崎えり『その空のあおさに友は目を潤す』(セッションハウス)、貝川鐡夫『ロマンス』(新国立劇場バレエ研修所)、伊藤キム+森下真樹『マキム』(東京芸術劇場)、岩渕貞太『Gold Experience』(岩渕貞太身体地図)、中村恩恵Shakespeare THE SONNETS』(新国立)

 

【女性ダンサー】

上演順に、一人一役で、塩谷綾菜のクララ、沖香菜子のマーシャ、井関佐和子(金森穣)、永橋あゆみ(伊藤範子)、佐藤麻利香(伊藤)、安藤洋子(安藤)、酒井はなのメドーラ、加治屋百合子のメドーラ、湯浅永麻(ヒーリー)、竹田仁美(宝満直也)、米沢唯のマノン、本島美和の娼館のマダム、池田理沙子の亀の姫(竜宮)、成田紗弥のメドーラ、青山季可のオーロラ姫、白河直子(大島早紀子)、小野絢子(中村恩恵

 

【男性ダンサー】

上演順に、一人一役で、秋元康臣のくるみ割り王子、元吉優哉のくるみ割り王子、吉﨑裕哉(山田うん)、金森穣(金森)、奥村康祐のコンラッド、浅井信好(ヒーリー)、刑部星矢(宝満直也)、ムンタギロフのデ・グリュー、木下嘉人のレスコー、中家正博のムッシュー G.M. 、渡邊峻郁の浦島太郎、山崎広太(山崎)、福田圭吾の巳之吉(雪女)、渡邊拓朗の和尚(牡丹灯篭)、清瀧千晴のフロリモンド王子、藤島光太のフランツ、正木亮のコッペリウス、西口直弥のビルバント、キム・セジョン(松崎えり)、松本大樹(松崎)、福岡雄大のバジル、井澤駿のバジル、速水渉悟のバジル、島地保武(森山開次)、伊藤キム(伊藤)、岩渕貞太(岩渕)、首藤康之中村恩恵