笠井叡『櫻の樹の下には ― 笠井叡を踊る ―』2021

標記プレビュー公演を見た(2月3日 吉祥寺シアター)。笠井叡は2015年春、女性ダンサー6人(黒田育世、寺田みさこ、森下真樹、上村なおか、白河直子、山田せつ子)を集めて、『今晩は荒れ模様』を創った。この時は、笠井のテリトリーである舞踏、オイリュトミーの経験者が含まれていたが、今回集められた男性5人(大植真太郎、島地保武、辻本知彦、森山未來、柳本雅寛―五十音順、辻本のシンニョウは一つ点)は、バレエ、ジャズダンスを起点とするコンテンポラリーダンサーばかりである。いずれも3,40代の踊り盛り、荒武者のような彼らの体に「笠井さんのウィルス*」がどのように侵入したのか、昨秋の詳細発表以来、待ちわびた公演だった。

* 「笠井さんのウィルスが侵入してきて、私の細胞に振付しているようです。動きを与えるというより、呼び覚ますというような振付」(2020.11.28 島地保武 Twitter

標題通り、笠井は梶井基次郎の短編『櫻の樹の下には』を作品のモチーフとし、補助線に、戦後のニヒリズムを描いた三島由紀夫の『鏡子の家』を使用した。1人の女性に4人の男性が通う三島作品の構造を、櫻=日本をめぐる自作の導入に用いている。冒頭、黒スーツの男性5人がふらりと現れ、鬱々と佇む。そこに、輝くアイボリーのドレス姿、白とピンクの羽耳飾りを付けた白塗りの笠井が、風に吹かれるように登場する。「この国は櫻の国、この国は櫻の国」と謡いながら、中央奥の小部屋へ。桜の花びらがはらはらと散るなか、女王のように悠然と座り、男たちを見守る。

笠井=鏡子は櫻の樹、彼女に群がる黒スーツの男たちは、その樹の下に埋まる屍体である。黒スーツの中身、筋骨隆々とした屍体の背には刺青が施され、白褌が締められている。彼らの体から流れ出る「水晶のような液が、静かな行列を作って、維管束のなかを夢のようにあがってゆ」き、笠井を潤すと、その笠井のエネルギーが男たちに放射され、狂乱へと駆り立てる。藤圭子『命預けます』をバックに踊られる日舞デュオや剣舞、上方に吊られた笠井が絢爛たる櫻となり、その花吹雪のなか屍体たちが乱舞する終幕。美を突き抜けるアナーキーな「日本」が、笠井の痩身から一息に吹き出された90分だった。

『今晩は荒れ模様』同様、今作でも、笠井のダンサー評を見る楽しさが横溢する。5人それぞれへの愛称。大植はユリアヌス、島地はカリオストロ、辻本はジニウス、森山はド・モレー、柳本はジャンヌ。

笠井と最も近い所にいたのは、ユリアヌス大植。最初から最後まで、まるで我が家のように超ハイテンションで動いていた。得意の鉄板ブリッジや、直立後方倒れ、肩首逆立ちを披露しつつ、笠井の振付も全力で遂行。笠井にドイツ語で操られるソロもハンブルク・バレエ在籍経験あり、ノイマイヤーがこれを見たらどう思うか)。最もバレエの技法が入っているのに、最も遠い精神性を持つ。終盤、笠井が、「ユリアヌス、スウェーデンに帰らないでー、日本にいておくれー」と叫ぶ一幕もあった。

カリオストロ島地は、唯一関西勢ではない。笠井の技法を分析、クールに習得しようとする。大きさと技術面から、柳本と相似形の振付も。島地のダイナミックな中盤ソロに、笠井が奥から加わり、激しくアナーキー踊りをする即興デュオには、笠井の島地への愛があふれた。77才と42才のバトルは互角のエネルギー。20年前、50代の笠井がいきなり青年将校になったことを思うと、内実は同い年バトルだったのかもしれない。

ジニウス、天才と名付けられた辻本は、中盤、薄羽かげろうのライトがちらつくなか、得体のしれない不定形のソロを見せる。かつてのストリート系を駆使した切れのよい踊りから、どのようにしてここまで来たのか。

ド・モレー森山は体躯と相貌から、女形を振り付けられた。白打掛に白袴で辻本、柳本と日舞デュオを踊る。内股も実行したが、動きよりも心根で女性となった。正座の涼やかさ、笠井ににじり寄る慎ましさ、露わになった太ももの品のよいエロティシズム。作品世界への入り方、身の投げ出し方に、俳優 森山を見た気がする。

ジャンヌ柳本のみ女性名。『瀕死の白鳥』のような腕遣いとパ・ド・ブレを見せたが、途中で日本刀の剣舞を舞い、男性と化した。柳本の美しいポール・ド・ブラで女性を思い、迎合しない気質を見て男に変えたのか。それともジャンヌ・ダルクか。

かつて土方巽にライバル視され、大野一雄に深い愛情を注がれた笠井*は、一世代下のダンサーたちに、繊細な愛のウィルスを降り注ぐ。彼らも笠井を胴上げすることで、その愛への返礼を行なった。公演が終わった後も、5人の体には、笠井叡の後遺症が目に見えない形で残るだろう。

* 笠井叡『未来の舞踊』(ダンスワーク舎, 2004年)―長谷川六による「あとがき」 + 山野博大(編著)『踊る人にきく』(三元社, 2014年)―笠井叡 × 木佐貫邦子「男のソロ、女のソロ、そしてデュオ」

付記:山野博大氏は、2月4日、本作初演に立ち会った後、翌5日に急逝された。享年84。