牧阿佐美バレヱ団「プリンシパル・ガラ」2021

標記公演を見た(3月14日 文京シビックホール 大ホール)。演目は、『パキータ』第3幕より(振付:マリウス・プティパ、『フォー・ボーイズ・ヴァリエーション』(振付:牧阿佐美)、『ル・コンバ』(振付:ウィリアム・ダラー)、『ライモンダ』第3幕(振付:テリー・ウェストモーランド、マリウス・プティパによる、改訂演出振付:三谷恭三)の4作。ブルノンヴィル・スタイルでの創作、古典バレエと民族舞踊の融合2作、モダンバレエの名品、とバレエスタイルの変遷に目配りした 充実のプログラムである。

第1部幕開けの『パキータ』は、全幕の第3幕舞踏会よりグラン・パを独立させたもの。古典バレエとスペイン舞踊が融合する華やかな作品である。今回はバレエ団の持つダニロワ版ではなく、ブルラーカ版ボリショイ・バレエ、ワガノワ・バレエ・アカデミー現行版)に準拠した。振付指導の西川貴子によると、男性ヴァリエーション終盤のマズルカが復元されているとのこと(ドリゴ曲)。子供のポロネーズマズルカも予定されたが、コロナ禍のため今回は見送られた。

主役のパキータは光永百花(初日は阿部裕恵)、リュシアンには石山陸(初日は水井駿介)光永は華やかな踊りに、パトスの強い演技を持ち味とする。アダージョではまだ古典の様式性と折り合いがつかなかったが、ヴァリエーションでは主役の貫禄を垣間見せた。対する石山は長身のノーブルタイプで、若々しいマズルカを披露した。三宅里奈、今村のぞみ、茂田絵美子のソリスト陣は、難度の高いヴァリエーション、アンサンブルはスペイン風アクセントに加え、ロシア派スタイルに果敢に挑戦している。

続く牧振付の『フォー・ボーイズ・ヴァリエーション』は、男子生徒のために作られた教育的な作品。今回はバレヱ団の主役級用に書き換えらえたという。音楽はブルノンヴィルの『ナポリ』を使用。男性4人が『パ・ド・カトル』風にポーズをとる場面から始まる。それぞれがヴァリエーションを踊り、最後は再び4人のポーズで幕となる。振付はプリパレーションのないパの連続が特徴。トゥール・アン・レール両回転、ロン・ド・ジャンブ・アン・レール・ソテ、前方へのグラン・ジュテなど、牧のブルノンヴィル・スタイルへの思いが滲み出る。順番に細野生、清瀧千晴、濱田雄冴、水井駿介が牧の熱い思いに応えたが、中でも水井が、滑らか かつ自在な踊りで高度な振付をまとめている。清瀧のダイナミズムと振付は、ややそぐわない印象。

第1部最後のダラー振付『ル・コンバ』は、モダンバレエの名作。ローラン・プティのバレエ・ド・パリでパ・ド・ドゥのみを初演(1949)、その後3人の騎士を加えた現行版が NYCB で初演された(1950)。バレヱ団初演は 1977 年。ダラーとの2ヵ月におよぶ交流を綴った牧自身の文章、当時の写真がプログラムに掲載されている。牧が影響を受けたバランシン、そのバランシン作品を初演し、共作もしたダラーとの繋がりに、日本におけるモダンバレエ受容の一端を見ることができる。今回 完全版に初めて接し、ダラーの才能を改めて確認した。

金と銀の巨大な樹木が絡み合う背景が作品を象徴。ラファエロ・デ・バンフィールドの、変拍子に彩られたモダニズム音楽も素晴らしい。生演奏の力は大きく、サラセンの娘(実はエチオピアの姫)クロリンダと、十字軍の騎士タンクレッドの衝撃の出会いから、互いを分からぬままでの死闘、瀕死のクロリンダとタンクレッドの愛のパ・ド・ドゥ、そしてクロリンダの死までを、ドラマティックに牽引する。

片手で馬の手綱を引き、ギャロップで馬脚を表す振付、ナイフを刺すリアルな死闘、硬直し痙攣する死の場面が印象的。男装クロリンダの可憐な凛々しさ、兜を取ってはらりと落ちる長い髪、タンクレッドおよび騎士たちの逞しさが、古風な様式美とモダンなエレガンスを帯びて、一幅の絵画を形成する。

クロリンダの日髙有梨(初日は佐藤かんな)は、持ち前の伸びやかなラインに繊細な踊り、さらに役を生きる肌理細やかな演技で、作品にリアリティを加えている。死闘による疲労、断末魔の痙攣に息をのんだ。タンクレッドの近藤悠歩(初日は石田亮一)との相性もよく、情熱的で気品のあるドラマを立ち上げた。抜擢の近藤は、長身の凛々しい騎士。脚遣いに迫力があり、愛のパ・ド・ドゥの力強さ、終幕の嘆きに、ドラマティックな素質が見えた。ラグワスレン・オトゴンニャム、米倉大陽、小池京介の長身騎士団を、悠揚迫らぬ態度で率いている。

第2部は『ライモンダ』第3幕。ライモンダの中川郁(初日は青山季可は、舞台に薫風をもたらす清澄なオーラを取り戻している。通常 プリマの貫禄で見せがちなヴァリエーションも、精神を整え、周囲に光を分け与える本来の踊り方。雑音の多い現代では得難い個性である。対するジャン・ド・ブリエンヌは元吉優哉(初日は清瀧)。十字軍騎士の凛々しさよりも、ロマンティックな味わいが前面に出る。忠実で優しいパートナーとして中川を支えた。地のままで役に入ることのできる稀有なダンサー。コロナ禍でカジモド役が流れたのは残念だった。グラン・パ・クラシックの様式性、ヴァリエーション 上中穂香の切れ味、チャルダッシュの統一感も素晴らしかった。

東京オーケストラ MIRAI を率いる冨田実里は、現代曲から古典までを指揮した新国立劇場バレエ団「ニューイヤー・バレエ」に引き続き、懐の深さを見せる(この間にも、NBA バレエ団『シンデレラ』、新国立『眠れる森の美女』、井上バレエ団『古典交響曲』、ワーグナー「愛の死」を振る)。ミンクス他、ヘルステッド=パウリ、デ・バンフィールド、グラズノフ、そのいずれもが味わい深く、音楽的喜びにあふれていた。