3月に見た公演 2021

Kバレエカンパニー『白鳥の湖(3月25日 オーチャードホール

5日間7公演4キャストのうち、新加入した日髙世菜の日を選んだ。カンパニーは『マダム・バタフライ』終了以降、舞台の方向性が定まらなかったが、今回ようやく芸術監督 熊川哲也の息吹がもどり、団員たちの質の高いパフォーマンスも蘇った。ピンポイントの音取り、上体を大きく使う躍動感あふれる動き、クリーンな足元。熊川の復帰を喜ぶように、一人一人が自分を超える踊りを見せて、パワー漲るポジティブな舞台を作り上げている。白鳥たちの統一されたスタイル、抜きんでた音楽性が素晴らしい。エネルギッシュなキャラクターダンスもさらに磨きがかかり、久々にKバレエの醍醐味を感じることができた。

主役の日髙は、ワガノワ・バレエ・アカデミーからルーマニア国立バレエ団に入団、ヨハン・コボー芸術監督によりプリンシパルに任命、その後タルサ・バレエへ移籍し、19年にプリンシパルになる。20年に始まったコロナ禍で公演中止が相次ぎ、帰国。今年1月Kバレエカンパニーにプリンシパルとして入団した。団デビューとなるオデット=オディールは、主役経験豊富なベテランダンサーの踊りだった。舞台を作り上げる安定した力がある。白鳥、黒鳥をことさら演じ分けることなく、丹田を意識した芯の強い演技で貫かれる。舞台全体を低い視点から冷静に把握する姿勢が印象的だった。今後は徐々に自分の色を出していくと思われる。

対する王子の高橋裕哉は、線の細さが消え、より逞しい姿を見せた。ノーブルな佇まい、節度ある演技、ヴァリエーションの鮮やかさが揃い、香り高い王子を造形。日髙に常に寄り添う よきパートナーでもある。踊りの多い熊川版ロットバルトにはグレゴワール・ランシエ。ダイナミックなヴァリエーションもさることながら、自然なマイムに目を奪われた。悪を作り込まない控えめな演技が素晴らしい。主役3人の連携により、ゆったりと流れる成熟した舞台が立ち上がった。

パ・ド・トロワの高橋怜衣、吉田周平、毛利実沙子、ワルツの佐伯美帆、2羽の白鳥 成田紗弥、チャルダッシュの高橋(怜)、石橋奨也、さらにマズルカ、スペインの面々が高レベルの踊りで、また王妃の山田蘭、ベンノの関野海斗、家庭教師の伊坂文月が心得た演技で、井田勝大指揮、シアター オーケストラ トーキョーが阿吽の演奏で、舞台に大きく貢献した。全体に古典の香り漂う完成度の高い演出だが、1幕 儀典長は要らないような気がする。

 

スターダンサーズ・バレエ団「Diversity」(3月27日 東京芸術劇場 プレイハウス)

「多様性」と題されたトリプル・ビル。フォーサイスの『ステップテクスト』(85年  / SDB 97年)、チューダーの『火の柱』(42年 / 65年) 、バランシンの『ウェスタン・シンフォニー』(54年 / 91年)というプログラムである。当初は団初演となるロビンズの『コンサート』を予定していたが、コロナ禍で指導者の来日に見通しが立たず、バランシン作品に変更された。図らずも 2005 年3月公演と同じ組み合わせである。コンテンポラリーバレエの傑作、プロットあり、プロットなしの両モダンバレエの名品は、バレエ団の歴史と関わる重要な財産と言える。

演出・振付指導は、フォーサイス作品がアントニー・リッツィー、チューダー作品がアマンダ・マッケローとジョン・ガードナー、バランシン作品がベン・ヒューズ。リモート指導とのことだが、2年前にも上演された『ウェスタン・シンフォニー』の仕上がりが、当然ながら最もよかった。1楽章 塩谷綾菜の繊細で美しい踊り、2楽章 渡辺恭子の華やかさ、それぞれのパートナー 林田翔平、池田武志の男っぷり、3楽章 鈴木就子と関口啓の鮮やかな技巧、4楽章 秋山和沙のゴージャスな踊り、パートナーにはジョージア国立バレエ団の高野陽年がゲスト出演した。アンサンブルも手の内に入った溌溂とした踊りで、バランシン導入の歴史の長さを印象付けた。

『火の柱』も団初演から現在に至るまでの蓄積に裏打ちされる。作品はシェーンベルク浄夜』のデーメル原詩を下敷きとしつつも、キリスト教信仰に基づく共同体と個人の対立により 引き裂かれた精神を描く。腕を使わない硬直した身振り、突発的な回転やアラベスクといった切り詰められた振付が、主人公ヘイガーの強張った感情を表している。彼女を取り巻く共同体の人々は、壁紙のような平面的フォーメイションで動き、全てがヘイガーの妄想、意識内の出来事なのでは、という疑念を浮かび上がらせる。

ヘイガーの喜入依里は、力強い存在感、舞台の求心力が際立つダンサー。今回は初役でリモート指導ということもあり、相互的なドラマの微妙な感触や、神経症的な強張りよりも、チューダー振付を遂行する健康的な逞しさが優った。ドラマティック・ダンサーなので、直接指導の再演に期待したい。姉の榎本文、妹の西原友衣菜を始め、恋人たち、愛人たち、老嬢たちは、ドラマの枠組みを的確に作り上げて、バレエ団の歴史の厚みを感じさせた。友だちの池田、向いの男の林田には、さらなる役の彫り込みを望みたい。

『ステップテクスト』は5回目となるが、同じくリモート指導の難しさを感じさせた。17年夏にフォーサイスの『N. N. N. N.』を踊った石川聖人のみが、動きの切れと強度、音楽との同期を実現させている。紅一点の渡辺は、メロディを解釈して動くバレエ寄りのアプローチ。池田、林田も動きに意味が発生し、動きのみで人間の実存を浮かび上がらせるには至らず(終幕の手話対話)。もし所属の鈴木稔、遠藤康行のコンテンポラリー作品を踊った経験があれば、足掛かりになったかもしれない。バレエ団のもう一つの歴史、日本人振付家への新作委嘱の継続も期待したい。

 

新国立劇場ダンス「舞姫と牧神たちの午後」(3月26, 28日 新国立劇場小劇場)

6作品全て 男女のデュオで構成される。新国立劇場のレパートリー2作以外は、女性舞姫が作品か、パートナー(牧神)を選ぶ方式とのこと。プログラムは以下の通り。

 

1 貝川鐡夫 振付『Danae』(音楽:J. S. バッハ、編曲:笠松泰洋

   出演:木村優里、渡邊峻郁

2 島地保武 振付『かそけし』(音楽・演奏:藤元高輝 gt.)

   出演:酒井はな、森山未來

3 平山素子 演出構成、平山・中川賢 振付『Butterfly』(音楽:マイケル・ナイマン、落合敏行)

   出演:池田理沙子、奥村康祐/五月女遥、渡邊拓朗

         (休憩)

4 加賀谷香 演出構成、加賀谷・吉﨑裕哉 振付『極地の空』(音楽・演奏:坂出雅海

   出演:加賀谷香、吉﨑裕哉

山田うん・川合ロン 振付『Let's Do It』(音楽:ルイ・アームストロングコール・ポーター

   出演:山田うん、川合ロン

6 クリスタル・パイト 振付・テクスト『A Picture of You Falling』より(音楽:オーウェン・ベルトン、作品指導:ピーター・チュー)

   出演:湯浅永麻、小㞍健太

 

再演3作、新作3作、男性振付家2作、女性振付家4作(内3作は男性との共同振付)新国立劇場バレエ団所属振付家から、海外振付家までを含む バラエティに富んだプログラムである。ただし実際に見た感触としては、プログラム順がアンバランスに思われる。貝川、島地の冒頭が大きく、後は尻すぼみの感じ。最終演目が海外既存作品の抜粋であるのも疑問が残る。

貝川と島地は共に音楽性に優れ、ムーヴメントが物語性(意味)に侵されていない点で、他の4人とは異なる(たまたま男性と女性に分かれたが、ジェンダーによる偏向はないと思う)。貝川はメロディ、島地は音形に反応、ムーヴメントに関しても無意識、意識的と対照的ながら、自分の体と動きが乖離していないところは共通する。共に変な動きが頻出するが、貝川は音楽から必然的に出てくるので躊躇なく、島地は動き自体の味わいを追求した結果である。貝川の振付はレパートリー化可能だが、ダンサーによる解釈の余地が大きく、島地振付は即興性重視のため、共に空間が広々としている。それで冒頭の感想になったのだろう。貝川の幕開けはよいとして、最終演目は、新作で実験性が高く、優れた技量の生演奏、酒井はな、森山未來 出演の島地作品が妥当ではないか。貝川→加賀谷→平山(休憩)山田→パイト→島地、とすると、前半がバレエ・モダン系、後半がコンテンポラリー系となり、納まりがよい。

島地新作『かそけし』は、ギター 藤元高輝の質の高い音楽と演奏が軸となっている。音楽の形を体に入れ、ニジンスキー『牧神の午後』の引用、フォーサイス崩し、バロックダンス、発話、ギタリスト即興演奏(パーカッション仕様、含発話)を緻密に構成する。ただし細かすぎて追い切れない部分あり。期待を裏切る、状況を覆す島地の性向は、果てのない空間の追求を生み出し、何かが生成された感触のみを後に残す。言わば 風のような爽快感が持ち味と言える。

酒井と森山は正面切って組むことなく、ユニゾンに終始する。濃厚でポジティブな酒井に対し、森山は控えめで影のような存在。2月の笠井叡作品にも通じるが、「かそけし」を実践したのかもしれない。コミックリリーフのような酒井の「ドンガラガッシャン」も、酒井の一面がよく出ている。ただ二人ならではのポジ=ネガ・デュオを見せてもよかったか。島地自身は情熱的なパートナーである。空間が瞬時に切られて断片化する清々しさと、男女デュオは、矛盾なく成立するのではないか。物語が体に入った振付家・ダンサーなのに、なぜ物語の発芽、感情の発露を忌避するのか、島地の可能性はまだ全開とは言えない。