6月に見た英国バレエ2021

2つのバレエ団による英国バレエの競演。スターダンサーズ・バレエ団のピーター・ライト版『コッペリア』(95年 BRB)と、牧阿佐美バレヱ団のフレデリック・アシュトン版『リーズの結婚(ラ・フィユ・マル・ガルデ)』(60年 RB)である。『コッペリア』は昨年上演予定だったが、コロナ禍で今年5月への延期を余儀なくされた。さらに、3月のスエズ運河座礁事故で舞台美術・衣裳の到着が遅れ、6月に再延期という、艱難を乗り越えての上演である。両者共に牧歌的なフランス・バレエ(含ロシア経由)へのオマージュだが、ライトの緻密な演劇性、アシュトンのクリスピーなムーブメントと、多様な舞踊スタイル導入など、英国バレエの豊穣さを再確認することができた。

 

スターダンサーズ・バレエ団『コッペリア(6月13日 テアトロ・ジーリオ・ショウワ)

森の詩人 P・ファーマーのけぶるような美術を背景に、スワニルダとフランツの恋模様が闊達に描かれる。ライトの「ロジカルな演出」(吉田都)は、特に1幕で顕著だった。ドラマトゥルギーに則った細やかなマイムは演劇そのもの。コミカルなツボもピンポイントで押さえられ、肩や脚を見せるスワニルダのコケットリーも加わる。ジプシーの女からフランツを取り戻し、その両腕を自分の体に巻き付ける仕草には驚かされた。3幕は本来アレゴリカルなディヴェルティスマンだが、村人たちの踊りという設定のため、共同体の温かさを帯びている。人形のコッペリアが人間に変身し、コッペリウスと踊りながら去る結末には、ライトのロジックよりもロマンティシズムが滲み出た。

2日目当日はスワニルダに塩谷綾菜、フランツに林田翔平という配役(初日は渡辺恭子、池田武志)。パートナーシップも熟しつつあり、演技、踊り共に阿吽の呼吸を感じさせる。塩谷は正確な技術と優れた音楽性を併せ持つバレリーナ。繊細な足技、柔らかな腕遣い、ふっくらとした踊りのニュアンスがスワニルダにふさわしい。3幕パ・ド・ドゥも力みがなく、対話のように自然だった。演技は控えめながら的確。2幕では可愛らしさの中に小悪魔的な要素を滲ませた。コッペリウスとの丁々発止には、客席から子供の笑い声も。よほどテンポが良かったのだろう。終始一貫したスワニルダ造形に、ドラマティック・バレリーナとしての未来が予感される。対する林田ははまり役。いい加減な二枚目浮気男の芝居が板に付いている。1幕の 演技を伴うダイナミックなソロ、民族舞踊からは、情熱的なエネルギーが発散された。ジプシー役フルフォード佳林との相似形の踊りも楽しい。フルフォードは相変わらずの芝居巧者だった。

コッペリウス博士の鴻巣明史もはまり役。明快なマイムで舞台に流れを与える。痙攣的な動きにもわざとらしさがなく、奇矯さを巧みに避けている。最後がハッピーエンド(夢であろうと)だからだろう。奥行きと重みのあるコッペリウスだった。村長の福原大介、宿屋主人の比嘉正、領主の東秀明、夫人の周防サユル、時の父の鈴木稔といった立ち役連が、心得た演技で舞台を支えている。

スワニルダ友人たちの音楽性、柔らかなポアントワーク、自然な芝居はバレエ団の美点を象徴。「スラブ民謡の主題によるヴァリエーション」は幸福感に包まれた。重厚な両民族舞踊も素晴らしい。3幕では石山沙央理の暁、喜入依里の祈りが印象深い(タイプとしては喜入の暁、石山の祈りに思われるが)。

指揮は田中良和、管弦楽はテアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラ。牧歌的で温かみのある音楽作りがライト版の演劇性とよく合っていた。

 

牧阿佐美バレヱ団『リーズの結婚』(6月26日夜 新国立劇場 中劇場)

バレヱ団初演は91年。2年ぶり16回目の上演である。無料配布プログラムには歴代キャストのリストや、振付指導のアレクサンダー・グラント(初演時アラン)、メール・パークとの記念写真が掲載され、バレヱ団の歴史の一端を偲ばせる。さらに前回に続き、D・ヴォーン、I・ゲスト、J・ランチベリーによる詳しい解説文が、作品理解を深める手助けとなった。特に 1幕2場のリーズの爪先伸ばし小刻み速歩が、ジョージア国立舞踊団(?)の踊りから生まれたとは。カルサヴィナから受け継いだマイムと共に、アシュトンのムーヴメント(英国民族舞踊、リボン綾取り)への好奇心、意識の高さが、作品に強度を与えている。

主役のリーズには中川郁、コーラスは元吉優哉(初日昼は阿部裕恵、清瀧千晴、二日目は西山珠里、水井駿介)、シモーヌは保坂アントン慶(二日目は菊地研)、トーマスは京當侑一籠、アランは細野生(二日目は濱田雄冴)。中川と元吉は前回と同じ組み合わせである。二人の自然な演技と相性の好さから、喜劇性よりも愛の物語が前面に出る舞台となった。

中川は明るくおっとりとしたリーズ。自分の持ち味を生かしたアプローチである。パキパキとはじけるアシュトン・スタイルはあまり強調せず、物語の流れを重視、コーラスとの愛をゆっくりと育む。2幕の自然な「夢見るマイム」から、突然現れたコーラスとの恥じらいを含む愛の確認、さらに結婚パ・ド・ドゥの薫風漂うリリシズムが素晴らしい。しっとりした味わいも加わり、元吉コーラスを受け止める懐の深ささえ感じさせた。その元吉は内側から感情が湧き出るタイプ。幕が進むにつれてゆっくりと愛情が滲み出て、麦束から現れる所で頂点に達した。リーズの腕に口づけするその真実味。見る者の胸を熱くさせる。ダンサーとしての美質(背中の柔らかさ、美しい爪先、柔軟な開脚)も無意識のうちに発揮。2幕コーダのグランド・ピルエットは鮮やかだった。中川の少し浮世離れした感触と、元吉の無意識が組み合わさった舞台に、束の間 現実から浮遊することができた。

シモーヌの保坂は完成形。パントマイム様式が板に付き(アシュトン版『シンデレラ』の義姉を思い出す)、全く違和感がない。引きの演技も味わい深い。トーマスの京當も前回に引き続き、のどかな大きさがある。王子役からいきなり喜劇的立ち役に至れるのが謎。アランの細野は前回よりも可愛らしく、周囲とのコミュニケーションも自然になった。納まりはよいが、その分ペーソスは減じた印象。公証人の塚田渉、書記の依田俊之はベテランの味わい。おんどりの中島哲也、フルートボーイの坂爪智来を始め、農夫アンサンブルが充実の踊りを見せる。一方、リーズ友人、村娘アンサンブルはバレヱ団の優れた音楽性を体現した。

東京オーケストラMIRAI 率いる冨田実里は、ランチベリー作編曲の音楽群を的確に指揮。個々の楽曲をその性格に応じて振り分ける。2幕の愛の場面では主役二人と共に、情熱的なクライマックスを実現した。新国立の『ライモンダ』以降、グラズノフが占拠していた耳に、ランチベリーが割って入るようになった。現在も混在中。バクランに負けないバレエ愛を冨田に見た。