谷桃子バレエ団「Alive」2021

標記公演を見た(8月29日 新国立劇場 中劇場)。バレエ団伝統の創作集である。演目は『Lightwarrior』(振付:日原永美子)、『Twilight Forest』(振付:岩上純)、『frustration』(振付:市橋万樹、石井潤太郎)、『OTHELLO』(振付:日原永美子、台本・装置:河内連太)。

オープニングの日原振付『Lightwarrior』は、馳麻弥を中心に、30人の女性アンサンブルが乱舞するシンフォニックバレエ(音楽:ヴィエニアフスキー)。床を使うモダンな語彙を多く含み、新たな音楽バレエを目指す意欲作と言える。団員たちもエネルギッシュに振付を遂行した。ただし、肝心の曲想と動き、フォーメーションとの関係が やや緩やかに見える。日原本来の資質は、文学作品や古典バレエからインスピレーションを得て、そこに音楽を付与するドラマ派。今回の純粋に音楽から振り付けるシンフォニックバレエは、大きなチャレンジだったと思われる。馳のゴージャスでダイナミックな踊りが印象的だった。

岩上振付『Twilight Forest』は、フォーキンの『レ・シルフィード』及び、谷桃子の『ロマンティック組曲』に対する現代的オマージュ(幕開けと終幕は同じ板付きフォルム)。月明かりの森のなか、ショパンノクターンやワルツに誘われて、詩人と男女の妖精たちが戯れる。主役の齊藤耀と女妖精はロマンティック・チュチュに裸足、檜山和久は白シャツにブルーグレーのズボン(書生風)、男妖精はグレータイツと、素朴でシンプルな装い。バレエベースの振付は、バランシン風の対決フォーメーションや、マッツ・エック風のモダンな腕遣いに彩られる(グランプリエなし)。何より素晴らしいのは、ムーヴメントやフォーメイションの全てが音楽から生み出されていること。音楽と動きの完全な一致に、身体的な心地よさが舞台に充満した。齊藤の音楽性と演劇性の自然な融合、妖精らしい軽やかなグラン・ジュテ、檜山の実直さとロマンティシズム。二人の息の合ったユニゾンが可愛かった。主役とアンサンブルの関係も見るほどに楽しい。

市橋=石井振付の『frustration』は、ヴィヴァルディの『四季』を使ったユーモアたっぷりの作品。あまりフラストレーションは感じなかった。牧村直紀(初日は田村幸弘)の超絶ソロを中心に、服部響、松尾力滝、田淵玲央奈、染谷野委(バレエシャンブルウエスト)が、玉突き出入り、おなじみカノン、バレエ歩きなどを粛々と遂行する。「冬」の盛り上がりにぴたりとはまる(はまり過ぎる)振付は、意図的。微細な振付の工夫、絶妙な音楽性に、胸の底からじんわりと楽しさ、面白さが湧きおこる。ゲストがいるにもかかわらず、団内創作ならではの親密さにあふれた作品だった。

日原振付『OTHELLO』(16年)は強力にグレードアップしていた。音楽は初演時からのシュニトケ「コンチェルト・グロッソ第1番」に「回心の詩編」より。モダンな振付のドラマティックな強度と動きの切れが増し、主役とコロスの関係が物語をさらに明確にしている。何よりも登場人物の造形が深く立体的になった。髙部尚子芸術監督の「オセローが主役というところを一本通して下さい」(プログラム)との指示に応えた形だ。演技派 髙部監督のアドヴァイスもあったのではと思わせるほど、バレエ団伝統の演劇性が息づいている。主要キャストの全員がはまり役だった。

オセローには今井智也。無意識まで分け入る存在の大きさ、厚みのあるダイナミックな動きが作品の熱い核となった。対するデズデモーナは佐藤麻利香。純真無垢な気品と慈愛、さらにオセローの嫉妬に駆られた妄想場面では、男たちを手玉にとる官能が美しい体を妖しく輝かせる。雄弁な脚遣いも加わり、白鳥と黒鳥に匹敵する演じ分けだった。再演組、三木雄馬のイアーゴー、檜山和久のキャシオーは、一段と磨きが掛かっている。どす黒い嫉妬の塊 三木イアーゴーの邪悪さ、やや能天気な檜山キャシオーの二枚目ぶりが、オセロー夫妻を残酷な死へと追いやった。そのイアーゴーの妻エミリアには山口緋奈子。庶民的な人の好さ、夫への愛、女主人デズデモーナへの愛が身体化されている。デスデモーナを殺したオセローを突き飛ばす激しさ。最後はオセローとデズデモーナの手を高く結び合わせ、傍らでひたすら祈りを捧げた。シモテには改悛しない黒々とした三木イアーゴー。主人夫妻の結ばれた手がぱたりと落ちて幕となった。

演劇的バレエ、コンテンポラリー系の創作が並んだ 谷桃子バレエ団らしい公演。今回発表はなかったが、所属振付家の髙部尚子、植田理恵子、伊藤範子の新作にも期待したい。