スターダンサーズ・バレエ団「Dance Speaks 2022」

標記公演を見た(3月26日 東京芸術劇場 プレイハウス)。演目は、バランシン振付『セレナーデ』(35年/83年)、カイェターノ・ソト振付『マラサングレ』(2013年/22年)、クルト・ヨース台本・振付『緑のテーブル』(32年/77年)。1930年代のモダンバレエ作品の間に、今世紀のコンテンポラリーダンス作品が挟まれる 興味深いトリプル・ビルである。

幕開けの『セレナーデ』はバレエ団の重要なレパートリー、5年振りの上演である。初日は渡辺恭子、塩谷綾菜、喜入依里、西澤優希、林田翔平、二日目は塩谷、渡辺、杉山桃子、久野直哉、林田の配役。その初日を見た。指導は前回と同じくベン・ヒューズだが、出演者26人中、作品経験者は9名ということもあり、これまでとは全く異なる感触だった。メリッサ・ヘイドン由来(と思われる)の生々しい情感は後退し、親密で暖かい雰囲気が漂っている。劇的というよりも詩的。最終場面もパセティックではなく、薄明りに消えていくようなはかなさが漂った。渡辺の華やかさ、塩谷の規範に則った踊りと詩情、喜入の太っ腹な貫禄が三つ巴となる。林田と西澤はノーブルな味わい。ベテラン率いるアンサンブルの呼吸の一致は変わりなく、バレエ団の優れた音楽性を証明した。

二つ目はソト作品『マラサングレ』。ソトは75年バルセロナに生まれ、当地とハーグの舞踊学校で学ぶ。ミュンヘン・バレエ入団後、初の振付作品がレパートリーに。その後フリーの振付家として、欧米各地で作品を提供している。日本でも昨秋、新国立劇場バレエ研修所のコンサートで『Conrazoncorazon』の抜粋が上演された。指導は今回も担当した新井美紀子。ショーアップされたダンス、黒ハイソックスが共通する。

題名の『マラサングレ』は「悪い血」を意味する。キューバ出身の歌手ラ・ルーペことグアダルーペ・ビクトリア・ヨリ・レイモンドへのオマージュ作品。彼女のだみ声に近いエキセントリックな歌に合わせ、床一面に撒かれた黒い紙屑(に見える)を踏みちらしながら、10人の男女が激しく踊る。男性は上半身裸、白スカートに黒ソックス、女性は白シースルーTシャツに黒ブラジャー、黒ハイソックス。ソロ、デュオ、トリオ、総踊りが、切れの良い出入りで次々に展開された。

初日は小澤倖造、加地暢文、関口啓、飛永嘉尉、冨岡玲美、フルフォード佳林に、1週間前 神戸で本作を上演した貞松・浜田バレエ団の切通理夢、名村空、水城卓哉、宮本萌が加わった。ユーモアを交えながらも、マチズモ全開の喧嘩のような踊り。特に水城のたくましさ、フルフォードの鉄火肌が目につく。女性がドスを利かせて「ハイハイ」と言うと、男性一列が「クンクン」とカミテに引っ込む場面も(逆マチズモ)。ラテン風の細かいステップよりも、プリエを深く使い、上体を大きくくねらせる土俗的な味わいが印象深い。ペーソスなくカラッとした怒りを含む、腹から踊るダンスだった。顔を確認しようとオペラグラスを覗いていたら終わってしまった。15分は短い。

最後は『セレナーデ』と並ぶ重要なレパートリー『緑のテーブル』。2020年バランシン振付『ウェスタン・シンフォニー』と共に、14回目の上演が行われる予定だったが、コロナ禍のため中止に。今回ロビーで販売された2年前のプログラムには、『緑のテーブル』作品紹介、クルト・ヨースの小伝、ヨースの娘で振付指導者のアンナ・マーカードと小山久美総監督による対談(05年)、32年の「国際振付コンクール」で本作初演を見た江口隆哉のエッセイ、当団における本作上演の歴史が掲載され、貴重な資料となっている。特にマーカード=小山対談では、本作のエッセンス、スタイル、音楽、さらにヨースが影響を与えたチューダー、クルベリ、ピーター・ライト、ピナ・バウシュについての言及があり、当団レパートリーにおけるヨース、チューダー、ライトの必然的流れが浮き彫りとなった。

作品は「死の舞踏」をモチーフに、戦争の始まりから、戦争が引き起こす様々な悲劇、戦争の終結までを、モダンダンスとバレエを融合させた力強い振付で描く。現在の世界状況と合致する普遍的な力を、依然として持ち続けている。指導は前回同様、マーカードの跡を継いだジャネット・ヴォンデルサール。ヨースの息吹を感じさせる生き生きとした舞台を作り上げた。ピアノも同じく小池ちとせ、山内佑太。ハバネラ、ワルツ、葬送行進曲等、劇的かつ引き締まったピアニズムで舞台を大きく支えている。

ヨース自身が踊った「死」は池田武志。前回よりも実質的な存在感が増している。ソロは呼吸が深く、内側からの力が漲っていた。世界を統べる存在であることがよく伝わってくる。前任者の新村純一は、求心力のある体で悲劇的なドラマを作り出したが、池田は体の大きさを生かすボワッとした存在感で、死すべきことが常態であると示した。死が常に人に寄り添い、救いともなるような明るさがある。

騎手の林田、若い兵士の佐野朋太郎、若い娘の早乙女愛毬、(パルチザンの)女のフルフォード、老兵士の大野大輔、老母の喜入、戦争利得者の仲田直樹、兵士たちの加地、関口、渡辺大地はそれぞれ適役。特に大野のどっしりとした存在感、仲田の軽妙な動きが印象深い。老母の喜入は覇気があり、「死」と互角に見えた。黒服紳士アンサンブルの切れの良さ、避難民、娼婦の女性アンサンブルも気迫がこもり、動きが明快。ヨース振付の意図するところを的確に示している。

プログラムもよく、高レベルのパフォーマンスを堪能したトリプル・ビル。今後は鈴木稔(新作コンテ期待)を始めとする所属振付家作品との組み合わせも見てみたい。