新国立劇場バレエ団『シンデレラ』2022

標記公演を見た(4月30日、5月1日、3日昼、5日 新国立劇場オペラパレス)。アシュトン版『シンデレラ』(48年/65年)は、1999年バレエ団に導入された。当時英国ロイヤル・バレエ プリンシパル吉田都現芸術監督もゲスト出演し、アシュトン振付の魅力を伝えている。プティパ研究に基づいた精緻でクリティカルな古典舞踊、英国パントマイムのエキセントリックな同時多発芝居、幾何学的で複雑なアンサンブルフォーメーション。74年を経た現在でも、新鮮さと強度を保った全幕物語バレエである(可愛らしい小姓たちは19世紀バレエへの賛歌)。今回は吉田監督就任後初、バレエ団としては13回目の上演となる。監修・演出はウェンディ・エリス・サムズ、マリン・ソアーズ。

前回との際立つ違いは、仙女と四季の精の踊り方にあった。腕使いと上体を連動させ、大きく柔らかく、切れ目のない動きが実践されている。結果、この世の者ではない透明感あふれる体が、デヴィッド・ウォ-カーの夢のような衣裳をまとって立ち現れた。吉田監督指導の賜物と言える。義姉(姉)と道化のタイプにも変化が見られた。これまでの主だった義姉(姉)は、マシモ・アクリ(7回)、古川和則(5回)、保坂アントン慶(3回)。いずれも乱暴だが華やかで妹思い。特に古川は自在な演技におかしみを滲ませる熟練舞台人の味わいがあった。

今回は奥村康祐(2回目)、清水裕三郎(初)、小柴富久修(初)。奥村は王子(5回目)、道化(1回)も踊り、芸域の広さを誇るが、清水、小柴共々、ノーブル寄りと言える。それもあってか、1幕の首飾り回しは重視されなかった(そもそも誰が始めたのか)。道化の木下嘉人(4回目)、佐野和輝(初 - 山田悠貴 故障降板で代役)も、いわゆる道化役と言うより、すっきりとした品格を持ち味とする。吉田監督の両役へのイメージを窺わせる配役と言える。義姉(妹)については変わらず。堀登(7回)の伝統を受け継ぎ、上演順に、小野寺雄(3回目)、福田圭吾(初)、髙橋一輝(6回目)が担当。小野寺の切れの良い動き、福田のエネルギッシュな造形、髙橋の自らをも俯瞰する懐の深い演技が、姉たちを支えている。

シンデレラと王子は4組。それぞれ組み慣れたパートナーのため、従来の安定した造形が踏襲された。初日の小野絢子と福岡雄大は、ベテランらしい落ち着いた舞台。小野はアシュトン振付の正確な実現、福岡は古典の精緻な踊り方に心を砕き、トップダンサーの気概を示した。阿吽のパートナーシップは言うまでもない。

二日目の米沢唯と井澤駿は、米沢の成熟が際立った舞台。役へのアプローチはこれまで通り、シンデレラを内側から生きる手法だが、古典の踊り方に新たな局面が見られた。特に2幕ソロのマネージュは、技術で圧倒するのではなく、パの細やかなニュアンスと絶妙なアクセントを組み合わせ、そこにある種の精神性を加えている。プリマとしてというよりも、アーティストとしての探求心を感じさせた。対する井澤はゆったりとした佇まいに王子らしさを漂わせた。今後は舞台への集中をさらに期待したい。

三日目の木村優里と渡邊峻郁は、これまでのパートナーシップをそのまま反映させた舞台。仙女を兼任する木村は、暖炉の傍よりも華やかな舞踏会で持ち味を発揮した。対する渡邊は優しく木村をサポートする。見た目もよく、舞台は滑らかに進んでいくが、観客を物語に引き込むという点では、まだ工夫の余地が残されている。

最終日の池田理沙子と奥村康祐は、徐々に築き上げたパートナーシップを基に丁寧な舞台を見せた。池田の緻密な役作り、感情を伴った踊りが、生き生きとしたシンデレラを造形する。直前に2回の義姉を踊った奥村は、ノーブルスタイルをよく意識した爽やかな王子だった。2幕パ・ド・ドゥではしみじみとした情感が醸し出される。奥村はこの幕で怪我を負い、3幕は井澤にバトンタッチしたが、池田と共に緊密な物語の流れを作り出した(次回公演『不思議の国のアリス』の白ウサギは残念ながら降板となった)。

*カーテンコールについてひとこと。米沢と池田は「カーテンコールも舞台のうち」を心得て、観客とのきめ細やかなコミュニケーションを実行しているが、小野と木村には物足りなさが残る。吉田監督現役時代のカーテンコールは、全身全霊が込められていた。舞台の余韻をさらに増幅させ、観客は幸福感に浸りながら家路についたものだ。画竜点睛を期待したい。

父親役には円熟の貝川鐵夫、指揮をしながらダンスを見るのが楽しみのようだ(1幕ダンス教師の場、2幕舞踏会)。地を生かした愛情深い父親だった。初役の中家正博は、3月の日本バレエ協会公演で米沢エスメラルダとフェビュスを踊ったばかりだが、今回は父親役。マイム・演技が明快で、心情がよく伝わってくる。ただし娘へのサポートがつい騎士風に。17年の王子役でアモローソの両腕伸ばしリフトを実行したとたん、空気が一変し、古典バレエの世界が広がったことを思い出した。

仙女は細田千晶と木村。はまり役だった本島美和は、深い作品理解と自らの人間性に基づく慈愛に満ちた仙女像を作り上げたが、細田もこうした域に達している。煌めくソロも素晴らしい。木村は華やかな存在感と力感あふれる踊りで、四季の精、星の精たちを率いている。一方、道化の木下は、道化に不可欠の知性と柔らかな踊り、佐野は素直な可愛らしさと柔らかな踊りで舞台を彩った。共にすっきりと控えめな演技が印象深い。

四季の精はWキャスト。いずれも吉田メソッドを遵守する柔らかでニュアンス深い踊りだったが、中でも飯野萌子(夏)は、優れた音楽性に、細部まで意識の行き届いた様式性豊かな踊りを見せた。踊りそのものを見る喜びがある。五月女遥(春)の粒だった踊り、柴山紗帆(秋)の正確で美しい踊りも、ピンポイントの音楽性を誇る。

ダンス教師の井澤諒、原健太、ナポレオンの髙橋、渡部義紀、ウェリントンの趙載範ははまっている。ウェ初役の渡邊拓朗は少しはみ出ている(それが持ち味だが)。職人たちは1回ポカもあったが面白い。福田紘也はまり役のエキセントリックな宝石屋には、今回 味のある上中佑樹が加入した。王子友人は速水渉悟が怪我から復帰、8人それぞれに見応えがある。古くなるが、昨秋の『ナット・キング・コール組曲』で渡部義紀のショーダンサーぶりに瞠目したことも付記しておきたい。

星の精アンサンブルの動きの繊細さと切れ味、体の美しさが素晴らしい。マズルカアンサンブルは生き生きと大きな動きで宮廷に活力を与えている。

指揮のマーティン・イェーツは東京フィルハーモニー交響楽団と共に、プロコフィエフの玄妙で美しいメロディを全身で紡ぎ出した。音楽への感動が直に伝わってくる。