井上バレエ団「バレエの潮流Ⅱ~ロマンティックからコンテンポラリーまで」2022

標記公演を見た(6月19日昼夕 東京芸術劇場プレイハウス)。「バレエの潮流」の第2弾。前回は2017年「ブルノンヴィルからプティパまで」という副題で、『ラ・シルフィード』第2幕より、『ジェンツァーノの花祭り』よりパ・ド・ドゥ、『ラ・ヴェンタナ』より第2(現3)景、『眠りの森の美女』第3幕が上演された。今回は、ブルノンヴィル振付『ラ・ヴェンタナ』全3景、島地保武振付『The Attachments』、石井竜一振付『グラン・パ・マジャル』という、バレエ団の特徴を生かしたプログラムである。

幕開けの『ラ・ヴェンタナ』は1856年、デンマーク王立劇場で初演された。54年プライス姉妹のために振り付けられた「鏡の踊り」*に、第2(現3)景の屋外シーンを加えて拡大させた作品である。第2(現3)景にはパ・ド・トロワ、セギディリヤが含まれ、後者はマジリエのバレエ『悪魔と4人』のセギディリヤ(P・タリオーニ振付、55年ウィーン)に部分的に基づいている**。

*「鏡の踊り」はロマンティック・バレエの人気モチーフだった。

** Knud Arne Jurgensen, The Bournonville Ballets - A Photographic Record 1844-1933, Dance Books, 1987, pp.90-93. 本書では「2景のディヴェルティスマン」とジャンル書きにある。公演プログラムは「全3景」。第3回「ブルノンヴィル・フェスティバル」プログラムには3景(tableau)とあるので、それに準拠した模様。1景は短く、プロローグとも考えられる。

ヴェンタナとは「窓」のこと。セニョリータとセニョールの恋の駆け引きが、街の人々の踊りと共に綴られる。第1景では、白ドレス、赤バラを髪に飾り、赤リボンを胸に付けたセニョリータが登場。入れ違いに、紫マントに紫上下服、黒い縁あり帽にギターを下げたセニョール、黄緑上下服に縦笛を持った従者が現れる。今からセニョリータへの音楽を奏でようというところ。第2景はセニョリータの居室。鏡のカーテンを開け、軽いステップで「鏡の踊り」を踊る。続いて窓から聞こえるギターと笛(実際はチェンバロとフルート)の愛の曲で、アントルシャ、プティ・バットリー多用の踊りを踊る。赤バラが投げ入れられ、赤リボンを投げ返すセニョリータ。

第3景は街の広場。カスタネットの音で始まる。セニョールの華やかなブルノンヴィル・ソロの後、黒ベールを被ったセニョリータがハープと共に登場。哀調を帯びた情感あふれる曲でセニョールと踊る。続いて従者と女性二人によるトロワ(アダージョ、女性ソロ、男性ソロ、女性ソロ、コーダ)。アチチュード・ターン、アラベスク・パンシェ、細かい足技、切り詰めた跳躍、最後はアン・ドゥダン・ピルエットのユニゾンで締める。明確なエポールマンと、クッと動きを止めるアクセントが特徴。続くセニョリータのソロは、セニョールや街の人々のパルマと共に。セニョールも加わり、さらにアンコール。最後はタンバリンを持ったセニョリータ、セニョール、8組の男女がセギディリヤを踊る。男女が向かい合う民族舞踊らしさ、全員でアントルシャするブルノンヴィルらしさ。全体に細かいステップや跳躍が多く、見ているうちに心がウキウキと湧き立つ。あっさりした構成、難技を易しく見せる これ見よがしのない振付遂行に、19世紀職人技の心意気が感じられた。

パ・ド・トロワは、アカデミックなスペイン・スタイルと前掲書にあるが、ブルノンヴィル・スタイルにしか見えない。振付の変遷があったのか。19世紀半ばヨーロッパを席巻したスペイン舞踊家達は、コペンハーゲンにも登場し、ブルノンヴィルは彼らと共にスペイン舞踊を踊っている(1840年)。直後にスペイン物『The Toreador』全2幕も制作(音楽:ヘルステッド)。16年後の本作はホルムがスペイン風音楽を担当した(ワルツはロンビュー)。ミンクスの『ドン・キホーテ』(1869年)に似た部分があり、インターナショナルなスペイン熱を思わせる。

主役はWキャスト。セニョリータとセニョールは、宮嵜万央里と浅田良和、阿部碧と檜山和久、鏡像セニョリータは、井上愛、井手口沙矢。トロワは3キャストで当日昼は、井手口・松井菫・川合十夢、夕は西沢真衣・根岸莉那・荒井成也だった。宮嵜、井上、井手口、西沢、松井、荒井は、長年に及ぶブルノンヴィル研鑽の跡を窺わせる。阿部は怪我で降板した源小織の代役とのことだが、ラインの見せ方などロシア系のニュアンス。若手の根岸は安定した技術の持ち主ながら、エポールマンの習得が望まれる。

ゲストの浅田は高い技術、献身的なサポートで、檜山はニヒルな色男振りで、川合は明確なエポールマンと折り目正しい踊りで、ブルノンヴィル本邦初演作に貢献した。振付指導は、38年の長きにわたりバレエ団との関係を深めてきた、エヴァ・クロボーグ、フランク・アンダーソン。額縁をモチーフとした美術は、デンマーク王立劇場版(2005年)を参考に大沢佐智子がデザインした。

2つ目の島地作品『The Attachments』は、バレエベースのコンテンポラリー・ダンス。ジャンル横断作品を数多くプロデュースしたバレエ団創立者、故井上博文が見たらどう思っただろうか。井上バレエ団に付設された舞台衣裳製作会社「柊舎」では、かつて山崎広太がチュチュを縫いながら身体模索を続けていた。島地はザ・フォーサイス・カンパニー、Noism 以前は、山崎作品の中心的存在だったこともあり、縁の深い起用と言える。

冒頭は、ラヴェルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』を使用した酒井はなと島地によるデュオ(3月初演)。老いをテーマに3度同じフレーズを繰り返す。パキパキとエネルギッシュなデュオから、落ち着いたデュオ、さらにゆったりとしたデュオへと変化する。振付はアクロバティックなパートナリングを軸に、クネクネした動き、空手の突きなどを採用。全てが音楽から生み出されている。マッツ・エックを思わせるのは、島地の実存が濃厚に反映されているからだろう。年齢を重ねていく男女二人のしみじみとしたデュオだった。

音楽を繋いで、バレエ団に振り付けたパートが始まる。ハイドン鍵盤楽器のための協奏曲(チェンバロ使用)の中間に、ブルージーなジャズの女声歌唱を挟み、3場を構成する。ハイドン部分はまるでモーツァルトのオペラのような軽快さ。音楽的な振付である。赤スーツにベージュの肌着を着た8人の女性ダンサー、2人の男性ダンサーが、バレエのポジションとくねる動きを混淆させた振付を果敢に遂行。酔っ払い動きや、不自然に長い停止状態など、これまで一度もやったことのない動きを生き生きと踊っている。宮嵜にはなぜかロン・ド・ジャンブ・アン・レール・ソテも。

中間部のジャズは、島地が照明係。シモテに現れて、ミラーボール、客席、ダンサーに光を当てる。まさに島地空間。白の上下を身に着けた男女が、接着する発泡スチロール製の三角、お椀二つ、ボールとバットなどを体に付けて歩く。藤井ゆりえの的確な振付理解に基づく音楽的踊りに続き、石田稀朋が摺り足で登場。ブルージーな歌の根っこを肚に入れた、気だるく濃厚なソロを踊った。最も衝撃的だったのは、荒井のほぼヌード・ソロ。肌色の肌着に赤いビラビラの紐状首飾りを付けて、ショーダンス仕様で踊る。張りのある臀部と脚を見せたあと、ライトを腹部に当てられながらカミテへと退場した。荒井の妙な味を見抜いた島地渾身の振付、荒井渾身の踊りだった。

石井の新作『グラン・パ・マジャル』は、グラズノフの『ライモンダ』を使用。「ロマネスク」に始まり、男女ソロ曲、3幕「パ・クラシック・オングルワ」、「ギャロップ」で構成される。ハンガリー色はなく、純粋なクラシック・スタイルのシンフォニック・バレエ。振付は全て音楽から生み出されている。音取りに当然違いはあるが、芸術監督だった故関直人の系譜を継いだと言える。明るく奇をてらわぬ作風で、ユニゾンの迫力などシンフォニック・バレエの醍醐味にあふれる作品だった。主役2人、ソリスト男女2組、アンサンブル男女6組、女性群舞というピラミッド構成だが、フォーメーションがやや詰まって見える。動きの躍動感を見るためには大劇場での再演が期待される。

主役は阿部と浅田、根岸と荒井の二組。阿部の伸びやかなライン、浅田のノーブルなスタイル、根岸の闊達さ、荒井の献身的サポートと、それぞれが個性を発揮した。ソリスト田辺淳、川合を始め、男性ゲストダンサーもクラシカルな味わい。石井はロシア派で育ったため、バレエ団のデンマーク=フランス・スタイルとの兼ね合いが今後の課題と思われるが、ノーブル・スタイル、技術強化の点でバレエ団に新風をもたらしている。大沢による背景画は、水色を基調に赤と黄色が上方を彩る印象派風。水色のチュチュとよく合っていた。

指揮の井田勝大はロイヤルチェンバーオーケストラを率いて、ハイドンからブルノンヴィル作曲家、グラズノフラヴェルまで、それぞれの時代に即した色鮮やかな音楽を紡ぎ出した。中劇場の親密な空間で、音楽が直に体を直撃する喜びがある。