5, 6月に見たダンサー2022

水城卓哉 @ 貞松・浜田バレエ団「バレエ・リュスの世界」(5月22日 あましんアルカイックホール

プログラムは、フォーキン振付『レ・シルフィード』、ロビンズ振付『牧神の午後』、ゴレイゾフスキー原振付/貞松正一郎振付『ボロヴェッツ人の踊り』によるバレエ・リュス関連トリプル・ビル。水城卓哉はロビンズ版『牧神の午後』を踊った。牧神とニンフの森をバレエスタジオに置き換え、ダンサー二人が鏡(正面)を見ながら踊りを確認する様子が描かれる。半覚醒のエロティシズムはそのまま。組む時も常に正面を見るため、感情の交換は鏡を通して迂回し、そこはかとないドラマが生成する。バレエダンサーの謎に迫る神秘的な傑作である。

水城のための作品。濃厚な肉体美、ロマンティックな色気、パの清潔な美しさ、リフトの確かさが揃った瑞々しい現代の牧神である。現在この役にこれほど適したダンサーがいるだろうか。透明感あふれる上山榛名との呼吸もよく、指導のベン・ヒューズも満足そうだった。

水城を初めて見たのは、山本隆之版『白鳥の湖』(21年)のパ・ド・トロワ。切れの良いノーブルスタイル、両回転トゥール・アン・レールと5番着地の鮮やかさが印象的だった。今年3月には、スターダンサーズ・バレエ団「Dance Speaks」のソト作品『マラサングレ』に客演し、ダイナミックなコンテンポラリーダンスを披露している。周囲やパートナーとコミュニケーションできる、開かれた身体の持ち主である。

 

石橋奬也 @ Kバレエカンパニー『カルメン』(6月2日夜 オーチャードホール

2014年初演、熊川哲也版『カルメン』。ほぼオペラ台本通りながら、カルメンとホセの愛のパ・ド・ドゥには「間奏曲」が使われる。ローラン・プティへのオマージュと思われる。また一人の娼婦が登場人物を見守る演出は、熊川版の大きな特徴。道化のごとく舞台と観客を結びつける役割を果たしている。今回仕上がりにいつもの熊川スピリットを感じられなかったが、モラレスの吉田周平が全身全霊を傾けた踊りで場を盛り上げた。

石橋奬也のホセははまり役だった。真面目で終始衛兵であり続ける。カルメンへの激情、ミカエラへの兄のような愛情に、真っ直ぐな真実味がある。カルメンに翻弄されながらも男としての誇りを忘れない、ハードなホセだった。考え抜かれた演技に美しいシャープな踊りが素晴らしい。これ見よがしのない、大人の味わいがあった。

カルメンはカンパニーを代表するプリマ、日髙世菜。1月クラリモンドの圧倒的存在感が記憶に新しいが、カルメン造形はまだ日髙の腑に落ちていない模様。特に終幕は日髙ならではの解釈が作品に新たな局面をもたらす可能性がある。期待したい。ダンカイロを演じたグレゴワール・ランシエは、3月『R&J』のキャピュレット卿で強烈な印象を残した。スチュアート・キャシディの父権的無骨さもよかったが、ランシエのエレガンスと気品に満ちた貴族らしいキャピュレットには見惚れてしまった。舞踏会でティボルトとロミオの争いを収める鮮やかさ。フランス派マイムの粋を見た。

 

本島美和新国立劇場バレエ団『不思議の国のアリス』(6月3, 4日昼夜 新国立劇場オペラパレス)

クリストファー・ウイールドン振付『不思議の国のアリス』は、11年に英国ロイヤル・バレエで初演、18年に新国立劇場バレエ団に導入された。本来は20年6月に上演予定だったが、コロナ禍で中止となり、4年ぶりの再演である。バレエ団初演評はコチラ。公演日程前半のみを見たが、初演時には感じられた魔術的な時空の変容がやや曖昧だった(ガーデンパーティから穴、チェシャ猫出現)。初演時には振付家も来日し、コレオロジストが加わっていたことも理由の一つだろう。今回ダンスが多いように思えたのも、振付家のスピリット伝授の問題かもしれない。

初役のダンサーを含め、適材適所。その中で初演時から深化を見せたのは小野絢子。お茶目でお転婆、常に目の前の出来事に疑問を持ち、一歩引いて考えるウイットの持ち主。今回はさらに破天荒な味わいも加わった。英国的エキセントリシティに馴染む性格なのだろう。もう一人はイモ虫の宇賀大将。男臭さをよく出していた。初めて見た気がしたのは、執事/首切り役人と料理女のラブシーン。中家正博と渡辺与布の斧と包丁を重ねる仕草が妙に色っぽかった。

本島美和はアリス母/ハートの女王がバレエ団最後の役となった。今作をもって退団。その理由は今月発売の『ダンスマガジン』(新書館)で明らかにされるとのことで、現在は不明である。プリンシパル・キャラクター・アーティストとして、バレエ団の宝とも言うべき存在のため、退団は非常に残念と言うしかない。

本島は新国立劇場バレエ研修所(一期生)を卒業後、2003/04年シーズンに入団。05年石井潤版『カルメン』で初主役、この時ホセの貝川鐵夫は本島を「マイベストパートナー」と語っている。同年『ドン・キホーテ』でキトリを踊り、その後古典から創作まで主役を歴任した。徐々に個性を発揮し始めたのは、ビントレーが芸術監督になった2010/11シーズンから。主役と対抗する役や全体を見守る役が増え、本島の作品解釈が深まりを見せるようになった。当然それまでの主役経験が大きく生かされる。現在では舞台に立つだけで作品世界を現出させる境地にまで達している。

主なところでは、『マノン』娼館のマダム*、『ホフマン物語ジュリエッタ**、『シンデレラ』仙女***、『白鳥の湖』王妃、『ライモンダ』ドリ伯爵夫人、『眠れる森の美女』カラボス、『ロメオとジュリエット』キャピュレット夫人、『くるみ割り人形』シュタルバウム夫人、『不思議の国のアリス』アリス母/ハートの女王など。

* 舞台のもう一人の要は、通常そこまでの役割とも思われない娼館のマダム、本島美和だった。登場するすべてのシーンで、自らの人生が生きられている。1幕でのマノンを値踏みする鋭い視線、家に来ない?と誘う姿の妖しい美しさ。2幕でマノンのソロを見る眼差しには、かつての自分を見るような懐かしさと、酸いも甘いも嚙み分けた遣り手の塩辛さが入り混じった。娼婦たちの統括、客あしらいに品があり、テーブルに乗って踊る姿やレスコーとのおふざけにも、矩を踰えないプロ意識が滲み出る。究極のはまり役だった(20年)。

** 本島美和は前回の実存的造形から、一歩先に進んでいる。臈たけた美しさが光輝き、この世の全てを抱擁する慈愛に満ちている。娼婦と聖母マリア、遊女と観音菩薩という男性の望む理想的女性の顕現だった(18年)。

*** 仙女の本島美和は一挙手一投足に、これまでの人生が滲み出る境地に至っている。光が放射するような滋味あふれる踊り。本島の愛のエネルギーが空間を変容させた(17年)。

本島美和は体の質を変え、仙女そのものと化している。一挙手一投足から滲み出る慈愛。幽玄だった(19年)。

コンテンポラリー・ダンスでは、デヴィッド・ビントレー振付『ペンギン・カフェ』の熱帯雨林の家族(10年)、ジェシカ・ラング振付『暗やみから解き放たれて」(14年)、平山素子振付『Revelation』(15年)、中村恩恵振付『ベートーヴェンソナタ』(17年)、ウィールドン振付『DGV』(20年)、番外として福田紘也振付『死神』(20年)。特に『Revelation』では、本島にしか創出し得ない異次元、異空間が広がった

かつてザハロワが、その研ぎ澄まされたラインで機能美を主張した『Revelation』(招待作品)。本島の踊りには、研修所時代の自作ソロから現在までを走馬燈のように蘇らせる深さがあった。振付・構成の解釈は的確。動きの強度、鮮烈なフォルムに、ヴッパタール・ダンサーのような剥き出しの実存を感じさせた。

今回のアリスの母/ハートの女王でも、初演時に引き続き、考え抜かれた造形を見せる。学寮長の妻としてガーデンパーティを取り仕切る1幕では、全体を俯瞰する大きさと、細部に気を配る細やかさが同居する。潔癖さの中にも品格が滲み出て、社交的な女主人役を華やかに務めた。ラジャに妻が二人いることを夫に伝える絶妙なニュアンスは、本島ならでは。2、3幕のハートの女王は、エキセントリックではあるが夫への慎みと可愛らしさも交える、本島らしい味付けだった。余人をもって代えがたいダンサーである。