7月に見た公演 2022

鈴木ユキオ『刻の花 トキノハナ』『moments』(7月1日 シアタートラム)

『刻の花』は昨年の「中央線芸術祭」で発表した作品を再創作したもの。写真家 八木咲の写真と、八木が舞台上で撮ったライブ写真と共に踊る鈴木のソロダンスである。『moments』は安次嶺菜緒、赤木はるか、山田暁、若手の小谷葉月、阿部朱里に、ゲストの小暮香帆、中村駿、西山友貴を加えたグループ作品。「鈴」「花」「刻」「花束」のT シャツ、青や黄のオーバーブラウス、ギンガムチェックのワンピース(衣裳:山下陽光)が、新たなフェーズをもたらしている。

鈴木のボキャブラリーは当然両作品に共通するが、鈴木の思考をより強く感じさせたのは『moments』だった。動き、止まり、間、を組み合わせた振付の面白さ。かつて東京シティ・バレエ団に創った駐車場での作品を思い出した。フォーメーションはさほど複雑ではなく、関係性から逸脱しない。それよりも体の響き合いを重視しているようだ(安次嶺が小暮の背後霊になるなど)。舞踏をベースにした鈴木ボキャブラリーは、安次嶺、赤木、山田、小暮が踊る時、その本質が浮き彫りになる。特に安次嶺の振付遂行は深い。四つん這いは本当の四つん這いだった。

作中で流れる鈴木のナレーションは、舞踏のモノ化と共通する。「ムーブメントではなくプロセス、関係性に興味がある。モメントという動きの断片。写真のようにある瞬間を切り取る。静止ではなく、偶然止まってしまう。たまたまの瞬間が、たまたまダンスになる」。‟写真のようにある瞬間を切り取る”動きは、安次嶺と赤木にしかできない技だった。ゲストの小暮は舞踏ベース、その場で相手を見て、体で対話ができる。西山は動きが巧く、脚が鮮やか、意味や美の付着する点でモダンベース。中村はボーッとした体、ボワッとした存在感で、場を温めた。

鈴木ソロの『刻の花』は、踊りというよりも、振付のフォーマットを見せた印象だった。3月の黒田育世作品でも感じたが、観客のミラーニューロン作動を禁じる孤絶した体である。振り移しされた体は、生き生きと息づいているのに。ダンサー鈴木の自意識ゆえか。「まことの花」への移行期にあるのだろうか。

 

キエフ・バレエ支援チャリティー「BALLET GALA in TOKYO」(7月5日 昭和女子大学人見記念講堂

7月15日より始まるキエフ・バレエ来日公演に先駆けて、芸術監督の草刈民代が企画したキエフ・バレエ支援公演。チケットは無料、抽選で当たった観客には 5000円以上の寄付を募り、全額キエフ・バレエに寄付される。カーテンコールには草刈監督も登壇し、寺田宜弘ウクライナ国立バレエ(キエフ・バレエ)副芸術監督より感謝の花束が贈呈された。プログラムにはウクライナ国立バレエに在籍した経験を持ち、ウクライナに両親の住むアレクセイ・ラトマンスキーも一文を寄せ、戦争勃発以降のロシア、ウクライナ、ヨーロッパの状況を説明、何をなすべきかを訴えている。ガラ公演を企画した草刈監督、参加ダンサーへの敬意も表明された。

プログラムは2部構成。第1部は、

・『デューク・エリントン・バレエ』より「The Opener」(振付:ローラン・プティ、出演:水井駿介)

・『薔薇の精』(振付:フォーキン、出演:中野伶美、二山治雄

・『海賊』よりGPDD(振付:プティパ、田中祐子、出演:芝本梨花子、猿橋賢、福田昂平)

・『グラン・パ・クラシック』(振付:グゾフスキー、出演:佐々晴香、髙橋裕哉)

・『And... Carolyn.』(振付:アラン・ルシアン・オイエン、出演:大谷遥陽、松井学郎)

第2部は、

・『Deep Song』(振付:マーサ・グラハム、出演:佐藤碧)

・『ノートルダム・ド・パリ』よりPDD(振付:ローラン・プティ、出演:青山季可、菊地研)

・『ジゼル』よりアダージョ(振付:コラーリ、ペロー、出演:鍛冶屋百合子、平野亮一)

・『小さな死』より(振付:イリ・キリアン、出演:藤井彩嘉、江部直哉)

・『二羽の鳩』よりアダージョ(振付:アシュトン、出演:佐久間奈緒、厚地康雄)

・『コッペリア』より「祈り」(振付:フレデリック・フランクリン、出演:鍛冶屋百合子)

・『森の詩』よりPDD(出演:アンナ・ムロムツェワ、ニキータ・スハルコフ)

第1部は爽やかな幕開けから、コンサートの華やかな定番が続き、最後は苦しみや別れを表すコンテンポラリー・デュオが配された。第2部はグラハムのスペイン内戦を踏まえた苦悩のソロに始まり、互いの心情の発露となるPDD、さらに和解のアダージョ、鎮魂の祈りと続く。最後はウクライナ国立バレエオリジナル作品から、妖精と青年のPDDで締めくくられた。ガラの華やかさと、支援チャリティの趣旨を綿密に考え抜いた秀逸なプログラムである。草刈監督の分け隔てのない開放的な性格が反映した、気持ちのよいガラ公演。キエフ・バレエの主役二人に内外で活躍する日本人ダンサーが、それぞれの個性を生かした演目を踊り、平和への祈りを捧げている。

個性、技量ともに優れたダンサーが並ぶ中、ベテラン鍛冶屋百合子が、濃密なジゼルのアダージョアラベスクで見せる鎮魂と平和への祈りで、東洋的気の漲るヴィルトゥオジティを披露。また佐久間・厚地カップルの徐々に身体がほどけて和解へと至る暖かなアダージョ、若手 芝本のエキゾティックな魅力、佐々の清潔で香り高い踊り、髙橋の献身的なサポートなど、心に響く踊りの数々を堪能した。

シアターオーケストラトーキョー率いる指揮の井田勝大も、ガラ公演の成功に大きく貢献した。ダンサーと呼吸を一つにする素晴らしさ。特にウクライナ作品ではコンサートマスターを含め、熱のこもった演奏を聴くことができた。カーテンコールでムロムツェワ、スハルコフが見せた指揮者への敬意も忘れがたい。

 

東京バレエ団ベジャール・ガラ」(7月23, 24日 東京文化会館大ホール)

演目は、昨年の「HOPE JAPAN 2021」に続く『ギリシャの踊り』、同じく『ロミオとジュリエット』よりPDD、『バクチⅢ』、『火の鳥』というプログラム。パ・ド・ドゥやソロを含むグラン・パのような多人数作品、対照的なパ・ド・ドゥ2つ、男性ソロを核とする少人数作品、とバランスがよく、古典を踊るバレエ団にふさわしいラインナップと言える。音楽もテオドラキス、ベルリオーズ、インド伝統音楽、ストラヴィンスキーと多彩。どのような音楽でも掬い取る、ベジャールの優れた音楽性を味わうことができた。『ギリシャの踊り』『火の鳥』の振付指導は、次期BBL バレエマスターの小林十市ベジャールのエッセンスを感じさせるミックス・プロだった。

東京バレエ団が再びベジャールのバレエ団になったのは、大塚卓のせいである。昨年の『ロミオとジュリエット』PDDでは、スター誕生に驚き、『中国の不思議な役人』では、首藤康之の跡を継ぐボレロダンサー出現が予感された。ベジャール節の巧さに加え、何よりも祭儀としての舞台が実現されている。自らの技量を見せるために踊るのではなく、踊ることで自らを‟犠牲”として差し出す稀有なダンサーである。

今回の『火の鳥』主役においても、登場しただけで場の質を変えるスター性、的確な振付解釈、曲想のみならず構造まで把握した優れた音楽性、それらを具現化できる技術と身体性を見ることができた。まだ若いので若鳥の風情だが、すでにグループを率いるリーダーの素質が垣間見える。手と手を合わせ仲間たちにエネルギーを与えるシークエンス、フェニックスに新しい生命を注入され、手で繋がれた仲間たちにパルスを送るシークエンスは、実際に気の流れが見えるようだった。フェニックスの柄本弾と胸を合わせ、エネルギー放射を受けた時には、ある種の感慨が。由良助=ベジャール魂の受け渡しに思われたからだ。パルチザン伝田陽美とも阿吽の呼吸(もちろん伝田が大塚を見守っているのだが)。二人の『春の祭典』を見たいと思った。カーテンコールでは思いがけず小林十市が恥ずかしそうに登場。予定にはなかったようで、シャツ姿だった。観客に一礼、ダンサーたちに拍手を送り、すぐ袖に下がったが、迎えに行った大塚との無言の意思疎通を強烈に感じさせる一幕だった。

柄本『ギリシャ』ソロの光り輝く大きさと、シヴァのパワフルな踊り、伝田の肚の決まったシャクティ、山下湧吾『ギリシャ』PDDの美しいベジャール節、『ギリシャ』若者の名コンビ、岡崎隼也の振付ニュアンス実現と井福俊太郎の熱血ダンス、同パ・ド・セット女性陣の神経の行き届いた繊細な踊りが印象深い。

 

新国立劇場 こどものためのバレエ劇場 2022『ペンギン・カフェ(7月31日昼夕 新国立劇場 オペラパレス)

第1部はトークショー「いっしょに考えよう! 消えゆく生き物たちを救うには?」。司会の石山智恵氏による企画・演出で、ゲスト解説に上野動物園多摩動物公園で獣医を務め、NHK ラジオ「子ども科学電話相談」の人気回答者である成島悦雄先生を招いた。5日間で計8回行われたトークショーは、英語同時通訳サービス(5回)も実施、幅広く子供たちに絶滅危惧種について伝えている。子供たちは石山氏からの問いかけにすぐさま反応。手を挙げて「はい」とか「知りません」と即答する。またバックの大スクリーンに映し出されるパンダやトラ、ゴリラ、キリン、そして成島先生が長年保護活動に携わるトキの映像に、じっと見入っていた。『ペンギン・カフェ』で唯一取り残される(つまり絶滅してしまった)オオウミガラスについても、詳しい説明があり、後半のバレエ鑑賞の助けとなる有意義なトークショーだった。

第2部の『ペンギン・カフェ』は、今年の「ニューイヤー・バレエ」でも上演された人気レパートリー。1988年英国ロイヤル・バレエで初演されたデヴィッド・ビントレー初期の傑作である。被り物を被った可愛らしい動物たちは、実は絶滅危惧種だった。楽しい踊りに引き込まれながら、最後は動物や人間の儚さ、さらには地球の深刻な現実―環境破壊を突きつけられる。ノアの箱舟から取り残されたペンギン(オオウミガラス)は無邪気に佇んでいるけれども。

初役は10人。コロナ関連による降板で速水渉悟はモンキーを踊らず。また急遽配役の宇賀大将ネズミは見ることができなかった。初役で最も強い印象を残したのは、ネズミの髙橋一輝。先輩たちよりもひっそりしているが、見ていくうちにじんわりとネズミの心が伝わってくる。腕や手の角度など、ビントレー振付のニュアンスをオマージュと共に実現。最後は子供たちの手拍子に送られて草原の向こうへと消えていった。今季で退団する髙橋への何よりのはなむけである。昨秋「Dance to the Future 2021」で披露した創作『コロンバイン』にも、ビントレーへのオマージュ振付が入っていた。ダンサーの個性を見抜き、それにふさわしい振付を施し、ドラマと音楽が渾然一体となった作風は師匠譲り。バレエ団をビントレー作品で終えることができたのは幸いと言える。

ペンギン初役の池田理沙子ははまり役。ヒツジのパートナー中家正博の社交ダンスは鮮やかだったが、髪の色はどうか。シマウマには木下嘉人が新配役。よく役作りを心掛けるも、野性味が薄く、踊りが明晰過ぎた。また渡邊峻郁のモンキーも適役とは言えず(内側から踊っていない)。一方再演組はヒツジの米沢唯が、動きの切れ、優美さ、ユーモアで抜きん出ている。またシマウマ奥村康祐の崇高な死、五月女遥の繊細で音楽性豊かなノミに、熟成された味わいがあった。ネズミの福田圭吾は最終日やや疲れ気味か、踊りが草書になっていた。

今季退団組は、プリンシパル・キャラクター・アーティストの貝川鐵夫、同じく本島美和、ファースト・ソリストの井澤諒、ソリスト細田千晶、ファースト・アーティストの髙橋一輝、アーティストの稲村志穂里、川上環、北村香菜恵。

演技で舞台を支える貝川、本島に続き、ベテランの細田、中堅の髙橋がバレエ団を去り、一つの時代が終わった印象がある。ビントレーの影響は大きかった。本島の演技者開眼(コチラ)、細田もそれに続いて優れたシンデレラ仙女を見せたばかり。竜田姫では独自の境地を切り開いた。貝川は適役のハートの王様で本島との名コンビを総括、髙橋の『くるみ』老人は誰にもまねできない重層的な役作りだった(本島とは『ラ・シルフィード』のマッジ組である)。貝川と髙橋はダンサー・演技者として年輪を重ねる一方、ビントレーの孵卵器(NBJ Choreographic Group)で、じっくりと振付家としての個性を開花させていった(コチラ)。

退団組の今後の活躍を期待する。振付作品も見てみたい。