「NHK バレエの饗宴 2022」

標記公演を見た(8月13日 NHKホール)。昨年はコロナ禍ということもあり、国内4つのバレエ団が得意のレパートリーを持ち寄る形式だったが、今回は「饗宴」本来の姿に戻っている。コロナ禍は相変わらずで、出演者の変更を余儀なくされたものの、内外のダンサーが一堂に会し、古典作品からコンテンポラリーダンスまで、団体の枠組みを超えて共演する祝祭性豊かな公演となった。この模様は 9月18日にEテレで放送される。

3部構成の第1部は、アントン・ドーリン振付『Variations for four』(57年)、同じく『パ・ド・カトル』(41年)。それぞれ男性4人、女性4人に振り付けられ、高難度の技巧と精緻なスタイルを特徴とする。前者には厚地康雄、清瀧千晴、猿橋賢、中島瑞生、後者には中村祥子、水谷実喜、菅井円加、永久メイという興味深い配役。男性陣は美しいノーブルスタイルを披露、女性陣はタリオーニを始めとするロマンティック・バレリーナそれぞれの個性を、高度な技巧と共に再現した。中村の存在感、水谷の清潔な技術、菅井の浮遊感、永久のたおやかなラインと、見応えのある共演だった。振付指導は、元ベルリン国立バレエ団プリンシパルのミハイル・カニスキン。

第2部は、平山素子振付『牧神の午後への前奏曲』と、唯一の参加団体 スターダンサーズ・バレエ団によるバランシン振付『ウエスタン・シンフォニー』(54年)。平山作品は『Trip Triptych』(13年)から小㞍健太のソロを抜粋したもので、今回新たにニンフ(柴山紗帆、飯野萌子)のデュオが加えられた。微睡むようなドビュッシー音楽、鏡を使ったモダンな美術、スタイリッシュな照明を背景に、小㞍牧神とニンフの現代的戯れが描かれる。熟練のコンテンポラリーダンサー小㞍が、バレエダンサー二人を従えて、低重心の平山語彙を悠々と紡いでいく妙味。かつて同役で見せた‟没入”よりも、‟俯瞰”の優るクールな踊りだった(フルート演奏:高木綾子)。

続くバランシン振付『ウエスタン・シンフォニー』は、アメリカ民謡(編曲:ハーシー・ケイ)を使用したシンフォニックバレエ。振付家の西部劇愛から生まれた。アメリカ開拓時代の酒場を舞台に、カウボーイと女たちが小粋な恋愛模様を繰り広げる。今回は一段とブラッシュアップされた出色の出来栄えだった。ダンサーたちの明確なエネルギーの方向性、指先・爪先に至るまで意識化された四肢使い、役どころを押さえた芝居気たっぷりの踊りが揃う。1楽章プリンシパルの爽やかな塩谷綾菜・林田翔平、2楽章の華やかな渡辺恭子・池田武志、3楽章の闊達な冨岡玲美・関口啓、4楽章のゴージャスな喜入依里・飛永嘉尉は、適材適所の配役。男女アンサンブルの溌溂とした音楽性も加わり、バレエ団の美点が十二分に生かされた舞台だった。フィナーレの足つきピルエット全員ユニゾンは壮観。振付指導は元NYCBプリンシパルのベン・ヒューズ。

第3部は、永久メイ、ビクター・カイシェタによる『ロメオとジュリエット』バルコニーPDD、菅井円加、清瀧千晴による『ドン・キホーテ』GPDD、中村祥子、厚地康雄に振り付けられた金森穣新作『Andante』。若手、中堅、ベテランと、趣の異なる3つのパ・ド・ドゥが並んだ。

永久とカイシェタはマリインスキー劇場バレエでパートナーを組んでおり、完成度の高いバルコニー・パ・ド・ドゥを披露した(ロシア現況のため外国籍の二人は団を離れ、カイシェタは現在オランダ国立バレエに所属)。永久の崇高な踊りは、初演者ウラノワを彷彿とさせる。一挙手一投足をゆるがせにしない誠実さ、舞踊への信仰を裏打ちする高い精神性は、ファテーエフ芸術監督が望む舞姫の条件そのものだろう。永久に与えられたマリインスキーでの愛情深い指導を思わずにはいられなかった。カイシェタはダイナミックな踊りとサポートで、永久の舞踊への献身を支えている。

ドン・キホーテ』GPDDは菅井と清瀧の初顔合わせだった。菅井の小気味よいキトリは、高度な身体コントロールから生まれる。長いバランス、清潔な脚捌き、跳躍の浮遊感、ディアゴナルは吹っ飛んでいるように見えた。高難度の技をいとも容易く決めてニコリとほほ笑む、その嫌みのなさ。観客と楽しい空間を作ろうとする懐の深い精神性と持ち前のユーモアゆえだろう。舞台に爽やかで慎ましやかな風が吹いた。清瀧は跳躍の高さで持ち味を発揮、菅井を献身的にサポートしている。

金森作品『Andante』は、バッハのヴァイオリン協奏曲第1番第2楽章を使用。次々と現れる風景の中をゆっくりと歩くような音楽に乗せて、中村と厚地が寄り添い、離れ、再び共に歩む姿が描かれる。ベージュ色の衣裳を一つ二つと外し、最後は生まれたままのオールタイツ姿に。長身の中村と厚地の美しいラインが、金色に輝く瀟洒な空間、繊細で音楽的な振付と渾然一体となり、夢見心地に誘われる佳品を作り上げた(ヴァイオリン演奏:小林美樹)。

指揮は冨田実里、演奏は東京フィルハーモニー交響楽団。バッハ、プーニ、アダン、ミンクス、ドビュッシープロコフィエフ等を、生き生きとした筆致で蘇らせる。舞台との呼吸も素晴らしく、特に『ウエスタン・シンフォニー』でのダンサーを駆り立てるエネルギッシュな指揮は、冨田の本領だった。