日本バレエ協会「全国合同バレエの夕べ」2022

標記公演を見た(8月12、14日 新国立劇場 中劇場)。文化庁委託事業「次代の文化を創造する新進芸術家育成事業」の一環である。今年は全国13支部のうち7支部が参加、東京地区、本部作品を含め、11作品が出品された。古典は4作、古典改訂は3作、創作は4作で、そのうちコンテンポラリーダンスが2作という内訳である。例年本部作品はダヴィッド・リシーンの『卒業舞踏会』と決まっていたが、今年は代わりに『パキータ』が上演された。子供マズルカ、パ・ド・トロワに、6人のソリストがヴァリエーションを踊る壮大な一幕である。『卒業舞踏会』の醸し出す「お盆に帰るバレエのふるさと」感がなくなったのは寂しいが、子供の採用及び、ソリスト陣に協会主催「全日本バレエ・コンクール」入賞者を起用するなど、「次代の文化創造」を目指す舞台創りを見ることができた。

創作4作コンテンポラリーダンスから上演順に、東京地区『Echo』(振付:福田紘也、BM:川口藍)。12人の女性ダンサーと男性一人の板付きで始まり、少しニュアンスを変えて同位置で終幕となる福田らしい構成。バレエベースに妙な動きを加えたオーガニックな振付で、音楽を使用するのではなく、音楽と交感する感触がある。音取りの面白さ、特にカノンの微妙なずれ、ほころび、ほどけに魅了された。閾値を超えた思考はいつもながら。自らの眼差し、美的基準から1ミリも乖離しない真の‟クリエーション”である。黒一点の岸村光煕には、難度が高く、自分を超える踊りが振り付けられた。

関西支部『Putain de』(振付:磯見源、BM:貴島桂子、桑田彩愛)も、コンテンポラリー作品。10人の女性ダンサーが激しくスタイリッシュに踊る。フランス語の語りとパイプオルガンの現代曲に、シューベルトの弦楽曲を組み合わせ、女性デュオ、5人ユニゾン、ソロを次々に展開。海外経験で得られたコンテ・ボキャブラリーを駆使する、バレエダンサーの切れ味を生かした現代的振付だった。関西ダンサーは古典のみならず、コンテでも破格の強度がある。

北海道支部『仮面舞踏会』(振付:桝谷博子、BM:小野誠)は、ロマンティックなスタイルと繊細な音楽性が紡ぎ出す創作バレエ。ハチャトリアンの同名曲から5曲を選び、「ノクターン」(伊藤景子)、「マズルカ」(根本奈々、小野誠)、「ロマンス」(桝谷まい子、安中勝勇)がアンサンブルと共に踊られる。伊藤、根本の神経の行き届いた古典的味わい、桝谷の指導的存在感、男性陣のノーブルスタイルなど、踊りに艶と香りがあり、振付家の理想とするところが伝わってくる。アンサンブルも心を一つにした踊りで作品に貢献した。

東京地区『シェヘラザード』(振付:金田あゆ子、BM:藤野未来)は、モダンベースの物語バレエ。ゾベイダと金の奴隷の幻影に苦しめられるシャリアール王を、闇を表す「黒」と、光を表すシェヘラザードが引き合い、最後は光の世界に王を助け出す。リムスキー=コルサコフの同名曲を用いて、フォーキン版とは全く異なる作品を作り上げた。王の大嶋正樹が素晴らしい。シャリアールの苦悩を、奥行のある演技、美しい踊りで陰影濃く描き出す。シェヘラザードの近藤美緒は慎ましい演技と清潔な踊りで、王を闇の世界から見事に救い出した。ゾベイダの松岡梨絵、金の奴隷の宝満直也も適役。「黒」の穴井豪は8人の影たちと共に地表近くで蠢き、健康的なオダリスク・アンサンブルと共に金田の個性を体現した。適材適所の配役が作品の成功に繋がっている。

古典改訂作品3作も上演順に、初日幕開けの関東支部白鳥の湖』より第3幕(改訂振付:マイレン・トレウバエフ、BM:楠元郁子)。主役振付は伝統的だが、キャラクターダンスをポアントで踊らせて、ジュニア陣のクラシカルな育成を図っている。終盤ロットバルトが正体を現し、イーグル・クロウとなって踊る場面は、トレウバエフの創意。ジュニアの猪子咲月をオディールに配し、王子の遅沢佑介、ロットバルトの冨川祐樹、王妃の楠元郁子と、熟練ベテラン勢が周りを固める教育的な演出だった。特に楠元の行き届いた演技が物語の流れを生み出している。

二日目幕開けの関東支部クルミ割り人形』より第2幕(改訂振付:石井竜一、BM:菊池紀子、監修:島村睦美)も、主役振付は伝統的、キャラクターダンス、ワルツは石井振付による。石井の優れた音楽性を反映するきびきびとした『クルミ』で、振付アクセントも新鮮だった。金平糖には横山柊子(新国立)。磨くべき所は残されているが、主役としてのオーラ、エネルギーが舞台に充満し、気持ちのよい空間を作り出す。稀有な個性である。カヴァリエの浅田良和は、横山をよくサポートし、きめ細やかなヴァリエーションを披露した。可愛らしいクララ(安江優)をエスコートするクルミ割り人形には、ベテランの大森康正。ゆったりと行き届いた芝居で舞台を牽引した。プロからジュニアまで、適材適所の配役だった。

沖縄支部『ライモンダ』よりグラン・パ(改訂振付:島袋稚子、BM:島袋成子)は、1幕ワルツを冒頭に置き、2幕友人ソロを3幕パ・クラシック・オングルワに加えている。ジャン・ド・ブリエンヌ(バットバヤル・プレヴオチル)以外は全員女性のため、アンサンブルは島袋稚子の振付だが、原振付のニュアンスを踏襲し、古風なスタイルが堅持される。

ライモンダの長崎真湖は磨き抜かれた体。クラシック・スタイルと優れた技術の融合した光り輝く踊りを見せる。ディアゴナルの怖ろしく精緻な回転技が、異次元空間を作り出した。ヴィルトゥオジテ追求のこうしたスタイルは、沖縄にしか残されていないのだろうか。前田奈美甫、渡久地真理子、渡嘉敷由実を始めとする高度な技術のソリスト陣、踊る喜びにあふれるアンサンブルが一体となった、輝かしいグラン・パだった。

古典作品3作も上演順に、中部支部ドン・キホーテ』より「夢の場」(振付指導:松岡璃映、BM:伊藤正枝、服部幸恵)。ドン・キホーテは省略し、ドルシネア姫(御沓紗也)、森の女王(仲沙奈恵)、愛の妖精(兵藤杏)、妖精たち、キューピッドたちが登場する。御沓の隅々まで神経の行き届いた優雅なドルシネア姫を軸に、ソリスト、アンサンブルがロシア派らしい伸びやかな踊りで、夢の場を彩った。キューピッドたちもよく揃い、指導の成果を披露している。

山陰支部『ラ・バヤデール』より「祝宴の場」(振付指導:中川亮、BM:中川リサ、福原さやか)は、2幕ガムザッティとソロルの婚約披露グラン・パ。主演の上野瑞季が目の覚めるようなガムザッティを造形した。確かな技術に裏打ちされた精緻な踊りに、役にふさわしい瑞々しい気品が備わる。ソロルの藤島光太も上野をよく支え、ダイナミックな踊りにふと憂いを見せて、物語を浮かび上がらせた。4人のソリスト、若手アンサンブル(ワルツ)も指導の跡をよく窺わせる。オリバー・ホークス、中川亮が支え手となった。

九州北支部ドン・キホーテ』より第3幕(振付指導:坂本順子、BM:浜田小枝子)は、バジルに青木崇を迎え、若手の森重美沙季がキトリを踊った。森重は思い切りよく、伸びやかな踊り。バランス、回転技を得意とする、生きのよいキトリだった。友人(佐藤ひかる、原田伽音)、アンサンブルも伸び伸びとはじける踊りで、指導者の『ドン・キホーテ』解釈を体現している。青木は至芸。美しく正確な踊りに、バジルの粋、覇気が加わる。磨き抜かれたバジルだった。

本部作品『パキータ』は両日の最終演目。振付指導は法村圭緒、バレエ・ミストレスは佐藤真左美が務めた。子供マズルカから、アンサンブル、ソリストに至るまで、指導が行き届き、引き締まった舞台を作り上げる。初日主役は若手の中野伶美、孝多佑月、二日目はベテランの米沢唯、厚地康雄。前者は覇気あふれる踊り、後者は円熟の踊りで舞台の要となった。特に米沢、厚地の、後進の手本となる凛とした佇まいが印象深い。ソリストはコンクール上位入賞者で占められるため、いずれも技術的に遜色はないが、舞台に捧げるという点で、初日の名村空(3Va)がソリスト本来の役割を果たしている。