新国立劇場バレエ団『ジゼル』新制作 2022 ①

標記公演を見た(10月21, 22日昼, 23, 28, 29日昼 新国立劇場 オペラパレス)。同団は劇場開場翌年の98年にセルゲーエフ版『ジゼル』を導入。以降4回の再演を重ねてきた。今回は24年振りの新制作である。演出:吉田都、改訂振付:アラスター・マリオット、美術・衣裳:ディック・バード、照明:リック・フィッシャー、演出・改訂振付補佐:ジョナサン・ハウエルズ、技術アドヴァイザー:ダグラス・ニコルソン、コレオロジスト:堀田真由美と、英国系の布陣が敷かれた。

伝統を重視する新版最大の特徴は、演劇的な細やかさ。ペザント・パ・ド・ドゥをバチルドの首飾りプレゼントへのお礼とするなど、演者の出入りを含め、物語の流れを見極めた場面展開である。個々の演技も従来の古典マイムより自然になり、脇の芝居には新たな演出が加えられた。

冒頭、村人たちが楽しそうに収穫祭の準備をしている。納屋に花綱をつける者、葡萄籠を持って収穫に行く者。その中にバッカス神となる男の子がいる。バッカス神として収穫祭でジゼルを女王に選ぶのみならず、狂乱に陥ったジゼルに取りすがられ、その死に際して十字を切る重要な役割を担う。子役が一人しかいないのはリアリティに欠けるが、異界との接点という象徴的存在と考えられる。

新演出としては他に、アルブレヒトが最初から男女村人に紹介される点(通常は女性のみ)、貴族夫人の井戸端風お喋り、ウィルフリードの追っかけ3人娘、正体がばれそうになったアルブレヒトの逃げ道をふさぐ村の青年2人など。またクーランド公爵がジゼルの家に入る時、ジゼルの肩に手を置くが、これは好色を表すのか、ジゼルとの血縁を表すのか判然とせず(改訂者帰国後は省略)。狩り一行の先導は射手3人と鷹匠2人、2幕ウィリ飛翔装置はミルタの巨木内セリのみだった。

主要人物についてはほぼ伝統を踏襲しているなか、バチルドをクーランド公爵の娘ではなく、富豪の娘とし、クーランドが甥(という設定)のアルブレヒトとの間を取り持つ形にしたのは、大きな改訂である。さらにジゼルの母ベルタもブドウ園を営む地位に置かれ、農民対貴族という階級対立に経済的要素が加わった。演出の意図は、アルブレヒトの行動、ジゼルの特異性に合理的な説明を与えることにあると思われる(リーフレットに演出ノートの掲載が必要ではないか)。ただリアリズムに傾いた分、ロマンティックな牧歌性は薄れる。バチルドの気品に欠ける成金趣味も、原台本から遠くかけ離れてしまった。一方終幕のアルブレヒト演出は優れている。ジゼルの墓に横たわり、別れを惜しむ姿は、しみじみとした情感を後に残した。

改訂振付は、収穫祭のペザント・パ・ド・ドゥ主導、村人フォーメーションの複雑化など。素朴さよりもエネルギッシュな勢いが優る。ウィリ・フォーメーションには十字交差が加わった。ベルタのウィリ・マイムは短縮してあっさりと、狂乱のジゼルがバチルドを見て倒れる場面も。

ディック・バードによる美術は、団先行版のヴャチェスラフ・オークネフやピーター・ファーマー(国内3団体)に慣れた目には強烈だった。1幕はシモテに大きな農家、カミテに農具を収める納屋、背後には紅葉した白樺林が迫り、『ラ・バヤデール』のような2段坂が農家の庭に通じる(登場人物が坂の上段中央で立ち止まり、‟見得を切る” 演出は効果的)。ベルタの人物設定に沿い、ひっそりと奥まった場所というよりも、活発に活動する村の中心という印象を与える。

2幕は従来の森の空き地ではなく、リトアニアの「十字架の丘」にインスピレーションを得た墓地。両手には剝き出しの根を張った巨木が立ち並び、根元に無数の十字架が立ち並ぶ。十字架の足下にはこれも無数の小蝋燭の灯り。奥はやはり2段坂で、ヒラリオンが追い立てられる崖になる。上方には満月が輝いている。フィッシャーの奥行きのある照明が素晴しかった。

2幕を墓地としたことで、ウィリの性格がより死霊に近付いた印象がある。だが、ウィリには羽があり、飛翔することから、本来はシルフィードに近い存在だったのではないか。恋人に裏切られて結婚前に死んだ娘というよりも、結婚前に死んで踊り足りない娘が、通りすがりの男たちを相手に踊り、ほほ笑みながら取り殺す、妖精に近い存在だったのではないか(スキーピング版ではこの方)。森も睡蓮や野の花が咲き乱れ、神秘的な官能性を纏っていただろう。

原典版ではジゼルは墓に戻らず、花の寝床に横たえられ、地中に沈んでいく(この演出はアダンの提案による ― Ivor Guest, The Romantic Ballet in Paris, Dance Books, 2008, p. 349)。そこにウィルフリード、大公(公爵)、バチルドが、お供の者たちと駆けつける。ジゼルはバチルドを指さす。彼女に愛情と誠実さを、と言っているようにアルブレヒトには見える。ジゼルは徐々に花に覆われ、見えなくなる(ゲストによれば、バチルドの再登場は、1910年、ディアギレフがパリで上演した際カットされた p. 359)。

原典版については、ラトマンスキーが復元版を上演している(映像評はコチラ)。

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