日本バレエ協会「バレエクレアシオン」2022

標記公演を見た(11月15日 新宿文化センター)。文化庁「次代の文化を創造する新進芸術家育成支援事業」の一環である。プログラムは、髙原伸子振付『沈黙の中庭』、池上直子振付『牡丹灯篭』、下村由理恵振付『氷の精霊』によるトリプル・ビル。全員女性だが、クラシックダンサーである下村を除いて、作品から振付家の性別を意識することはなかった。

髙原と池上は共にコンテンポラリーダンスを基盤としながら、対照的な作風。髙原はムーヴメント創出を追求し、言葉を超えた何かを生み出そうとする。対する池上は、既存の物語を、コンテの語彙を使っていかに効果的に演出するかを考える。長年バレエ作品の主役を演じてきた下村は、女性アンサンブルのみに振り付ける、言わば日本バレエ文化に寄り添ったモダンバレエを再演した。

髙原作品『沈黙の庭』は「中庭で一人待つ女」という自身の幻視=ヴィジョンと、遠藤周作の『沈黙』をモチーフとする。中央に赤い小椅子、天井までそびえるざらついた焼き物状巨大奥壁、ダリアのような無数のドライフラワーが、空間を構成する(美術:小林峻也)。髙原とキミホ・ハルバートは赤いドレス、男たちは黒の上下、女性アンサンブルは白ドレスだった(衣裳:堂本教子)。レナード・コーエンのゴスペル風フォーク、金属的な機械音、再びコーエンの音楽で3場を構成。アンサンブルにはコンテの振付が施されたが、芝崎健太、佐藤洋介、OBA、ハルバート、上野天志、守屋隆生、戸田折のソリスト陣には、それぞれの個性を生かす在り方が演出されている。

芝崎は銀の花や花冠を持ち、それぞれのダンサーに関わる優しい狂言回し。生来のパートナリング巧者である佐藤は、次々と女たちを抱き留め、最後には女たちにのし掛かられ覆い尽くされる。ソリッドな存在感の OBA は、武術、ストリートダンス、ゾンビを合わせた痙攣的動きが特徴。佐藤との果たし合いには緊迫した空気が流れた。ハルバートは髙原の分身と思われるが、佐藤、天野と、なじみのダンサーがいるため、部分的にハルバート作品に。後ろの方で天野と夫婦リフトも。

天野は作品にユーモアの楔を打ち込む貴重な存在。大きな花束を抱えながら、クニクニと蠢き、花をバラバラ落とす。中盤には床で悶え、のたくりながら、花を手前三方に置いていく。その明るさとユーモア。人間の条件を丸ごと引き受ける果てしのない精神が、動きとなって現れる。クールな守屋、池上直子そっくりの青年戸田も、作品を繊細に彩った。

薄っすらとしたドラマ性はあるが、個々の肉体とその関係性が重要な面白い空間。クラシックバレエから Noism1 を経て、武道家 日野晃に至った髙原の軌跡を証しする作品である。コンテンポラリーでオリエンタルな作品追求に、独自の視界を感じさせた。

池上作品『牡丹灯篭』は20年に大和シティバレエで初演された。三遊亭圓朝の原作から「お露新三郎」「お札はがし」を舞踊化した作品である。初演は、お露に米沢唯、新三郎に宝満直也、和尚に渡邊拓朗、伴蔵に八幡顕光という配役。今回はそれぞれ、木村優里、厚地康雄、菊地研、八幡となった。4枚の障子をスピーディに移動、開閉させる空間作りは躍動感にあふれる。女中8人による牡丹灯篭の回転、揺らめきも、闇に映え、美しい残像を作り出した。モダン+コンテンポラリーの語彙と時代物が自然に融合している点に、池上の演出手腕がある。

お露の木村はダイナミックな踊りが持ち味。好きな男に取り付く妖しさ、死霊の透明感といった感触はあまり見られず、真っ直ぐに新三郎に向かっている。厚地も命を失っても会いたいという痛切な思いよりも、ノーブルなスタイルを保持。初演時の濃密な逢瀬の代わりに、クラシカルなパ・ド・ドゥを現出させた。和尚の菊地はこのところキャラクターダンサーとして円熟味を増している。新三郎を抱く終幕は、美しい絵姿の中に無念さを滲ませた。伴蔵の八幡は初演組。ベテランらしい旨味のある芝居、切れの良い踊りで、作品の要となった。女中アンサンブルは元気がよく、池上のキリッとした男前の振付を楽しそうに踊っている。

下村作品『氷の精霊』は、16年にも「バレエクレアシオン」で上演された。フィンランドの作曲家トゥオマス・カンテリネンの多彩な音楽を使用し、精霊=女性の様々な側面を描き出す。7人のソリストと2つのアンサンブルが、対立と融合を繰り返すなか、金子優が7人グループを抜け出そうとする。怯えながら逃げ惑う金子。この結末は回収されないまま、一人の幼女を出現させることで、明るい未来を示唆する大団円で幕となる。

振付はポアント無しのバレエ・ベースで、上体、腕のモダンなニュアンスを特徴とする。中腰など、精霊と言うよりもア・テールの振付が多く、人間味が優る。下村のパトスに満ちた肉体から、直に生み出されたからだろう。ダンサーたちが踊って楽しい振付、肉体を駆使する喜びにあふれた空間だった。

芯となった川島麻実子は、抜きん出て美しい体。下村語彙にまだ不慣れなため、テンポについていけない部分もあったが、振付に宿る感情やニュアンスを細かく掬い取り、あるべきフォルムを実現させた。主役歴任の蓄積を感じさせる。