福田一雄卒寿記念特別公演「バレエの情景」2022

標記公演を見た(11月20日 東京文化会館 大ホール)。70年にわたり日本バレエ界を牽引してきた指揮者福田一雄の、卒寿を記念するガラ公演である。福田と縁の深い国内5つのバレエ団が集結した(出演順に、東京シティ・バレエ団、牧阿佐美バレヱ団、東京バレエ団、K-BALLET COMPANY、谷桃子バレエ団)。主催は株式会社 K-BALLET 。指揮は福田自身と、愛弟子の井田勝大、演奏は自ら設立に携わったシアター オーケストラ トーキョーである。

2部構成の第1部幕開けは、グラズノフ『バレエの情景』より前奏曲(指揮:井田)。ファンファーレの鳴り響くスペイン風の明るい曲は、いかにも福田の記念ガラにふさわしい。

メンデルスゾーン真夏の夜の夢序曲(井田)に続いて、同名作第2幕より「星のパ・ド・ドゥ」(福田、東京シティ・バレエ団)。「夜想曲」を使用した中島伸欣・石井清子振付のクラシカルなパ・ド・ドゥを、ティターニアの飯塚絵莉、オーベロンの吉留諒が涼やかに踊った。星の精アンサンブルは、同団らしい柔らかな体捌きで、福田のゆったりと広がる音楽に身を任せている。

片岡良和『飛鳥 ASUKA』前奏曲(福田)に続き、「すがる乙女と竜神のパ・ド・ドゥ」(福田、牧阿佐美バレヱ団)を、青山季可と近藤悠歩が踊った。青山の繊細で美しいライン、近藤のドラマティックなサポートが、牧阿佐美振付の格調高いパ・ド・ドゥを作り上げる。日本人作曲家による貴重なオリジナルバレエ音楽である。

福田お気に入りの作曲家ミンクスドン・キホーテは、ワシーリエフ版第2幕第2場「結婚式」より(井田、東京バレエ団)。ファンダンゴ、グラン・パが、キトリ 秋山瑛、バジル 生方隆之介、メルセデス 伝田陽美、エスパーダ 安村圭太他によって踊られた。旋風を巻き起こす思い切りのよいキトリとバジル、伝法で粋なメルセデスエスパーダ、優美なアンサンブルが揃い、記念ガラ公演にふさわしい祝祭的な一幕が現出した。

第1部最後は「スペシャル・トーク」。プロコフィエフ『シンデレラ』よりイントロダクション(井田)が奏され、バックに思い出の写真が映し出される。福田少年、ご両親、指揮者姿、牧阿佐美、谷桃子黛敏郎との写真など。映像最後のプロフィールは「5歳よりピアノをヴィノグラードフに学ぶ」に始まり、稽古ピアニストから指揮者への道、「現在は谷桃子バレエ団音楽監督、シアターオーケストラトーキョー名誉音楽監督新国立劇場バレエ研修所講師、日本指揮者協会幹事長」で締めくくられた。

続いて福田と進行役の新井鷗子が登壇。まず「日本のバレエ受容史」として、貝谷バレエ団の『シンデレラ』、東京バレエ団白鳥の湖』『コッペリア』のこと、谷桃子を『白鳥の湖』で初めて見、その後、谷のクラスピアニストになったこと、東京バレエ学校の『まりも』では、メッセレルから「棒を振りなさい」と言われたことなどを語る。石井歓、黛敏郎、芥川他寸志、伊福部昭など、日本人作曲家のバレエ音楽がたくさんあったとも。

続く「バレエ音楽って何?」では、『白鳥の湖』2幕アダジオの最後は譜が出版されていないこと、コピーがない時代、貝谷や小牧で、手書きで楽譜を書いていたことなど。日ソ友好協会から貝谷バレエ団に送られてきた『シンデレラ』の劇場楽譜は、プロコフィエフが生きていた時代のもので、彼自身もバレエピアノを弾いていたことが語られた(バックにピアノ譜や楽譜、森下洋子谷桃子、斎藤友佳理との写真映像)。

「音楽は劇場から生まれた」では、ギリシア悲劇のオルケストラ(平土間)からオーケストラ、オペラ・バレエの前に奏されるシンフォニアからシンフォニーが生まれたこと、フルトヴェングラーリューベックの劇場から、ムラヴィンスキーは『ライモンダ』、ロジェストヴェンスキーは『シンデレラ』で指揮者デビューしたことを紹介。2005年のシアター オーケストラ トーキョー設立で、バレエ本業のオーケストラが誕生し、井田君が指揮者になったのは画期的だった、熊川(哲也)さんは恩人と語った。

「日本のバレエはどう発展していくとよいか」については、良いダンサーがその人に合った作品を踊ること、という回答だった。約15分のトークながら、日本バレエ史について多くの貴重な証言が、新井の巧みな進行により引き出された。

休憩を挟んで第2部は、ベンジャミン・ブリテン『シンプル・シンフォニー』で始まる(井田、K-BALLET COMPANY)。熊川哲也の音楽的で高難度の振付を、日髙世菜、山本雅也、成田紗弥、吉田周平、小林美奈、奥田祥智が、生き生きと踊る。日髙のリフト時の絶対的フォルム、脚線の美しさ、山本の腹の据わった存在感が、疾風のようなシンフォニック・バレエの強固な芯となった。

まだ先のことながら、福田が振り収めの作品と決めているプロコフィエフロミオとジュリエットよりイントロダクションは、福田の棒がゆったりと大きな時空を作り出す。続く「バルコニーのパ・ド・ドゥ」(福田、東京シティ・バレエ団)は、中島伸欣の音楽的で親密な振付。ジュリエットの清水愛恵、ロミオのキム・セジョンはどちらかと言うとクラシカルで、ティターニアとオーベロン風。むしろ飯塚・吉留組の方が、中島振付の可愛らしさに合っていたかもしれない。

最後はヴァシリー・カリンニコフ交響曲第2番を使用した『Fiorito』より第4楽章(井田、谷桃子バレエ団)。谷桃子のクラスピアノからバレエ人生が始まり、バレエ団創立から現在まで深く関わってきた福田の推薦曲に、伊藤範子が振付をした華やかなシンフォニック・バレエである。黒の三木雄馬、白の馳麻弥、赤の竹内菜那子、檜山和久、緑の山口緋奈子、田村幸弘が、色(=団のレパートリー)に即した振付を踊り、それぞれのアンサンブルがきびきびと周りを彩る。黒の男性陣が横一列に並び、白、赤女性陣を次々とサポートするシークエンスは、いつ見ても楽しい。伊藤の優れた音楽性、優美なクラシック技法が大きく開花した作品だった。

フィナーレはチャイコフスキー『エフゲニー・オネーギン』よりワルツで、出演者たちが次々に登場。福田は愛弟子の井田より大きな花束を贈呈され、舞台客席の全員が祝福するなか、卒寿記念特別ガラ公演は幕となった。

演目を振り返ると、日本人振付家の歴史と重なることに気が付く。日本の創作物を牽引し、歴代のダンサーたちに寄り添ってきたバレエ指揮者、福田一雄の人生が深く心に刻まれる公演だった。