12月に見た公演 2022

2022年12月に見た公演について、メモしておきたい。

ブラレヤン・ダンスカンパニー『LUNA』(12月3日 KAAT 神奈川芸術劇場 ホール)

YPAMディレクション。台湾先住民 パイワン族出身の振付家ブラレヤン・パガラファの振付で、台湾の様々な先住民族漢民族のダンサーが踊る。力強く美しいチャントは重唱あり(途中声明のようなところも)。美声の人もいたが、やはりダンスが中心。先住民族は丸っこい体で‟南方”系、漢民族は四角い体で、文化圏が全く異なるように見えた。武術系ダンサー(先住民族)のトゥール・アン・レールが、バレエと異なり、錐のように鋭く回転する。体の再構成の素早さに驚かされた。振付は歩行が多く、中腰を多用。映像・照明が美しかった。ブラレヤンはクラウドゲート、マーサ・グレアム・ダンスカンパニーでの活動歴がある。

 

吉祥寺ダンス LAB.vol.5『千年とハッ』(12月11日 吉祥寺シアター

ジャンルの異なるアーティストが共演する、実験色の強いシリーズ企画。今回は吉祥寺をリサーチしながら創作する地域密着型公演でもある。作・演出・出演は、ヴォーカリストの田上碧と、短歌を詠むダンサー・振付家の涌田悠。陽性で元気な田上と、繊細で儚い涌田の組み合わせは面白い。押しっぱなしの田上に対して、涌田は受けながら柔軟に自己を主張する。ただし田上実況時のマイク使用は強すぎた。涌田が体を駆使して表現するところを、田上が楽々とマイクで喋るのは、不公平に思われる。田上の歌で踊る涌田は伸びやかだったが、田上の実況に言葉(短歌)で合わせる時はやや苦しそうだった。マイク無しなら相乗効果があったのではないか。もう少し涌田が生かされればと思うが、公共劇場の自主制作でこれほど実験的な公演は見当たらない。風通しのよい空間だった。

 

Kバレエカンパニー『くるみ割り人形(12月15日 Bunkamura オーチャードホール

熊川哲也版。マリー姫は日髙世菜。主役の器、責任感あり。観客の思いを懐深く受け止められる。くるみ割り人形はノーブルな栗山廉、ドロッセルマイヤーはスチュアート・キャシディ直伝の杉野慧、クララは元気な塚田真夕、フリッツは切れのよい関野海斗だった。酔っ払いの客人はグレゴワール・ランシエ。フランス風マイムが素晴しい。細やかでリアル。パーティ場面のご馳走だった。シュタールバウムのニコライ・ヴィユウジャーニンとよく絡んだが、後者のロシア風マイムは身振りが大きく力強い。その対照も味わい深かった。井田勝大指揮、シアターオーケストラトーキョーの演奏は、木管、弦が美しい。「雪片のワルツ」はいくら何でも速すぎると思うが。

 

東京バレエ団くるみ割り人形(12月16日 東京文化会館

斎藤友佳理版(イワーノフ、ワイノーネンに基づく)。マーシャは秋山瑛。1幕の少女から2幕のグラン・パ・ド・ドゥまで、伸びやかな踊りに瑞々しい情感が宿る。常に流れの中で生きている。くるみ割り王子の宮川新大は、無垢な子供の世界にふさわしく丁寧で真摯な踊りだった。なぜかコミカルなドロッセルマイヤーは柄本弾。ダブル・ボディを駆使するマジック演出を軽快に演じていた。ピエロ(加古貴也)、コロンビーヌ(中川美雪)、ウッデンドール(岡崎隼也)の回転技の美しさ。マーシャを見守る岡崎の懐の深さも印象深い。パーティの華は伝田陽美。年老いた夫と幼い子供を連れて、明るいパワーを周囲にまき散らす。やや重苦しい美術のなかで、伝田の突き抜けた演技が生き生きとしたエネルギーの源となった。フィリップ・エリス指揮、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

 

NBAバレエ団『眠れる森の美女』新制作(12月17日13時 所沢市民文化センターミューズ マーキーホール)

改訂振付:久保綋一、鈴木正彦、安西健塁、岩田雅女。プロローグ、1幕、2幕の一部を省略し、2幕構成で上演する短縮版ながら、古典バレエの格調の高さ、物語を押さえた演技指導が行き渡り、『眠れる森の美女』のエッセンスを堪能することができた。主な改訂は、カラボス手下のスタイリッシュな男性群舞、2幕オーロラ幻影のソロを、王子とのアダージョに変更、カタラビュットがカラボスによってネズミに変えられる(その後元に戻る)など。最後はバレエ団のエンタテイニングな個性として、カラボス手下男性アンサンブル、2幕オーロラと王子のアダージョ、それぞれの振付は見応えがあった。男性群舞は定評があるが、女性ダンサーのスタイルも美しく統一されている。特にプロローグの妖精たちは素晴らしかった。オーロラ姫は野久保奈央、勅使河原綾乃、デジレ王子は刑部星矢、宮内浩之。そのうち野久保と刑部の回を見た。

野久保のオーロラは光り輝いていた。回転、跳躍、コントロールに優れる技巧派だが、技術が音楽性、演劇性と結びつき、これ見よがしにならない。役理解、振付理解が重なり合うまろやかな自然体で、観客に奉仕する精神が全編を通して滲み出る。2幕で王子にサポートされながら脚を前後に伸ばすシークエンスには、陶然とさせられた。まさに古典バレエの粋。1幕の笑顔はもう少し控えめにしてもよかったが、2幕の涼やかさ、3幕の晴れやかさと、オーロラの魅力を発散させた。

王子の刑部はヌレエフ風ソロ。マネージュの爆発的エネルギー、トゥール・アン・レールの5番着地、オーロラを全力でサポートする騎士道精神にあふれる。松山バレエ団での蓄積が美しく開花した。リラの精は浅井杏里。マイムの明晰さ、古典の様式性が素晴しい。2幕幻影のアダージョ(トロワ)は、浅井が牽引。感情の流れがよく伝わってきた。カラボスの古道貴大は少し女装アクセントが強いか。王の三船元維は風格があり、マイムが雄弁だった。

安西率いるカラボス手下のスタイリッシュな切れ味、ガーランド男性のノーブルな味わい、森の妖精のたおやかなスタイルなど、アンサンブル指導も徹底されている。

 

能藤玲子『限られることの』(12月19日 渋谷区文化総合センター大和田 さくらホール)

現代舞踊協会「江口隆哉・河上鈴子メモリアル・フェスタ vol. Ⅱ」の出品作。コントラバスの長音とはじく音、弦がきしむような音で、能藤玲子と5人の女性ダンサーが踊る(と言うよりも‟居る”)。時代を超越したジャンル分けできないダンス。赤いドレスの5人が微細な動きでモノのような固まりとして存在する。徐々に起き上がり、仰向けになって前屈する、右に振れて、こちらに顔を見せる、左に振れて、こちらに顔を見せる、右手を腰に当て、上へ打ち上げ、首の後ろをなでる。全員黒髪でショートカット。

能藤がカミテより現れる。大きな赤の花柄と縞模様が大胆にデザインされたロングドレスに、黒パンツ。髪は短く、年齢・性別を超越している。中腰、前傾で両脚を開き、四股を踏むような、しかし求心的。エネルギーが発散されるのではなく、フォルムとしてまとまっている。手の大きさ。左手を開いて、内側に持ってくる、その絶対性。意味の生成はなく、必然性のみが感じられる。能藤の絶対的フォルムの連続に対し、5人のダンサーは呼応するでもなく、ふと気付いたように動いている。

何を見たのか。パトスでもなく感情でもなく、思考? それも深い情念と結びついた明晰な思考である。5人の固まりの重み。後半は少し一歩出て、後ずさりしただけだが、どのような身体訓練の結果か。何かを、自己を表現しようとしていない。鍛錬された体を提示したのみ。

能藤は一から考えている。

 

牧阿佐美バレヱ団『くるみ割り人形(12月24日 なかのZERO 大ホール)

三谷恭三版。4キャストのうち、光永百花の金平糖の精、近藤悠歩の王子、久保茉莉恵の雪の女王を見た。光永はその名の通り、華やかな輝きがあるが、まだ個性を十全に発揮しているとは言えない。舞台への集中をさらに高めれば、大きく開花するのではないか。対する王子の近藤は、パートナーを立てるマナーの良さが際立った。王子役として貴重な資質である。包容力もあり、スタイルも美しい。『ル・コンバ』ではドラマティックな造形も見せており、今後が期待される。

久保の雪の女王は、美しいスタイル、さっぱりとした表現に、暖かな人間味が加わる。見ているだけで心地よかった。作品解釈も深い。菊地研の怪しいドロッセルマイヤー、清瀧千晴の清々しい花のワルツソリスト、坂爪智来の端正なハーレキンなど、ベテラン勢が要所を締める。花のワルツは三谷独特の振付で、この版の個性となっている。指揮の御法川雄矢は、東京オーケストラMIRAI から、瑞々しいチャイコフスキーを引き出した。フルート、クラリネットが素晴らしい。

 

新国立劇場バレエ団『くるみ割り人形(12月23, 25日昼夜 新国立劇場オペラパレス)

ウエイン・イーグリング版。12月23日から1月3日まで、13公演5キャストでの上演。幕開けのみ見たので、後半はどうなったか。キャスト表順に印象に残ったダンサーを挙げてみる。

米沢唯(クララ/こんぺい糖の精)の柔らかな光の放射、小野絢子(同)の精緻なきらめき、福岡雄大(王子)のシュアで意志のある踊り、中家正博(ドロッセルマイヤー)の重みのある存在感と的確な演技、中家(シュタルバウム)の美しい踊り、渡辺与布(クララの祖母)の工夫を凝らした演技、速水渉悟(青年)のくっきりした踊り、木下嘉人(同)のすっきりした踊り、石山蓮(同)の美しさを目指す踊りと跳躍の高さ、福田圭吾(老人)の巧さとお尻ブリブリ、渡辺与布(雪の結晶)のまろやかさ、飯野萌子(同)の巧さ、柴山紗帆(同)の美しさ、原田舞子(スペイン)の切れのよさ、福田圭吾(中国)の素晴らしい武術、木下(ロシア)の巧さ、山田悠貴(同)の切れのよさ、浜崎恵二朗と原健太(花のワルツ)の晴れやかさ、吉田朱里(同)の伸びやかさ(初日はパートナー急遽変更で泣き顔だったが)。

渡辺与布はアラビアを踊っても、持って生まれた面白味・人間味が表れる。ねずみの王様の小柴富久修も同じく。被り物の中から小柴の人となりがじわじわと滲み出て、何気ない仕草にも面白さがあった(本来の同役はもっとダイナミックで荒々しい、奥村康祐がお手本)。

子役の振付が男女とも難度が高いことに、いつも驚かされる。女の子は、1幕1場はエレガント、2場はブーツを履いてファンキーガール。男の子は、1幕1場はエレガント、2場は凛々しい(箱に入れられて運ばれるものの)。小クララにはソロもあり、イーグリング版を踊ることは、ジュニアにとって一つの目標になるのではないか。

アレクセイ・バクラン、冨田実里指揮、東京フィルハーモニー交響楽団の演奏。コロナ禍でバックヤードにいた東京少年少女合唱隊が、バルコニーに戻ってきた。今回のバレエ団ゲスト・コーチは夏山周久、山本康介が担当した。