バレエシャンブルウエスト『シンデレラ』2026

標記公演を見た(10月17日 J : COMホール八王子)。今村博明・川口ゆり子演出振付による『シンデレラ』は、1993年に初演。その後再演を重ねてきた重要なレパートリーである。音楽をじっくりと聴かせる振付、スタイルを重んじる細やかな演技、アクロバティックなパートナリングを核とする、高難度のPDDが組み合わさって、ゆったりとした風格ある古典バレエを形成する。さらに追加曲として、1幕2場 妖精の女王(仙女)と妖精アンサンブルの踊りに、プロコフィエフの組曲『夏の日』より「朝」を、3幕シンデレラと王子のアダージョに、同じく組曲『冬のかがり火』より「冬の夕べ」を加え、他版にはない新鮮な見せ場を作り出した(選曲:江藤勝己)。

主役のシンデレラはWキャスト。初日は柴田実樹、二日目は川口まり、王子は早川侑希、藤島光太、妖精の女王は伊藤可南、村井鼓古蕗、道化は巻孝明、鈴木諒羽。その二日目を見た。

川口のシンデレラは楚々とした佇まい。1幕では父と語り合う亡き母への想い、ねずみ達との心の交流に、持ち味が生かされる。2幕のチュチュでの登場も清潔で控え目、王子とのめくるめくPDDにも抑制が見られる。川口の生来の情感は、3幕の愛のアダージョで解き放たれた。グレーの質素な服のまま、王子と慎ましやかなユニゾンを踊る。心と体が一致したありのままの自分が、踊りとなって現れた。

対する藤島は、繊細な川口を全身で包容する。高い技術は舞台への捧げ物、相手を注視し、その美点を生かす優れたパートナーである。川口とは心を通わせ、終幕では心温まるしみじみとしたアダージョを作り上げた。道化の鈴木は、規範に則った美しい踊りに慎ましく爽やかな演技で、藤島王子に仕える。川口のポアントでの階段降りを、心を込めてエスコート、宮廷に集う人々を心地よく楽しませる道化だった。藤島同様、善の体現者である。

妖精の女王の村井は、悠揚迫らぬ佇まいで、四季の精、妖精たちを率い、シンデレラを王宮へと導く。アラベスクの伸びやかな美しさ、シンデレラと王子を祝福する懐の深さが、村井を舞台の要とさせた。四季の精は、春が清水莉々咲、夏が上村有咲、コオロギは高坂美輝、秋は窪田希菜、冬は堀江結月(以前は小姓が付いていたが、現在はなし)。清水と窪田の技術の高さと優雅さ、上村と堀江のおっとりとした伸びやかさ、高坂は細かいアレグロを生き生きと披露した。

継母には美しく可愛らしい深沢祥子、父親は穏やかで滋味あふれる正木亮、姉娘オデットには引き締まった踊りの松村里沙、妹娘アロワサはふっくらと愛嬌のよい吉本真由美が務めている。ダンス教師には指導の巧い江本拓、仕立て屋には岩瀬一秋、美容師には長髪の染谷野委、宝石商には石原稔己を配し、ユーモラスで賑やかな舞踏会準備を演出した。ねずみ達兼御者には、秦野智成、巻孝明、下村慶斗、志村知亮。縁の下の力持ちを演じ、3幕では馬車だったかぼちゃと共に、ぐったり横になっていた。

王子友人のバトムンフ・チンゾリゲ、古郡慈英はノーブルな踊りを、スペイン・ソリストの神谷麻依と石原は濃厚な踊りを、オリエンタルの鈴木愛澄は、ベテランのダンスール・ノーブル逸見智彦のサポートを受けて、美しいラインを披露する。男性アンサンブルのノーブルなスタイル、女性アンサンブルの伸びやかなスタイルは健在。終幕「アモローソ」では、妖精の女王を最上段にいただき、シンデレラと王子、その足元には道化が座し、父、和解した継母と姉たち、妖精たちが共に並んで、美しい大団円を築き上げた。

指揮は磯部省吾、演奏は大阪交響楽団。たっぷりとした情感豊かな音作りで、物語を牽引している。

谷桃子バレエ団『リゼット』2026

標記公演を見た(10月11日昼 サンパール荒川)。18世紀末に端を発する『ラ・フィユ・マル・ガルデ』を、谷桃子バレエ団では『リゼット』という表題で、1962年に初演。基になったのは、ボリショイ・バレエのスラミフ・メッセレルとアレクセイ・ワルラーモフにより伝えられたゴルスキー版(1901年 音楽:ヘルテル他)である。これに作・編曲の福田一雄が、アシュトン版(1960年 音楽:エロール、ランチベリー)を参照して、「メイポール・ダンス」、「ネッカチーフの愛の情景」、「マルセリーヌの木靴の踊り」を加えていった(木靴導入は、傑出したマルセリーヌ 小林恭のアイデア)。終幕の演出もアシュトン版に倣うなど、独自の構成も見られるが、全体的には、プティパ=イワノフ版(1885年)の流れを汲む牧歌的な古典作品と言える。

1、3幕のおっとりとした芝居の味わいに加え、2幕の舞踊の楽しさが同版の大きな魅力。ヘルテル作曲によるポルカ、ワルツ、マズルカ、ギャロップ、ロマ音楽といった舞曲が並び、踊る喜びが炸裂する。特に村娘のワルツ・マズルカ、リゼット友人ポルカの古風な踊りが素晴らしく、19世紀の香りを漂わせた。リゼット=コーラ友人4組による愛情深いデュエット、コーラ友人4人の颯爽とした踊り、リゼットとコーラのほのぼのとしたアダージョ、バットリー鮮やかなコーラのソロ、パ・ド・シャ鮮やかなリゼットのソロ、母マルセリーヌの木靴踊り、ロマ男女の激しい踊りと続き、最後は南仏民謡を基にした福田編曲の「メイポール」で締め括られる。また、踊りと一体化した1幕の手間賃渡し、鎌渡し、2幕の花渡しに、田園の素朴な喜びを味わうことができた。

芝居は喜劇のマイムスタイルで、あっさりと自然に流れる。ニケーズも突出することなく、子供の心そのままに動き回る。3幕リゼットの心情も、軽やかな移り変わり。一人残されて泣いたあと、なぜか子供たちを育てるマイムに移行、そこにコーラが突然麦藁から現れ、愛を告白するも、リゼットは拒絶。しかし徐々に心が解けて、仲直りの優しいアダージョを踊る。その無意識の流れに魅了された。ステージングはバレエマスターの岩上純。立っているだけでおかしく、いきなり動くマルセリーヌだったが、今回は演出に専念、隅々まで血の通った仕上がりだった。

主役は3組。初日のリゼットは齊藤綾乃、二日目昼は森岡恋、同日夜は前原愛里佳、コーラはそれぞれ森脇崇行、松尾力滝、森脇だった。そのうち二日目の昼を見た。

森岡のリゼットは愛らしく爽やか。脚技のくっきりした踊りも素晴らしい。1幕の可愛いお転婆娘、2幕ソロの火のような踊り、3幕結婚のアダージョの神々しさを踊り分けながら、一貫した造形を見せる。終始リゼットとして生きていた。対する松尾は、清潔な踊りと優しい演技で、晴れやかなコーラ像を描き出す。バットリーの鮮やかさ、後脚の伸びやかさが印象的。森岡とのコミュニケーションも万全で、ぴったりの呼吸だった。二人は2024年の創立75周年記念ガラでも、本作PDDを配され、瑞々しい踊りを見せている。

母マルセリーヌには女性役の続く保坂アントン慶。アシュトン版でも同役を踊っており、女性らしい色っぽさも備えた母親を演じている。王道のリアルな演技だった。バレエ団先輩の小林恭は、博多にわかのような破天荒なマルセリーヌ、岩上純も同系列の突拍子もないおかしさがあったが、こちらの伝統も残して貰いたいところ。因みに小林マルセリーヌを最後に見たのは、2011年「小林恭バレエ団 バレエスクール発表会」において。リーズは孫の小林らら、コーラは大嶋正樹、ミッショーは小林貫太、ニケーズは篠原聖一だった。

ミッショーはその小林貫太。大らかで癖のない造形、フラッとジプシー女に目がくらみ、お金を渡してしまう、が、ジプシー頭領に脅されてすごすごと引き下がる。カーテンコールでは禿頭(カツラ)の汗を拭いていた。自然児ニケーズは田渕玲央奈(別日は児玉光希)。素直で誰からも愛される可愛らしさがある。フレックス足バレル・ターンの切れも良かった。侍僕の高井景介は朴訥な味わいがある。リゼットの結婚が決まると、マルセリーヌと抱き合って喜び、行列の最後を愛情深く締め括った。公証人はカツラで老けた中山雄介、秘書にはマメでよく働く貫渡竹暁、外しの演技も巧みだった。

リゼット友人は、佐藤舞、石川真悠、高谷麗美、高橋夏海(別日は齊藤耀、尾島結子、白井成奈、石森さくら)、コーラ友人は、田村幸弘、昂師吏功、安田幹、二村康哉、ジプシー・ソリストは殿岡遥、中野吉章(別日は種井祥子、今井智也)、村娘ソリストは山口緋奈子、嶌田紗希(別日は大塚アリス)が務めて、華やかにアンサンブルを牽引する。殿岡の激しさ、中野のダイナミズムが、ジプシーたちを一つにまとめ、美しい踊りの山口、嶌田が入ることで、村娘のワルツが鮮やかさを増した。男女アンサンブルは生き生きとした演技と踊りで、田園生活の喜びを体現。麦の穂、草木の香りが漂うがごとくだった。

8、9月に見た公演から 2026

* 佐東利穂子・勅使川原三郎『テンペスト』(8/23 カラス アパラタス)

前回の『ハムレット』は奔放でアナーキーな印象だったが、今回は従来の緻密な作品。一枚の布のような音楽構成、湿度さえ感じさせる微細な照明が素晴らしい。冒頭は文字通り嵐の音、バロック、ロマン派、ミニマル音楽、ノイズ、アンビエントが、切れ目なく織り上げられる。序盤のオルガンのワルツ、終曲の芦川聡(勅使川原が敬愛する作曲家、トークで)の宇宙的な音階が印象的。照明は魔法陣、世界を表す円が主体。ぼーっと暖かみのある光が、プロスペロー及び勅使川原の円熟の境地を指し示す。終盤は光背となった円が奥壁に。霧のようなガスのような薄闇にも、従来とは異なる有機的な味わいがあった。

佐東は生成りのパンタロンにレース地の透けたタンクトップで、ミランダとエアリアルを踊る。ミランダの瑞々しい美しさ、エアリアルの弾ける軽やかさが素晴らしい。勅使川原は黒コートと黒ズボンでプロスペローとキャリバン。魔術師風の佇まいは予想通りだが、魔術が解けて一人の人間に戻り、静かに消えていく姿に、自身の実存が二重写しとなる。踊りも鮮烈さを残しながら、滋味が優った。キャリバンは、黒布を頭に乗せたグロテスクな踊りで。一方、佐東も加わる別種グロテスク踊りは、内臓の内側から生まれる痙攣が動きとなって、空気を引っ掻くもの。勅使川原の細密ドローイングを思い出させた。ナレーションは佐東。身体化された発話で、戯曲から選ばれた詩的な文言をポツポツと生み落としていく。訳はカラス訳。佐東の原文朗読も聞いてみたい気がした。追記:勅使川原の手の踊りが素晴らしかった。両腕を斜め一直線に置く鮮やかさも。  旧 Twitter 8/25 初出

以下は10月公演『オフィーリア』(10/4 カラス アパラタス)の感想。

再再演とのことだが初見。ヴォーン・ウィリアムズ、ドビュッシー、リゲティなどの近現代曲と、ノイズを擦り合わせた音楽構成に、川面を表す反射する照明、半シルエット、輪郭照明などの空間構成が組み合わされる。ドビュッシーと佐東の親和性、川面のみならず草むらや林をも現出させる照明が素晴らしい。原作のイメージから、佐東の密やかな佇まいによる静的なオフィーリア像を予想していたが、激しかった。夢遊病のような狂気でもなく、内面の葛藤や苦しみを踊りにしている。

勅使川原ハムレットも、オフィーリアの想像の中で登場。途中、馬の蹄の音が聞こえて、『ハムレット』同様、勅使川原は馬になる。さらにハエの羽音と、追い払う仕草。蒼ざめた馬(死)ということか。オフィーリアにもハエが付きまとう。狂気の中、花を配り、花冠を枝にかけようとして川に落ちるロマンティックな側面よりも、死の影が濃いオフィーリアだった。レースのベールに包まれた佐東の足を、勅使川原が触る場面は耽美的。最後は原作通り、川面に浮かび、再び川辺に座して終幕となった。

 

* 山崎広太『梅若はまだ帰らない。〈戯曲ダンス版〉』(9/6 すみだパークシアター倉)

「すみだ五彩の芸術祭」(9/4~12/20)の一環。11/3 には梅若を祀る木母寺へのダンスツアー〈東白髭アパート漂流ダンスツアー〉も開催される。戯曲ダンス版と銘打つ通り、5人のダンサーが90分、発話しながらダンスするパフォーマンス。作品紹介によると、設定場所は、地中、教室、街なか、カフェ、湿地帯とのことで、光るシースルーの布が何枚も吊られたスタイリッシュな空間ながら、陰鬱な闇を想像させた。

冒頭、山崎が10分ほど踊りながら作品解説をする。その面白さ、肉体の奔放さ。もし山崎が作品の軸となっていたら、全く違う印象を受けただろう。ウェブ公開された山崎のテクストは、それ自体は詩になっていて、もし朗読に特化したなら、梅若の詩的空間をじっくり味わえたと思われる。こうした詩的テクストと濃密な振付を、全編にわたりダンサーに課するのは、少し過酷ではなかったか。ダンサーたちのオーラが、発話にエネルギーを注ぐことで、発散されない印象を受けた。

その中で堀田千晶は、テクストと振付を同等に咀嚼して自分の物とし、山崎の本質を伝えている。その柔らかで自在な四肢、脚が腕のように動く。最後のソロからデュオ、トロワ、ソロに至るプロセスの素晴らしさ。梅若の母に憑依し、一緒に居ようねと息子に語りかける姿に、時空が一気に凝縮された。

山崎のパートナー 西村未奈は、舞踏の棒立ち、蹲り、少女風の発話で、作品に涼やかな風をもたらした。SHIon はダイナミックで大胆な踊り、自分を曝け出せる。Sebastian Geilings はブレイキンにカポエイラ風のデュオも。全身で山崎のテクストと振付に挑んでいる。藤村港平は無垢な青年。Geilings と同じく、未知の世界に挑戦した。

5人の座組はバランスがよく、肉体の様々な味わいが交錯する。バーオソルのようなトカゲ・ユニゾンの楽しさも。もう少し踊りのみの場面を見たかった気がする。ダクソフォン内橋和久の演奏は献身的。ダンサーを注視し、呼吸を合わせて盛り上げる。愛情深い佇まいに、心が安らいだ。

 

* 近藤良平『山羊の襲来』(9/23 神楽坂 セッションハウス)

「セッションハウス35周年フェスティバル」の一環。「歴史の力」プログラム中の1作である。2007~12年の「リンゴ企画」で上演された作品を再構成したものと思われる。踊り、無言コント、踊りコントを組み合わせた近藤スタイル。ダンサーの個性を生かす手腕は相変わらず。初めて見るパートも、懐かしいものも混じり、近藤のユーモア、詩情、音楽的感性が、自身を含めた 7人のダンサーによって綴られていく。終幕、近藤のピアニカで、一人一人が舟を漕ぎながら、舞台を斜めに横切って消えていく場面が胸に迫る。ピアニカのレクイエムのような、消灯の鐘のような、懐かしく物悲しい響きが、近藤作品の核である「郷愁」を示していた。

ダンサーはプログラム順に、笠井瑞丈、香取直登、国枝昌人、安田有吾、山口夏絵、中村蓉、近藤。笠井は少し借りてきた猫風だったが、ロックで肌脱ぎになると狂い踊る。父譲りだろうか。香取は雑念なく颯爽とした踊りと演技、国枝は冒頭のアンバでパ・ド・ブレが強烈だった。安田は脚立とのタンゴが色っぽい。中村をサポートする時の人間味も。山口は少しシャイながら太っ腹の姉御肌、中村は繊細な踊りと全てを把握した芝居、カマトトも有効だった。近藤は強度のある踊り、笠井とのオノマトペ対決では、笠井を愛情深く駆り立てるボスの風格があった。

 

* 中村蓉振付・ステージング 演劇集団 円『冬物語』(9/25 吉祥寺シアター)

演出:中屋敷法仁、振付・ステージング:中村蓉、美術:乘峯雅寛、照明:木下尚己、音響:藤田赤目、衣裳:半田悦子、作曲:岡田太郎、宣伝美術:チャーハン・ラモーンという布陣。音楽はルネサンス期の音楽、ボヘミア民謡を使用したとのこと、強過ぎずバランスの取れた劇伴となっている。それに合わせた中村の振付は、ルネサンス風踊りにポップな味付けを加えたものや、フォークダンス風など。いわゆるミュージカル風にならないのは、振付に意味があり、中村の作品を俯瞰する視線と解釈が入っているから。音楽的な動きに、キリッとしたリズムのアクセントが加わる。

ステージングについては、役者の立ち居振る舞いが自然だった。道化は女性が担当するが、男役のわざとらしさがなく、体全体で道化の面白さが表現される。見ていて楽しかった。反対に村娘は男性陣が担当。程のよいトラヴェスティで、ダンス界隈の雰囲気を思わされる。また羊アンサンブルのとぼけた味わいが素晴らしい。宮廷の執事役が、羊トップとなって群れを率いるが、ひつじとしつじを掛けているのだろうか。

クライマックスのハーマイオニが動き出す場面は、スワニルダの人形から人間になる瞬間をイメージしていた。が意外にも、彫像のパキッとした硬さが保たれ、横倒しで抱き留められる手法が取られている。周りを囲む彫像群には、中村好みの変顔や、妙な格好が。それを一心に遂行する研究生たちに、中村の熱血指導が垣間見えた。動きに中村の一貫した解釈が入ることで、舞台がより有機的な暖かみを帯びたのではと思う。

役者は以下の通り。

レオンティーズはパトスにあふれた吉見一豊、ハーマイオニは優雅で気品のある吉田久美、マミリアスとパーディタは無垢な但馬爽、カミロは実直誠実な瑞木健太郎(後にポーリーナとの結婚を命じられて複雑微妙な顔に)、アンティゴナスは厚みのある上杉陽一(後に自らの熊による襲撃死を別役で語る)、ポーリーナは強く自在な谷川清美、肚からの巫女風発話で舞台を温める。安西徹雄訳にしかないフレイニオンはクールで巧い大橋繭子(後に中屋敷演出にしかない羊アンサンブルのトップに)、クレオミニーズは味のある相馬一貴、ダイオンは声の通る清田智彦、ポリクシニーズは笑い声に特徴のあるトリックスター石原由宇、フロリゼルはノーブルな豊浦奏斗、羊飼の親父には懐の深い道化の薬丸夏子、羊飼の息子には可愛らしい道化の古賀ありさ、オートリカスには味・癖のある道化系の岩崎正寛、〈時〉・アーキディマス・牢番等には、ゆったりと舞台を見守る藤田宗久が務めた。アンサンブルは円・演劇研究所第50期2年生。

 

 

東京シティ・バレエ団「Crossing Visions 交差する感性」2026

標記公演を見た(9月27日 彩の国さいたま芸術劇場 大ホール)。演目は、中島伸欣振付『泡の中のカルメン』、安達悦子振付『春の恵』、ジョン・ヒョンイル振付『MONDRIAN - The Line of Obsession』。バレエ団所属振付家2人に、バレエ団とゆかりの深い韓国出身振付家によるトリプル・ビルである。

同団は古典作品に加えて、創作物の上演に力を注いできた。かつての「ラフィネ・バレエ・コンサート」、現行の「シティ・バレエ・サロン」は、団員やゲスト振付家が創作を発表する貴重な場となっている。今回のゲスト振付家ジョン・ヒョンイルも、2019年の「シティ・バレエ・サロン」で『The Seventh Position』、 2020年には『Two feathers』を上演し、団員と交流を重ねた。今回が3回目の作品発表である。

幕開けは中島作品『泡の中のカルメン』。振付家 中島の個性は、社会的視野とエロティシズムの両輪が、クリエーションの源であること。直近では、コロナ禍を取り上げた『檻の中で』(2020)における、死者へのレクイエムとエロティックなPDDの融合に、本領発揮が見られた。今回の作品は、全幕『カルメン』(2006)を新設定で再構成した1幕物である。カルメンはお金を貰って男に安らぎを与えるOL、ホセは中年の窓際会社員、エスカミリオはメンズラウンジのスタッフで、金融業者やVIP顧客も登場する。ミカエラは顔のないカルメンとして現れ、コロスも後半は顔を布で覆う。中島の現代社会への鋭い眼差しを窺わせるが、金銭を絡ませたことで、原作の本筋からやや遠ざかった印象を受けた。中島振付の真髄であるPDDは、ホセとカルメンよりも、エスカミリオとカルメンに、音楽と感情が結び付いた複雑なパートナリング、濃厚なエロティシズムが付与されている。

主役はWキャスト。初日のカルメンは永山稀恵、二日目は杉浦真未、ホセは浅田良和、杉浦恭太、エスカミリオは両日 濵本泰然、VIP顧客も両日 岡博美、その二日目を見た。カルメンの杉浦は、ダイナミックな肉体で、大胆な脚線を見せる。まだ若いせいか健康的なカルメン。最後も死なず、スマホで話をするドライな女性像を描き出した。対するホセの杉浦(恭)は、いかにも実直。終幕の苦悩のソロに、切ない心情があふれ出た。

エスカミリオの濱本は、2023年のバレエ団創立55周年記念ガラで、志賀育恵のカルメンとホセを踊っている。その時の朴訥さから一転して、女性をスマートに扱う接客男性の色気とクールな一面を見せた。カルメンをよく踊らせる優れたパートナーでもある。ラウンジVIP顧客の岡は、磨き抜かれた大人のソロを披露。艶然とした微笑みとやり手社長の鋭さが、引き締まった美しいラインへと昇華する。円熟の踊りだった。アンサンブルは会社員、メンズラウンジ・スタッフ、顔を隠したコロスと、キャラクターに応じた踊りで舞台を彩った。

安達作品『春の恵』は、久本玄智作曲の同名筝曲(1931)を使用した和物バレエ。2024年韓国国立バレエ団で初演されたものを、規模を拡大し再構成している。1楽章は白の照明、3拍子の洋風メロディで、和風というよりも韓国風の嫋やかさを帯びた踊りを見せる。2楽章は青・墨色の照明、しっとりとした日本的メロディで、男女の和風PDDが踊られる。3楽章はピンクの照明、賑やかなお祭り風のメロディで、日本舞踊の群舞に似た切れの良い踊りが繰り広げられる。途中、アンサンブル6人が背中合わせでパ・ド・ブレ回りをするシークエンスは、石田種生へのオマージュかと思われた。筝と尺八の多彩な音色に合わせた、表情豊かな作品である。

主役は松本佳織と浅田良和。松本の音楽的で精緻な踊りと愛らしさ、浅田の伸びやかな踊りと男らしいサポートが、情感豊かなPDDを作り出す。浅田は歌舞伎風に、手を大きく広げた振りも見せている。6人の女性アンサンブルは嫋やか。パのカノンを柔らかく踊り、クラシックの美しさを体現している。

最後はジョン作品『MONDRIAN - The Line of Obsession』。モンドリアンの幾何学的な模様を床面と背景に映し出し、振付と同期させる美術が面白い。衣裳は白鳥と黒鳥を思わせるレオタードから、モンドリアン柄へ。音楽はラフマニノフのピアノ協奏曲を主軸に、チャイコフスキー、ビゼー等を織り交ぜる。ビゼー(アルルの女)の際には、大きな牛の角がバックに映し出され、フィナーレも同様だった。

振付はフォーサイス風の拡張されたポジションが特徴。加えて、強力なパートナリングと、長時間リフトが際立っている。男性陣の太腿が、心なしか太くなった気がする。昨夏バレエ団が招聘した、韓国国立バレエ団の屈強な男性陣が思い出された。女性陣には自己を主張する強さ、気概、色っぽさが求められる。隣国とは言え、彼我の差を改めて思わされた。

主役は、白鳥が斎藤ジュン、庄田絢香、黒鳥が石井日奈子、男性は吉留諒、大川彪。斎藤の貫禄のソロ(本公演でプリンシパル昇格)、庄田の伸びやかさが印象的。吉留、大川は美しく献身的なサポートで、PDD、PDTを作り上げた。石井はもう少し思い切りの良さが必要だろう。植田穂乃香、折原由奈を始めとするアンサンブルは、男女5組の鮮烈なデュオや、苛烈なユニゾンなど、刻々とフォーメーションを変える。音楽に身を委ねる振付を、全員が力一杯踊り抜いた。その中で、岡田百音の音と動きの一致、フォーサイス・フォルムの正確な美しさが目を惹く。軽やかな振付遂行だった。観客の閾値を超えるパッションの波。バレエ団が正面から挑んだ大作だった。

日本バレエ協会関東支部埼玉ブロック第33回「バレエファンタジー」2026

標記公演を見た(9月20日 ウェスタ川越 ヤオコー 大ホール)。ブロック所属生徒によるオープニング、6つのスタジオ作品、合同作品『眠れる森の美女』より「オーロラ姫の結婚」という充実のプログラムである。スタジオ作品では振付家の創作、合同作品ではブロック所属ダンサーのクラシカルな技量が披露され、創作と古典の両輪を見ることができた。

オープニングは伊藤多佳子振付『舞踏会の夢』(バレエミストレス:山田優子)。ベルリオーズ『幻想交響曲』のワルツに乗せ、白い膝丈チュチュに黒ベルト、ポアントなしの生徒14人が優雅に踊る。柔らかい腕遣いと細やかな足遣いを心がけた、行儀のよい踊り方。ウィリ風アラベスクを差し挟んで、ロマンティックな雰囲気を醸し出した。

スタジオ作品は6作。岡部麻美振付『PUZZLE』は、黒の上下に黒くつ下、カラフルなシャツの8人が、スタイリッシュなコンテンポラリー作品を踊る。四角ライトに無音で3人のソリストが次々と登場。続いてジェンキンスの音楽で、情感ある全員ユニゾン、切れのよい1列カノンを鋭く展開する。最後は上着を投げ上げて幕となった。結城晶子振付『Luv Letter』は、月野そらの同名曲を使用。緑のワンピースに、子供2人は赤、大人8人は黒の切り換えが入る。ポアントを使いながらモダンの情緒を醸し出す振付。大人の間を子供が分け入るフォーメーション、両手で掬う身振りが印象深い。

関口祐美振付『壁』は、パーカッションの律動で動くモダンバレエ(音楽:ジェンテット)。全員茶色のロングスカート、女性13人はアースカラーのレオタード、黒一点の神野太郎はTシャツを身に付けて、低重心、グランプリエ多用の情熱的な踊りを繰り広げる。スカートを広げる横1列のフォーメーション、ソロに対峙する斜めフォーメーションは表題通り。音楽と動きの一致、フォーメーションの妙が楽しかった。長身の神野が力強い要となっている。

新村純一振付『Eternal Symphony』は、グラズノフのヴァイオリン協奏曲を用いたシンフォニック・バレエ。シャンデリアの輝く空間で、チュチュの華やかさ、クラシックの輝きを、大人数で見せる。青木陽菜、岡本尚之を始めとするソリスト6人、ジュニア13人、児童8人が、シンメトリーでユニゾンを踊る。黒一点の岡本が、5人の女性たちを次々とサポート。自身のソロでは児童が集い、岡本の人柄を彷彿とさせた。最後はグラン・フェッテ、イタリアン・フェッテ、グラン・ピルエットで、華やかな締め括りとなった。

氏家瑞季振付『No rain No rainbow』は、[.que]の音楽で、7人の女性ダンサーが踊るショーアップ・ダンス。冒頭にビニール傘が一つ置かれる。前半は紫の光沢シースルー上衣に水色ズボン、髪には水色の光るテープが飾られ(よさこい風?)、身振りを取り入れた踊りを披露。後半はビニール傘に水色テープをなびかせ、水色ローブ、紫陽花風の胸飾りをつけたレオタードで、7人が生き生きと踊る。ローブをひらめかせ、傘を差して、体を動かす喜びを全身で表現、楽しさ漲る舞台だった。

佐藤美和振付『Je vis dans le pr'esent』は、『功名が辻』メインテーマ(小六禮次郎)、『七拍』(女子十二楽坊)、『ニューシネマパラダイス』(モリコーネ)を使用した3部構成のモダンテイスト・バレエ。白い打掛風薄物を羽織り、紫や青、茶の帯を締めた日本風の衣裳で、2組の男女主役と4人のコリフェ、13人のアンサンブルが踊る。佐藤愛美と森川茉央、佐藤優美と井上良太が、スパイラルを駆使したパートナリング、肩乗せリフトを多用したドラマティックなデュエットを披露、男性2人はノーブルだった。アンサンブルはよく揃い、大胆な選曲に応える熱量の高い舞台を作り上げた。

合同作品『眠れる森の美女』より「オーロラ姫の結婚」は、再振付・演出を嶌田宏子、バレエミストレスに菊池紀子、三好恵美という布陣。第3幕の結婚式を中心とした構成だが、冒頭に序曲でオーロラ誕生の場を設け、妖精たちがオーロラを祝福、リラの精がマイムでオーロラの人生を予言する。単なる抜粋ではなく、物語の背景を押さえた演出で、3幕ポロネーズの後に、妖精たちのパ・ド・シスが入るのも自然に思われた。

主役のオーロラ姫には、新国立劇場バレエ団プリンシパルの木村優里、デジレ王子は同じく渡邊峻郁を迎えている。プライヴェートでも結婚したばかりとのことで、初々しく華やかなオーロラと、優しく凛々しいデジレという、似合いのカップル。二人の親密さ、互いの笑顔を、もう少し臣民にも分けて欲しい気もしたが、プリンシパルにふさわしい輝かしいグラン・パ・ド・ドゥを築き上げた。

リラの精は元同僚の横山柊子。横山が二人の手を取って祝福を与える場面が感慨深い。横山は高い技術に、豊かな音楽性、周囲を温めるエネルギーの持ち主。雄弁なマイム、音楽と一体化した伸びやかなヴァリエーションが素晴しかった。王様は泰然とした佐藤良寛、王妃は気品あふれる関口祐美が務めている。

優しさの精(佐藤利香)、やんちゃの精(渡辺麻友)、気前良さの精(嶋田美紅)、呑気の精(樫又桜子)、度胸の精(岡田百音)は、音楽的で行き届いた踊りを見せる。フロリナ姫(根岸茉矢)、ブルーバード(新井悠汰―NBAバレエ団)、白猫(中島玲奈)、長靴をはいた猫(坂爪智来―牧阿佐美バレヱ団)、赤ずきん(新谷梨紗)、狼(岡本尚之―牧阿佐美バレヱ団)は適材適所。ダイヤの精(福田千里)、金の精(石川愛子)、銀の精(青木陽菜)、サファイヤの精(丹治舞)、ルビーの精(中島七菜子)は、福田の確かな技術、青木の美しいラインが印象的だった。リラのお付き14名も健闘、祝祭の場を瑞々しく彩っている。

 

 

 

 

 

東京バレエ団『白鳥の湖』2026

標記公演を見た(9月13日 新国立劇場 オペラパレス)。東京バレエ団現行の『白鳥の湖』は、ブルメイステル版(1953年)。2016年に導入された新しいレパートリーである。当時の斎藤友佳理芸術監督(現団長)は、これまでのゴルスキー版に替えて導入した理由として、ブルメイステル版の演劇性と、第2幕をイワノフ版に戻したかった点を挙げている(ブルメイステルは2幕のイワノフ振付を残した ― 東京バレエ団初演プログラム)。その後再演を重ね、現在ではバレエ団の味わいまで加わる、練り上げられたレパートリーとなった。劇場問題のため、前公演『海賊』閉幕から僅か10日後に初日が開くという、離れ技上演ながら、隅々まで演出の行き渡った仕上がりだった。

ブルメイステル版の特徴は、パ・ド・シス曲や新発見曲といった原典版の音楽を使用したこと、伝統的マイムではなく、自然な演技で物語を紡ぐこと、踊り後の観客へのレヴェランスはなく、3幕後にまとめてカーテンコールを行なうことにある。演出振付としては、3幕のロットバルト眷属による王子を幻惑する踊りもさることながら、1幕の村娘隠し、3幕の道化と友人道化たちの体操踊り、4幕PDS曲でのオデットと白鳥たちの悲しみの歩行が印象深い。ブルメイステルの喜劇から悲劇に振れる振付の妙を味わうことができる。

主役は3組。オデット・オディールは出演順に、永久メイ(マリインスキー・バレエ)、秋山瑛、沖香菜子、ジークフリート王子は、柄本弾、大塚卓、宮川新大。ロットバルトは、安村圭太、柄本、岡崎司、鳥海創、道化は、池本祥真、井福俊太郎、二山治雄、山下湧吾という充実の配役だった。そのうち東京最終日を見た。

主役の沖香菜子は、一つ一つの動き、振りの意味を考え抜いている。オデットは繊細で透明感にあふれる。その裏には自立した女性としての意志があり、母性を感じさせる成熟と気品が醸し出された。王子を巻き込まないようにとの慎ましい思いも伝わってくる。一方オディールは持ち前の目力が生かされた。ロットバルトを見ながら、王子を攻略していく艶然たる微笑み。新発見曲アダージョの厚みのある音楽の盛り上がりと共に、体から光が放射する。ロットバルトや眷属と一体化した魔性が、舞台に充満した。終幕は匂やかな女性に戻り、カーテンコールに至るまで、娘らしい立ち居振る舞いだった。

対する宮川新大は、コンラッドとは打って変わり、翻弄される王子。倒れる姿、跪く姿がよく似合う、ロマンティックな王子だった。2幕のオデットへの寄り添いの親密さ、4幕の悔悟の念、さらに湖で溺れるまで、真実味がある。最後はヴェールの奇跡が起こり、生還。愛情深いオデットと共に、しみじみと奇跡を味わっていた。

ロットバルトの岡崎司は、ダイナミックな大きさがある。3幕の歌舞伎調ともロック調とも言える濃厚な芝居が、板に付いていた。オディールをマントに隠し、入れ替わらせ、王子を撹乱する。湖畔では長い翼を悠然とあやつる。舞台を支配する強い存在感があった。道化の山下湧吾は、美しい踊りと自然な演技で、王子に寄り添う。仲間の道化たちとも息ぴったりの、少しノーブル系の道化だった。王妃の奈良春夏は、暖かみのある存在感で、ゆったりと宮廷を営む。包容力にあふれ、王妃としての気品に満ちていた。中嶋智哉は大きく力強い侍従長。奈良王妃を誠実に補佐している。

1幕パ・ド・カトルは、足立真里亜、涌田美紀、井福俊太郎、二山治雄のテクニシャン揃い、アダージオは華やかな長谷川琴音、共に、王子と細やかな感情のやり取りを行なっている。3幕花嫁候補は、愛らしい加藤くるみ、長岡佑奈、富田紗永、五十嵐玲奈、4人の道化は、井福、山仁尚、小泉陽大、竹花治樹が、馬跳び、逆ブリッジなどを元気に披露した。スペインは粋でスタイリッシュな政本絵美、赤マントのお付きは顔がよく見えないが、生方隆之介、樋口祐輝、南江祐生、小泉樹聖、ナポリは情緒のある工桃子、チャルダッシュの涌田、安西くるみ、海田一成、加古貴也、マズルカの平木菜子、安村圭太が、迫力あるブーツ遣いで、王子を惑乱させた。

3羽白鳥の二瓶加奈子、三雲友里加、加藤、4羽の中沢恵理子、工、長岡、池戸詩織を始め、白鳥たちは柔らかさがあり、呼吸で揃っている。4幕のオデットを護る歩行の素晴らしさ。1, 2, 3 で立ち止まる悲しみが、一体となったアンサンブルから滲み出た。

指揮はアントン・グリシャニン、演奏は東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団。緩急心得たグリシャニンの熱い指揮から、ブルメイステルの振付意図が伝わってくる。

 

「エスプリ・ドゥ・ラ・ダンス」A・Bプロ 2026

標記公演を見た(8月19, 21日 昭和女子大学 人見記念講堂)。パリ・オペラ座バレエ団の精鋭11人によるガラ公演が、2プログラム4日間5公演の日程で開催された。芸術監督は元オペラ座バレエ団スジェ、ナンシー・バレエ団プリンシパルで、現在オペラ座バレエ団教師、パリ国立高等音楽・舞踊学校バレエ科教授のジル・イゾアール。自らを含むオペラ座ゆかりの振付家作品を選び、ダンサーたちと共に、オペラ座の精神を観客に伝えている。演目は以下の通り。

[Aプロ]

① ジャン=ギョーム・バール振付『ベルガマスク』(音楽:フォーレ) イネス・マッキントッシュ、フランチェスコ・ムーラ

② プティパ振付『海賊』よりPDD(音楽:ドリゴ) リュシアナ・サジオロ、シェール・ワグマン

➂ ローラン・プティ振付『ランデ・ヴー』(音楽:ジョゼフ・コズマ) ドロテ・ジルベール、ギョーム・ディオップ

④ M・タリオーニ/ピエール・ラコット振付『パピヨン』(音楽:オッフェンバック) カン・ホヒョン、ロレンツォ・レッリ

⑤ ジョゼ・マルティネス振付『ドリーブ組曲』(音楽:ドリーブ) ブルーエン・バティストーニ、ポール・マルク

⑥ アンジェラン・プレルジョカージュ振付『ル・パルク』(音楽:モーツァルト) ドロテ・ジルベール、ギョーム・ディオップ

⑦ プティパ振付『ドン・キホーテ』より第3幕PDD(音楽:ミンクス) イネス・マッキントッシュ、フランチェスコ・ムーラ

⑧ ジル・イゾアール振付『ヴィヴァルディ・パ・ド・ドゥ』(音楽:ヴィヴァルディ) カン・ホヒョン、ロレンツォ・レッリ

⑨ ワイノーネン振付『パリの炎』よりPDD(音楽:アサフィエフ) リュシアナ・サジオロ、シェール・ワグマン

⑩ ヌレエフ振付『白鳥の湖』より黒鳥のPDT(音楽:チャイコフスキー) ブルーエン・バティストーニ、ポール・マルク、エンゾ・ソガール)

⑪ フォーキン振付『瀕死の白鳥』(音楽:サン=サーンス) ドロテ・ジルベール

[Bプロ]

① ジョゼ・マルティネス振付『スカルラッティ・パ・ド・ドゥ』(音楽:スカルラッティ) リュシアナ・サジオロ、シェール・ワグマン

② プティパ/ヌレエフ振付『ラ・バヤデール』第1幕より(音楽:ミンクス) ドロテ・ジルベール、ギョーム・ディオップ

➂ マニュエル・ルグリ振付『ドニゼッティ・パ・ド・ドゥ』(音楽:ドニゼッティ) イネス・マッキントッシュ、フランチェスコ・ムーラ

④ コラーリ、ペロー振付『ジゼル』第2幕よりPDD(音楽:アダン) カン・ホヒョン、ロレンツォ・レッリ

⑤ プティパ/ヌレエフ『眠れる森の美女』第3幕PDD(音楽:チャイコフスキー) ブルーエン・バティストーニ、ポール・マルク

⑥ ベジャール振付『さすらう若者の歌』(音楽:マーラー) ギョーム・ディオップ、エンゾ・ソガール

⑦ ジル・イゾアール振付『ファンテジー』(世界初演、音楽:フィリップ・ゴーベール) ブルーエン・バティストーニ、ポール・マルク、クラリネット:ジョエ・クリストフ、ピアノ:李早恵

⑧ プティパ振付『タリスマン』よりPDD(音楽:ドリゴ) リュシアナ・サジオロ、シェール・ワグマン

⑨ ヌレエフ振付『ロミオとジュリエット』第1幕PDD(音楽:プロコフィエフ) カン・ホヒョン、ロレンツォ・レッリ

⑩ プティパ振付『海賊』よりPDT(音楽:ドリゴ) イネス・マッキントッシュ、フランチェスコ・ムーラ、エンゾ・ソガール

⑪ フォーキン振付『瀕死の白鳥』(音楽:サン=サーンス) ドロテ・ジルベール

オープニングとして、Aプロは李早恵のピアノ、Bプロはジョエ・クリストフのクラリネットと李のピアノ演奏で、全員が涼やかに佇み、音楽的でシックな顔見世を行なった。

コンサート・ピースを差し挟みつつ、全体にオペラ座の雰囲気を醸し出すプログラム。プティ、ベジャール、ラコット、ヌレエフ、ルグリ、イゾアール、マルティネス、バールの作品が並ぶ。プティとベジャールは独自のスタイル、ラコット、ヌレエフは19世紀の舞踊スタイルを追求し、二人の薫陶を受けたルグリ、イゾアール、二人の作品を踊ってきたマルティネス、バールも、少なからぬ影響を受けただろう。ルグリの技巧、イゾアールの音楽性、マルティネスの大らかな古格、バールの自然な身振りとバットリーの融合など、様々な作品を味わうことができた。

現役バレエ団教師がまとめたせいか、やはりオペラ座での位置付けが反映した公演。今秋定年を迎えるドロテ・ジルベールが、エトワールの格の高さを見せつけている。『瀕死の白鳥』では、天井から吊るされ、天と地の間で浮いているような白鳥を造形。磨き抜かれた動きは、日本舞踊や茶道のお点前のような、突き詰められた所作と化している。プティ振付『ランデ・ヴー』のエスプリ、プレルジョカージュ振付『ル・パルク』の全幕を背負ったPDD、研ぎ澄まされたニキヤの踊りは、若手への遺言に思われた。対するギョーム・ディオップは、かつての線の細さは消え、『ランデ・ヴー』での厚みのある青年、『ル・パルク』での素直で瑞々しい踊り、逞しさを帯びたソロルなど、エトワールとしての大きさを感じさせた。

同じくエトワールのブルーエン・バティストーニは、益々の風格とエレガンスを備え、華やかなオディール、貫禄のオーロラを披露した。パートナーのポール・マルクはなぜか坊主頭だったが、癖のない明るい踊りで、バティストーニを支える。今秋からサバティカルに入る(そのような制度があるとは)とのことで、少し解放された体だった。二人の踊る『黒鳥』PDTでは、スジェのエンゾ・ソガールがヌレエフ版のシンボル、ロットバルトを踊り、圧倒的な存在感と技術の高さを見せつけた。ソガールはディオップと踊った『さすらう若者の歌』でも、青のディオップを導く赤の青年を演じ、暗い存在感とラインの美しさで輝きを放つ。『海賊』PDT のコンラッドでは、スペイン風の切れ上がったラインに、鋭いのけぞりを見せて、今後の活躍を予感させた。

昨年の『バレエ・スプリーム』では、アントワーヌ・キルシェールと組んで初々しい才能をのぞかせたカン・ホヒョンは、今回スジェのロレンツォ・レッリと組み、プルミエール・ダンスーズの実力を示している。ラコットの『パピヨン』ではアレグロの超絶技巧、イゾアールの『ヴィヴァルディ・パ・ド・ドゥ』では豊かな音楽性、『ジゼル』では繊細で切れの良い踊り、ヌレエフの『ロミオとジュリエット』では鮮やかな体捌きを見せて、作品を踊り切る意志を貫く。対するレッリは、恵まれた体とノーブルな佇まいで目を奪ったが、ヌレエフの複雑なパートナリングには苦戦したようだ。

イネス・マッキントッシュとフランチェスコ・ムーラの主役組は、バールの『ベルガマスク』、『ドン・キホーテ』、ルグリの『ドニゼッティ・パ・ド・ドゥ』、『海賊』よりPDTを踊り、大技から小技までの高い技術と、生き生きとした踊りで会場を温めた。また若手のリュシアナ・サジオロとシェール・ワグマンが、サジオロの素直で弾ける踊り、ワグマンの、役からは外れているが、超超絶技巧で、会場を沸かせている。ワグマンはオペラ座ではどのように演じ踊っているのだろうか。

会場が変わったせいか、全体的に少しおとなしめの舞台印象ながら、オープニングからフィナーレまで、イゾアールの美意識に則った公演だった。