標記公演を見た(7月3, 4日昼夜 新国立劇場 中劇場)。新国立劇場バレエ団が、新旧オリジナル作品によるダブル・ビルを上演した。宝満直也振付『String SAGA』世界初演と、ジェシカ・ラング振付『暗やみから解き放たれて』(2014/16)である。ミニマル・ミュージックの使用、シンプルな美術、シルエットを含む照明(映像はなし)、ポアント使いのバレエ・ベース振付が、期せずして一致する。趣味のよいプログラムだった。
幕開けの『String SAGA』は、久石譲の『Viola Saga』(2023)に無音や切断を施した、30分の作品。振付の宝満は、久石の叙情的メロディ、ミニマルな繰り返しからカタストロフィに至るプロセスを、丹念に読み解いて、作品モチーフの「String(糸)」と絡ませる。バレエ・ベースの振付は音楽的。冒頭から中盤過ぎまでは優れたシンフォニック・バレエだった。音楽に沿ったダンサーの出入りも楽しく、情感豊か。一方、後半の主役(Tangle)登場以降は、コンセプトに寄せたフォーメーションで、音楽との関係性が薄らぐ(主役によっては少し説明的にも)。終盤の総踊りも勢いはあるが、序盤の緻密さに比べるとやや粗く感じられる。宝満らしい繊細さが全編を貫くことを期待したい。
美術は、宝満の『でたら芽』(2023)でも組んだ長峰麻貴。前回は巨大な紙だったが、今回は1枚の網目状巨大布である(オーガンジーとのこと)。四方を天井から吊るし、中幕や、舟のような形に次々と変容させる。そこに吉本有輝子の変幻自在な照明が当たり、黒、金、銀、白と、布色/布質が変化。二つの構成要素は、下方にいるダンサー同様、音楽と共に躍動するように見えた。冒頭、女性主役の動きで布に波紋の広がるシークエンスが素晴らしい。ダンサーと布の対話だった。
matohu による衣裳は、糸や布をモチーフにした斜め/エックス模様。薄水色と白(Twist)、水色と金(Tension)、臙脂と紺(Intertwine)、金と銀(Flick & Spin)墨色と銀(Tangle)と、パートによって色が分けられている。男性はTシャツにズボン、女性はワンピースにスパッツ、主役女性はワンピースのみで、脚のラインが強調される。漠然とアースカラーのオーガニックな衣裳を予想していたが、意外にもバレエ作品らしい華やかさだった。
キャストは主役を除いてほぼシングル。Twist は五月女遥/東真帆、赤井綾乃、根岸祐衣、石山蓮、長谷川諒太、森本晃介、Tension は花形悠月、山本涼杏、上中佑樹、Intertwine は大木満里奈、橋本真央、仲村啓、小川尚宏、Flick & Spin は石山、山田悠貴、Tangle は直塚美穂・中家正博/小野絢子・渡邊峻郁、Weave は全員という配役。
Twist は力強く機敏なアンサンブル、Tension はシンメトリーの張りのあるトロワ、Intertwine はラインとフォルムの絡まるカトル、Flick & Spin は超絶技巧炸裂の男性デュオ、Tangle は複雑なアンシェヌマンを駆使した主役PDDで、ダンサーたちは振付家の意図を的確に体現していた。ただし、強度のあるラインとダイナミックなパートナリングを期待された初日主役の直塚、中家は、直塚の振付/音楽解釈がまだ完全には身体化されておらず、優れたパートナー中家との相乗効果を生み出すには至らなかった。
一方ベテランの小野、渡邊コンビは、小野の精緻な振付解釈と優れた音楽性により、作品自体の求心性を大きく高めている。冒頭、布と対した小野は、小さな動きで空間を大きく変容。渡邊とは濃厚な関係性を築き、官能の海に溺れるようなPDDを作り上げた。アンサンブルを体で率いて、フォーメーションに命を与えるのは、ベテラン主役のなせる技である。Twist と Flick & Spin の2パートを踊った石山は、布被りのソロを与えられた山田と、金銀のシンメトリー・デュオを生き生きと形成。五月女を始めとするソリスト常連組の溌溂とした踊りに加え、長谷川の涼やかなソロ、森本の力強さ、大木の不思議な味わい、橋本の伸びやかさなど、様々な個性を味わうことができた。
舞台監督は小口邦明、同助手に福田紘也が入り、共に「NBJ Choreographic Group」で創作の研鑽を積んできた仲間に支えられた、新作上演でもあった。またラング作品を最後に退団する広瀬碧も創作仲間。宝満とは、同じ新国立劇場バレエ研修所5期生という縁がある。
2作目のラング作品『暗やみから解き放たれて』は、東日本大震災で亡くなった人々へのレクイエムである。空中に浮かぶ18個のドーナツ型ぼんぼりは、死者の魂。ダンサー18人と呼応するように上下し、魂の行方を視覚化する。冒頭、津波に飲まれた人々が、横たわり、ころがり、起き上がって奥へと歩き、後ずさりし、再び横たわる。奥幕が閉じて暗やみになると、パートナーを探す2組の男女が現れ、少し上げられた幕の奥と手前を行き来する。女性2人はパ・ド・ブレで浮遊し、相手の男性を探し求める。続いて男性3人による楽しそうな踊り、幕下から脚を見せる女性6人のユーモラスな踊り、ぼんぼり型チュチュの女性3人によるクリスピーな踊りが次々と展開、様々な死者の姿を垣間見せる。最後は少年が駆けまわる中、全員で奥の明るい方に向かい、「暗やみから解き放たれて」幕となった。
リーフレットにあるラングの言葉「このバレエ作品は日本の方々と瀬河家の家族に捧げられています」は、初演時から変わっていない。震災から3年後の2014年に創られた作品だが、ラングはそのことに触れていない。表面的には、ぼんぼりに代表される日本文化へのオマージュにも見える。ラングはそれでもよいと思ったのだろう。ダンサーにも観客にも作品の真の主題について語らなかった。初演時、一部のダンサーを除いて、散漫に見えたのは、そのせいだったのかも知れない。再演時も同じく。
今回ラングは非公式だが、作品を東日本大震災の死者への鎮魂と復興を祈って創ったことを明かしている。初演時にラングはなぜ言わなかったのか。当事者ではない者が鎮魂を明言することは、土足で踏み込むように思えたのか。東京で地震を経験した我々も、傷付き、回復が必要だった。震災の年、ビントレー元芸術監督は『パゴダの王子』を創り、国土の復興と人心の回復への祈りを終幕に込めた。同監督に依頼されたラングが、日本のバレエ団に死者のためのレクイエムを振り付けることは、自然だったろう。それを明言しなかった点に、ラングの人となりが窺える。今回の再演で作品の方向性が明確になり、普遍的なレクイエムとして生まれ変わった印象を受けた。
Wキャストは以下の通り。初日は、小野絢子、米沢唯、井澤駿、速水渉悟、飯野萌子、吉田朱里、李明賢、原健太、森本亮介、川口藍、金城帆香、原田舞子、広瀬碧、宇賀大将、内田美聡、川本果侑、花田美月、太田寛仁。二日目は、木村優里、柴山紗帆、木下嘉人、水井駿介、森本(亮)、菊岡優舞、佐野和輝、渡邊拓朗、榎本志結、小田那奈、岸谷沙七優、木村優子、白駒紗楽、五月女翔子、田尻紗菜、徳永比奈子、堀之内咲希、太田。
初日は、小野、米沢、井澤、速水の4人が、強度の高いカルテットを築いた。小野の作品を引き受ける肚、米沢のその場を生きる力を、井澤と速水が懐深く受け止める。井澤はアンサンブルの軸となり、速水は森本(亮)、宇賀と技巧的なトロワを繰り広げた。またぼんぼりチュチュの吉田が、死者の魂に入りこむ高い共感力を示している。終幕に走り回る宇賀は、無垢だった。二日目は、渡邊(拓)の存在が圧倒的だった。ダイナミックな木村を受け止め、アンサンブルの強い軸となる。奥に向かって歩く姿には、全てを引き受ける責任感が漂っていた。
音楽は、オーラヴル・アルナルズ、ニルス・フラーム、ジョッシュ・クレイマー、ジョン・メトカーフの楽曲を使用、美術はラング自身、衣裳は山田いずみ、照明はニコール・ピアース、クリエイティヴ・アソシエイトに瀬河寛司が入っている。