新国立劇場バレエ団『ラ・バヤデール』2024

標記公演を見た(4月28夜, 29, 5月3, 4昼夜, 5日 新国立劇場 オペラパレス)。牧阿佐美版『ラ・バヤデール』(2000年)、5年振り7度目の上演である。芸術監督も、牧自身から、ビントレー、大原永子と代わり、今回初めて吉田都現監督が、今季のテーマ「歴代監督へのオマージュ」の一環として采配を振るう。

牧版の特徴は、先行のマカロワ版(80年)同様、ソビエト時代に失われた4幕「神々の怒り」を復活させ、結婚式と寺院崩壊を蘇らせた点にある。共にランチベリー編曲で双子のような存在。両版とも3幕とコンパクトにまとめるが、マカロワ版は1幕を「婚約式」(本来はバドリナータの祭り)までとし、同ディヴェルティスマンを省略。3幕ではランチベリー作編曲による結婚式のパ・ダクションを、新振付している(ブロンズ・アイドルは3幕冒頭)。

一方牧版は「婚約式」を独立の2幕とし、伝統的ディヴェルティスマンを採用。ブロンズ・アイドルはここで踊られる。プティパ版から存在する「太鼓の踊り」は、祭りの余興としてはふさわしいが、改変の「婚約式」には合わないと考えたのだろう、省略された。またニキヤ「花籠の踊り」後半のアレグロは、抒情的メロディに変更されている。3幕は「影の王国」から、ソロルの葛藤、結婚式、そして寺院崩壊、終幕に至る。マカロワ版ではソロルとニキヤの魂は結ばれるが、牧版では追いすがるソロルを置いて、ニキヤが一人去る結末である。

ラトマンスキー復元版(2018年:1900年採譜、7割記録)を映像で見ると、現行版ではマイムが舞踊に変換され、多くのマイムが省略されていることが分かる。物語の流れは復元版の方が緻密で分かりやすい。ニキヤの亡霊が頻出するのも特徴。ソロルの部屋にも出現し、見え隠れしながらソロルを翻弄する。4幕 結婚式パ・ダクションでのニキヤ亡霊、ガムザッティ、ソロル、カヴァリエの振付は、互いの関係を物語って雄弁だった。パートナリングに複雑な技巧が凝らされている。因みにガムザッティのヴァリエーションは、『ドン・キホーテ』のドルシネア・ソロだった。

今回の牧版再演では、改めてアリステア・リヴィングストンによる美術・衣裳・照明の素晴らしさを再認識させられた。音楽と共に上下開閉する透かし彫りの森が、異境インドへと観客を誘う。全体的には、牧演出のスピーディな感覚、音楽寄りの振付遂行から、たっぷりとした音取り、物語寄りの振付遂行に変わった。特に目立つのが、マグダヴェヤを中心とするファキールの踊り。踊りの切れ味よりも、ダイナミズムや、仕草(自らをナイフで傷つける=苦行)を明確に見せることが重視されている。さらに新国立の個性だった生徒風の行儀のよさが薄れ、自分をアピールする好い意味での色気が見られるようになった。特に2幕ワルツとパ・ダクション。

主役・脇役ともに新配役が多く、バレエ団が新たなフェーズに入っていると思わされる。途上ということで仕上がりにバラつきがあるなか、影の3人ヴァリエーションは新配役でも高いレヴェルを誇った。一方定評ある「影の王国」(山下り)は、パフォーマンスそのものよりもプティパ振付の斬新さに目が向かう。ディレクションの方向性が異なるのかもしれないが、牧版ならではの音楽的統一を期待したい。ゲスト・コーチには元 ABT プリンシパルのフリオ・ボッカが招かれている。

主役のニキヤ、ソロルは4組。ガムザッティはWキャストで、一人で二組を担当する。見た順に、米沢唯、渡邊峻郁、木村優里の組は、米沢の恋する乙女、渡邊の優男、木村の豪華で力強い姫が、華やかな恋と嫉妬の物語を展開する。特に米沢初日は幕開けから終幕まで、トロリとした恋のオーラを漂わせた。柴山紗帆、速水渉悟、木村の組は、柴山、速水が形の美を追求するため、ドラマが立ち上がらず、一人木村が舞台を牽引する格好となった。最終日は少し改善されたものの、千秋楽を担うには荷が重すぎるのではないか。柴山は前回初役時のアプローチの方が、個性を生かしている。木村ガムザッティは両組で本領を発揮。持ち前のゴージャスな存在感、ダイナミックな踊りに、繊細な感情の揺らぎが加わり、新たな境地を拓いている。

廣川みくり、井澤駿、直塚美穂の組は、バランスが取れていた。初役の廣川は動き、感情、音楽が一致し、情感豊かなニキヤを造形した。芝居心がある。井澤も戦士らしいダイナミズムとノーブルなスタイルが合わさり、はまり役。廣川との呼吸も良好だった。これも初役の直塚は、伸びやかな踊りと華やかさで、舞台を明るくさせる。廣川とは数々の作品で並んで踊り、気心が知れた仲。演技の質が同じだった。

小野絢子、福岡雄大、直塚の組は、ベテラン二人の長年にわたるパートナーシップが前面に出た。小野の細やかな振付ニュアンス実現、優れた音楽性(映像に残された山下りトップ時の、音取りの素晴らしさ)、福岡の戦士らしい晴れやかな踊りとよく考えられた演技が、牧版のあるべき姿を映し出す。二人が共に古典を追求してきた歴史を感じさせた。この二人を前にすると、さすがの直塚も気後れしたか。福岡が舞台に対してあまりにストイックということもあり、持ち味の伸びやかさを発揮することは難しかったようだ。

ハイ・ブラーミンは共に初役の中家正博、中島駿野。従来のロシア風重厚さから、神経質なアプローチに変わっている。中家は雄弁で力強いマイムだが、もう少し邪恋のニュアンスがあってもよいか。中島は佇まいが幼く見える。重心が高いことと、マイムの様式性が薄いせいだろう。ラジャ―の中家ははまり役。豪華で求心力のある佇まい、少しの仕草で的確に言葉を紡ぐ。初役の趙載範は大きく鷹揚、俗世間の長らしい荒さがあった。

マクダヴェヤはベテランの福田圭吾、宇賀大将、初役の上中佑樹、菊岡優舞。福田、宇賀は鋭くダイナミックな踊りに尽くす造形、福田はきちんと毒蛇を殺している。上中は端正な踊りに控えめ演技、菊岡は力強い踊りに行き届いた芝居を見せた。トロラグヴァは初役ながら、全てを心得た清水裕三郎、包容力のある渡邊拓朗が、ソロルを支えている。アイヤの今村美由紀は姫への愛情が濃やか、ニキヤのナイフをピンポイントで防ぐ。中田実里は姫よりもラジャの召使として悪事に加担、不穏な空気を漂わせた。

黄金の神像は、奥村康祐が円熟の踊り。角のない滑らかな踊りで「神」となり、周囲を祝福する。人でない時の奥村は異次元にいる。同じくベテランの木下嘉人は、優雅でクッキリとした踊り、初役の石山蓮は覇気あふれる踊り、同じく初役の森本亮介は、硬さがあるが端正な踊りを披露した。つぼの踊りは3人。華やかな渡辺与布、清新な原田舞子、やや教師風の益田裕子、子供たちとのコミュニケーションは原田が際立った。

影のヴァリエーションは、五月女遥・池田理沙子・飯野萌子と、花形悠月・金城帆香/山本涼杏・吉田朱里。ベテラン勢は揃って技術、音楽性、見せ方に優れる。若手は花形の伸びやかなライン、金城の上手さ、山本の滑らかさ、吉田の精神的広がりと、初役ながらそれぞれが個性を発揮した。

指揮はアレクセイ・バクラン、管弦楽東京フィルハーモニー交響楽団。バレエ芸術に全てを捧げるバクランの指揮に、オーケストラも熱く応え、舞台に豊かなエネルギーが注がれた。ただし、プティパ版初演時にレオポルド・アウアーの奏でたメロディが、あまりよく聴こえなかった。コンサート・マスターは前半・後半で分けたようだが。

 

東京バレエ団『白鳥の湖』2024

標記公演を見た(4月26、27日 東京文化会館 大ホール)。ブルメイステル版『白鳥の湖』(1953年)は、斎藤友佳理芸術監督の指揮のもと、2016年に団初演された。その後再演を繰り返し、レパートリーとしての練度を上げている。ブルメイステル版の特徴は、原典版(1877年)に立ち返ること。チャイコフスキーの音楽をできるだけ元に戻し(1幕トロワ全曲使用、1幕PDD復活、パ・ド・シス曲の使用)、終幕の嵐と洪水を蘇らせている。本来悲劇の終幕については時代の要請か、オデットの自己犠牲を経て、王子と二人、共に救われる幕切れに変更された。

赤尾雄人氏のプログラム解説によると、1幕パ・ド・カトル(通常トロワ)は、原典版でも男性二人がヴァリエーションを踊っていたとのこと。また3幕黒鳥のPDDは、原典版初演者の一人、ソベシチャンスカヤのための追加曲を使用するが(アダージョ、男性Va)、「ブルメイステルとエーデリマンがチャイコフスキー博物館に埋もれていた2台のヴァイオリンのための楽譜を発見、これをモスクワ音楽院教授のヴィッサリオン・シェバリンがオーケストレーションした」という。ブルメイステルのドラマトゥルギーに則った振付が、シェバリンの重厚な編曲と呼応し、荘厳で劇的な黒鳥アダージョが生み出された。

3幕キャラクターダンサーは全てロットバルト配下。パ・ド・シス曲でのロットバルトとスペイン4人男のヴァリエーションを交えながら、ソリストたちが王子を幻惑させようと次々に踊りを展開する。背後にはロットバルト眷属が整列し、ヒールとブーツで王子を威嚇。王子は煽られるばかり。緻密なステージング・振付指導により、ブルメイステルの意図が明確に伝わってくる。

4幕パ・ド・シス曲使用による、葬列から別れのアダージョへの細やかな振付が素晴らしい。倒れた王子に駆け寄るオデット、小4羽に促されて列に戻るが、再び駆け戻る。最後は大3羽を押しのけて王子の元へ。胸をそらす独特のフォルムに続いて、ドラマティックなリフトが続けざまに繰り広げられる。終幕、人間に戻ったオデットを、両腕を伸ばしてリフトしながら前へ進む王子。ソビエト・バレエならではの崇高なグラン・リフトが、生き生きと立ち現れた。

今回1幕でのユーモラスな演出が目を惹いた。村娘たちを匿う貴族男性陣。王妃にレヴェランスすると村娘が丸見えに。前に置いた花籠を取り戻そうとする娘たち、それを叱り庇う道化。手を繋いでこっそり立ち去る娘たち。道化の持ち物ブラダースティックも尻叩きで活躍。乾杯の踊りでは、道化が一列に並ぶ貴族女性の杯に、自分の杯を合わせていく愉快な演出も。王妃も威厳より鷹揚なユーモアを漂わせて、王子一人の憂愁が浮き彫りになった。

主役は3キャスト。初日のオデット/オディールには沖香菜子、ジークフリート王子は宮川新大、ロットバルトは柄本弾、二日目はそれぞれ、中島映理子、生方隆之介、柄本、最終日は榊優美枝、柄本、安村圭太という配役。その初日と二日目を見た。

沖は強度のあるラインで、清純で可愛らしいオデットと、ダイナミックで華やかなオディールを描き分ける。ベテランらしい奥行きのある舞台だった。宮川は凛々しい立ち姿を見せつつ、そこかしこに少年っぽい若やぎを漂わせる。悪魔に思うがままに操られる柔らかさのある王子だった。柄本は懐の深いロットバルトを造形。佇むだけで強烈な磁場を作り上げる。3幕ヴァリエーションの迫力が素晴しい。

二日目の中島と生方は初々しい若手カップル。中島は腰高の伸びやかなライン、力感漲る美しい脚線で、大胆かつ繊細なオデットと、豪華なオディールを描き出す。対する生方は、王子らしいノーブルなスタイルに、癖のない素直な踊り。3幕では全てをさらけ出す真っ直ぐなヴァリエーションを見せて、中島共々、今後に期待を抱かせた。

道化の池本祥真は、超絶技巧に役を心得た演技で、鮮やかに場をまとめる。同じく井福俊太郎は、躍動感あふれる踊りに可愛らしい性根を見せて、王子に優しく寄り添う。共に自らの個性が存分に発揮された(山下湧吾は未見)。王妃の奈良春夏は、堂々たる貫禄、王子への愛情、そこはかとないユーモアが揃う円熟の演技。王子とPDDを踊るアダージオの金子仁美は、落ち着いた貴婦人らしい品格で王子を包み込んだ。パ・ド・カトルは、秋山瑛の伸びやかな踊り、足立真理亜の明確な踊り、樋口祐輝のノーブルな味わいなど、主役級が実力を発揮している。

3幕 道化と仲間4人(井福・海田一成・山仁尚・小泉陽大/加古貴也・山下・山仁・小泉)の踊る、工夫を凝らしたシークエンス満載の長いヴァリエーションが楽しい。スペイン、別日マズルカを踊った伝田陽美は、もはや舞踊の域を越えて悪魔そのものと化し、王子を煽り立てる。同役互い違いの政本絵美が、スパニッシュ、マズルカをスタイリッシュに踊るのと対照的。二人は3羽でもダイナミックな平木菜子と並んで揃い踏み。別日3羽は長谷川琴音の情感が印象深い。スペイン男子は長身のノーブルタイプ集結、中でも本岡直也の切れ味が光った。チャルダッシュ岡崎隼也、海田は様式的。ナポリの秋山は王子を翻弄する可愛い悪魔、金子は妖艶な巫女と、通常のナポリとは正反対の造形で、ブルメイステル版の特徴を伝えている。

1幕村娘・貴族アンサンブル、2・4幕白鳥アンサンブル、3幕悪魔アンサンブルは指導が行き届き、振付の意図、エネルギーの方向性をよく理解、緊密な舞台を作り上げた。1、2幕のカノンの素晴らしさ。ミリ単位で音楽に沿っている。

指揮はアントン・グリシャニン、演奏は東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団。ブルメイステル版をよく心得た指揮で、優れた再演に貢献している。

 

今回 ❝ はじめての「白鳥の湖❞ ~楽しいお話と第3幕~が、大ホールで同時開催された。4月29日は中島と生方の配役。ロットバルトの安村圭太が、引き締まった佇まいで舞台を牽引する。道化の後藤健太朗が狂言回し。愛嬌のある語りかけと仕草で、子供たちを惹き付ける。プロローグ、1、2幕を部分的に上演し、3幕を全て見せる構成。最後に後藤がまとめて終わる。結末を語らないのは、賛否を分けるのでは。花嫁候補は、上演1時間の中では冗長に思われた。

道化の台詞は誰によるものか。後藤が自分を「わたし」と言ったので、少し年配の作者かもしれない。パフォーマンスは本公演と全く同じ高いレベルで、子供たちには無意識にバレエが食い込んだと思われる。

4月の公演感想メモ(旧Twitter)2024

*HIKARI BABA DANCE COMPANY『まれびと』。ゲストの若羽幸平、髙橋純一に、馬場自身とカンパニーの面々が踊る。極めて明確な構成のもとで霊性を描く、馬場らしいアプローチ。馬場は‟まれびと”となり、若羽と交感する。硬質の美しい体で空間を切り取る馬場、舞踏の体で獣のように蠢く若羽は、まるでダイアナとアクティオンだった。馬場と若羽は混じり合うことなく、一方的な支配関係。若羽が舐めるように馬場を見ても動じず、馬場の光り輝く体は崩れることがなかった。髙橋を頂点とする群舞は、舞踏の中腰歩き(但し外股)に片脚上げ、スパイラル自転で円を描く。馬場とは異なる日本的肉体群だった。(4月7日 俳優座)初出4/8

 

*新国立『デカローグ1・3』、キェシロフスキ映画の舞台化で10話からなる。まだ芸監の企画意図は汲み取れないが、3に出演した千葉哲也の円熟の演技に魅了された。千葉がそこにいるだけで舞台に血が通う。真のラブシーンができる男。『焼肉ドラゴン』粟田麗との痛切なラブシーンは忘れられない。

かつて加藤治子クリュタイムネストラ目当てで、D・ルヴォーの『エレクトラ』を見た(1996)。そこに、硬質だが内にマグマを秘めたオレステスが。野性的で高貴、暗い固まりのような青年、千葉哲也だった。今はその体がうまい具合に解けて、相手と節度を保ちながら融合する。千葉の演出も同様。(4月13日 新国立劇場 小劇場)4/18初出 

 

ツイートしていないが、上野水香について。昨日の「Pas de Trois」(4月27日夜 東京文化会館 小ホール)を見て、上野の不思議なあり方を改めて思わされた。町田樹振付作品を2作踊ったが、ベテランの蓄積を駆使しながらも、それで解釈をまとめることなく、新たに振付に向かっている。バレエ振付家ではありえないシークエンスへの驚きを、そのまま踊りに滲ませる。いつも新たに踊りを踊るため、ベテランらしい成熟を感じさせない。

3月の「上野水香オン・ステージ」(3月19日 東京文化会館 大ホール)でも同様だった。『ボレロ』では長年にわたる苦闘の結果、自分と振付を一致させ、上野らしい素朴で可愛らしいメロディを踊っていたが(麻や木綿のような)、アロンソ振付『カルメン』では、まだ振付と格闘している。全体的には、斎藤友佳理監督の緻密な演出で、出演者全てが振付の方向性を示すなか、上野のみが異なるアプローチを見せた。カルメンもメロディと同様、自分らしさを出せばよいと思うが、何か理想があるのだろう。小器用にまとめない、いつも途上にあるところが上野の良さなのだろう。

NBAバレエ団「Grace & Speed 2024」

標記公演を見た(4月19日 大田区民ホール アプリコ)。バレエ団所属振付家による2作品に、PDD、グラン・パを組み合わせた充実のプログラムである。振付家の安西健塁、岩田雅女は、これまで古典全幕での新振付に力を発揮してきた。安西はキャラクター色濃厚なソロや群舞、岩田は情感豊かなPDDを得意とする。今回バレエ団公演で初めて自作を披露する。

幕開けは安西振付の『交響的舞曲』。ラフマニノフの同名曲第3楽章に振り付けられた。久保綋一芸術監督からは「古典を」と言われたとのこと。シンフォニックバレエが想定されたと思われるが、物語寄りのアプローチだった。ある作曲家(刑部星矢)が人生を回顧する。これまで作曲した音楽のミューズ達(精霊風)が踊るなか、一人の女性(渡辺栞菜)が立ち現れる。Symphony No.1 と名付けられたその人と、作曲家はPDDを踊る。最後は全員で作曲家を囲んで幕となる。

安西が同曲と向き合うなかで感じ取った作曲家の人生だが、山本開斗、ネレア・バロンドのゲストカップルが存在感を示したため、主人公の影がやや薄れた印象を受ける。刑部の雄大なロマンティシズムが、完全に花開いたとは言い難かった。また、ミューズ役として主役級の男女6組を駆使し、音楽と動きの一致した躍動感あふれる振付を展開させたが、初演とあって、ラフマニノフそのものを聴かせるには至らなかった。安西は特異なキャラクターを持つダンサーで、唯一無二の個性を発揮してきた。今後はそうした資質を生かした作品も見たい気がする。

第2部は『ダイアナとアクティオン』PDDと、『ライモンダ』よりグラン・パ・クラシック・オングルワ。勅使河原綾乃のダイアナは、女神というよりも妖精の可愛らしさが前面に出る。回転技の切れは相変わらず。アクティオンの栁島皇瑤は真っすぐに振付を遂行。踊りの熱量に狩人の生気が迸った。8組の男女アンサンブルを従えるライモンダには山田佳歩、ジャン・ド・ブリエンヌは宮内浩之。山田のきらめく体、動きの切れ、ピンポイントの音楽性が、気品あふれるライモンダを造形する。対する宮内は、上体を大きくそらせるダイナミックな振付を端正に踊り、ベテランらしい安定感を示した。新井悠汰、伊藤龍平、刑部星矢、孝多佑月による4人ヴァリエーションは、トゥール・アン・レール5番着地を徹底。全体に細やかな指導を窺わせる仕上がりだった。

第3部は山本とバロンドによる『ロミオとジュリエット』のバルコニーPDD(振付:フリードマン)から。ダイナミックな山本と可憐なバロンドによる息の合った恋の踊り。カーテンコールのマナーも情熱的だった。

最後は岩田振付『Schritte』。昨秋のジュニアカンパニー公演で初演された時は、女性のみの群舞作品だったが、今回はバレエ団の男女ダンサーに新たに振り付けられた。ミニマル打音曲やクラシック曲など、場面ごとに音楽が変わるが、振付は極めて音楽的。連続する動きで音楽全てを使い切るタフな振付である。さらにダンサーの個性を捉え、それに合わせたシークエンスを編み出すなど、師匠の故矢上恵子を思い出させた。

岩田の得意とするPDDは、コンテンポラリーダンスでも同じ。「魂から繋がり、肉体で語りかける」(プログラム)の言葉通り、勅使河原と伊藤のPDDは、コンテ語彙による愛の形だった。勅使河原の愛らしさ、伊藤のノーブルで熱いパートナリング。しみじみと深みがあり、胸を打った。女性2人の手つなぎデュオ、男性陣のユーモラスな戦いも楽しい。内村和真のマッチョな個性とブレイキン、新井の人間跳び箱など。コーダは全員が両手を大きく振りながら踊りまくる(ビントレーの『ペンギン・カフェ』を想起)。祝祭的な幕切れだった。岩田コンテ版『R&J』が目に浮かぶ。

ノエ・スーリエ『The Waves』+さいたまダンス・ラボラトリ公開リハーサル 2024

標記公演と公開リハーサルを見た(3月29日 彩の国さいたま芸術劇場 大ホール、3月27日 同大稽古場)。ノエ・スーリエは87年パリ生まれ。カナダ・ナショナル・バレエ・スクール、パリ国立高等音楽・舞踊学校、ベルギーの P.A.R.T.S. で学ぶ。劇場公演に留まらず、書籍、美術館でのパフォーマンスなど、多岐にわたる活動を行い、ムーヴメントの探求を続ける。現在アンジェ国立現代舞踊センターのディレクター(プログラム)。

公演、公開リハ共に、アンサンブル・イクトゥスのパーカッショニスト、トム・ドゥ・コック、ゲリット・ヌレンスが生演奏を行なった。シンバル、太鼓、金属製のおりん、楽器ではない物を、スティック、ブラシ、弦楽器の弓で、叩いたり、擦ったりする。公演ではガムランのような激しい撥さばきや、休憩(無音)も。

公演は6人のカンパニー・ダンサー、リハは17人のラボラトリ参加者が踊ったが、音楽は全く異なっていた。ダンスのシークエンス、ダンサーの呼吸を見ながら、即興的に合わせる印象。スーリエのディレクションは当然ありながら、生み出される音楽はインプロに近い。ダンスも、振付は示唆されるものの、ダンサーの呼吸が重視され、やはりインプロに近い。

公開リハの場合は、ムーヴメントが生み出される過程を、順を追って見せたため、最終章では達成の盛り上がりをダンサーたちは示したが、公演では、ムーヴメント生成の過程を波風立てることなく見せて、終わりなく終わった。PPトークでスーリエは「未然」という言葉を使っている。動き自体も寸止め、作品自体も終わらないという感触だった。ディレクションはあるが、動き、音楽はその場で生成される、言わばジャズのセッションのような公演。この劇場でこれほど作品化を志向しない公演があっただろうか。

表題はヴァージニア・ウルフの『波』から。その一節をステファニー・アムラオが3回語る(字幕付き)。「ミセス・コンスタブル」の件では2度繰り返した。1度は語りのみ、2度目は手話風の動きを付けながら。男女6人のモノローグからなる『波』の構造も、作品に反映されているようだ。

振付は、よける、打つ、投げる、蹴るなどの動作から派生するムーヴメントに、逆立ちを組み合わせている。膝下蹴り、バスケや砲丸投げのような動きも。ナン・ピアソンとアムラオのデュオは、プロレスの寝技風だった。ソロは語り手のアムラオを含めて3人。ピアソンのソロでは蹲踞風動き、ナンガリンヌ・ゴミスのソロでは、太極拳風引きが見えた。踊りの質は6人ともあまり変わらないが、船矢祐美子の硬質な体、ゴミスの強靭な下半身が目立っている。

奏者、演者ともに裸足。互いの気配を読み取りながら、瞬時に動き奏でるパフォーマンスを、観客もあるがままの姿勢で見る親密な公演だった。

2、3月の公演感想メモ(旧 Twitter)2024

* KAAT 長塚圭史三浦半島の人魚姫』『箱根山美女と野獣。神奈川県を巡るファンタジー唐十郎的な)2作。長塚の想像力と創造力が躍動する。東京都から越境して見たが、神奈川の地名が出るたびに、なぜか嬉しくなった(もちろん地元民は大喜び)。ご当地物に留まらず、物語の原初と現在が混淆、戯曲家としての成熟を窺わせる。

役者は粒ぞろい。端正で飄逸な菅原永二、ヴァイオリンと歌も巧い片岡正二郎、味わい深い個性派の長塚、そして初演劇のダンサー二人、発話・動き共に切れのある愛くるしい四戸由香、振付も担当する妖艶・少し不気味な柿崎麻莉子、ピアノ・パーカッション・歌は優雅なトウヤマタケオ(音楽:阿部海太郎)。客席の大笑いと呼応し、6人のパワーが炸裂する。

四戸の太宰弁に合わせたクネクネ人魚舞い、人魚柿崎と四戸の出会いのデュオなど、柿崎振付の妖しさが生きた。男装コスプレ野獣では、柿崎の厚底ブーツ決め決め踊りも。演劇とダンス、俳優とダンサーの幸福な結婚。(2/8 KAAT 神奈川芸術劇場 中スタジオ)2/9 初出

 

現代舞踊協会「一日舞踊大学講座」。伊藤郁女の喋りと踊りに脳が動いた。島地保武の言葉「若いダンサー達のエネルギーは、なんだか漢方みたいです」と同様、体がポカポカして、ぐっすり眠れた。伊藤は戦略的作品ではなく、クレージーな作品を作るべき。彩の国で山崎広太を使った時のように。(3/2 スタジオF)3/2 初出

 

*埼玉県舞踊協会「バレエ・モダンダンス フェスティバル」、12人の振付家がスタジオの生徒に振り付ける。トリを務めた窪内絹子が、『おいしいおいしいあんころ餅のうた』で、師匠譲りの創作エネルギーを爆発させた。考え抜かれた構成、細やかなムーヴメント創出の素晴らしさ。森荘太の衣裳も可愛い。茶色いベレー帽とジャンパースカートの「あづき」達が生き生きと動き、白い衣裳の「さとう」達と混ざり合って「あんこ」になる。和菓子職人(3→2人)も活躍。最後は白長の餅達があんこを包んで大福に。窪内のあふれんばかりの愛情が子ども達に注がれ、胸が熱くなった。

他のベテラン勢も個性発揮。すゞきさよこの音楽的フォーメーション、井上美代子のエレガントなスタイル、中村友美・上田仁美の涼やかな東洋的ポーズ、細川初枝・麻実子の和物など。カンフーモダンもあり、多彩なプログラムだった。(3/3 埼玉会館大ホール)3/5 初出

 

NHKバレエの饗宴」最後の振り返り映像は、新国が米沢のグラン・フェッテ、PDD3組は組んだ所だったが、東京シティは、福田建太と岡博美がゴロゴロ転がる場面。余程強烈な絵柄だったのだろう。福田はニジンスキーに匹敵する無意識の大きさがある。本来は主役を踊るべきダンサー。(3/24 NHK Eテレ)3/25初出

 

昨年の感想メモだが、

*森立子編著・訳 ノヴェール『舞踊とバレエについての手紙』解説読了(本体は途中)。とても朧げだった 18世紀バレエ界が鮮明になった。多くの参考文献を咀嚼し、それを分かりやすく生き生きと解説されている。ノヴェールが開いたウィーンのバレエ学校には、ブルノンヴィル父が在籍したそう。ノヴェールの生い立ち、ダンサー、メートル・ド・バレエ時代の逸話が面白い。

初舞台はイエズス会の学校公演(学年末の授与式)で 14歳。振付は24歳位から。初期代表作に『中国の祭り』がある。シェイクスピア役者でドルリー・レイン劇場支配人のデイヴィッド・ギャリックとの親交が『手紙』の構想・執筆へと繋がっていく。『中国の祭り』は同劇場でも上演された。どんな作品だったのか。

森氏は『手紙』を理論書のみならず実践書でもあると語る。「ダンサーの体の構造について」(第 1 1の手紙)を読むのが楽しみ。解説が面白かったので、先にツイートしてしまった。2023年5/1初出

スターダンサーズ・バレエ団「ALL BINTLEY」2024

標記公演を見た(3月17日 新国立劇場 中劇場)。元新国立劇場バレエ団芸術監督で、長年バーミンガム・ロイヤル・バレエ団を率いてきたデヴィッド・ビントレーによるトリプル・ビル。演目は『Flowers of the Forest』(85年 BRB /17年)、『The Dance House』(95年 SFB /24年)、世界初演の『雪女』である。ビントレーは新国立において、振付家と作曲家を巧みに組み合わせ、数々の名トリプル・ビルを上演してきた。以下がその上演記録である。

2010年

火の鳥』(フォーキン/ストラヴィンスキー

『シンフォニー・イン・C』(バランシン/ビゼー

ペンギン・カフェ』(ビントレー/サイモン・ジェフス)

2013年

『コンチェルト・バロッコ』(バランシン/バッハ)

『テイク・ファイヴ』(ビントレー/デイヴ・ブルーベック、ポール・デズモンド)

『イン・ジ・アッパールーム』(サープ/グラス)

2013年

『シンフォニー・イン・C』(バランシン/ビゼー

『E=mc²』(ビントレー/マシュー・ハインドソン)

ペンギン・カフェ』(ビントレー/サイモン・ジェフス)

2013年

火の鳥』(フォーキン/ストラヴィンスキー

『アポロ』(バランシン/ストラヴィンスキー

『結婚』(ニジンスカ/ストラヴィンスキー

2014年

『暗やみから解き放たれて』(ジェシカ・ラング/オーラヴル・アルナルズ他)世界初演

『大フーガ』(ハンス・ファン・マーネン/ベートーヴェン

『シンフォニー・イン・スリー・ムーヴメンツ』(バランシン/ストラヴィンスキー

バランシン、バレエ・リュス、自作、コンテンポラリー・ダンスの緻密な組み合わせ。作曲家はストラヴィンスキーが多い。舞踊面での多彩さ、音楽的充実を体感できる、ダンサーにとっても、観客にとってもタフなトリプル・ビル群だった(ダンサーがよくころんでいたことを思い出す)。今回は当然全て自作。マルコム・アーノルドベンジャミン・ブリテンショスタコーヴィチストラヴィンスキーという、20世紀作曲家のトリプル・ビルである(振付指導は練達のデニス・ボナー)。

世界初演の『雪女』は、ビントレーの念願だったストラヴィンスキーの『妖精の接吻』に振り付けられた。『妖精の接吻』は1928年、ニジンスカの振付で、イダ・ルビンシュタイン・バレエがパリ・オペラ座で初演した。アンデルセンの『氷姫』を題材に、チャイコフスキーピアノ曲、歌曲を多数引用したチャイコフスキー・オマージュとなっている。ビントレーは小泉八雲の『怪談』にある『雪女』を読み、『氷姫』と似ていることに感銘を受け、ついに『妖精の接吻』に振り付けるに至ったという(プログラム)。

あらすじは『雪女』とほぼ同じだが、『氷姫』に沿った作曲のため、両者を抱き合わせた作品世界である。1場は吹雪の中、木樵の茂作と見習いの巳之吉が、山小屋に辿り着く。茂作は雪女に殺されるが、巳之吉はその若さを哀れまれ、死を免れる。雪女は誰かに喋ったら殺すと言い置いて去る。2場梅の花が咲く春。巳之吉とお雪が出会い結婚、息子太郎が生まれる。村人たちの素朴な踊り。3場は提灯がともる祭りの場。村人たちは長い衣裳を身に付けて踊る。クライマックスは巳之吉とお雪の格調高いPDD。祭りが終わり、家に戻ったお雪は糸紡ぎをする。そのシルエットを見て、巳之吉はあの吹雪の夜を思い出し、お雪に物語る。すると障子越しのシルエットがみるみるうちに雪女となり、緑の眼が一面に広がる。4場は再び吹雪の中、お雪は息子を連れて去っていく。崩れ落ちる巳之吉。後には玩具の鯉のぼりが残されていた。

ビントレーの優れた音楽性、物語喚起力が横溢する熟練の新作だった。ストラヴィンスキー寄りの振付、チャイコフスキー寄りの振付が自在に行き来し、音楽と登場人物の心情がピタリと一致する。巳之吉の思い出し語りで流れる「ただ憧れを知る者のみが」は、その象徴だった。お雪、巳之吉に加え、祈祷師、茂作、巳之吉母(少し若い)、息子と友達への演出が素晴しい。特に子供の扱いは、『パゴダの王子』を思い出させた。『眠れる森の美女』交響的間奏曲風の音楽で、祈祷師が二人の結婚を祝福する場面。祈祷師を残して一同袖に入り、ぐるりと回って再び登場すると、今度は息子誕生の祝福場面となる。シンプルな演出だが、時の経過が鮮やかに示された。

盟友ディック・バードの美術も、ビントレー演出と同じく無駄がなく端的で美しい。『ラ・バヤデール』のような二つ折りの坂を奥に配置、バックには大きくなだらかな山、裾野には水田が広がり、紅白の梅が枝を伸ばす。雪景色、満月夜、祭りの提灯、障子など、細やかな日本の美が視覚化された。衣装も梅を基調とするお雪を始め、人物に沿った仕上がりだった。

雪女/お雪の渡辺恭子は、浮世離れした雰囲気が役に合っている。黒い乱れ髪の怖ろしさ、いつまでも美しいままでいる不思議。雪女の凍るような透明感と、お雪の凛とした佇まいに、これまでにない意志の強さを感じさせた。巳之吉の池田武志も、暖かい愛情と真面目さが役に合っている。村人たちを率いるリーダーシップも。チャイコフスキーの切々としたメロディーで思い出し語りする場面、胸に広がる感情の揺れ動きが素晴しかった。茂作の大野大輔、祈祷師の鴻巣明史は適役。アンサンブルも雪、村人ともにエネルギッシュな踊りでビントレーの情熱に応えた。同団の雪は、ライト版および鈴木稔版『くるみ割り人形』で男性ダンサーも踊ることになっており、今回も踏襲されている。

幕開けの『Flowers of the Forest』は、スコットランドの光と影を映し出す。アーノルド曲でのケルト風牧歌的踊り、ブリテン曲での陰鬱な葬送行進曲。両者とも跳躍・回転の多い振付だが、前者では喜びの発露として、後者では兵士の霊が森の中を飛び交う様を表している。最後は両者が入り混じり、重層的なスコットランド像を立ち上げる。

前者リードの秋山和沙はしっかりした踊り、同じく石川龍之介は華やかな踊り、後者リードの塩谷綾菜は慎ましやかな踊り、林田翔平は伸びやかな踊りでアンサンブルを率いた。佐野朋太郎の鮮やかな回転技も印象深い。美しいピアノは小池ちとせ、山内佑太による。

日本初演の『The Dance House』は、中世の「死の舞踏」をモチーフにショスタコーヴィチのピアノ協奏曲1番に振り付けられた。創作中、ビントレーは友人がエイズで亡くなったことを知る。「死の舞踏」は友人へのレクイエムと重ねられた。美術家ロバート・ハインデルとの共同作業、トニー・クシュナー作『エンジェルス・イン・アメリカ』の絶望的に悲しいブラックユーモアからも、強い影響を受けたという(プログラム)。

1楽章では女性ダンサーがレッスンをしていると、死神と思しき男性が入ってくる。胸に死神の面二つ、青の上下に赤いソックスを身に付け、コミカルでトリッキーな動きを見せる。異分子の彼は女性ダンサーを捕まえる。2楽章はサティの『ジムノペディ』に似た不思議なワルツ。長身男女のPDDはビッグリフトが多く、女性の片足を引き寄せてサポートするなど、複雑なパートナリングが駆使される。ここにも死神は潜んでいる。3楽章アレグロ。カラフルなミニスカートと半ズボンの男女が、ユニゾンで軽快に踊る。素早い足技が多い。終幕は主役5人が死神に合わせて踊り、死神の勝利となる。

死神は仲田直樹。『緑のテーブル』戦争利得者の軽妙な踊りが記憶に新しいが、今回も共同体から外れた異分子ぶりを明るさと共に発揮。他では得難い妙な味わいがある。無心で練習する秋山を巧妙に捕捉した。ダイナミックな長身PDDは、美しく伸びやかなラインの東真帆と盤石サポートの久野直哉、アレグロカップルはよく動く冨岡玲美と飛永嘉尉、共にテクニシャンである。ピアノは小池、トランペットは島田俊雄が担当した。

カンパニー全員の体と頭を使い切らせるタフなトリプル・ビル。ビントレーはマクミランよりも、全員に踊る場を与えるアシュトンのやり方を好むと語っている。これ程までにスターダンサーズ・バレエ団の全員が使い切られたことがあっただろうか。

指揮は田中良和、管弦楽東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団世界初演を含むビントレーの音楽的トリプル・ビルを、大きく支えている。