第17回「世界バレエフェスティバル」全幕特別プロ、A、B プロ 2024

標記公演を見た(7月28日、8月4、10日 東京文化会館 大ホール)。NBS「世界バレエフェスティバル」は3年ごとに開催され、今回で17回目を迎える。A、B プロとガラ(未見)の10日間にわたり、世界で活躍するダンサー34人が集結する。これに先駆けて、東京バレエ団とゲスト主役による全幕特別プロ、マカロワ版『ラ・バヤデール』が上演された。2キャストのうち、オリガ・スミルノワのニキヤ、ヴィクター・カイシェタのソロルを見た。

二人はロシアのウクライナ侵攻以後、それぞれボリショイ・バレエマリインスキー・バレエからオランダ国立バレエ団に移籍している。本来はソロルマリインスキー・バレエのキム・キミンが配役されていたが、バレエ団の都合で来日が困難となり、カイシェタが代役を務めることに。スミルノワの風格、カイシェタの献身性と躍動感あふれる踊りは、二人の呼吸の一致と相まって、作品の確かな核を形成した。

マカロワ版『ラ・バヤデール』(80年、ABT)は、2009年東京バレエ団で初演され、以来再演を繰り返す主要レパートリーである。スミルノワと対峙し、カイシェタとPDDを踊るガムザッティには伝田陽美。ラジャの娘を完全に掌中に収めている。持ち前の自然な演技で、一瞬たりとも役から離れることがない。ソロルとチェスをする一齣一齣にも感情の流れが見えた。スミルノワとの対決も揺るぎなく、王の娘である矜持を全身にまとう。マイムは雄弁、様式性、音楽性ともに素晴らしかった。一方、踊りは役の感情を伴いつつ、磨き抜かれた体の煌めき、完璧を遂行する意志の強さを帯びる。結婚式ソロ(3幕)のアン・ドゥダン回転を含む技量にも目を奪われた。婚約式ソロでは少し突っかけたためか(傍では分からない程度)、レヴェランスを中央ではなくシモテで行なっている。舞台に命を懸ける厳しさを感じさせた。

ハイ・ブラーミンの柄本弾は分厚い存在感、ラジャの中嶋智哉は優雅な大きさがある。マグダヴェーヤの井福俊太郎は、持ち前の献身性を生かした熱い演技に、全身を駆使する強い踊りで、ブロンズ像の池本祥真は、切れ味鋭い鮮やかな踊りで客席の喝采をさらった。パ・ダクションは華やかな金子仁美、すっきりとした政本絵美、豊かな平木菜子など個性派揃い。応援の6人男性はノーブルだった。

「影の王国」のコール・ド・バレエが素晴しい。音楽的、精神的に統一され、一つの体となっている。共に呼吸する家族のような、姉妹のようなアンサンブル(以前のややスポーティなまでに揃ったコール・ドとは異なる)。見ているだけで体の内側が暖かくなった。指揮はワレリー・オブジャニコフ、演奏は東京フィルハーモニー交響楽団

A、Bプロでは、ベテラン勢の活躍、日本の誇るスター、菅井円加と永久メイ、また今秋来日するシュツットガルト・バレエ団の演劇性が印象に残る。ベテラン勢では、今回でダンサーを引退する(2度目)アレッサンドラ・フェリ。Bプロの『ル・パルク』(プレルジョカージュ)が素晴しい。自分の内側をえぐる動き、相手を触る動きのエロティックな官能性は、「こうやって踊るのだ」という確信に満ちあふれている。手を上げる動き一つにも意味があった。美脚は健在。脚で物語を紡ぐことができる。百戦錬磨のレジェンドによる遺言のような踊りだった。パートナーのロベルト・ボッレは、フェリの前では若い青年。フェリに捧げ尽くしている。Aプロ『アフター・ザ・レイン』(ウィールドン)のカーテンコールでは、フェリに真っ直ぐなレヴェランスを(フェリは受けるのみ)、『ル・パルク』カーテンコールでは、大先輩に熱烈な拍手を送った。

マルセル・ゴメスはディアナ・ヴィシニョーワと『シナトラ組曲』(サープ)、アレクサンドル・リアブコと『アミ』(ゴメス)を踊った。女性も男性も気持ちよく踊らせる天性のパートナリング巧者。ダンディで粋の極みにある。マリーヤ・アレクサンドロワとヴラディスラフ・ラントラートフの『ライモンダ』は、ボリショイ・バレエの香り。アレクサンドロワの可愛らしさと丁寧な踊り、ラントラートフの優しさと端正な踊りに、何とも言えない懐かしさを覚えた。ジル・ロマンは小林十市と『空に浮かぶクジラの影』、ヴィシニョーワと『ニーベルングの指輪』。ベジャール・ファミリーのフルーエンレイツ新作は、ロマンと小林の違いを浮き彫りに。ベジャールに似た語彙を踊りながら、ロマンの動きには複雑なニュアンスが、小林の動きにはすっきりした武術風のニュアンスが見て取れる。ヴィシニョーワとはローゲとブリュンヒルデ(?)のPDD。ヴィシニョーワのパトス、ロマンの巧さが、「組む」踊りから伝わってくる。ヴィシニョーワはゴメスとも「組む」踊りだったが、相手に応えるダンサーであることがよく分かった。

日本の誇る2人のスター、菅井と永久は対照的。菅井は2つのノイマイヤー作品とダニール・シムキンとの『ドン・キホーテ』PDD。男性顔負けの跳躍と技術の高さ、アスレティックな魅力にあふれる。『ドン・キホーテ』の長いポーズも易々とこなし、シムキンの負けん気に火を付けた。Aプロ『ハロー』はユニタード姿だったので、ヴィシニョーワとマリアネラ・ヌニェスに挟まれるフィナーレ(中央)では、後ずさりし、ヌニェスに叱られていた。パートナーのアレクサンドル・トルーシュと、ロマンの間にいる方がしっくりくるようだ。さっぱりとした高潔な人間性が踊りの端々に滲み出る。もし古典のバレエ団にいたら、と思わずにはいられない。

永久はキム・キミンと『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』、『ジュエルズ』より「ダイヤモンド」のバランシン尽くし。これ程清新な『チャイコフスキー』を見たことがない。清潔な技術、几帳面なクリッとした踊り方、伸びやかなラインに、持ち前の精神性の高さが加わり、スターとしか言いようのない舞台を形作る。出てくるだけで涙が出そうになった。ウラノワ、原節子を想起させる。「ダイヤモンド」は終始舞姫の趣。所々でオデットを、またジュリエットを思わせる。ダイヤの冷たさではなく、豪華な気品を表象、素晴らしかった。キムは前者では疾風のごとき跳躍、後者では美しく集中したサポートで、献身的な騎士の役を演じた。最後に永久の手に口づけするまで。このような振付解像度の高いバランシンは見たことがない。マリインスキー・バレエ前舞踊監督ユーリー・ファテーエフの指導だろうか。かつて来日公演で、踊り方を20世紀初頭に戻した『レ・シルフィード』を見たことがある。永久は理想のバレリーナ像なのだろう。

シュツットガルト・バレエ団からは若手とベテランが参加。やはりエリサ・バデネスとフリーデマン・フォーゲルによる『椿姫』より第1幕PDD(ノイマイヤー)、『うたかたの恋』より第2幕のPDD(マクミラン)は素晴らしかった。前者ではフォーゲルの一直線に突き進む青年の愛らしさ、バデネスの高級娼婦の倦怠と感情の揺らぎ、後者ではフォーゲルの深い虚無、バデネスの怖いもの知らずの少女の危うさが、細かい機微まで伝わってくる。演劇的伝統の継承を感じさせた。

英国ロイヤル・バレエ団では、ヤスミン・ナグディが『マノン』より第1幕寝室のPDD(マクミラン)で、伝統のマノンを披露。動きの切れと細やかさ、演技が一体となるお手本のような造形だった。一方パリ・オペラ座バレエ団勢は、『アン・ソル』(ロビンズ)、『ル・パルク』(プレルジョカージュ)、『ソナチネ』(バランシン)、『オネーギン』より第3幕PDD(クランコ)と、レパートリーを踊ったが、それぞれ先輩の妙技には残念ながら及ばなかった。

長大なバレエ・コンサートの指揮は、ワレリー・オブジャニコフとロベルタス・セルヴェニカス、演奏は東京フィルハーモニー交響楽団、ピアノ演奏は、菊池洋子(Aプロ)、瀧澤志野(Bプロ)、チェロ演奏は長明康郎(Aプロ)が担当した。今回からオケピット両袖上方に2つのスクリーンが設置され、日本語、英語、中国語、韓国語で、演目と演者名が映し出される。休憩中にはダンサー・インタビューも。中国語の表記に驚かされるとともに(韓国語は全く分からず)、内容が把握できるため、落ち着いて舞台を鑑賞することができた。