東京バレエ団「ダイヤモンド・セレブレーション」2024

標記公演を見た(8月31日、9月1日 NHKホール)。東京バレエ団が創立60周年祝祭ガラ「ダイヤモンド・セレブレーション」を、二日にわたり開催した。プログラムは両日とも、ハラルド・ランダー振付『エチュード』で幕を開け、3つの小品(日替わり)を上演、最後にモーリス・ベジャール振付『ボレロ』で幕を閉じる。いずれもバレエ団にとって重要なレパートリーであり、団員の今現在にふさわしい作品が選ばれている。

2015年8月より芸術監督を務め、本年9月よりバレエ団団長に就任した斎藤友佳理の集大成とも言える公演。両日ともダンサーと作品が一致し、ダンサーの個性が見事に引き出されている。ゲストダンサーを極力招聘せず、団員の成長を全力で促してきた斎藤前監督の想いが伝わってくる。新監督にはバレエ・ミストレスを兼任する佐野志織が就任し、新たな形で二人三脚が続くこととなった。

幕開けのランダー振付エチュードは、1948年デンマーク王立バレエ団初演、1952年パリ・オペラ座バレエ団初演(改訂版)、1977年東京バレエ団初演。デンマーク初演時にはRDBらしく終幕は静かに終わり、カーテンコールもなかったという。マリー・タリオーニへのオマージュであるロマンティックPDDは、オペラ座初演から。終幕も現行のように華やかな技巧で締め括られるようになった。ランダーはまた若手だったピエール・ラコットを、第2プリンシパル(王子)に起用している。

バレリーナには秋山瑛、男性プリンシパルは宮川新大(王子)、秋元康臣/池本祥真。秋山は昨夏の『ジェンツァーノの花祭り』PDDで明らかなように、ロマンティック・スタイルを掌中に収めている。柔らかな上体、滑らかな腕使い、清潔な足技、優れた音楽性が揃い、シルフィード・ソロ、仲間とのミラー・ダンス、王子とのPDDを、情感豊かに描き出した。加えてクラシック・スタイルの素晴らしさ。チュチュでの威厳、自在な技術により、光源としての開かれた存在であり続ける。グランジュテ・アン・トゥールナンの軽やかさ。カーテンコールもバレリーナそのものだった。

宮川はジェイムズ風のロマンティシズムを纏う。爽やかなバットリー、均衡のとれた左右両回転、溌溂とした跳躍が、ブルノンヴィル・セミナー(井上バレエ団)での若き日を思い出させる。PDDが作れる王子である。一方秋山は、カヴァリエ風のノーブル・スタイル、磨き抜かれた美しいラインで、作品に古典の香気を与えた。二日目の池本は、持ち味の正確な技術と切れの良い踊りで、颯爽とした勢いを作品に加えている。男女アンサンブルは、女性陣のラインの美しさ、男性陣のノーブルなスタイルが土台。躍動感あふれる動きに、バレエの技術・スタイルへの敬意と愛情が脈打っている。男性陣では、山下湧吾のエポールマン、ポール・ド・ブラの美しさが目立った。

キリアンの『ドリームタイム』は、1983年NDT初演、2000年東京バレエ団初演。キリアンと作曲の武満徹がオーストラリアに旅行し、先住民アボリジニのダンスを見たことが根底にある。舞台の奥に水を湛えたような銀色の大幕が吊られ、下部には引っ掻き文様のある土壁が見える。女性は濃紺、こげ茶のワンピース、男性は黒ズボン、上裸。無音から始まり、徐々に迷宮を思わせる武満の不穏な響きが流れ出す。ドビュッシーの『牧神の午後への前奏曲』を東洋的にしたような。3人の女性と2人の男性はニンフと牧神なのか。

沖香菜子は迷宮の女王。宮川と岡崎隼也をカヴァリエとし、二人のアラベスク後脚に乗って宙を舞う。ラインに情感を乗せる細やかさ、キリアン・フォルムを実現する鋭敏な感覚(勅使川原三郎作においても同様だった)、武満音楽を体に入れ、動きとして世界へ解き放つ力が素晴らしい。金子仁美と岡崎のデュオは成熟した大人の踊り、三雲友里加と宮川のデュオは、穏やかな愛情に満ち溢れる。宮川の体を三雲がスパイラルする回転は、クランコの引用だろうか。

かぐや姫よりパ・ド・ドゥ(31日)は、昨年完成した金森穣振付全幕作品から『月の光』のPDD。コンサート用特別ヴァージョンとのこと。かぐや姫の秋山と、幼馴染の道児、柄本弾が、月光に照らされながら憂愁に満ちた踊りを繰り広げる。グラン・リフトを使いつつも、柔らかなパートナリングが特徴。秋山の繊細さ、柄本の懐の深さ、大きさがよく生かされている。一方クランコ振付ロミオとジュリエット(1962年シュツットガルト・バレエ団/2022年東京バレエ団)より第1幕のパ・ド・ドゥ(31日)は、今年5-6月に全幕上演されたばかり。足立真里亜と池本が、若者らしい勢いのある恋のPDDを披露した。

ベジャール振付『バクチⅢ』(1968年20世紀バレエ団/2000年東京バレエ団、1日)は、破壊と再生を司るシヴァ神地母神でもある妃シャクティが、6人の男性に囲まれて踊る。シャクティは伝田陽美、シヴァは柄本。交合の形から始まり、体を絡み合わせるデュオ、それぞれのソロが踊られる。伝田はポアントで腰を振る踊り。持ち役のカラボスとガムザッティを合わせたような鋭い激しさで、目力が強い。柄本は立っているだけでエネルギーがジワリと広がる。片足立ちのシヴァ・フォルムと、低重心がよく似合う。伝田を飲み込む胆力があり、体で6人のお付きを率いた。二人は昨年のハンブルグ・バレエ団「ニジンスキー・ガラ」に同作で出演している。

ノイマイヤー振付『スプリング・アンド・フォール』(1991年ハンブルグ・バレエ団/2000年東京バレエ団)よりパ・ド・ドゥ(1日)は、ドヴォルザークの『弦楽セレナーデ』第4楽章ラルゲットに乗せた若々しいPDD。沖と秋元が踊る(初日は足立と大塚卓の予定だったが、大塚の故障降板で『R&J』に変更)。沖はキリアン作品の成熟とは対照的な瑞々しい若い女性。弦楽の伸びやかなメロディに体を預け、内側からの喜びにあふれる。秋元は沖に笑顔で応えつつ、ノーブルスタイルそのままに、沖を柔らかくサポート。二人の呼吸の一致に味わいがあった。

最終演目はボレロ(1961年20世紀バレエ団/1982年東京バレエ団)。上野水香が山川草木のようなメロディを踊っている。一分の力みもなく、周囲(リズム)と調和して、自然物のような踊りを見せる。生演奏ということもあり、ソロ楽器との同期がさらに空間を広げ、麻や木綿を思わせる心地よい爽やかな空気が、巨大ホールを満たした。性も超越し、少年のようにも。ベジャールが見たら喜ぶだろう。

親密なガラのフィナーレには、私服に戻った団員たち、斎藤団長、佐野監督が集い、観客へのお礼と挨拶を全身で表現して、幕となった。

指揮はイーゴリ・ドロノフ、演奏は東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団。ドロノフの骨太で温かみのある指揮が舞台を牽引。祝祭ガラを大きく支えている。