12月に見た『くるみ割り人形』2023

*スターダンサーズ・バレエ団(12月10日 テアトロ・ジーリオ・ショウワ)

演出・振付は鈴木稔、舞台美術・衣裳はディック・バード、照明は足立恒による。主人公のクララが、家族と訪れたクリスマス市で謎の人形劇場に入りこみ、ネズミに囚われた人形たちを救う冒険譚。くるみ割り人形やその仲間たちと雪の森を超え、人形の国に辿り着くと、くるみ割り人形は王子様だった。結婚の PDD を踊るも、懐かしい旋律で家族を思い出し、クララは広場の家族の元へ帰ってくる。バード美術のクリスマス市、人形劇場の舞台裏、3人組兵隊、ドールハウスは見るだけで楽しい。雪ん子のような男女がコンテを踊る雪片のワルツは名振付。粉雪から吹雪へと躍動、下から突き上げるような迫力と力強さがあった。鈴木コンテ版『白鳥の湖』も見てみたいところ。

主役3キャストの内、最終日の渡辺恭子石川龍之介を見た。渡辺は初役の石川を助けて舞台をまとめると同時に、無垢で愛らしくひたむきなクララとなった。上体の柔らかさと瑞々しさが際立っている。石川は王子らしい凛々しい佇まい。古典の見せ方やパートナリングは慣れが必要だが、よく考えられた演技で舞台映えもする。今後が期待される。

怪しいドロッセルマイヤーの鴻巣明史、酔っ払い父の東秀昭、愛情深い母の周防サユル、器用で細かいドロッセル使用人の関口啓、胡散臭い大道芸人の友杉洋之、大きさのあるくるみ割り人形の久野直哉、ダイナミックなネズミの王様の大野大輔など、芸達者の演技陣が舞台を支えている。

指揮の田中良和、演奏のテアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラが、舞台と親密な音楽を紡ぎ出している。

 

*牧阿佐美バレヱ団(12月16日 文京シビックホール 大ホール)

演出・改訂振付は三谷恭三、衣裳デザインはデヴィッド・ウォーカー、照明デザインはポール・ピヤントによる。美術と照明の一致にいつも驚かされる。内側から光を発しているような室内の立体的輝かしさ、雪の国のほの暗い明るさが素晴しい。三谷演出では、客間の壁からドロッセルマイヤーが、両扉からくるみ割り王子が登場する。夢遊病のようなクララと共に、夢の世界に引き込まれる演出である。

主役3キャストの内、初日の青山季可、清瀧千晴のベテランカップルを見た。青山はエレガンスと気品にあふれる金平糖の精。アラベスクの洗練は極まっている。清瀧は持ち味の高い跳躍はそのままで、美しいスタイルに磨きがかかった。優しいサポート、穏やかなオーラが、温かい舞台を作り上げる。雪の女王の西山珠里は品よくあっさりと、当団らしい踊りだった。

シュタールバウム夫妻の保坂アントン慶、茂田絵美子は円満、ドロッセルマイヤーは妖しい魅力の菊地研、甥は切れのよい𡈽屋文太、くるみ割り人形の近藤悠歩は美しい踊り、ねずみの王様の正木龍之介はダイナミックな踊りを披露した。トレパックの大川航矢、𡈽屋、小笠原征諭は元気よく明るい。主役級が配された花のワルツ・ソリストも見応えがあった。

指揮は大ベテランのデヴィッド・ガーフォース。東京オーケストラ MIRAI から気品と懐の深さを兼ね備えた音楽を引き出した。ドラマが豊かに流れる、胸に沁み入るチャイコフスキーである。

 

*東京シティ・バレエ団/ティアラ ‟くるみ” の会(12月17日 ティアラこうとう 大ホール)

バレエ団団員とティアラ ‟くるみ” の会の子供たちが合同で作る舞台。演奏に、バレエ団と同じく江東区と芸術提携を結ぶ東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団、合唱に、江東少年少女合唱団が加わる地域密着型の公演である。構成・演出・振付は石井清子、演出補佐は中島伸欣、美術は松井るみ、照明は阿部美世子、衣裳デザインは八重田貴美子他による。

 ‟くるみ” の会の子供たちは、小クララ、フリッツ、友人たち、ねずみたち、兵隊、小人形、波の精、キャンドルを担当。幕開けのスケーターたち、小人形のコロンビーヌ、ピエロ、ムーアには、石井の児童舞踊がよく生かされている。小人形3人による2幕回想劇の巧みさと可愛らしさ。石井版ならではの名場面である。

主役2キャストの内、飯塚絵莉、吉留諒を見た。飯塚は高い技術の持ち主。明確なパ、キラキラ輝くオーラ、明るい性格で、晴れやかな舞台を作り上げた。バランシンに優れるように、音楽性も豊か。対する吉留はやや控えめながら、美しいノーブルスタイルを継承している。コンテンポラリーダンスにも秀でるので、自分らしい王子像の造形が期待される。クララの松本佳織は、優れた音楽性と確かな技術で、流れるような抒情的踊りを披露、くるみ割り人形の岡田晃明は、高い技術と美しいスタイルが際立っていた。

バレエ団伝統の男性ノーブルスタイル、女性陣の濃厚なキャラクターダンスは健在。折原由奈、務台悠人のスタイリッシュなスペイン、土橋冬夢の暖かみのあるトレパック、大川彪の美しいスタイルが印象深い。かつて鮮烈なスペインを踊った濱本泰然は、ノーブルなドロッセルマイヤーを演じている。

指揮は井田勝大。福田一雄を思わせる熱い指揮ぶりで、グラン・パ・ド・ドゥを大きく盛り上げた。ミラーボールのくるくる回るクリスマス・メドレーも心が浮き立つ。カーテンコールではサンタに変身するサプライズもあった。

 

*バレエ団ピッコロクリスマス公演GP(12月22日 川口リリア 大ホール)

23年お正月に亡くなった松崎すみ子の版。1985年の初演以来、再演を重ねてきたバレエ団の重要なレパートリーである。今回は娘の松崎えりが演出・改訂振付を担当したが、雰囲気は変わらず。子供たちがありのままで輝く舞台だった。

えりの改訂振付は母と同じく音楽性豊か。コンテンポラリーダンスで独自の道を歩むが、バレエの振付ではすみ子の流れを汲む。今回残した母の振付は、クラウンとコロンビーヌのパートだった。1幕の自動人形(クラウンは途中で一度動きが止まる)、2幕のコメディア・デラルテ・デュエット(別曲)は、二人への慈しみにあふれる。特にクラウンへの愛情は深く、当たり役だった小出顕太郎を思い出させた。豊かな想像力と優れた音楽性が融合した名振付である。

金平糖の精は西田佑子、王子は橋本直樹。キラキラと輝く精緻な踊りの西田を、橋本が温かく献身的に包む。共にはまり役だった。ドロッセルマイヤーは初演者でもある小原孝司。子供たちを優しく見守り、包容力にあふれる。クラウンの飛永嘉尉は、小出に劣らない技術、献身性、愛らしさで、コロンビーヌの田代夏花はきびきびとした清潔な踊りで、舞台の清涼剤となった。お父さんの大神田正美、お母さんの松崎えりはゆったりとした佇まいで、ボーイの山畑将太は爽やかに、クリスマスパーティを切り盛りする。酔っ払いの大石丈太郎、ねずみの王様の髙橋純一、コーヒーの久野直哉、あし笛の深山圭子、須藤悠のゲスト陣、各スタジオの生徒たちも心を一つにして、ほのぼのと心温まる舞台を作り上げた。

 

東京バレエ団(12月24日 東京文化会館 大ホール)

改訂演出・振付は斎藤友佳理(イワーノフ、ワイノーネンに基づく)、舞台美術はアンドレイ・ボイテンコ、装置・衣裳コンセプトはニコライ・フョードロフ、装置はセルゲイ・グーセヴ、ナタリア・コズコ、照明デザインはアレクサンドル・ナウーモフによる。2幕ディヴェルティスマンのキャラクターダンサーを、クリスマスツリーのオーナメントになぞらえた演出が、斎藤版の大きな特徴である。花のワルツからはお菓子の国に変わり、そのままパ・ド・ドゥに至る。全編にわたり、物語に沿った高度な振付が散りばめられるが、団員振付の1幕「戦い」のフォーメーションは、物語よりも音楽に寄せた感触がある。そこだけ違いが感じられた。ダンサーたちの磨き抜かれたスタイルは、他作品と同じ。充実の舞台である。

主役5キャストの内、東京最終日の金子仁美、池本祥真を見た。金子はパーティ場面ではバレエ学校生と見まがう幼さだったが、真夜中 ねずみと対峙してからは、意志の強い少女となった。スリッパでねずみの王様を叩き、くるみ割り人形を護って、大人びた風情を漂わせる。2幕パ・ド・ドゥでは美しい肢体と明確な技術で、フランス風の優雅な女性に変貌を遂げた。日本では珍しい大人っぽさがあり、今後ドラマティックバレエが期待される。対する池本は、規範に則った美しい踊りと、切れのよい体捌きで、古典の味わいを醸し出す。伸びやかな跳躍も素晴らしい。

この版のドロッセルマイヤーはマジシャン風でコミカルな味わいがあるが、安村圭太はノーブル寄りの造形。回転技駆使のピエロ、コロンビーヌ、ウッデンドールには、後藤健太朗、中沢恵理子、岡崎隼也が配され、マーシャの優しいお供となった。マーシャ父は大きさのある中嶋智哉、母はたおやかな榊優美枝、フリッツは利発な長谷川琴音、ねずみの王様は闊達な岡崎司が担当した。

キャラクター陣も適材適所の配役。伝田陽美・宮川新大の明るく大らかなスペイン、アラビアではフリッツの長谷川と樋口祐輝が妖しく美しい肢体を披露、涌田美紀・井福俊太郎のクリッとした中国、二瓶加奈子・加古貴也・山下湧吾のダイナミックなロシア、足立真理亜・安西くるみ・大塚卓の優雅なフランスと、主役級が揃った。アンサンブルはポアント音なし、男性陣も優雅なノーブルスタイルを身に付けている。

パーティ場面ではシューベルト夫人の伝田に目を奪われた。絶えずその人になり切って、芝居が途切れない。息子にドレスのリボンを引っ張られる際の、そこはかとないユーモアの素晴らしさ。夫の山田眞央とも息が合い、やり過ぎず、目立ち過ぎずの芸達者ぶりだった。

指揮のフィリップ・エリス、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団NHK 東京児童合唱団が、ゆったりと奥行きのある音楽を紡いでいる。

 

新国立劇場バレエ団(12月24日夜、25日、28日 新国立劇場オペラパレス)

振付はウエイン・イーグリング、美術は川口直次、衣裳は前田文子、照明は沢田祐二による。玄関前のオランダ風スケートシーンに始まり、同じく玄関前のクララとフリッツが月に照らされる姿で幕を閉じる。「家族」を中心に物語は展開。ルイーズと求婚者たちによる予告劇、世代継承のグロス・ファーター、両親、姉が顔を覗かせるディヴェルティスマンなど。子役も多く登場、活躍する。パーティ場面で複雑なフォーメーションを紡ぎ出す子供たちは、「戦い」で兵隊と小ねずみとなり、多彩な演技と踊りを見せる。小クララのソロも難度が高く、大人ダンサーだけでなく、子供ダンサーにとってもチャレンジングな作品である。

ジョナサン・ハウエルズがゲスト・コーチに招かれているが、一部脇役の演技、一部ソリストの踊りが向上、アンサンブルには優雅さが加わった。ただしイーグリング振付の鮮烈さ(特に2つのワルツ)、破天荒な演技は陰を潜める。芸術監督が代わり、レパートリー化する過程で、仕方のない変化なのかもしれない。今年は「ニューイヤー・バレエ」を取りやめて、『くるみ割り人形』17公演という、前例のない回数をバレエ団は経験している。

主役6組の内、3組を見た。クララの小野絢子と米沢唯は対照的な資質で、互いに影響を与えながら共に歩んできた。小野は音楽的できらめく踊り、少女らしさ、振付ニュアンスの実現、米沢は心を込めた踊り、優しさ、穏やかさが際立つ。小野はバレエの持つ伝統芸能の面を重視し、米沢はバレエというメディアを通して自らの生を示す。それぞれの道を進んだベテランの境地だった。今季からプリンシパルとなった柴山紗帆は、主役としてスタート地点に立ったところ。2幕PDDの輝かしさ、振付アクセントの身体化は申し分ないが、クララの心情を表す演技については、さらなる探究を期待する。

小野と組んだ福岡雄大は、躍動感あふれる踊りに加え、緻密な演技が抜きん出ている。隅々までドラマを感じさせる舞台だった。米沢と組んだ井澤駿は、鷹揚で伸びやかな踊り。ただ少し上の空になったのはなぜか。柴山と組んだ速水渉悟は、美しい踊りと行儀の良さが特徴。米沢と組んだ時のような爆発力はないが、端正な舞台を心がけている。

ドロッセルマイヤーは、力強く美しい中家正博、ノーブルで洗練された中島駿野、酸いも甘いも嚙み分けた清水裕三郎、ねずみの王様は軽快な木下嘉人、おかしみのある小柴富久修(渡邊拓朗は未見)が配された。ディヴェルティスマンでは、福田圭吾の本格的な中国武術(祖父、老人、ロシアでも元気)、上中佑樹の伸びやかでダイナミックなロシア、仲村啓の晴れやかで包容力あるスペイン、渡辺与布の緊密なアラビア踊り、山本凉杏の誰よりも落ち着きがあって踊りの上手いスペインが印象的。五月女遥の蝶々、飯野萌子の花のワルツ、原田舞子の同じくにはベテランらしい味わい、乳母の木村優子は優しく、徳永比奈子はお茶目だった。

指揮はアレクセイ・バクラン、演奏は東京フィルハーモニー交響楽団グロス・ファーターの荘厳さ、PDDアダージョの深い悲しみが胸を打つ。母国では禁じられているチャイコフスキーの真髄に迫る指揮だった。バクランは『くるみ割り人形』は子供のような魂で演奏しなければならないと語る。米沢のアダージョでは全身全霊を傾けた音が鳴り響いた。相通じるものがあるのだろう。