● 「オペラ座ガラ―ヌレエフに捧ぐ」Bプロ(7月30日 東京文化会館大ホール)
演目は以下の通り。
『ゼンツァーノの花祭り』ブルノンヴィル パク・セウン、ポール・マルク
『ナポリ』よりパ・ド・シス ブルノンヴィル ブルーエン・バティストーニ、イダ・ヴィキンコスキ、クレマンス・グロス、オーバーヌ・フィルベール、ダニエル・ストークス、アントニオ・コンフォルティ
『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』バランシン オニール八菜、ジェルマン・ルーヴェ
『さすらう若者の歌』ベジャール マルク・モロー、アントワーヌ・キルシェール
『コム・オン・レスピール』ポリャコフ オニール八菜、マチアス・エイマン
『くるみ割り人形』よりGPP ヌレエフ ブルーエン・バティストーニ、ポール・マルク
『ライモンダ』よりGP ヌレエフ オニール八菜、マチアス・エイマン、ブルーエン・バティストーニ、イダ・ヴィキンコスキ、クレマンス・グロス、オーバーヌ・フィルベール、アントワーヌ・キルシェール、ダニエル・ストークス、アクセル・イボ、アントニオ・コンフォルティ
元オペラ座エトワールのフロランス・クレールが芸術監督とコーチを務める、ヌレエフ・オマージュ公演。ヌレエフがオペラ座導入を願ったブルノンヴィル作品、ヌレエフ作品、ヌレエフのために作られたベジャール作品、クレールとシャルル・ジュドによって初演された、当時のオペラ座教師ポリャコフの作品が選ばれている。
ブルノンヴィル作品では、イダ・ヴィキンコスキがブルノンヴィル風の踊り方、またアントニオ・コンフォルティの溌溂とした踊りも『ナポリ』に合っている。あとはエトワールを含めラインが見える踊りで、19世紀フランス派との乖離を感じさせた(クロード・ベッシーいわく、昔はブルノンヴィル風に踊っていた)。21年の「世界バレエフェスティバル」でエイマンが踊った『ゼンツァーノ』もクレールが指導したが、足技の正確さに加え、体幹がぶれず四肢が主張しない調和のとれたフォルムが素晴しかった。「踊り」そのものだった。
今回エイマンはオニールとポリャコフ作品を踊った。女性を美しく見せるパ・ド・ドゥで、オニールの慎ましやかなエレガンス、エイマンの水のように自在な踊り、心境の高さを印象付けた。クレールはヌレエフの言葉「ダンサーは謙虚さと正直さがなければならない」を伝えるが(プログラム)、エイマンはその通りのダンサーと言える。他にはヴィキンコスキが『ライモンダ』で晴れやかなソロを踊ったほか、マルク・モローが『さすらう若者の歌』で、瑞々しいキルシェールを相手に、ずっしりとした安定感と実存的深みのある踊りを見せている。
● ローラン・プティHOMAGE「INFINITY」(7月31日 新宿文化センター 大ホール)
演目は以下の通り。
①『ゼンツァーノの花祭り』ブルノンヴィル 秋山瑛、江部直哉
②『ドリーブ組曲』マルティネス 大谷遥陽、吉山シャール ルイ
➂『ドン・キホーテ』ヌレエフ 佐々晴香、三森健太朗
④『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』バランシン 石原古都、ハリソン・ジェイムズ
⑤『ダイヤモンド』PDD バランシン 加治屋百合子、木本全優
⑦『ミラージュ』リファール 佐々晴香
⑧『枯葉』プティ 三森健太朗
⑨『ザ・フォーシーズンズ』より「春」プティ 秋山瑛、福田圭吾
⑩『レダと白鳥』プティ 石原古都、ハリソン・ジェイムズ
⑪『モレルとサン=ルー侯爵』プティ 木本全優、江部直哉
⑫『アルルの女』よりPDD プティ 大谷遥陽、吉山シャール ルイ
芸術監督は草刈民代。振付指導にルイジ・ボニーノを迎え、降板アクシデントもありながら、全員が作品(含初役)に真摯に取り組むレベルの高いガラ公演だった。オマージュが捧げられたローラン・プティを始め、バランシン、リファール、ヌレエフ、マルティネスと、パリ・オペラ座に縁のある振付家が並ぶ。ブルノンヴィルは別格として、そこに中村恩恵が加わることに驚きはなかった。内外日本人ダンサー及び作品選択に、草刈監督の緻密な思考が反映されている。
①は秋山の軽やかさ、足技の繊細さがずば抜けていた。なぜここまで踊れるのかと思うほど。江部は両回転トゥール・アン・レールを実行、きれいなバットリーが爽やかだった。二人の演技も申し分なく、ブルノンヴィルののどかな世界に浸ることができた。②は対話のようなパ・ド・ドゥ。マルティネスの薫陶を受けた大谷と熟練の吉山が大人の踊りを披露。➂はル・リッシュの指導を仰いだ佐々がプリンシパルの気概を見せる。ヌレエフ版特有の高難度バランスを易々と決める凄さ、パの鮮明さに圧倒された。三森はサポート慣れしていないようだが、ノーブルな味わい。④は石原の思い切りの良さ、タメがバランシンの味をよく出している。逆さリフト、フィッシュダイブの勢いは、パートナーのジェイムズでなければ止められない気がする。⑤は加治屋特有の解釈が炸裂。バランシンの振付解釈を超えて、音楽の一音一音からドラマを読み取り、身体化している。いわゆるシンフォニックバレエではなく、モダンダンスの味わいがあった。木本はこうした加治屋のアプローチに全く動ぜず、悠々とサポートを遂行。気品のある王子だった(最近見た同パートで最もノーブル)。
⑥は中村の語彙を含んだバレエ寄りの抒情的パ・ド・ドゥ(ポアント使用)。丸山敬太による絹のシャツを加治屋が、ズボンを江部が履き、二人で一つの体を作る。対話的な振付だが、加治屋の思い入れが濃厚で、江部は受ける役回りとなった。⑦はプティの師でもあるリファールの有名作から「影」のソロ(初演はイヴェット・ショビレ)。佐々はル・リッシュから『ミラージュ』に合うと言われたとのこと。今回モニク・ルディエールの指導を仰ぎ、オレリー・デュポンの衣裳(グレー長袖ワンピース)を身に付けて踊る巡り合わせとなった。凛とした立ち姿にクールな力強さを漂わせ、人差し指で天を指さす。佐々のソリッドな美しさが生かされたソロだった。⑧は『ランデヴー』のPDD曲『枯葉』を使い、プティがマッシモ・ムッルのために振り付けたソロ。アン・ドゥダン=アン・ドゥオール連続脚からの開脚が見られる。激情的なソロだった。
⑨はヴィヴァルディの『四季』より「春」の短調部を使用。ボニーノが初演したパートを福田が踊り、泣いている秋山を慰める。『こうもり』のウルリックとベラのデュエットを思わせる暖かみのある PDD だった。⑩は「マ・パブロワ」より。ゼウスとスパルタ王妃レダをモチーフとしたエロティックな PDD である。男が右手で白鳥の首を作り、女が撫でる。石原は滑らかな踊り、ジェイムズは風格があり、神話の雰囲気を醸成した。⑪は「プルースト 失われた時を求めて」より。モレルを木全、サン=ルー侯爵を江部。闇と光を表す濃厚な男性デュオを、日本人ダンサーが踊ったことがあるのだろうか。ウィーンの水で洗われた木全は優美な官能性を見せたが、江部は少し恥ずかしそうだった。⑫はアルルの女に心を奪われたフレデリと、彼の愛を求めるヴィヴェットの報われない PDD 。大谷、吉山ともに技術と振付解釈に優れる。初めてと言ってよい程、振付一つ一つの意味が理解された。押し出しのよい大谷の慎ましやかな演技、吉山の悲劇性。成熟した男性ダンサーが命を懸けて取り組む作品であることが、改めて分かった。ボニーノも作品のレベルに見合ったダンサーに渾身の指導を施している。
● 「ル・グラン・ガラ」Aプロ(8月2日 東京文化会館 大ホール)
演目は以下の通り。
『ソナタ』ウヴェ・ショルツ レオノール・ボラック、マチュー・ガニオ
『オネーギン』より鏡の PDD ジョン・クランコ アマンディーヌ・アルビッソン、フリーデマン・フォーゲル
『カルメン』ローラン・プティ リュドミラ・パリエロ、オードリック・ベザール
『ル・パルク』アンジュラン・プレルジョカージュ ドロテ・ジルベール、ユーゴ・マルシャン
『ドン・キホーテ』プティパ クララ・ムーセーニュ、ニコラ・ディ・ヴィコ
『白鳥の湖』第2幕より プティパ アマンディーヌ・アルビッソン オードリック・ベザール
『3つのグノシエンヌ』ハンス・ファン・マーネン レオノール・ボラック、フリーデマン・フォーゲル
『ジュエルズ』より「ダイヤモンド」PDD ジョージ・バランシン リュドミラ・パリエロ、マチュー・ガニオ
『赤と黒』より寝室のPDD ピエール・ラコット ドロテ・ジルベール、ユーゴ・マルシャン
座長はドロテ・ジルベールとマチュー・ガニオ、アーティスティック・コーディネーター、ステージ・マネージャー、コーチにエルヴェ・モローという布陣。当初はジェローム・ロビンズ『イン・ザ・ナイト』が予定されていたが、都合により『白鳥の湖』『赤と黒』『ダイヤモンド』に変更された。このためプティパからショルツまでの新旧コンサートピースが並んだ格好に。『イン・ザ・ナイト』目的でAプロを選んだので、変更は残念だった。
やはりベテラン勢の円熟味ある踊りに目を奪われる。ガニオの慎ましく全てを受け入れた正統派の踊り、ジルベールの自在、ボラックの滋味、パリエロの肌理細やかな求心的ラインと優れた音楽性、アルビッソンの美脚、べザールの素朴なエレガンスと優れたパートナーシップなど。振付家ではプティ、バランシンの強度が際立つ。プレルジョカージュの『ル・パルク』は自立した大人のPDD だが、今の小野絢子、井澤駿で見たいと思った。
● 新国立劇場「バレエ・アステラス 2023」(8月5日 新国立劇場 オペラパレス)
演目は以下の通り。
『シンフォニエッタ』牧阿佐美 新国立劇場バレエ研修所19, 20期生、予科生、京當侑一籠(作品ゲスト)
『サタネラ』よりPDD プティパ 後藤絢美、三宅啄未
『Love Fear Loss』より Loss の PDD リカルド・アマランテ 五十嵐愛梨、セルジオ・マセオ ピアノ演奏:中野翔太
『ドン・キホーテ』カルロス・アコスタ 栗原ゆう、マイルス・ギリバー
『コッペリア』より PDD プティパ ジェシカ・シュアン、山田翔
『アルルの女』よりラストソロ ローラン・プティ 吉山シャール ルイ(ゲスト)
『Largo』より マッテオ・レヴァッジ ミラノ・スカラ座バレエ・アカデミー チェロ演奏:上村文乃
『La fille mal gardée』より PDD フレデリック・オリヴィエリ ミラノ・スカラ座バレエ・アカデミー
『SOON』メディ・ワレルスキー 刈谷円香、パクストン・リケッツ
『シンデレラ』より PDD デヴィッド・ビントレー 水谷実喜、ロックラン・モナハン
『眠れる森の美女』第3幕より PDD プティパ ジェシカ・シュアン、吉山シャール ルイ(ゲスト)
『No Man's Land』よりファイナルPDD リアム・スカーレット 吉田合々香、ジョール・ウォールナー ピアノ演奏:中野翔太
『ジゼル』第2幕より PDD コラリ/ペロー/プティパ 木村優里、中家正博
指揮:デヴィッド・ガーフォース、管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
「アステラス」とはラテン語とギリシャ語の造語で「星たち」の意。本公演を通じて、若きダンサーたちが ‟明日を照らす星” となるよう願いが込められている(プログラム)。新国立劇場バレエ研修所、スカラ座・バレエ・アカデミー生の出演は、舞台に若々しい息吹をもたらす効果があった。海外日本人ダンサーも高水準で統一され、作品も古典からコンテンポラリーダンスまでが巧みに組まれている。また長年優れたダンサーを見続けてきたガーフォースの指揮が舞台を牽引、深みと奥行きのあるガラ公演となった。中野翔太のピアノ、上村文乃のチェロも、ダンスを包み、また拮抗して、生演奏で踊る醍醐味を感じさせた(上村の唸り声にびっくり)。
各地から集まるダンサーはそれぞれ個性を発揮し、所属バレエ団での活動をよく伝えている。そのなかで最も驚かされたのは、山田翔のパートナーとして来日したジェシカ・シュアン(オランダ国立バレエ・プリンシパル)。山田と踊った『コッペリア』、石原古都(ゲスト)の代役として急遽 吉山と組んだ『眠れる森の美女』は、共に腕の美しさ、脚のコントロールが際立ち、古典への突き詰めたアプローチを窺わせる。緻密さと瑞々しさが同居する不思議。アジア系であることも関わっている気がする。
おなじ週の月曜日にプティの『アルルの女』を踊った吉山(チューリヒ・バレエ・プリンシパル)は、石原降板のため、予定のマーストン作品に変えて同作のラストソロを披露。全てを心得たガーフォースの指揮に突き動かされるように、ボニーノ経由のプティ・エッセンスを動きに落とし込んでいく。成熟した男性の重み、技術と解釈が行き届いた充実の踊りだった。一方シュアンとの『眠り』では凛々しくノーブルな王子となり、正統派であることを印象付けている。
クイーンズランド・バレエのプリンシパル・カップル、吉田とウォールナーは、多くの秀作を残して自死したリアム・スカーレットの作品を踊った。妻と戦死した夫の PDD は音楽と感情と動きが渾然一体となり、スカーレットの天才を浮き彫りにする。二人の呼吸、踊りの質、感情の流れに一分の乱れもなく、全てが作品に捧げられた。