新国立劇場バレエ団『こうもり』2015

標記公演評をアップする。

新国立劇場バレエ団がローラン・プティの傑作『こうもり』(79年、02年団初演)を上演した。今回で5度目。3人の芸術監督が導入・選択したことになる。ヨハン・シュトラウスの幸福な音楽(編曲 ダグラス・ガムレイ)を、隈無く振り付けられる人間はプティ以外にいないだろう。音楽に貴賤なしを実践し、破天荒な振付を平気でやってのける点は、バランシンと双璧である。


主役キャストは4組。そのいずれもが魅力的な組み合わせだった。ベラ役初日の小野絢子は、生来のユーモア、気っ風の良さを前面に出したアプローチ。プティの語法を誰よりも正確に視覚化する一方で、そのあり方は、3月のオーロラ姫と同様、シンボル、イコンと化している。ヌードのパ・ド・ドゥは舞踊への供物そのもの。存在の凄みを感じさせた。前監督の予言を、現監督が実現させた形だ。


ヨハンはABTのエルマン・コルネホ。小野のラインを出すにはやや小柄だったが、マキシムの迫力あるソロ、マチズモ全開による異物感は刺激的だった。ウルリックには驚きの福岡雄大。最終日にはヨハンを演じ、三枚目と二枚目を演じ分ける成熟を見せた。前者では小野、後者では引退する湯川麻美子に、全力で献身した。踊りの精度、覇気も素晴らしく、何よりも苦み走ったいい男だった。


第二キャストの米沢唯はコミカルでアットホームな雰囲気。メイド今村美由起との電話コントは、抱腹絶倒だった。菅野英男の亭主関白(はまり役)にも、「仕方がない」とあきらめムード。パ・ド・ドゥはアヴァンチュールというよりも、母性的な優しさにあふれる。観客を引き込む、共感力の高い舞台だった。


第三キャストの本島美和は、成熟した人妻の魅力。クールな年下夫の井澤駿に、切ない投げキッスを送る。パ・ド・ドゥでは豪華な肢体にフランス風エレガンスを漂わせた。井澤は高い技術と美しいラインを駆使したソロ、安定したサポートが魅力。ウルリックは人間味あふれる福田圭吾が、持ち味を発揮した。


最終日は湯川の引退公演。福岡ヨハンに、超絶技巧ウルリックの八幡顕光が加わり、最後の舞台を盛り立てた。湯川は演じるのではなく、そこに存在した。パ・ド・ドゥの振り一つ一つを味わうように踊る。ヨハンを操る手つきは最小限。福岡が喜んで跳んで回って、それに応える。指揮者のアレッサンドロ・フェラーリも、湯川の全身全霊を傾けた踊りを感じ取り、渾身のクライマックスを贐に捧げた。


湯川はフォルトゥナ、『E=mc2』の巫女、『アポロ』のレト、『パゴダの王子』のエピーヌと、ビントレー時代に大きく開花した。ベラ役で示した舞台を背負う気概、責任感は、後輩への遺言である。


寺田亜沙子のクールでモダン、今村のコミカル、益田裕子の初々しさと、メイドは3者とも演技を見る喜びがあった。ギャルソン、踊り子、チャルダッシュ、警察署長、黒髪・燕尾服の男性陣、ドレス姿の女性陣、仮面舞踏会と、一コマ一コマが楽しく、音楽の喜びを伝えている。


フェラーリは、素晴らしい序曲で観客をハレの世界に引き入れる。シュトラウスの粋な味わいを東京フィルから引き出し、舞台への愛情も兼ね備えた指揮者だった。(4月21、25昼夜、26日 新国立劇場オペラパレス) *『音楽舞踊新聞』No.2950(H27.6.15号)初出