4月の公演感想メモ(旧Twitter)2024

*HIKARI BABA DANCE COMPANY『まれびと』。ゲストの若羽幸平、髙橋純一に、馬場自身とカンパニーの面々が踊る。極めて明確な構成のもとで霊性を描く、馬場らしいアプローチ。馬場は‟まれびと”となり、若羽と交感する。硬質の美しい体で空間を切り取る馬場、舞踏の体で獣のように蠢く若羽は、まるでダイアナとアクティオンだった。馬場と若羽は混じり合うことなく、一方的な支配関係。若羽が舐めるように馬場を見ても動じず、馬場の光り輝く体は崩れることがなかった。髙橋を頂点とする群舞は、舞踏の中腰歩き(但し外股)に片脚上げ、スパイラル自転で円を描く。馬場とは異なる日本的肉体群だった。(4月7日 俳優座)初出4/8

 

*新国立『デカローグ1・3』、キェシロフスキ映画の舞台化で10話からなる。まだ芸監の企画意図は汲み取れないが、3に出演した千葉哲也の円熟の演技に魅了された。千葉がそこにいるだけで舞台に血が通う。真のラブシーンができる男。『焼肉ドラゴン』粟田麗との痛切なラブシーンは忘れられない。

かつて加藤治子クリュタイムネストラ目当てで、D・ルヴォーの『エレクトラ』を見た(1996)。そこに、硬質だが内にマグマを秘めたオレステスが。野性的で高貴、暗い固まりのような青年、千葉哲也だった。今はその体がうまい具合に解けて、相手と節度を保ちながら融合する。千葉の演出も同様。(4月13日 新国立劇場 小劇場)4/18初出 

 

ツイートしていないが、上野水香について。昨日の「Pas de Trois」(4月27日夜 東京文化会館 小ホール)を見て、上野の不思議なあり方を改めて思わされた。町田樹振付作品を2作踊ったが、ベテランの蓄積を駆使しながらも、それで解釈をまとめることなく、新たに振付に向かっている。バレエ振付家ではありえないシークエンスへの驚きを、そのまま踊りに滲ませる。いつも新たに踊りを踊るため、ベテランらしい成熟を感じさせない。

3月の「上野水香オン・ステージ」(3月19日 東京文化会館 大ホール)でも同様だった。『ボレロ』では長年にわたる苦闘の結果、自分と振付を一致させ、上野らしい素朴で可愛らしいメロディを踊っていたが(麻や木綿のような)、アロンソ振付『カルメン』では、まだ振付と格闘している。全体的には、斎藤友佳理監督の緻密な演出で、出演者全てが振付の方向性を示すなか、上野のみが異なるアプローチを見せた。カルメンもメロディと同様、自分らしさを出せばよいと思うが、何か理想があるのだろう。小器用にまとめない、いつも途上にあるところが上野の良さなのだろう。