スターダンサーズ・バレエ団「ALL BINTLEY」2024

標記公演を見た(3月17日 新国立劇場 中劇場)。元新国立劇場バレエ団芸術監督で、長年バーミンガム・ロイヤル・バレエ団を率いてきたデヴィッド・ビントレーによるトリプル・ビル。演目は『Flowers of the Forest』(85年 BRB /17年)、『The Dance House』(95年 SFB /24年)、世界初演の『雪女』である。ビントレーは新国立において、振付家と作曲家を巧みに組み合わせ、数々の名トリプル・ビルを上演してきた。以下がその上演記録である。

2010年

火の鳥』(フォーキン/ストラヴィンスキー

『シンフォニー・イン・C』(バランシン/ビゼー

ペンギン・カフェ』(ビントレー/サイモン・ジェフス)

2013年

『コンチェルト・バロッコ』(バランシン/バッハ)

『テイク・ファイヴ』(ビントレー/デイヴ・ブルーベック、ポール・デズモンド)

『イン・ジ・アッパールーム』(サープ/グラス)

2013年

『シンフォニー・イン・C』(バランシン/ビゼー

『E=mc²』(ビントレー/マシュー・ハインドソン)

ペンギン・カフェ』(ビントレー/サイモン・ジェフス)

2013年

火の鳥』(フォーキン/ストラヴィンスキー

『アポロ』(バランシン/ストラヴィンスキー

『結婚』(ニジンスカ/ストラヴィンスキー

2014年

『暗やみから解き放たれて』(ジェシカ・ラング/オーラヴル・アルナルズ他)世界初演

『大フーガ』(ハンス・ファン・マーネン/ベートーヴェン

『シンフォニー・イン・スリー・ムーヴメンツ』(バランシン/ストラヴィンスキー

バランシン、バレエ・リュス、自作、コンテンポラリー・ダンスの緻密な組み合わせ。作曲家はストラヴィンスキーが多い。舞踊面での多彩さ、音楽的充実を体感できる、ダンサーにとっても、観客にとってもタフなトリプル・ビル群だった(ダンサーがよくころんでいたことを思い出す)。今回は当然全て自作。マルコム・アーノルドベンジャミン・ブリテンショスタコーヴィチストラヴィンスキーという、20世紀作曲家のトリプル・ビルである(振付指導は練達のデニス・ボナー)。

世界初演の『雪女』は、ビントレーの念願だったストラヴィンスキーの『妖精の接吻』に振り付けられた。『妖精の接吻』は1928年、ニジンスカの振付で、イダ・ルビンシュタイン・バレエがパリ・オペラ座で初演した。アンデルセンの『氷姫』を題材に、チャイコフスキーピアノ曲、歌曲を多数引用したチャイコフスキー・オマージュとなっている。ビントレーは小泉八雲の『怪談』にある『雪女』を読み、『氷姫』と似ていることに感銘を受け、ついに『妖精の接吻』に振り付けるに至ったという(プログラム)。

あらすじは『雪女』とほぼ同じだが、『氷姫』に沿った作曲のため、両者を抱き合わせた作品世界である。1場は吹雪の中、木樵の茂作と見習いの巳之吉が、山小屋に辿り着く。茂作は雪女に殺されるが、巳之吉はその若さを哀れまれ、死を免れる。雪女は誰かに喋ったら殺すと言い置いて去る。2場梅の花が咲く春。巳之吉とお雪が出会い結婚、息子太郎が生まれる。村人たちの素朴な踊り。3場は提灯がともる祭りの場。村人たちは長い衣裳を身に付けて踊る。クライマックスは巳之吉とお雪の格調高いPDD。祭りが終わり、家に戻ったお雪は糸紡ぎをする。そのシルエットを見て、巳之吉はあの吹雪の夜を思い出し、お雪に物語る。すると障子越しのシルエットがみるみるうちに雪女となり、緑の眼が一面に広がる。4場は再び吹雪の中、お雪は息子を連れて去っていく。崩れ落ちる巳之吉。後には玩具の鯉のぼりが残されていた。

ビントレーの優れた音楽性、物語喚起力が横溢する熟練の新作だった。ストラヴィンスキー寄りの振付、チャイコフスキー寄りの振付が自在に行き来し、音楽と登場人物の心情がピタリと一致する。巳之吉の思い出し語りで流れる「ただ憧れを知る者のみが」は、その象徴だった。お雪、巳之吉に加え、祈祷師、茂作、巳之吉母(少し若い)、息子と友達への演出が素晴しい。特に子供の扱いは、『パゴダの王子』を思い出させた。『眠れる森の美女』交響的間奏曲風の音楽で、祈祷師が二人の結婚を祝福する場面。祈祷師を残して一同袖に入り、ぐるりと回って再び登場すると、今度は息子誕生の祝福場面となる。シンプルな演出だが、時の経過が鮮やかに示された。

盟友ディック・バードの美術も、ビントレー演出と同じく無駄がなく端的で美しい。『ラ・バヤデール』のような二つ折りの坂を奥に配置、バックには大きくなだらかな山、裾野には水田が広がり、紅白の梅が枝を伸ばす。雪景色、満月夜、祭りの提灯、障子など、細やかな日本の美が視覚化された。衣装も梅を基調とするお雪を始め、人物に沿った仕上がりだった。

雪女/お雪の渡辺恭子は、浮世離れした雰囲気が役に合っている。黒い乱れ髪の怖ろしさ、いつまでも美しいままでいる不思議。雪女の凍るような透明感と、お雪の凛とした佇まいに、これまでにない意志の強さを感じさせた。巳之吉の池田武志も、暖かい愛情と真面目さが役に合っている。村人たちを率いるリーダーシップも。チャイコフスキーの切々としたメロディーで思い出し語りする場面、胸に広がる感情の揺れ動きが素晴しかった。茂作の大野大輔、祈祷師の鴻巣明史は適役。アンサンブルも雪、村人ともにエネルギッシュな踊りでビントレーの情熱に応えた。同団の雪は、ライト版および鈴木稔版『くるみ割り人形』で男性ダンサーも踊ることになっており、今回も踏襲されている。

幕開けの『Flowers of the Forest』は、スコットランドの光と影を映し出す。アーノルド曲でのケルト風牧歌的踊り、ブリテン曲での陰鬱な葬送行進曲。両者とも跳躍・回転の多い振付だが、前者では喜びの発露として、後者では兵士の霊が森の中を飛び交う様を表している。最後は両者が入り混じり、重層的なスコットランド像を立ち上げる。

前者リードの秋山和沙はしっかりした踊り、同じく石川龍之介は華やかな踊り、後者リードの塩谷綾菜は慎ましやかな踊り、林田翔平は伸びやかな踊りでアンサンブルを率いた。佐野朋太郎の鮮やかな回転技も印象深い。美しいピアノは小池ちとせ、山内佑太による。

日本初演の『The Dance House』は、中世の「死の舞踏」をモチーフにショスタコーヴィチのピアノ協奏曲1番に振り付けられた。創作中、ビントレーは友人がエイズで亡くなったことを知る。「死の舞踏」は友人へのレクイエムと重ねられた。美術家ロバート・ハインデルとの共同作業、トニー・クシュナー作『エンジェルス・イン・アメリカ』の絶望的に悲しいブラックユーモアからも、強い影響を受けたという(プログラム)。

1楽章では女性ダンサーがレッスンをしていると、死神と思しき男性が入ってくる。胸に死神の面二つ、青の上下に赤いソックスを身に付け、コミカルでトリッキーな動きを見せる。異分子の彼は女性ダンサーを捕まえる。2楽章はサティの『ジムノペディ』に似た不思議なワルツ。長身男女のPDDはビッグリフトが多く、女性の片足を引き寄せてサポートするなど、複雑なパートナリングが駆使される。ここにも死神は潜んでいる。3楽章アレグロ。カラフルなミニスカートと半ズボンの男女が、ユニゾンで軽快に踊る。素早い足技が多い。終幕は主役5人が死神に合わせて踊り、死神の勝利となる。

死神は仲田直樹。『緑のテーブル』戦争利得者の軽妙な踊りが記憶に新しいが、今回も共同体から外れた異分子ぶりを明るさと共に発揮。他では得難い妙な味わいがある。無心で練習する秋山を巧妙に捕捉した。ダイナミックな長身PDDは、美しく伸びやかなラインの東真帆と盤石サポートの久野直哉、アレグロカップルはよく動く冨岡玲美と飛永嘉尉、共にテクニシャンである。ピアノは小池、トランペットは島田俊雄が担当した。

カンパニー全員の体と頭を使い切らせるタフなトリプル・ビル。ビントレーはマクミランよりも、全員に踊る場を与えるアシュトンのやり方を好むと語っている。これ程までにスターダンサーズ・バレエ団の全員が使い切られたことがあっただろうか。

指揮は田中良和、管弦楽東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団世界初演を含むビントレーの音楽的トリプル・ビルを、大きく支えている。