日本バレエ協会『海賊』2020

標記公演を見た(2月8日、9日昼夜 東京文化会館 大ホール)。都民芸術フェスティバル参加公演。新振付・構成演出は、ウクライナ国立アカデミー・オペラ・バレエ劇場バレエ団の元主役ソリストで、同劇場振付家のヴィクトール・ヤレメンコ、振付補佐に夫人で同じく元主役ソリスト、バレエ団振付家兼教師のタチヤナ・ベレツカヤが加わった。

ヤレメンコ版最大の特徴は、プロローグとエピローグに原作者の詩人バイロンコンラッド役)と、インスピレーションの源である貴婦人(メドーラ役)を登場させた点にある。観客を物語へ誘い、様々な体験をさせた後、再び現在へと着地させる好趣向と言える。物語の流れ、主役のキャラクター造形(メドーラ、ギュルナーラ)は、ラトマンスキー=ブルラーカ復元プティパ版との共通性あり。2幕とコンパクトながら、ドラマトゥルギーに貫かれた踊りとマイム、伝統的な「活ける花園」、パ・ド・トロワが揃った完成度の高い版だった。

特にコンラッドとメドーラの恋が、アクロバティックな寝室のパ・ド・ドゥから、「花園」直後の穏やかな再会のデュエット、そして古典の風格漂うパ・ド・トロワへと発展していく構成は、作品に明快な骨格とドラマ上の説得力を与えている。選曲も素晴らしい。始まりの似た『シルヴィア』アンダンテ(寝室)と、本曲アンダンテ(花園アダージョ、エピローグ)が、二人の愛のライトモチーフとして効果を上げている。「花園」のアダージョは、コンラッドと再会したメドーラの喜びが根底にあった。

メドーラは、酒井はな、加治屋百合子、上野水香コンラッドはそれぞれ、橋本直樹、奥村康祐、中家正博という、バランスの取れた組み合わせである。

初日の酒井は、繊細な踊りに一段と磨きが掛かっている。晴れやかな役作り、周囲との親密なコミュニケーションはもちろんのこと、振りの一つ一つを最高の形で実現しようとする真っ直ぐな姿勢は、変わらぬ美点。薄紫のチュニックで臨んだパ・ド・トロワでは、難度の高いヴァリエーションに加え、体の質を変える古典の手法を見せる。体それ自体が周囲への祝福となる プリマの手本を示した。

2日目マチネの加治屋は、ABTで12年踊ったのち、ヒューストン・バレエに移籍、現在プリンシパルを務める。明るい芸質や確実な技術は以前と同じだが、前よりも日本的な細やかさと慎ましさが増している。やや破天荒なパートナー(奥村)を見守り、包み込むような穏やかさを感じさせた。精緻な踊りと安定した境地で、舞台をゆったりとまとめている。

同日ソワレの上野は、役作りや踊りの質よりも、華やかなオーラで客席を惹き付けた。ポール・ド・ブラがややカジュアルながら、プティに愛された美脚と強靭なポアントを武器に、舞台を大きく支配する。牧阿佐美バレヱ団から東京バレエ団へ移籍した時点で、アーティストではなく、スターへの道を選択したのだろう。

コンラッド初日の橋本は、正統派の美しい踊り、力強い演技、信頼感あふれるパートナーシップの揃ったダンスールノーブル。酒井との間に熱い感情の流れを築き上げた。二日目マチネの奥村は、何をするか分からない、ある種の捉えどころのなさ、やや粗めの踊りが、海賊の首領に合っている。手下への容赦のない演技に、人間の闇や狂気への親和性を感じさせた。同日ソワレの中家は、さらなる感情の表出が望まれるが、ワガノワ仕込みの美しいラインとマイムで、ノーブルなコンラッドを造形した。

メドーラの窮地を救うギュリナーラには、まったりとした演技と踊りが個性的な瀬島五月、美しく涼しげなラインの寺田亜沙子、確かな技術とエネルギーにあふれる奥田花純、コンラッドに仕える従僕アリには、純真無垢な高橋真之、ルジマトフ・テイストの荒井英之、美しい踊りに暗い色気を滲ませる江本拓というキャスティング。

奴隷商人ランケデムは、ヤロスラフ・サレンコ、木下嘉人、髙谷遼の技巧派が、鮮やかな美技を競い合った。ビルバント 吉瀬智弘の闊達な演技、セイド・パシャ イルギス・ガリムーリンのユーモアを滲ませた演技には見る喜びがある。パシャの家令は立ち役だが、踊れる加藤大和、濱田雄冴、小山憲が配されて、的確な芝居を披露した。

ハーレムのオダリスクも3組。古尾谷莉奈、佐々木夢奈、岩根日向子など、若手とベテランの組み合わせで、高水準の古典舞踊を見せる。海賊のマズルカ 橋元結花、渡辺幸、佐藤優美も見応えあり。主役は元より、バレエ団の枠を超えた適材適所の配役、勢いのあるアンサンブルに、舞台は祝祭的雰囲気に包まれた。

指揮はウクライナ国立アカデミー・オペラ・バレエ劇場常任指揮者のオレクシィ・バクラン(本作音楽監修者)。年末の新国立劇場バレエ団、本拠の来日公演、1月の谷桃子バレエ団に続いての登場。ジャパン・バレエ・オーケストラを率いて、熱く瑞々しい音楽で舞台を牽引した。