5月に見た公演 2023

スターダンサーズ・バレエ団『The Concert』他(5月13日 テアトロ・ジーリオ・ショウワ)

昨年9月に上演されたトリプル・ビルが場所を変えて再演された。プレイハウスからオペラハウスへと客席が拡大、親子連れの多い客層を前に、初演と同じ質の高さを保っている。

演目は、バランシン振付『スコッチ・シンフォニー』、ロビンズ振付『牧神の午後』と『コンサート』。作品については前回評(コチラ)に書いた通り。今回改めて思ったのは、ロビンズの才能の在りかである。2週間前に東京バレエ団のロビンズ振付『イン・ザ・ナイト』を見たこともあり、「歩くだけでダンスになる」不思議な才能が再確認された。そのプレリュード「雨傘シーン」(コンサート)は、アンサンブルが歩きながら傘を開いては閉じる振付。ただそれだけで音楽が胸に沁みわたる。振付はシンプルなのに(に見えるのに)、ジューシーで ‟満腹” になる。バランシンの音楽性が明示的であるのに対し、ロビンズの音楽性は暗示的。いつの間にか音楽が体に沁みてくる。

『牧神の午後』キャストは前回所見と同じ組み合わせだった。林田翔平は客席を鏡に見立て、自らを確認する視線を獲得している。美貌に準じる突き抜けたクールさが加われば、さらに虚構度が増すと思われる。東真帆は体捌きがややおっとり気味ながら、初演時の緊張も取れ、踊りに香りと柔らかさが加わった。

『コンサート』の浮世離れしたバレリーナは、渡辺恭子のはまり役。今回もフワフワと飛び廻りながら、世界を軽やかに撹乱した。前回 池田武志が見せた豪胆で気弱な夫役は林田。池田のような懐の深い受け、表現の振幅はないが、いい加減な二枚目夫をするすると演じている。ピアノ小池ちとせの素晴らしいショパンは相変わらず。演技にも余裕を見せた。指揮は田中良和、管弦楽は地元テアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラ。

 

東京バレエ団『ジゼル』(5月19, 20日 東京文化会館 大ホール)

レオニード・ラヴロフスキー版(44年, 55年/団初演66年)に、ウラジーミル・ワシーリエフが ペザント・パ・ド・ユイットを改訂振付(03年)したヴァージョン(赤尾雄人、プログラム)。斎藤友佳理芸術監督による演出・指導(21年、 未見)は、これまでの同団上演と大きくニュアンスが異なる。まずは柔らかな上体と細やかな足捌きが醸し出すロマンティック・バレエの ‟香り” 。斎藤監督がピエール・ラコットから叩き込まれたバレエスタイルである。ウィリたちの半眼のような体、ラインの柔らかさを重視し、形ではなく質感を揃えている。村人たちの生き生きとした踊りも、演技によるものではなく、踊り方を徹底した結果だった。一方、マイムがより演技に近くなっている点、1幕最後 ジゼルの死に接した村人たちのどよめき、母親がジゼルの体から引き離される点は、ラヴロフスキーに準じたと思われる。

初日のジゼルは秋山瑛。頭と体が直結する考え抜かれた踊りなのに、自然で情感にあふれる。音楽的であると同時に音楽から自由の不思議さ。技術の高さは言うまでもない。柔らかさと切れが両立し、流れる動きの中で一瞬の閃きを放つ。1幕ソロは全ての動きから台詞が聞こえた。作品全体を掌握した役作りは、いかにもプリンシパルである。二日目の中島映理子は初役。すっきりとした個性で品があり、技術も備わっている。往年の斎藤監督を彷彿とさせたのは、監督自身による緻密な指導の賜物だろう。

アルブレヒト初日は秋元康臣。1幕の演技はもう少し自然であってもよかったが、2幕の十全なサポートと覇気あふれる踊りに充実を感じさせた。二日目の柄本弾は体温の高いアルブレヒト。サポートもよく包容力があり、初役の中島を大きく支えている。熱のこもった2幕ヴァリエーションは素晴らしかった。ヒラリオンは存在感のある岡崎隼也と、熱く控えめな鳥海創、ジゼル母は暖かみのある奈良春夏だった。ミルタは拒否する手にも人の好さが滲み出る伝田陽美。厳しいラインではなく柔らかいフランス風腕使いで、2幕を統率している。ウィルフリードには初々しい大塚卓、何もかも分かっている樋口祐輝が配された。指揮はベンジャミン・ポープ、演奏は東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

 

NBAバレエ団『海賊』(5月21日 所沢市民文化センターミューズ マーキーホール)

当団の『海賊』(2018年)は、バイロンの原詩に基づく理にかなった物語展開。音楽もアダン他に、新垣隆の作曲が加わるオリジナル版である。19世紀初頭 ギリシャの海賊たちとオスマン軍の戦いを舞台に、コンラッドとメドーラの夫婦愛、パシャ・ザイードと奴隷ギュルナーレの主従関係、ザイードのメドーラへの寵愛、ギュルナーレのコンラッドに対する犠牲愛が描かれる。終幕は原詩と異なりハッピーエンドに変更、犠牲となったギュルナーレのお墓に、コンラッドとメドーラが花を手向ける幕切れとなっている。

この版の最大の特徴は、従来立ち役のザイードコンラッドと対等の役に押し上げて、イスラム教とキリスト教の対立を浮かび上がらせたこと。冒頭の「ロマネスカ」風ハープシーンと共に『ライモンダ』を想起させる。「奴隷のパ・ド・ドゥ」はザイードと嬉しそうなギュリナーレが踊り(周囲の奴隷たちは嫌そうな顔)、「活ける花園」のアダージョはザイードと嫌がるメドーラが踊る。適材配役だったこともあり、パシャ・ザイードのノーブルな色悪風魅力が全開した。

演出・振付は久保綋一(振付助手:宝満直也)、改訂振付に岩田雅女(コンラッドとギュルナーレの場)が加わった。全体に登場人物の感情の流れが明確になり、闊達な男性群舞、古典的な女性群舞のバランスが向上。同団の代表的オリジナル作品に磨きがかかった。新美智士指導のバトルシーンも馴染んでいる。

3キャストのうち、最終日を見た。メドーラは野久保奈央、佇むだけで情感が漂う。踊りは全て感情の発露となり、技巧を技巧と見せない職人技が加わる。角のない調和のとれた踊りは19世紀作品にふさわしい。作品把握の大きさ、周囲への視線の深さはいかにもプリンシパルである。ザイードとのアダージョ(花園)の哀感、4回転を含むグラン・フェッテの風格が素晴しかった。一方的恋敵となるギュルナーレは山田佳歩。清潔なラインは出るが、それに依存せず踊ることができる。グラン・フェッテも高難度をあっさりと。コンラッド、ザイード、メドーラを相手に、感情の丈を出し切った。野久保とは共に品格があり、好い組み合わせだった。

コンラッドは新井悠汰。パ・ド・トロワのヴァリエーションが水際立っている。野久保メドーラとの夫婦愛、山田ギュルナーレとの介抱シーンに男らしい情感があふれた。アリの栁島皇瑶は少し浮世離れした雰囲気だが、コンラッドに対して献身的な姿勢を崩さず。トロワでは華やかな技を駆使しつつも、真っ直ぐな気質を垣間見せた。パシャ・ザイードは本岡直也。ノーブルで悠揚迫らぬ佇まい。ランケデムソロを短調にしたヴァリエーションを大きく優雅に踊った。ビルバンドはベテラン大森康正。踊りの切れ味鋭く、悪役のニヒルな味わいを放射。マズルカも躍動感にあふれた。

海賊群舞の闊達な野性味、ハレム群舞のたおやかさ、花園群舞の古典的スタイルと、アンサンブルの仕上がりもよく、舞踊、物語の両方を堪能させる充実の舞台だった。