日本バレエ協会『パキータ』全幕 2024

標記公演を見た(3月10日昼夜 東京文化会館 大ホール)。都民芸術フェスティバル参加公演。『パキータ』全幕は個々のバレエ団で取り上げることが少なく、協会だからこそ上演可能な演目と言える。バレエを構成する3つの要素、クラシック・ダンス、キャラクター・ダンス、マイムが全て揃い、ロマンティック・バレエクラシック・バレエの好さを一度に味わうことができる。マイムの多さゆえ、バレエファンのみならず、芝居好きの観客にも好まれる作品と言えるだろう。

『パキータ』は1846年、パリ・オペラ座で初演された。振付はジョゼフ・マジリエ、音楽はエドゥアール・デルデヴェス、主役パキータにはカルロッタ・グリジ、リュシアンにはリュシアン・プティパ(マイム役)が配された。翌年ピエール・フレデリクとマリウス・プティパサンクトペテルブルクマリインスキー劇場で上演、1881年に同プティパが改訂を施し、レオン・ミンクスの作編曲で、1幕にパ・ド・トロワ、3幕に子供マズルカ、グラン・パ・クラシックを追加振付した。その後、グラン・パ・クラシックのヴァリエーションを増やし、パ・ド・トロワを加える形で、単独上演が行われるようになった。全幕復元・改訂版の歴史については、斎藤慶子氏による詳しい解説がプログラムに掲載されている。

今回の上演はアンナ=マリー・ホームズによる改訂振付で、世界初演となる。演出補にリアン=マリー・ホームズ・ムンロー、作編曲にケヴィン・ガリエ、ケリー・ガリエ、照明は沢田祐二、衣裳は村田沙織、バレエ・ミストレスに佐藤真左美、角山明日香という布陣。原典版と同じく2幕3場の構成。プロローグを立て、盗賊に両親(フランス人貴族)を殺された赤子のパキータが、ロマの手に渡る経緯を描く以外は、ほぼ台本通りである(平林正司『十九世紀 フランス・バレエの台本』慶応義塾大学出版会, 2000)ガリエによる作編曲は、イタリアで発見されたマイクロフィルムの2つの音源が原典。それを音楽ソフトに転写し、20世紀初期の演奏法を加味したオーケストレーションを施したという(プログラム)。

演出構成とマイムを担当した演出補のムンローは、ボストン・バレエスクール出身。大学で音楽を専攻し、演劇の修士号を取得している。まさにバレエの演出に適した経歴の持ち主である。プレトークで本人が見せた創作マイムの実演(リュシアン、イニゴ、ロペス、メダリオン、赤子、イニゴの家)は、分かりやすく、観客のマイムシーン理解を手助けした。演出面の大きな特徴は、1幕パ・ド・トロワを、ロマの首領イニゴとパキータ友人4人の踊るパ・ド・サンクとし、2幕グラン・パのヴァリエーションも同じパキータ友人が踊る設定にしたこと。プロローグにおいて、子供時代の友人4人と赤子のパキータとの対面を描き、友人4人に固有名を与えた点と併せ、パキータを育てたロマ共同体への視線を強く感じさせる演出と言える。

舞台はナポレオン・フランス軍統治下のスペイン。1幕はロマの娘パキータとフランス軍将校リュシアンの出会いを中心に、パ・ド・サンク(本来はトロワ)、パ・ド・マタドール、パ・ド・ボヘミエンヌ(パキータと友人4人)、ロマの男達の踊り、ロマの女達のショールダンスが繰り広げられる。続く2幕1場は、イニゴの家でのマイム場面と少しの踊り。イニゴと町長ドン・ロペスがリュシアン殺害を企てるも、パキータの機転で二人は逃れ、舞踏会(2場)へと向かう。コントルダンス(幕前)、ガヴォットが踊られる中、リュシアンとパキータが登場。リュシアン殺害を企てたドン・ロペスは逮捕される。さらにパキータの持つメダリオン(パキータの父)と、広間の肖像画(リュシアンの叔父)が同一人物と分かり、パキータとリュシアンの結婚の祝宴となる。子供マズルカが始まり、グラン・パ・クラシック(6つの Va)、最後は壮麗なアポテオーズとなる。

アンナ=マリー・ホームズ振付のスペイン舞踊、ロマの踊りの楽しさ。2幕1場ではパキータとリュシアンがブルノンヴィル風や、『ドン・キホーテ』風のステップを踏む。前半のバットリー多めの軽やかな踊り、後半グラン・パの厳密な古典舞踊、その両方をバレリーナに要求する芸術的難度の高い振付である。母アンナ=マリーの闊達な振付を、娘リアン=マリーが現代に通じる演出と音楽的マイムで繋ぎ、演劇性、音楽性ともに優れた『パキータ』全幕の仕上がりとなった。

アレクセイ・ラトマンスキーとダグ・フリントンによるプティパ全幕復元版(2014)、ユーリー・ブルラーカによるグラン・パの復元版(2008)も、参考資料になったことだろう(前者については部分映像以外未見)。今回パキータ Va には、いわゆる「ニシアの Va」(ドリゴ曲)が選択された。また1幕パ・ド・サンク(本来はトロワ)には、プーニ曲の女性 Va が独自に加えられている。1幕パ・ド・マタドールはパ・ド・マントと呼ばれ、女性群舞の半分は男装だったが(プティパ版も)、その伝統を適切に踏襲、子供群舞も加わる見せ場となっている。パキータと友人の踊るパ・ド・ボヘミエンヌは、パ・ド・セットのところを、パ・ド・サンクに変更して、友人4人とパキータのより深い関係を想像させた。

主役は3組。パキータ初日は上野水香、リュシアンは厚地康雄、イニゴは清水健太、二日目マチネはそれぞれ、吉田早織、浅田良和、二山治雄、ソワレは米沢唯、中家正博、高橋真之、その二日目昼夜を見た。

マチネのパキータ 吉田は、伸びやかなラインに華やかな佇まい。グラン・パ Va は少し苦労したようだが、明確な技術と瑞々しい演技で全幕をまとめ上げた。対するリュシアンの浅田はフランス風伊達男、鮮やかな踊りと献身的サポートで吉田を支えている。イニゴの二山はフランス派の美しい踊り。トロワ Vaでは、2番で踏み切るトゥール・アン・レールを左右で回り、それを2回繰り返す超美技を披露した。演技もすでに『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』(NBAバレエ団)のコーラスで実証済み。今回も2幕の酔っ払い踊りなど、マイムシーンのツボを外さなかった。パ・ド・サンクでのパートナーとの呼吸も良好、序盤にムーンウォークを見せたような気もするが、なぜ?

ソワレのパキータ 米沢は円熟の極み、プリマの舞台である。1幕のグリジを思わせる軽やかさ。目にも止まらぬ足技に小鹿のような踊りで、仲間の皆を引き連れる。2幕のマイムは手練の技。笑いの間を巧みに取りつつ、迫真の演技で芝居を盛り上げた。グラン・パではゴージャスなプリマ、光り輝く体となる。踊りの洗練、的確な役解釈、盤石の技術、さらにその場に全てを捧げる献身が揃い、来し方行く末が凝集するようなバレリーナとしての結節点を示した。

リュシアンの中家は正統派ダンスール・ノーブル。ワガノワ仕込みの行儀の良さ、立ち姿の美しさ、全てを引き受ける懐の深いサポートで、米沢を大きく支える。端正な踊り、明快なマイムに気品が漂い、悠然とドラマを進めた。『エスメラルダ』で組んだ時も思ったが、所属団体でも見たい組み合わせである。イニゴの高橋は真面目に悪役を遂行。正統的踊りと力強い演技で、舞台に厚みを加えている。

ドン・ロペスには、コミカルな味付けのマシモアクリ、悪役の魅力全開の保坂アントン慶、デルヴィリ将軍には鷹揚な小原孝司、不思議な味わいの中村一哉、将軍の副官には控えめな関口武、渋みのある柴田英悟、将軍の母では深沢祥子(未見)、岩根日向子、テーラー麻衣が、しっとりとした貴婦人を演じている。

パキータの友人はマチネが若手、ソワレはベテランの巧者が揃った。中でもマチネのオーム・ソフィアが、技術、エレガンス、古典の香りでずば抜けている。未来のパキータである。グラン・パ・クラシックのアンサンブルは、マチネは明るく元気、ソワレはよく揃っていた。1幕ロマ男性群舞は勢いがあり、女性群舞は情念が深い(ショールダンス)。注目のパ・ド・マタドールは、可愛らしさはあるものの、トラヴェスティの魅力を伝えるには至らず。もう少し少年(若者)らしい身のこなし、体の鋭いラインが欲しいところ。直近では、バレエシャンブルウエスト『ドン・キホーテ』における街の少年役(女性)が理想的だった。

指揮は井田勝大、管弦楽はジャパン・バレエ・オーケストラ、コンサート・マスターは小林壱成。井田はロマンティック・バレエ『ドナウの娘』(振付:P・ラコット)日本初演の際、指揮者アシスタントとして楽譜の修正を含め大きな役割を果たしている。今回もロマンティック・バレエの牧歌的な味わい、古典バレエの格調の高さを練達のオーケストラから引き出して、世界初演に大きく貢献した。