K-BALLET TOKYO『眠れる森の美女』新制作 2023

標記公演を見た(10月25日 東京文化会館 大ホール)。演出・振付・台本・音楽構成は芸術監督の熊川哲也(原振付:マリウス・プティパ)、舞台美術デザインはダニエル・オストリング、衣裳デザインはアンゲリーナ・アトラギッチ、照明デザインは足立恒という布陣。2劇場を跨いで12公演の長丁場である。バレエ団にとっては2回目の『眠り』。前回(2002年)は熊川が所属した英国ロイヤル・バレエの美学を受け継ぐ演出だったが、今回は熊川らしさが爆発した改訂版となった。

プロローグと第1幕を合わせて第1幕とし、第2幕と第3幕を続けて上演する2幕構成。大きな改変は、デジレ王子をカラボスの手先にしたこと。ダークな王子像、ゴスロリ風の赤ずきんは、現代的な美意識に沿っている。デジレは森で狼に襲われるオーロラを救け、出会いのパ・ド・ドゥを踊るが、カラボスの手先となっていた赤ずきんに誘導され、王笏に封印されていたカラボスを解放してしまう。カラボスに籠絡された王子は、赤ずきんから黒バラを1輪渡される。オーロラ姫の誕生日に招かれたデジレは、ローズ・アダージョで一人黒衣をまとい、オーロラに黒バラを嗅がせて気を失わせる。

ローズ・アダージョや、幻影の場のアダージョ、宝石のトロワ(男性ソロを除く)、グラン・パ・ド・ドゥはプティパ振付を採用、マイムを多く残し、古典の香気を保つ。一方、リラのヴァリエーション、王子のヴァリエーションは難度を高めて、熊川振付の醍醐味を示した。また3幕ディヴェルティスマンを二つに分け、青い鳥とフロリナ王女、猫は1幕の森の場に、宝石、改心した赤ずきんと狼は3幕で踊るのも新演出。1幕農民のワルツは森の場の花のワルツに変換させ、見慣れぬカエルも登場する。アポテオーズでは、花とカエルがデジレとオーロラに長いチュールを付けて、ファンタジー色を強めた。

古典版を知る観客は驚きの連続だったと思うが、知らない観客は物語にグッと引き込まれたのではないか。ダーク・ファンタジーと、プティパおよび熊川の強度の高い振付が合わさって、芸術性の高いエンタテインメントに仕上がっている。初登場アトラギッチの衣裳は美しく、特にオーロラのチュチュには目を奪われた。白雪姫風のガラスの棺は、熊川のアイデアだろうか。オーロラが横たわり、ガラスの蓋で覆われると、冷気のようなスモークが充満する。熊川の縦横無尽な想像力が、隅々にまで反映されていた。

オーロラ姫には日髙世菜。しっとりとした気品、演技の要所を外さない落ち着き、踊りをピンポイントで決める気迫と責任感の揃ったプリマである。熊川の疾風怒濤の演出にも動じず、古典の格調を保った。一方デジレの山本雅也は、ダークな王子像がよく似合う。ローズ・アダージョでのニヒルな表情は山本ならでは。その後改悛し、リラの精に慰められ、示された道を進む素直さも。彼のために作られたような新しいデジレだった。

カラボスの小林美奈は力強くダイナミック、リラの精の成田紗弥は、柔らかく強靭な踊りで世界を悪から守っている。フロレスタン王グレゴワール・ランシエの芝居の巧さ、王妃 山田蘭の淑やかさ、執事ビャンバ・バットボルトの行き届いた演技が、開かれた王室を印象付ける。岩井優花のしっかりしたフロリナ王女、吉田周平の献身的な青い鳥、佐伯美帆の正統派宝石、栗原柊の爽やかな猫、杉野慧のダイナミックな狼、そして山田夏生の色っぽい赤ずきんなど、ソリスト陣のレベルは高かった。アンサンブルも音楽性、様式性ともに優れている。

指揮は音楽監督の井田勝大、管弦楽はシアター オーケストラ トウキョウ。チャイコフスキーの他曲を含む音楽構成に、生き生きとした息吹を吹き込んだ。特にコンサートマスターの浜野考史が、オーロラとデジレの出会いのアダージョ、間奏曲で、美しいメロディを舞台と客席に届けている。